OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

7 / 30
第7話 非凡の痕跡

 

 

 

 

 

 今日の夕食は、水炊きだ。

 既に4月も後半を迎えているが、まだ寒さが抜け切らない

こんな夜には、相応しいメニューと言える。

 

「…うん。 美味しい」

 

 水炊きと聞くと、水に適当な食材をぶち込んで、ただ煮詰めるだけの

料理だと思っている人間もちらほらいるようだが…。

 実際は、もっとちゃんとした料理なのだ。

 

「さて、2人とも。 今日は重大な発表があります」

 

 正面に座るまりやさんが、厳粛(げんしゅく)な口調で喋り出す。

 僕も由奈も、ピタリと箸を止め、息を呑んでその言葉の続きに注目する。

 

「来週の土曜か日曜、私たちはお花見に出かけようと思いま~す。 わぁ~♪」

 

 笑顔でそう告げたまりやさんが、パチパチと自ら拍手をした。

 僕も由奈もそれに釣られ、思わずパチパチと拍手をしてしまう。

 

「お花見ですか」

「そう! 去年は行けなかったからね。 今年は行っとかないと」

 

 ニコニコと笑いながら言葉を返すまりやさんは、既にテンションが

8ヘクトパスカルは上がっている様子。

 基本は穏やかな人だから、ここまで嬉しさを前面に出してくれると

こちらとしても、なんだかホッとする気分だ。

 

「…由奈も、行くよね?」

「そりゃ、行くしかないでしょ」

 

 あまり表情には出ていないが、どうやら由奈も乗り気な様子。

 彼女はこう見えても、案外、賑やかなイベントが好きだったりする。

 

「もう、今から楽しみね~。 ルンララ~♪」

「……」

 

 まりやさんはウキウキ気分を隠そうともせず、リズミカルに料理を口に運ぶ。

 何はともあれ、こうして3人の家族の気分が高揚(こうよう)してしまったわけだ。

 恐るべし、お花見の魔力。

 

 

 

 冒頭に重大発表があった夕食の席も、無事に終了した。

 来週はお花見か…。

 弥彦(やひこ)くんたちとも、久々に会えるな。

 

「――どうぞ」

 

 遠慮がちなノックの音の後、ドアが開く。

 そこには、見慣れた妹の姿があった。

 僕は読んでいた漫画を適当な場所に置き、体勢を整える。

 

「ハル兄、ちょっといい?」

「うん…。 何の用事?」

 

 何処となく真剣そうな彼女の表情を見て、僕も少し真剣モードに入る。

 由奈は静かに部屋の中に足を踏み入れると、パタンとドアを閉じた。

 

「……」

 

 開きかけた口を閉じ、頭を掻く仕草を見せる彼女。

 どうやら、簡単に言い出せる内容の話ではないらしい。

 

「とりあえず、座る?」

 

 僕は自分の勉強机の椅子を引っ張り出し、そう勧めてみる。

 彼女は小さくコクッと頷いた後、静かにそこへ腰掛けた。

 

 ……

 

 沈黙が流れる。

 こういう時こそ、焦りは禁物だ。

 どんな内容かは知らないが、話すも話さないも彼女の自由…。

 しかし、どんな内容であれ、兄として聞き入れる覚悟は出来ているつもりだ。

 

「あのさ…。 あたしのクラスに、沙羅(さら)ちゃんって子がいるんだけど」

「うん」

「その子がさ、学校休んでるんだよ。 3日前から」

 

 (うつむ)き加減に視線を彷徨(さまよ)わせながら、由奈は会話を進める。

 僕は彼女の目をジッと見つめながら、話を聞く。

 

「ま、それだけっちゃそれだけの話なんだけど…」

「えっ?」

 

 もっと深刻な話だと予想していた僕は、ちょっと拍子抜けした気分。

 いや…でも、待てよ。

 もう少し詳しく聞いてみないと、まだ安心は出来ない。

 

「何で休んでるか、原因は分かってるの?」

「先生は、風邪だって言ってた。 でも、なんかさぁ…」

 

 小さく首を傾げながら、言葉を詰まらせる由奈。

 僕は焦らず、彼女の考えが(まと)まるのを待ってみた。

 

「違う気がするんだよ。 あの子、風邪とか引くタイプじゃないし…」

「……」

 

 確かに、人によって風邪を引きやすいかどうかの違いはあるだろう。

 しかし、それを素人目に見て判断出来るものなのだろうか。

 どれだけ健康優良な人であれ、病は訪れる時に訪れるものだ。

 

「それじゃ、由奈は何だと思うの?」

「ん~…。 それが分かりゃ、苦労しないって」

「もしかして…人間関係で、何か気になることでもあったとか?」

 

 僕はつい先日に観た、高校生の自殺を伝えるニュースを思い出す。

 何にせよ、多感な時期だ。

 その辺りの心配は、やはりしておくに越したことはないだろう。

 

「あぁ、うん。 いや別に、いじめとか、そういうのは無かったと思うんだけどね。

うん。 そういうのとはまた、違うんだけど…」

「……」

 

 …ふむ。

 嘘を吐いているようには見えない。

 しかしながら、ただ病気で休んでいるという気もしない、ということらしい。

 

 ……

 

 再び、沈黙が訪れる。

 何だか、話が見えているようで見えてこない。

 まぁでも、分かってきたことが1つある。

 

「由奈は、その子のことが気に掛かるわけだね?」

「……」

 

 僕の問い掛けに、彼女は躊躇(ためら)いがちに小さく頷いた。

 その仕草を見て、僕の中で一応の結論は出た。

 

「分かった。 僕がその子のこと、調べてみるよ」

「…本当?」

「うん。 何しろ僕、ミステリーハント部員だし」

 

 上目遣いにこちらを見る彼女に対し、しっかりした口調で返答する。

 この状況でそんな嘘を吐ける程、僕はいい加減な男ではない。

 そもそも、人生の中で嘘を吐いたことなど…まぁ、あるにはあるけど。

 

「早速、明日にでもその子の家に行ってみるよ」

「…うん。 ありがと」

 

 伝えた言葉が(いつわ)りでないことを示すため、早い内での行動を宣言しておく。

 男なら、やっぱり有言実行が出来る人でなくちゃ。

 

「ってなわけで…もう大丈夫?」

「うん。 …ありがと。 お休み」

 

 満足したのか、小さく微笑みを浮かべた由奈が椅子から立ち上がる。

 そして、入ってきた時よりも幾分か軽い足取りで部屋を出て行った。

 

「……」

 

 さてと…。

 約束を破る気はさらさら無いが、問題は、1人で行くべきかどうかということだ。

 様々な状況を想定するなら、やはり、もう1人ぐらいの人材は配慮すべきか。

 

 

 

 

 

「ここが、九重(ここのえ)さんの家か」

 

 2階建ての家屋を見上げながら、僕は呟く。

 噂の少女、九重沙羅さんはこの家に住んでいるという話だ。

 

「さて、と…どう切り込んでいくべきかな?」

「あなたの判断にお任せします」

 

 昨夜の約束を果たすため、僕はこの場所へとやって来た。

 だが、1人でやって来たわけではない。

 (かたわ)らにいる男の名は、黒沢秀輝くん。 僕の相棒的存在だ。

 

「ま…普通に話していけばいいか」

 

 覚悟を決め、僕はインターホンのボタンを押す。

 『ピンポーン』という特徴的な機械音が、家の中から聞こえてきた。

 

 住人の反応を待つ間、改めてその建物の外観を観察する。

 大きさにしろ、高級感にしろ、恐らくは僕の家と同じくらいだろうか。

 まぁ、この町では平均的なクラスの一軒家と呼んでいいだろう。

 

「……」

 

 インターホンの音が鳴ってから、25秒が経過した。

 しかしながら、まるで反応が返ってこない。

 耳を澄ましてみるものの、家の中からこれといった物音も聞こえない。

 

 

 

「……」

 

 3分30秒が経過した。

 未だにして、住人の反応は見られないまま。

 こうなると、留守の疑いも強まってくる。

 僕は4度目となるプッシュ・ザ・インターホンを実行する。

 

「…んっ?」

 

 それを実行した直後のことであった。

 玄関のドアが、風に(あお)られる様にゆっくりと開いたのである。

 

「……」

 

 中から、誰かが出て来そうな気配は無い。

 僕はテクテクと玄関前に歩み寄ると、半開きのドアをガバッと全開にしてみた。

 

 ……

 

 誰も、いない。

 確かに、あのドアの開き方は、人為的なものではなかった気もする。

 だとすれば、ドアの周辺に人影が見当たらなくても、別に問題は無い。

 

 しかし、それとはまた違った問題も浮上してくる。

 このドアには、鍵が掛かっていなかったのだ。

 そして、インターホンを押しても反応は無し…。

 

「榛名さん」

「んっ…?」

「廊下に、靴跡らしきものがあります」

 

 秀輝くんの言葉を聞き、彼の視線の先を追ってみる。

 廊下の上、点々と付着している、乾いた土の痕跡(こんせき)

 確かに、靴跡の様にも見える。

 

「……」

 

 住人の1人は、3日前から音沙汰(おとさた)無し…。

 玄関の鍵は開いていて、インターホンを押しても反応が無い。

 ――そして、この廊下に残る靴跡。

 

「なんか…嫌な予感がしない?」

「えぇ。 同感です」

 

 

 

 話し合いの結果、僕らは家の中に潜入することを決意する。

 不法侵入の罪は避けられないが、今はそんなことを気にする心情ではない。

 とにかく、一刻も早く住人の安否を確認しなければ。

 

 靴跡を辿り、僕らは応接間へとやって来る。

 部屋の中央にはコタツ。 その正面にはテレビ。

 開け放しとなった引き戸の先を見れば、食卓へと繋がっている構造が分かる。

 

「……」

 

 周囲をざっと観察してみるが、人の気配はおろか、部屋が

荒らされた様な形跡も、特に見られない。

 念のため、コタツの中も覗いてみるが、やはり異常無し。

 

「…ふ~む」

 

 五感を働かせてみるが、別に変な物音や臭いも感じられない。

 いや――微かに何か、香るものがある。

 はっきりとは分からないが、何か香水の匂いのようなものだ。

 でもまぁ…別に、事件性を思わせるものではない。

 

 もしかすると、取り越し苦労であったのかもしれない。

 帰って来た住人に対し、不法侵入の件について、どう話そうか…

などと考えてしまっている自分がいた。

 

「榛名さん。 これを見て下さい」

「…んっ?」

 

 秀輝くんの眼差しが向けられた先。

 そこにあったのは、何の変哲(へんてつ)も無い白い壁。

 …に、何か小さな穴が空いている。

 

 画鋲の跡というには、ちょっとサイズ的に無理がある。

 釘でも打ち込んだのかという感じだが、こんな場所に釘を打ち付けて

一体何をしようというのか、という疑問も生じる。

 周囲のひび割れの入り方からすると、穴のサイズの割にはかなりの衝撃で…。

 

「45ACP…フルメタルジャケット弾ですかね」

「えっ?」

 

 穴の奥に目を凝らしていた秀輝くんが、何事か呟いた。

 言葉の意味が分からず、僕は頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「大型の拳銃に使用される弾丸です」

 

 あっさりと言い放った彼の言葉に、僕は少々戸惑った。

 この平穏な町に、『拳銃』などという単語は、あまりに似合わないからである。

 

「大型、と言うと…」

「それだけ、殺傷能力が高いということです」

 

 殺傷能力。

 またしても、ここ花毬町には相応しくない言葉だ。

 僕は反射的に、物陰や窓の外の様子に目をやった。

 

「とりあえず、私たち以外の人間の気配や敵意…殺気といったものは

感じられません。 ――無論、油断は禁物ですが」

 

 落ち着いた秀輝くんの声に、僕は乱れかけた冷静さを取り戻す。

 護身(ごしん)の達人である彼には、そういったものを感じ取る能力が

確実に備わっていることを僕は知っている。

 

「……」

 

 さて…。

 何が起こったかを知るには、まだまだ情報が不足している。

 かといって、状況を考えれば、下手に動く訳にもいかない。

 こうなると、導き出される結論は…。

 

「――警察、呼ぼっか?」

「えぇ。 妥当な措置(そち)だと思います」

 

 僕の意見に賛同してくれた秀輝くんが、スタスタと

壁際に設置された電話の元へと歩みを進める。

 そしてポケットからハンカチを取り出すと、それで手を包むようにして

『110』と素早く番号を入力した。

 

「……」

 

 一瞬、何でそんなことをするのかと思ったが…。

 なるほど、余計な指紋を付けないためのハンカチか。

 つくづく、冷静な男である。

 

 

 

 

 

 緩やかな下り坂に差し掛かった。

 タイヤは自らその回転速度を上げ、僕の愛車を加速していく。

 頬を風切る感覚に、僕はしばしの陶酔感(とうすいかん)を覚える。

 

「……」

 

 別に、何処へ行こうというわけでもない。

 散歩がてらのサイクリング。

 人生の中で持て余す時間を、こんな風に過ごすのも悪くないものである。

 

「……」

 

 やがて下り坂は終わり、平坦な道へと変わる。

 この辺りは開発がそれ程進んでおらず、自然が多く残された地域だ。

 ふと視線をやった先には、ミツバチが薄紫色の花に止まっている光景がある。

 

 ミツバチは花の蜜を貰い、花はミツバチに花粉を運んでもらう…。

 実に友好的な関係だ。

 全ての生き物がこんな関係であれば、きっと素敵な世界になるんだろうけど…。

 そこはやはり、色々と難しい問題なのだろうか。

 

 

 

「……」

 

 橋の上で僕は自転車を止め、しばしの休息に入る。

 下に流れる緩やかな川を眺めながら、深く呼吸をしてみる。

 うん…なんだか、良い感じだ。

 ささやかな幸せに包まれてるって感じ。

 

「――ッ!」

 

 そんなささやかな幸せをぶち壊す、鈍い衝撃。

 どうやら、何かが頭上から降ってきたらしい。

 その物体は僕の頭を直撃した後、カランと乾いた音を立てて橋の上を跳ねる。

 そして、勢いのままに落下していった。

 

「……」

 

 ポチャリと音がして、小さく水飛沫(みずしぶき)が上がる。

 僕は被弾箇所を擦りながら、川に沈んだその物体に目を凝らしてみる。

 ここからじゃ、よく見えないな…。

 

 

 

 それなりに深さのある川であったが、その物体が落ちた場所は

川岸の比較的浅い所であった。

 僕は屈み込んで腕を伸ばすと、その物体を掴み取った。

 

「……」

 

 何やら、四角い石の板…多分、石版と呼んでいい物だろう。

 縦長の長方形で、サイズは大体、一般的な学習ノートと同じくらいだろうか。

 パッと見ではちょっと分からないが、何やら文字が刻まれている様子。

 

 破滅(はめつ)根源(こんげん)は、旅する巨人の故郷にあり

 

 5つの星と5人の勇者を揃え、魔王を討ち果たすべし

 

 勝利は、降る雪と共に訪れん

                                 ”

 

「……」

 

 僕は確かに、それなりに妄想癖のある方だ。

 剣とか魔法とか、そういったファンタジーな世界観に憧れる気持ちもある。

 しかしながら、僕だってもう15歳。

 

 15年に及ぶ歴史の中で、僕は様々に夢や理想を描き…

それと同時に、様々な現実を受け入れもしてきた。

 今やもう、それを(へだ)てる壁は、簡単に崩れ去るものではなくなっている。

 

「……」

 

 ならば何故、こんなにも胸が震えているのだろう。

 まさか、『そんなこと』が本当に起こり得ると思っているのだろうか。

 馬鹿馬鹿しい…と言いたい所だが。

 

“いないという確証が得られない以上、探求の余地はあります。

信じる、信じないの問題ではありません”

 

「……」

 

 これは確か、副部長さん…いや、元はといえば部長さんの言葉であったか。

 なるほど、と今になって思う。

 常識という基盤を軸に物事を判断するのは、実に簡単なことだ。

 

 しかしながら、真実というのは――かくも見極めが難しい。

 それもその筈。

 『真実』という言葉や、その意味なんてもの自体、所詮は

人間が作り出したものに過ぎないからだ。

 

 だから、何が真実かと見極めたところで、それは結局、

誰かの勝手な判断基準に基づいたものでしかなく…。

 つまり、何て言うか…その…。

 

「……」

 

 なんだか、頭がこんがらがってきた。

 まぁ要するに…世の中には、まだまだ理解出来ないこともあるってわけだ。

 僕はとりあえず思考を切り替え、改めてその文面に目を通してみる。

 

 ……

 

 ――そういえば。

 この『旅する巨人』というフレーズは、どっかで聞いた覚えがある。

 それも確か、ごく最近のことであった筈だ。

 

「…むっ?」

 

 ポツリと顔に当たる、冷たい感触。

 それが何であるか判明した時には、既に空はシャワーと化していた。

 僕は慌てて、愛車の元へと引き返す。

 

 雨に濡れるのは嫌いじゃないが、特別好きというわけでもない。

 今はどちからと言えば、濡れたくない気分である。

 ここは急いで、家に帰ることにしよう。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。