OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第9話 アシンメトリー

 

 

 

 

 

 本日の3限目は体育。

 授業内容は、サッカー。

 2チームに分かれてボールを蹴り合う、ワールドワイドなスポーツだ。

 

「……」

 

 僕のポジションは、キーバー。

 体の大きい人がこのポジションを任されるのは、至って自然な流れと言える。

 事実、僕もこのポジションの経験は多く、多少なりかの自信を持つ。

 

 さて、その他のメンバーはというと…。

 こういう場合は大抵、積極性の高い、目立ちがり屋の人間が

より前衛(ぜんえい)のポジションを奪っていくというのが(つね)である。

 まぁ何しろ、ポジションの争奪は早い者勝ちなのだから、仕方がない。

 

「……」

 

 試合開始から約10分が経過したが、未だスコアは0対0のまま。

 ボールキープ率は、こちらのチームがやや高めか。

 そのため、僕たち守備陣は暇を持て余す時間が多い。

 

宮脇(みやわき)くん…大丈夫?」

 

 ディフェンス陣の1人である、宮脇(すばる)くんに声をかけてみる。

 彼は見るからに華奢(きゃしゃ)な体格、そして内向的な性格をした男子である。

 この環境に置かれ、緊張していないわけはないだろう。

 

「あっ、えと…杉山くん、だよね?」

「うん」

「あ、あんまり大丈夫じゃないけど…頑張る」

 

 彼は緊張と不安を隠し切れぬまま、されど笑顔を作って返事をする。

 とりあえず、本人が頑張ると言っているのなら、良しとしておこう。

 でも、あまり活躍は期待しない方がいい気がする。

 

 とはいえ、こちらには優秀なメンバーがディフェンス陣の中心にいる。

 その男の名は、黒沢秀輝くん。 僕の親友だ。

 彼は頭の回転も速いが、身体能力も中々のものを持っている。

 正に文武両道…頼れる存在なのだ。

 

 

 

 試合開始から約15分。 ピンチが訪れた。

 相手のクリアしたボールが右サイドの絶好の位置に落下し、

待ち構えていた前衛の敵選手が、きっちりとトラップしたのだ。

 

「わぁッ…!」

 

 単純だがスピードに乗ったフェイントを掛けられ、宮脇くんが呆気なく撃沈(げきちん)する。

 秀輝くんを始めとした他のメンバーもフォローに駆け付けようとするが、

既に時遅しといった感じに見える。

 要するに、キーパーと1対1の状況が創り上げられたわけだ。

 

「……」

 

 これまでのプレイを見る限り、彼は中々にやり慣れた人である。

 勢いに任せた粗雑(そざつ)なプレイも多く見られるが、経験の豊富さが

それを上手くカバーし、時に化学反応を起こす。

 何かをやらかしそうな…そんな雰囲気を漂わせる男だ。

 

 僕の足が一定のラインを越えた時、彼の眼光がギラリとゴールに向けられた。

 左隅――高い位置。

 彼の足がボールに触れる寸前、僕は既に動き出していた。

 

「…っと」

 

 蹴り込まれたボールは予測した軌道を辿り、僕の手の平に吸い込まれる。

 威力は中々のもののようで、片手でキャッチしようと思ったところを

慌てて両手キャッチに切り替えて対処した。

 

 少なからず動揺の顔を見せる彼を尻目に、僕は手にしたボールを

左サイドにいる味方選手へと送る。

 ――これで、ひとまずは安泰(あんたい)

 僕はボールの行方を気にしつつ、後ろ歩きで定位置へと戻った。

 

 

 

 

 

「彰浩さんの話って、何だろうね」

「…さぁ」

 

 昼休みに入り、僕と秀輝くんは裏庭のとある石段の上に並んで座る。

 なぜ座るかと言えば、それはお昼ご飯を食べるためだ。

 

「…ふむ。 実に程よい焼き加減」

 

 箱から取り出した卵焼きを口に含み、感想を述べる。

 ホロリとしたその食感と、和風出汁の奥深い味わい。

 そのままお店に出したとしても、きっとお客さんにご満足頂けることだろう。

 

「そういえば、5時間目の授業って何だっけ?」

「英語です」

「英語かぁ…」

 

 ちなみに僕と秀輝くんの家では、月・水・金がお弁当の日で、

火・木が学食の日と決まっている。

 栄養バランスを考えれば、やはり手作りのお弁当…という思いと共に、

学生食堂ならではの、あの独特の雰囲気も体験させてやりたい。

 そんな2つの思いが交錯(こうさく)し、ママ友同士の間で編み出された懸案(けんあん)らしい。

 

 ……

 

 僕ははっきり言って、英語が苦手だ。

 いや、得意な教科というのもそう多くはないのだが。

 中でも英語は、苦手な教科ランキングで常に首位を争うぐらいの強者である。

 

「英語って、なんか難しい」

「あなたの体質には、ちょっと合わない学科のようですね」

 

 僕の呟きにそう返した秀輝くんは、鶏の唐揚げに箸を伸ばす。

 彼がそう言うのであれば、きっとそうなんだろう。

 う~ん…国際社会には、どうにかそれなりに対応していきたい所なんだけど。

 

「そもそもの疑問なんだけど…何で日本語とは、あんなに違うの?」

 

 僕の問い掛けに、秀輝くんは手を口元にやり、しばし考える仕草。

 卓越(たくえつ)した頭脳を持つ彼にこういう仕草をさせた時、僕は心の中で

密かにちょっとガッツポーズをする。

 

 当たり前のことなのだが、彼にも悩みの1つや2つぐらいは

あるんだろうなぁ…なんてことを再確認して。

 そんでもって、ちょっとほっこりした気分になるわけだ。

 

「言語というのは、知的な文化を築いていく上で非常に重要なものです。

ですから、文化の違いがあるだけ…そして、人と人の違いがあるだけ、

相応の差異が生まれるのは、道理かと思います」

「……」

「榛名さんは、ピダハンという民族をご存知ですか?」

 

 秀輝くんからの質問に、僕は黙って首を横に振る。

 なんだか、また難しい話が始まりそうな予感。

 

「一説によりますと、彼らが使用するピダハン語という言語には、

リカージョンが存在しないと云われています」

「…リカー、ジョン?」

「日本語に訳すと『再帰』といった意味合いになるものでして。

簡単に言いますと、1つの文章としても成立するものに新たな文を付け足し、

それを無制限に続け、拡張することが可能な性質のことです」

 

 ……

 

「その性質は、言語学の上では普遍(ふへん)とされてきたものなんですよ。

ですから、それが存在しない言語があるとすれば…1つの常識が、

常識でなくなる事態となるわけです」

「……」

「つまりは、言語というものが、それぐらい底が知れないものだということですよ」

 

 秀輝くんは小さく微笑みながら、話を締め(くく)った。

 途中まではちょっと難解な部分もあったが…要は言語というものが、

底が知れないということを伝えたかったらしい。

 とりあえず、そこんとこだけは覚えておこう。

 

 

 

 

 

“冥なる陽に魅入られし者が、この学校に眠るベチェレスの書を狙っている。

 

 襲撃が予想される時刻は、今宵の8時から10時までの間。

 

 厳重に警戒せよ。 ログイゼニアに和の裁きあれ。             ”

 

「…とまぁ、こんな手紙が今朝に届いてたわけだ」

 

 放課後、旧校舎第1美術室にて。

 ミステリーハント部の部室であるここへやって来た僕に対し、

彰浩さんは何を言うでもなく、この手紙を差し出してきた。

 

「差出人は不明。 文面も、意味の分からない所が少なくないが…

この名前が出ている以上、無視するのも気が引けてね」

 

 そう言いながら彰浩さんは、僕が持つ手紙の文面から、ある一部分を指差す。

 『ログイゼニア』と書かれた箇所だ。

 この名前は、確か――。

 

「『覚醒者(かくせいしゃ)狩り』を行っている、謎の組織…」

「正解。 …って、何で知ってるんだ?」

「ここに入部した時に、ちょこっと部屋の中を見学させてもらいまして。

その時に、そんなことが書いてある資料があったもので」

 

 見学というよりは、物色という感じだった気がしなくもないけど…

まぁ、物は言いようだ。

 部長さんの目もあったけど、別に(とが)められるようなことはなかったし。

 

「ふ~ん。 まぁでも…そん時、部長もここにいたんだろ?」 

「はい」

「なるほどねぇ。 …いや、それならいい。 お前にそれだけの

資格があるってことだからな」

 

 得意の不適な笑みを見せ、彼が好奇の目を僕に向ける。

 それだけの資格――か。

 その言葉から察すると、どうやらこの部屋に存在する資料類は、

部外者が分け(へだ)てなく閲覧(えつらん)出来るものでもないらしい。

 

「話を戻すが、そのログイゼニアって組織…正直言って、何を企んでるかは

未だにさっぱり分かってない。 ただ…」

「……」

「野放しにしておくと、この先、とんでもない規模の被害が生まれる…

俺の勘だと、そんな気がしててね」

 

 彰浩さんは極めて真剣な様相で、そんな言葉を紡ぐ。

 恐らくは、色々と修羅場(しゅらば)を積み重ねてきたであろう彼のこと。

 その勘は結構、信頼に値するものだろう。

 

「ってなわけだ。 今夜は俺と一緒に、ここで見張りしてくれないか?」

「…はい。 では、お供させて頂きます」

 

 事情は充分に理解出来たので、僕は迷わずイエスの回答をした。

 無論、何事も無ければ、それに越したことはないのだが…。

 『侵入』とか『犯行』ではなく、『襲撃』と書かれているのが、気に掛かる。

 

「今日は丁度、宿直が俺らの顧問(こもん)船越(ふなこし)先生だ。 先生にはもう、

事前に今回の件は報告してあるからな。 普通に登校してくればいい」

「了解しました」

 

 ちなみに船越先生の担当科目は国語であり、

僕のクラスでも彼が教鞭(きょうべん)を取っている。

 ちょっと熱い感じの先生で、私語とか話している生徒には

ガツンと怒鳴り散らしているのを何度か目撃したことがある。

 

 

 

 

 

「ハル兄…幽霊とか、信じてないんでしょ?」

「うん。 でも、いることはいるかもしれない」

 

 少し早めの夕食を終え、居間で団欒(だんらん)タイム。

 今日の放課後もまた、副部長さんと色々と調査を行った。

 でも、大した成果は無かった。 ――と、そんな感じの話をしていた。

 

「…言ってること、矛盾してない?」

「そんな気もする。 でも、そんな風に思ってる」

 

 テレビ画面には、月曜ゴールデンタイムで5年目の放送を迎える

『料理の神道』のオンエア映像が流れている。

 とにかく、料理や食材に関することを色々と紹介したりする番組で、

その他、一流の料理人たちによる本格的な料理対決も見所だ。

 

「信じてないのに、いる…ってことだよね。 なんかある意味、哲学的(てつがくてき)

「別にそんな、難しい話じゃないよ。 いることはいるけど、

僕は信じてないっていうだけの話だから」

 

 今回はどうやら、天ぷらによる対決が行われているらしい。

 旬の食材や、一捻り加えた珍しい天ぷらなど、伝統と自由な発想から

生まれ、繊細(せんさい)かつ奔放(ほんぽう)に繰り広げられる世界。

 う~ん…引き込まれる。

 

 ……

 

 なんと、まさかアイスまで天ぷらにしてしまうとは…。

 技術と発想は確かに凄いけど、あれって美味しいものなのだろうか?

 何でもかんでも、衣を付けて揚げれば勝ちってものでもない気がする。

 

「――と、そろそろ時間かな」

 

 時計をチラリと確認した僕は、そう呟いて立ち上がる。

 7時15分。

 学校まではおよそ25分掛かるため、この辺りが頃合いかと思われる。

 

「んっ…こんな時間に、どっか出掛けるの?」

「うん。 ちょっと、学校にね」

 

 僕の返答を聞き、由奈は分かりやすく不思議そうな顔をした。

 確かに、学校は普通、夜に行くべきような所ではないだろう。

 でも、だからこそちょっと、ワクワクするような感じもある。

 

「帰りは遅くなると思うけど、心配しなくて大丈夫だから」

「…は~い。 ま、気を付けてね」

 

 天ぷら対決の行方にちょっと後ろ髪を引かれつつも、

僕は荷物を取りにいくために2階へと急ぐ。

 まりやさんにはもう事前に報告してあるから問題ないし、あとは…。

 

「――ちゃんと、帰って来てよね」

 

 居間のドアが閉まる寸前、そんな由奈の声が鼓膜(こまく)を震わした。

 そこに何かしら特別な想いが込められていたかどうかは、定かではない。

 ただ、僕の胸に小さな決意が宿ったことは確かだった。

 

 

 

 

 

 夜に包まれた町を駆け抜ける。

 いつもの自転車に乗り、いつもの町並みが目に映っている筈なのだが、

そこには昼間と全く違う表情を見せる、夜の花毬町(はなまりちょう)の姿がある。

 

「……」

 

 昼と夜――。

 この2つは相反(あいはん)するものとして、光と影に似た関係性がイメージされる。

 しかし、実際はどうだろう。

 

 影というのは、光が存在し得るからこそ、そこに存在し得るもの。

 しかし夜…あるいは闇というものは、そこに光が無いからこそ、存在し得るもの。

 つまり闇は、他に何も無くても、闇で在り続けることが出来るわけだ。

 

 ……

 

 静寂極まる町の中を走っていると、ついついこんなことを考えてしまう。

 電柱に取り付けられた、青白い光を放つ街灯。

 遥か彼方に見える、カラフルに(きら)めくネオンの光。

 

 光と闇が織り成す世界…。

 昔、考えたことがある。

 もしも光と闇、どちか一方だけが永久に続くとしたら…僕は果たして、

どちらを選ぶべきなのだろう――と。

 

 ……

 

 単純に考えれば、光を選択するのが妥当だろう。

 光があるということは、要するに、影も作り出すことが可能なわけだから。

 光と影を使いこなせば、大抵のことは支障なく行える筈である。

 

 ならば、闇の存在価値とは何なのだろう…?

 影にその代用が可能だと考えれば、そんなものは無いとも言える。

 でも、なんか…そういう次元で捉えちゃいけないって気もする、今日この頃だ。

 

 

 

 学校へ向け、順調な走行を続けること約10分。

 いつもの交差点で信号に嫌われた僕は、やむなく走行を停止する。

 そして、横断歩道を挟んだ向かい側に何者かの姿を目撃した。

 

「……」

 

 眼鏡を掛けた、20代と思われる短い髪の女性の姿。

 見たところ、どうやらリヤカーを押しているようなのだが…。

 周囲をキョロキョロと見回し、どうにも挙動不審な様子が(うかが)える。

 

 ……

 

 やがて信号が青に変わり、僕と彼女は息を揃えたように動き出した。

 ガッシャンガッタンとそれなりに騒々しい音を立てながら、

彼女と共にリヤカーが迫ってくる。

 すれ違い様、僕はさり気なくリヤカーの中の物に目をやる。

 

 冷蔵庫、テレビ、タンス…。

 ポットにやかん、アイロンに洗面器。

 とりとめない日用品たちは、いずれも少なからずの汚れや破損(はそん)が見受けられる。

 

「……」

「あっ、ど…どうも!」

 

 視線をリヤカーから彼女に移した途端、声をかけられた。

 だが、僕の反応など待とうとはせず、そそくさと横断歩道を駆けていく。

 僕も特に返事をする必要もないと感じ、先を急ぐことにした。

 

 それにしても、あのリヤカーの中身は何だったのだろう?

 雰囲気から察すると、まるで何処かのゴミ置き場から持ってきたかのようだ。

 すると、もしやゴミ泥棒…?

 

「……」

 

 いや、待てよ。

 ゴミと呼ばれている以上、それは既に、持ち主が

所有権を放棄(ほうき)したものと考えていい筈だ。

 ならば、それを持ち出したところで、別に泥棒とはならない。 …のかな?

 

「早く、博士の所に戻らないと…」

 

 静寂に包まれた闇の中、彼女のそんな呟きが僕の耳に届いた。

 『博士』とは…一体、誰のことだろうか?

 いい大人にそんな風に呼ばれる人間は、あまり多くは存在しない。

 

「……」

 

 気になる問題ではあったが、こちらもまた、のんびりとはしていられない身。

 一握りの疑問を抱きながらも、僕は学校を目指し、ペダルを漕ぎ続けた。

 目的地は、間も無くの筈である。

 

 

 

 

 


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