明久は教卓の近くに立っている少女
上杉謙信を見て、驚いている。
そして、そんな明久を翔子は見逃してなかった。
(……あの子が、吉井の幼馴染?)
「では、上杉さんはあの席に座ってください」
と、高橋女史が示したのは、明久の左隣だった。
明久は死角になっていて、気付かなかった。
「はい」
謙信は頷くと、ゆっくりと歩き出した。
そして、明久の隣に到着すると
「………久しぶりですね、明久……」
と、辛そうな眼で、明久を見た。
「……うん、久しぶりだね。謙信」
明久も目を細めて、挨拶した。
その表情は、複雑な感情が入り混じったものだった。
そして謙信は、明久の左側の席に座った。
「それでは、設備の確認をしたいと思います。リクライニングシートにシステムデスク。個人用冷蔵庫にパソコン、冷暖房。これらの設備に、不備はありませんか?」
(あるほうが不思議だよ……って言うか、どんだけお金をつぎ込んだのさ?)
明久は確認しながらも、そう思った。
「皆さんの教材はもとより、冷蔵庫の中身に関しても支給します。もし、他に欲しいものがあれば遠慮せずに申し出てください」
(そこまでですか)
「それでは、自己紹介を始めたいと思います。廊下側の人からお願いします」
高橋女史の一言で、自己紹介が始まった。
「木下優子です。よろしくお願いします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、明久の前の生徒が終わった。
(僕だな)
「吉井明久と言います。趣味は料理で、特技は剣術です。今は握れませんが………」
と、明久が苦笑いしながら言うと、謙信は辛そうな表情をした。
明久が座ろうとすると、教室内が騒がしくなった。
「吉井明久って、あの<観察処分者>か?」
「なんで、Aクラスに居るの?」
等々だった。
すると、高橋女史が手を叩いて
「皆さん、静かにしてください。彼は自ら立候補して、観察処分者になったのです。ですから、皆さんの思ってるような、マイナス要素は一切ありません」
高橋女史の説明で納得したのか、全員黙った。
そして、自己紹介が再開されたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、最後にこのクラスの代表を紹介します。霧島さん。お願いします」
「……はい」
高橋女史に呼ばれると、霧島が前に出た。
「……霧島翔子です……よろしくお願いします」
(短いよ!?)
明久は、霧島の自己紹介のあまりの短さに、驚いていた。
「Aクラスの皆さん。これから1年間、霧島さんを代表に協力しあい、研鑽を積んでください。これから始まる<戦争>で、どこにも負けないように………」
戦争の言葉に、明久はあるフラッシュバックが起きた。
目の前には
真っ赤に染まって倒れている、男……
そして、自分の視界は真っ赤に染まって
手には、血に濡れた………
「明久!」
気付けば、明久の両手を謙信が握っていた。
「………ごめん、ありがとう」
明久は、脂汗を滲ませながら、謙信に微笑んだ。
「それでは、自己紹介も終わったので、授業を始め………失礼」
高橋女史は一言謝ると、携帯を取り出した。
「はい、高橋です…………はい………はい、わかりました」
通話が終わったのだろう、高橋女史は携帯を仕舞うと
「FクラスがDクラスに宣戦布告したそうです。ですので、これから自習にします」
と言うと、教室を出て行った。
恐らく、呼び出しに対応するために待機するのだろう。
すると
「ごめん、僕は少し休むね………」
と謙信に言うと、明久はリクライニングシートに身を沈めた。
そして、少しすると、静かな寝息を立て始めた。
謙信はそれを見て
「あなたは………まだ、囚われているのですね………」
辛そうな表情をして、辛そうに呟いた。