義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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戦いが始まり、三刻。

 

呂布が曹操を個人の武のみで圧倒し、張遼が孫堅・袁術の陣を断ち切り、袁紹に迫っていた時。

 

関籍は関羽との百合に渡る一騎打ちの末に撃退し、孔明の八門金鎖の陣を生門から突入していた。

 

「右!」

 

率いていた黒騎兵は三百にまで減少している。

しかし、その不利をちらりとも悟らせぬ指揮で八門金鎖を強行突破し、すぐさま公孫瓚の後陣であり配下の『徐』の旗はためく陣へ突撃を開始した。

 

(堅い)

 

容易くは抜けない。恐らく、凄まじい経験で才を磨いた一流の将だろうと、関籍は予想した。

 

敵将は、徐栄。正史とは違い、幽州出身の対烏丸で敵軍を大破し続けた将である。

公孫瓚に泣きつかれたとか何とか、彼女が幽州に残った背景には色々あったのだが、今は関係ない。問題はこれまで何があろうと歩みを止めなかった関籍率いる黒騎兵の軍が初めて躓いたということである。

 

孔明の非凡な才知と関羽の兄と互角なほど優秀な統率力で、後背の劉備軍が勢いを盛り返しつつあったのだ。

 

「何故動かぬ」

 

監軍とはいえ、戦闘に参加しないということはないだろう。

 

今一万の騎兵が体制を立て直しつつある劉備軍に突撃を敢行すれば崩れるであろうし、徐の旗の敵将も討てる。

戦機は今しかないという確信が、関籍にはあった。

 

「百足衆、両将軍の元へ行って攻撃要請をしてまいれ」

 

「はっ!」

 

鎧に百足が描かれ、百足の旗指し物を背中に挿した伝騎集団、百足衆。一目で伝騎だとわかる特徴的な意匠で、関籍隊と他の隊の連携の要となっていた。

 

馬術・戦闘力に優れた戦闘集団である黒騎兵の中でも特に馬術に秀でた武者が選ばれ、彼らは一種の特別枠として扱われていた。

 

(……押せては、いる)

 

じわじわと、だが。

徐栄隊は兵の質と関籍の化け物のような武勇に圧されつつあった。

 

この敵兵の粘りを見た関籍の胸には、一種の尊敬が浮かんでいた。

 

自分をここまで苦戦させたのは張遼以来であったし、同じ兵を統率するものとして学ぶところが多かったのである。

 

五千対三百。

止まったがために、三分の一が討たれて、二百騎。

 

そこまで減ったことを確認したかのように、背後の一万騎が動き出す。

 

公孫瓚の先陣が木っ端の如く蹴散らされ、劉備の中軍も道を開けるように退いていく。

 

勝利。

 

たった二文字の栄光が、関籍の脳裏を過ぎった。

右翼も左翼も押している。この上で中央軍が公孫瓚の後陣を下せば、勝てる。

 

そう思った、瞬間。

 

血に濡れた百足衆が、関籍のもとに帰陣した。

 

「関籍、様……」

 

「紀仁、よくやった。お前のお陰で李傕・郭汜の両将軍が動いた。これで董卓軍の勝ちは揺らがない」

 

「裏切り、です」

 

場の戦の熱気と勝利の予想に上がった士気が、急速に冷めていく。

 

「何?」

 

「李傕・郭汜両将軍は、内通していた模様です……更に、虎牢関までもが敵の、手に……!」

 

思わず、振り返る。

 

虎牢関にはためくは、青。

 

曹、の一文字だった。

 

「更に樊稠、胡軫も同調。華雄様・呂布様の軍も内部崩壊をきたしており、華雄様は強行して洛陽方面に、呂布様は手勢を率いてどこともなく撤退を開始したとのことでございます……!」

 

 

 

 

「……何故だ?」

 

 

 

 

無念さ滲む紀仁の声に返されたのは、冷めきった声。

 

「たとえどんな苦境に立たされても、どんな扱いを受けようとも、最後まで付き従うのが武士ではないのか」

 

感情というものを無くしたように、関籍は淡々と言った。

 

「閻行」

 

「はっ!」

 

途中で帰参したとは言え、信仰に近いとすら言える絶対的な忠誠を誓う、副長。

あまりの不義に涙ぐみながら、閻行は拝手した。

 

李傕・郭汜の首を討てと言われれば、自分が死そうが西涼黒騎兵でそれを為すつもりの彼は、関籍が武士と認める武士だった。

 

「この戦は、負けか」

 

「残念ながら、最早……ッ!」

 

「我が義が、負けたのか」

 

供回りの者も、悔しさに泣いた。

閻行も、あまりの悔しさに泣いた。

 

勝てる戦を不義に汚され、彼らは沸々と怒りを溜めていたのである。

 

「……進む」

 

「不義の者を、討たずともよいのですか!」

 

「文遠殿も、そこに在る。合流すればまだ撤退くらいはできるだろう。張繍には間道を通って洛陽方面に落ちるように伝えよ。位置からして、張繍はそちらの方が生き延びられよう」

 

呂布軍が内部崩壊を起こし、撤退。

華雄軍も内部崩壊を起こし、挟撃。

 

孤立した中央軍こと関籍隊と、同じく孤立した張遼隊。

 

総勢千にも満たない兵力が、今の戦闘を継続している董卓軍の総数だった。

 

「文遠殿だけでも、お逃しする。華雄殿が洛陽へ行ったように、我らも赴こう」

 

董卓軍に相次ぐ裏切りに勢いを盛り返した徐栄隊を死兵の勢いで突破し、袁紹隊のぎらつく金色の鎧が見える。

 

ほんの一刻前には、これを見さえすれば即ち勝ちだったのだ。

 

「張遼隊、包囲されかけています!」

 

包囲されかけて尚、不利を悟って尚、一太刀を浴びせ損ねた袁紹に向かって突き進む。

 

瞬く間にその数を減らしながらも、紺碧の張旗はまだなお雄々しくはためいていた。

 

「先陣を突破、包囲の一角を崩し、文遠殿を落ちのびさせる」

 

白い装束は、覚悟の証。

敵の血と、主を守る為に流す己の血で染め上げる、覚悟の証。

 

「突撃だ」

 

右袖と、胴、左袖は既に赤い。

 

白い頭巾と赤い装束を馬の疾駆による風に靡かせ、関籍は二百騎に満たない兵を率いて突撃を開始した。

 

袁紹軍は、これまで散々関籍に痛い目に遭わされてきた軍である。最早旗を見ただけでも身が竦み、とてもでは無いがまともに戦えるような有り様ではなかった。

 

「文遠殿」

 

「籍やん、無事やったかんか!」

 

青い陣羽織が赤黒く染まり、頬には矢が掠めたであろう切り傷がある。

しかし、殆ど無傷で生きていた。

 

「……文遠殿、退きましょう」

 

「せやな。袁紹を掠めて真っ直ぐに退こか!」

 

二騎が並び、駆け出した。

触れるものは、即ち死。

 

異様な唸りを上げて振るわれる青龍偃月刀と、霞んで見えるほどに機敏に振るわれる飛龍偃月刀。

 

斬り、薙ぎ、払い、突き、袁紹の恐怖に染まった顔を見ながら中軍を引き裂き、先頭の二騎の動きが僅かに鈍る。

 

関羽との百合に渡る一騎打ちで消耗した関籍も満身創痍であったし、張遼も孫堅、袁術を経てその手にかけた兵は百を越え、疲労のあまり普段は何でもない武器が重くすら感じていた。

 

故に、気付かなかった。

 

「文遠殿!」

 

目の前の敵に、集中しすぎていたのだろう。

 

馬の旗。西涼の、馬騰の旗であった、武門の印。

 

その乱立する馬の旗の中に一流立つ、『龐』。

 

馬上で弓を引き絞る女が、こちらを狙っていることに、張遼は気づけなかった。

 

「っ!?」

 

割り込んできた関籍の巨馬に横から押され、馬から叩き落とされる。

 

咄嗟に受け身を取ったにしろ、肋骨の一本くらいは折れたであろう痛みと衝撃に意識が飛びかけ、歯を噛み締めた。

偃月刀を杖に、立ち上がる。

 

「籍やん、助かっ―――」

 

痛みを堪えて立ち上がり、気づいた。

 

額の白い頭巾が、血に赤く染まっていることに。

 

「――――無事でしたか」

 

目がこちらを捉え、巨躯が揺らぐ。

 

巨木が伐り倒されるが如く、関籍は地に倒れ伏した。

 

 


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