OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

5 / 30
第5話 星の欠片

 

 

 

 

 

「わ~ッ! わ~ッ! わぁあ~ッ」

 

 曇り空に少し肌寒い空気が吹き抜ける春の午後。

 前方から現れた見覚えのある少女が、あからさまに驚きの様相を見せている。

 彼女の視線の先には、僕と副部長さんがいた。

 

「どうしよ、奈緒(なお)ちゃん! ハルちゃんが…あのハルちゃんが、

仲良く女の子とツーリングしてるよ~!」

 

 彼女の名は、神田日和。

 幼馴染でクラスメイトで、家も近所だからよく顔を合わせる人。

 そんな彼女が、隣にいる背の高い少女に(わめ)きながら事態を説明している。

 

「榛名くんも、もうお年頃だから…仕方ないと思う」

「そんなぁ~! 嘘だと言ってよ、奈緒ちゃん」

 

 背の高い少女は、ナオちゃんというらしい。

 いや、彼女の顔には見覚えがあるのだが…交流の少なさゆえ、

名前がパッとは浮かんで来なかったのだ。

 

「…今日は、朝まで飲もう」

「うん! ――って駄目だよ。 私たち、まだ未成年」

「大丈夫。 オレンジジュースだから」

 

 日和はその人柄の良さのせいか、交友関係は広い。

 彼女の友達は、僕にとって友達の友達となるわけだが、その友達の

友達の中でも、僕がよく知る人、知らない人がいる。

 ナオさんはどちらかと言えば、後者に分類される人間であろう。

 

「諦めろ。 人生なんて、こんなもんや」

「え~っ、諦めきれない! …っていうか、何で急に関西弁?」

「…その場のノリ、かな」

 

 何を諦めるのかはよく分からないが、ナオさんが面白い人だということは分かる。

 多分、不思議ちゃんとか不思議さんとか呼ばれるタイプの人なのだろう。

 今度会った時は、きっとすぐに思い出せそうだ。

 

「ナオちゃん。 神田日和の友人。 背は高いけど、胸は小さめ…。

シュールな感じは、好き嫌いが分かれそう…と」

 

 さっきから黙ったままだなと思った副部長さんは、何だか独り言を呟きながら

あの手帳にせっせとメモを取っていた。

 さすが、情報屋を気取っているだけのことはある。

 

「あの、副部長さん。 とりあえず、自己紹介でもしてみませんか?」

「んっ? あぁ…うん、そうしよっかな」

 

 僕に(うなが)され、彼女は改まった様子で前方の2人を見据える。

 2人もそれに習うように、改まった様子で見返してくる。

 

「あたし、藤嶺まゆか。 ミステリーハント部の副部長やってま~す。

よろしく、お2人さん☆」

 

 明るくポップな感じで、簡潔に紹介を済ませる副部長さん。

 それを聞き、ピンときたって顔をする日和。

 

「藤嶺まゆか…って。 ひょっとして、あの変な手紙書いた人?」

 

 日和に尋ねられた僕は、黙ってコクリと頷く。

 ナオちゃんの方は、まだ何ともかんとも言い難い表情をしている。

 

「それは失礼しました。 あの、私は神田日和っていいます。

えっと…ハルちゃんのこと、これからよろしくお願いします」

「オッケ~。 このあたしに、お任せあれ☆」

 

 まるで保護者の如くかしこまって挨拶をする日和に、

得意気な笑顔で応対する副部長さん。

 なんかよく分からないけど、誤解は解けた様子だ。

 

「それで今、コンビ組んで初の部活動中ってわけなの。 調査テーマは、

ズバリ、この町に巣食う幽霊の正体…! なんだけど」

「おぉ~ッ。 それ、私も凄く気になります」

「でしょでしょ? ま、今後の調査結果に期待してちょうだいな☆」

 

 しっかり打ち解け始めている2人をよそに、僕とナオちゃんは

背の高い者同士、どちらからともなく顔を見合わせる。

 彼女はなんだか、若干怪しげな笑みを浮かべているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 あの2人と別れてから、しばらく。

 僕らは最初の目的地である、田園地帯へと辿り着いた。

 

「さて、やって来てはみたものの…何を調べればよいのやら」

 

 首を捻った副部長さんから、頼りない発言が漏れる。

 とはいえ、僕も同感な気持ちであった。

 

「そういえば、近くに墓地がありますよ。 ほら…あそこに」

 

 僕はそう言うと、やや遠くに見えるそれらしき場所を指差した。

 時之宮(ときのみや)霊園(れいえん)

 僕のじいちゃんやばあちゃんなども埋葬されている所だ。

 

「本当だ。 ま、幽霊と言えば…って感じもするしね。 ちょっと、行ってみようよ」

「了解です」

 

 ――その瞬間だった。

 グラリと、足元が揺らめく感触。

 この嫌な感触には、覚えがあった。

 

「あっ、ちょっ…!?」

 

 僕はすぐさま自転車から降りると、近くにいた副部長さんを

彼女が乗っていた自転車から掴み取った。

 間も無くして、本格的な揺れが始まる。

 

 ……

 

 両足の裏をガッチリと地面に固定し、体のバランスを取る。

 それ程激しい揺れでもないようだが、地の底から何かが突き上がるような

この感覚は、否応なく人心に恐怖を与えてくれる。

 周辺に高い建物などが無いことは幸いだが…。

 

「……」

「……」

 

 やがて揺れが治まると、腕の中の副部長さんがホッと溜め息を1つ吐く。

 僕はそっと彼女の体を下ろすと、周囲の状況に目を配った。

 

 見た感じ、とりあえず目立った被害も無さそうだが…。

 何だか、妙な胸騒ぎを感じる。

 それは、直接的な被害というよりも、むしろ…。

 

「は~っ、ビックリした。 地震なんて、何年振りだろ?」

 

 何だか最近は、こういう変な予感を覚えることが多い。

 自分にもし第六感の様なものが備わっているのであれば、

これは何か、大変なことが起こる前触れなのかもしれない。

 

「って、君にもビックリしたよ。 急にあたしを自転車から引っぺがすんだもん」

「…すみません。 安全確保のためです」

 

 体の安定感には定評のある僕なので、自然とそう動いてしまったのだ。

 その気になれば、天地が逆さまになろうとも、立っていられる自信がある。

 地震…だけにね。

 

「まぁでも、大したことない揺れだったよね? …んじゃ、気を取り直して出発!」

 

 元気良く宣言すると、彼女の自転車が軽快にスタートを切る。

 僕も慌てて自分の自転車を発進させ、後を追った。

 

 

 

「…え~っと、こちらが、そのミステリーハント部の副部長さん。

今は一応、コンビを組んでいるってことになります」

 

 時之宮霊園は、この地域の自治体が管理する小規模な共同墓地だ。

 子供の頃に来た時は、不謹慎かもしれないが、ちょっとした遊び場感覚

だった場所でもあり、今も当時のワクワク感が少し蘇りつつある。

 

「この先、何が待ち受けているかは分かりませんが…どんな時でも自分を

失わず、僕なりに出来ること、想えることを大切にしていきたいです」

 

 しかし、命を失くしたとはいえ、彼らもまた、人間であることに変わりはない。

 時には下らないことで笑ったり、どうでもいいことで時間を潰したり…。

 そういうものを求めている部分だって、きっとあるんじゃないかな。

 

「――それじゃ、またね」

 

 別れの言葉を告げると、仲良く2つ並んだ墓石から視線を外す。

 供え物の1つぐらい持ってくるべきだったかな…と、今更ながらに思った。

 

「では、調査を開始しましょうか」

「おっし」

 

 しかし今回ここを訪れたのは、お墓参りのためではない。

 例の幽霊に関する手掛かりを探すためにやって来たのだ。

 レイのユウレイ…って、言ってみると何だか変な感じもする。

 

「でも、何を調べるんですか?」

 

 さっき田園地帯にて浮かんだのと同じ疑問が、僕の頭を()ぎる。

 まさか、墓を掘り起こしてみるわけにもいくまいだろう。

 

「ん~っ…ま、とりあえず、一通り案内してみてよ。 何か気になるものを

見付けたら、その都度、調べていけばいいじゃない」

「了解しました」

 

 

 

 

 

 結局、時之宮霊園では特にこれといった手掛かりも得られなかった。

 調査に空振りは付き物だと彼女に説かれた後、僕らは次の目的地を目指す。

 太陽の色が、そろそろ茜色(あかねいろ)に染まりつつあった。

 

「お~っと、ここだね? 杉山くん」

「そのようです」

 

 しばらく民家の見当たらない景色が続く中、僕らはとある建造物の前で

同時にブレーキを掛け、停止する。

 眼前には、柵状の大きな門が建物への侵入をきっちり阻んでいる光景がある。

 

篠原(しのはら)鉄工所…か。 なるほど、何か出てきそうな気配はあるね」

「……」

 

 敷地内に見える様々な建物や施設は、時の流れの過酷さを伝えるかのように

かなり錆び付いている様子。

 夕焼けに照らし出されるその姿には、確かに不気味なものがある。

 

「う~ん…ま、そうだよねぇ」

 

 副部長さんは、門に取り付けられた『立入禁止』の札を見て呟いた。

 当然といえば当然の処置だが、これでは工場内を詳しく調べることは出来ない。

 

「どうする? いっちょ、突入してみよっか☆」

「…駄目です」

 

 好奇心旺盛なのは結構なことだが、それとこれとは別問題だ。

 まぁ僕も、幼い頃はよく不法侵入をしていた記憶があるが…。

 あれは、うん。 若気の至りというものだから。

 

「ルールに縛られてちゃ、辿り着けない真実もあるんだよ?」

「ルールを守りながらも真実を見抜くのが、一流の探求者というものです」

「――おっ…言うねぇ、君も」

 

 お互いに分かったような台詞を言い合っていると、

不意に車のエンジン音が近付いてくる。

 車は瞬く間に僕らの元までやって来ると、そこでピタリと停止した。

 

 この濃いブルーの車体は…。

 確か、今朝にも見た記憶がある。

 

「君たち、こんな所で何してるんだい?」

 

 ウィンと運転席の窓が開いたかと思えば、そこにいた何者かが声をかけてくる。

 30代後半ぐらいと思われる、中々に端正な顔立ちをした男性だ。

 髪型もバッチリ決めてある感じで、多少ナルシストな雰囲気もある。

 

「実は、この辺りに幽霊が出るという噂を耳にしまして…」

「幽霊?」

 

 色々と不審な要素もある人物に、僕は正直な答えを返す。

 初対面であるにも関わらず、彼には妙な親近感を覚えていた。

 いつものデジャヴとは、また違う感じのものだ。

 

「お兄さん、何かそれらしい話はご存知ありませんか?」

 

 続いて副部長さんが、ササッとメモを取る準備をしながら尋ねる。

 手帳と鉛筆を取り出してポーズに至るまで、恐らく1秒も掛かっていないだろう。

 正に職人技だ。

 

「いや、知らないよ。 そもそも僕は、この辺りに住んでる人間じゃないからね…。

そういうのは、地元の人に訊いた方がいいんじゃない?」

 

 男性は丁寧に受け答えをし、チラッと僕らから視線を外す。

 さり気なく車内の様子を観察してみるが、どうやら他に同乗者の姿は見えない。

 

「あの…失礼ですけど、この町へ何をしに来たんですか?」

 

 プライベートに踏み込んだ質問だとは重々承知の上だが、何故だか

無性に気になったので、尋ねてみることにした。

 男性は口元に手をやり、しばらく思案に暮れた様子を見せる。

 

「それがね、僕にもよく分からないんだ。 ただ、何か…誰かから

呼ばれている様な気がしたもんでね」

 

 男性の口からは、かなり漠然(ばくぜん)とした答えが返ってきた。

 理知的な雰囲気が漂う彼からすれば、意外な返答と言えるだろう。

 

「誰かって…?」

「それは、僕が教えて欲しいくらいだよ」

 

 男性は、爽やかな微笑みを見せて言い切った。

 その奥に潜む何かを感じ取った僕は、それ以上の追及を避けることにする。

 

「…じゃあ、そろそろ行ってもいいかな?」

「はい。 変なこと訊いて、すみませんでした」

 

 僕はペコッと軽くお辞儀をして、男性に非礼を詫びる。

 ふと隣の副部長さんを見れば、視線を落とし、何だか考え込んでいる様子。

 

「先に呼び止めたのは僕の方だからね。 お互い様だよ。 …それじゃ」

 

 運転席の窓が閉まり、車にエンジンが掛かる。

 そして彼は、僕らの前から颯爽(さっそう)と姿を消したのであった。

 

 

 

「今の人…どう思う?」

「カッコいい人でしたね」

「そうそう。 ――って、違うよ」

 

 彼の走り去った方角を眺めながら、僕たちは言葉を交わす。

 カーカーと鳴くカラスの声が、遥か彼方から鼓膜を震わした。

 

「あたしの中のまゆちゃんセンサーが、ピーンッときちゃったのよ。

あの人は将来、何か凄いことに巻き込まれる…そんな気がするの」

 

 あの人が将来、凄いことに…。

 言われてみると、何だか僕もそんな気がしてきた。

 ――しかし、その前に1つ気になることが。

 

「『まゆちゃんセンサー』…というのは?」

「あたしに搭載(とうさい)されている、高性能な感知機能のことだよ。

怪しい人を見れば、すぐにこれがシャキーンと反応するの」

 

 副部長さんは、至って真面目な顔で答えている。

 ならば、本当に存在するものと考えていいのだろう。

 その方が、夢もあるしね。

 

「君を初めて見かけた時にも、同じくらい凄い反応があったよ。

でも、あの時の方がもっと凄かったかな…?」

「……」

 

 そう言われても、喜んでいいのかどうかはよく分からない。

 出来れば、平穏無事な未来が待っていると思いたいのだけれど…

そうはいかせてくれないのが、運命の神様の怖いところ。

 何はともあれ、トラブルに対応出来る心身を(やしな)っていく他あるまい。

 

 

 

 

 

 日も暮れ、薄暗い空が広がる頃、僕たちは最後の目的地である

龍頭公園へとやって来た。

 早朝、大地くんが幽霊らしきものを見たという場所である。

 

 大地くんの証言に基付くならば、『彼女』は公衆トイレの裏の方へ

スゥーッと移動していったとのこと。

 僕らも早速、トイレの裏側へと足を運ぶ。

 

「君は一度、ここに来てるんだよね?」

「はい。 その時は、別にこれといったものは…」

 

 言葉を紡いでいた最中、薄暗い闇にキラリと光るものがあった。

 輝きは一瞬で治まらず、緑色に染まった光を放射し続けている。

 

「…何だろ?」

 

 副部長さんが首を傾げる中、僕はズンズンと光に向かって歩みを進める。

 どうやら、地面に落ちている何かから発せられているものらしい。

 

 ……

 

 それをヒョイッと拾い上げ、じっくりと観察してみる。

 どうやら、何かペンダントの様な物らしく、輪になった鎖の先に飾りが付いている。

 それは、真ん中の部分がくり抜かれた、典型的な星の形をしていた。

 

「ん~っ、何それ?」

 

 光は、そのクッキーの型みたいな飾りから発せられている様子だった。

 眩しく強烈な光の様にも思えるし、淡く優しい光の様にも感じる。

 なんとも不思議な光であった。

 

「誰かの落とし物でしょうか?」

「う~ん…どうかな」

 

 僕は無難な仮説を立ててみるが、彼女は何だか附に落ちない表情。

 そう言う僕も、実はちょっと附に落ちない部分があった。

 

「――おっ、いいじゃん。 似合ってる」

 

 何となく、僕はそのペンダントを首に掛けてみた。

 普段ならば、他人様の持ち物を勝手に身に付けたりするような男ではないが…。

 今は何だか、そんな気分になったものだから。

 

「…それ、君が持ってればいいんじゃない?」

「えっ?」

「だって、似合ってるし」

 

 彼女が言い出した提案は、普通に考えれば荒唐無稽(こうとうむけい)なものだ。

 第一、似合ってるかどうかの基準自体、人それぞれではないか。

 しかしながら、今回に限っては…何故だか反論する気になれなかった。

 

「――じゃあ、ひとまず僕が預かっておきます」

「ん…いいんじゃない、そういうことで」

 

 何かが変わり始めているという感覚は、ずっと前からあった。

 しかし、この時ほど『それ』を顕著(けんちょ)に感じたことはなかったかもしれない。

 僕はペンダントの飾りから発せられる光を、しばらく複雑な想いで眺めていた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。