OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第3話 まだ遠い恐怖

 

 

 

 

 

 僕と大地くんは、現場に急行した。

 現場までは、家から出て一直線に道路を駆け抜け、

途中のそろばん塾が隣接する曲がり角を右に曲がる。

 しばしの田園地帯を突っ切れば、やがて到着と相成(あいな)る。

 

「…着いた」

 

 僕より10秒程遅れて、大地くんもやって来る。

 これぐらいのペースに遅れるようでは、陸上部の名が(すた)るというものだ。

 

「せ、先輩…もうちょっと手加減して下さいよ」

「やはり君は、スタミナの面に問題があるね」

 

 いかに俊敏な動きが出来ようとも、それを生かす体力を

(ともな)っていなければ、話にならない。

 持久力と機敏(きびん)さを兼ね備えてこそ、真のファイターと言えるのだ。

 

 ……

 

 そんなことはさて置き、問題の公園を見渡してみる。

 砂場、シーソー、ブランコにジャングルジム…。

 お馴染みの遊具が取り揃えられた、小さいながらも美しい公園だ。

 

 公園内には何本か、桜の木も植えられている。

 今は春真っ盛りなので、彼、もしくは彼女らには可憐な

淡いピンク色の花が咲き、自身と周囲の景観に(いろど)りを添えている。

 

「で…噂の幽霊は、どの辺りにいたの?」

「えっとですね、っと…あの辺だったと思います」

 

 僕の問い掛けに、大地くんはある一点を指差して答える。

 そこはどうやら、公衆トイレの付近。

 奥には雑木林が広がっているのが見える。

 

「なんか俺に気付くと、そのままスゥーッとトイレの裏の方に…」

「……」

 

 トイレの出入り口はこちらから真正面に見えるため、その裏側となれば

当然、ここからだと死角になる範囲だ。

 僕は公園内に足を踏み入れると、その疑わしき場所へと向かう。

 

「あっ…や、やっぱり行くんっすか?」

「当然」

 

 ズンズン歩く僕の背中から、怯えた様子の彼の声が聞こえる。

 ここまで来たのなら、そりゃ確かめない訳にはいかないだろう。

 チラッと振り返れば、彼もおどおどした様子で僕について来ている。

 

 そして、問題の地点。

 僕の脳裏に、トイレの裏側にひっそりと(たたず)む幽霊の姿が描かれる。

 微かに呼吸を整えてから、僕はバッとそこへ飛び出した。

 

「……」

「ど…どうです?」

 

 その先にあった光景を見て、僕は思わず息を呑んだ。

 何故ならば…。

 1匹の三毛猫が、こっちをジロリと睨んでいるからだ。

 

 その猫には、見覚えがあった。

 確か、日和の家で飼われている『ニャンニャン』とか呼ばれる猫だ。

 ちなみに、名付け親は日和らしい。

 

「な、何かいるんっすか?」

「……」

 

 飼われているとは言っても、日和の家は放任主義らしく、こうして

自由に外を出歩き回ることは、基本的に許可されている。

 猫は周囲の環境に柔軟に対応出来るが、野生の本能が消え去ることは

まず有り得ない生き物とされている。

 つまり、こうして外の世界を出歩くことは、非常に重要なことなのだ。

 

「あっ…」

「ど、どうしました!?」

「逃げた」

 

 彼女はクルリと方向転換をし、足早に雑木林の方へと去っていった。

 僕は結構、懐かれている方だと思ってたんだが…。

 まぁ、そういう気まぐれな所も、彼女らしいと言える。

 

「逃げられましたか…。 やっぱ幽霊でも、先輩の威圧感には

尻尾を巻くしかないんっすかね」

「違う。 猫」

 

 その時、近くから何か物音が聞こえた。

 音の発生源は、恐らくこの公衆トイレ。

 何かが壁にぶつかったような、乾いた音だ。

 

「猫…? 猫の幽霊がいたんっすか?」

「まぁ、そんなところ」

 

 僕は音の正体が気になり、適当な返事をしてしまう。

 彼女が幽霊でない保障は何処にも無いため、嘘とは言い切れないだろう。

 そうこうしてる間に、再びさっきと似た音が響く。

 

 僕はササッと歩き出し、トイレの正面の方へと回り込む。

 その瞬間、何かが顔面へと急接近してきた。

 

「……」

 

 クイッと首の向きを変えると、さっきまで僕の顔があった地点を

独特の模様が入った球体が通り過ぎる。

 球体はそのままの勢いで壁に激突し、やがて地面に落下する。

 

 だが、球体は落下した後、思わぬ方向へと飛び跳ねた。

 イレギュラーバウンドというやつだ。

 僕は咄嗟(とっさ)に足を出し、球体を上空へと蹴り上げる。

 

 ……

 

 蹴り上げた球体を、パシリとワンハンドでキャッチする。

 何処からどう見ても、サッカーボールと呼ばれる代物(しろもの)だろう。

 そして視線の先には、持ち主と思しき少年の姿がある。

 

「……」

 

 どちらかと言えば痩せ気味で、どちらかと言えば長髪。

 小学校の低学年ぐらいだろうか。

 どことなく、寂しそうな目をした人だ。

 

「はい」

 

 僕はボールを転がし、少年の足元へとやる。

 少年は僕から視線を外さぬまま、やって来たボールをトラップ。

 簡単にやってのけているが、ある程度の視野の広さがないと難しい芸当だ。

 

「…ありがと」

 

 少年は足元のボールを持ち上げ、脇に抱える。

 そして一言のお礼を言うと、僕に背を向け、走り去ってしまった。

 

「……」

 

 なんだか、明らかに逃げられたという雰囲気。

 猫に続いて、人間の子供にまで避けられてしまうとは…。

 僅かばかり、ショックを受けることにする。

 

「あの、先輩…猫の幽霊は?」

「――君の肩の上にいる」

 

 何やら(わめ)き出した大地くんを尻目に、僕は駆け出した。

 大地くんは喚きながらも、必死に僕の後を追いかけてくる。

 追い付かれては面倒なので、僕も必死に走ることにした。

 

 

 

 

 

 うららかな春の風を受け、今日も僕らは登校する。

 天気は快晴。

 傍らに見える小川には、桜の花びらが浮いている。

 

「秀輝くん…」

「何ですか?」

「秀輝くんは、幽霊って信じる?」

 

 住宅街を疾走する中、僕は隣にいる彼に話しかけた。

 彼とこうして登校するのは、小学生時代から変わらぬ光景だ。

 中学生からは自転車登校に移り変わったのだが、彼の絶妙な

ペース調整により、僕らは常に一定の距離を保たれている。

 

「昨日も、同じ質問をされましたが」

「だから、改めて訊いてみる」

 

 僕の記憶が確かならば、昨日の彼の答えは『ご想像にお任せします』

という、曖昧(あいまい)極まりないものだった筈だ。

 残念ながら、僕の想像力では、彼の脳内を知ることは出来ない。

 

 道路の向こうから、濃いブルーの車体をした外車がやって来る。

 この辺りの雰囲気とはちょっとそぐわない、高級感溢れる外観。

 乗っているのは、どんな人だろうか。

 

「では…あなたは、どう思います?」

「えっ?」

「幽霊は、いると思いますか?」

 

 質問を質問で返され、僕は少し混乱する。

 しかし、相手に答えてもらいたい以上、自分も同じ質問には

答えてやらねばならぬだろう。

 

「いない…と思う。 多分ね」

「そうですか」

 

 はっきりと答えを出していたつもりだが、ついつい言葉を(にご)してしまった。

 彼の前だと、こういう優柔不断さが隠せないことも少なくない。

 

「それなら、いないのかもしれませんね」

「…うん」

「では、私の答えも同じとしておきましょう」

 

 秀輝くんはフッと微笑みながらそう答えると、視線を正面に戻した。

 どうやら、ここで話を打ち切ろうということらしい。

 

「……」

 

 前回と比べれば、一応ちゃんと答えてくれた様な気もするが…

やっぱりどうも、()に落ちない気分だ。

 しかし、下手に追及したところで、本音を言うような男ではない。

 この件は、後のお楽しみということにしておこう。

 

 

 

 カンカンカンと、警告音が鳴り響く踏み切り前。

 足止めを喰らった僕たちは、否応なく待機を強いられていた。

 

「……」

「おっ、榛名くんか。 おはよう」

 

 小さな溜め息を吐いた僕に、後ろからやって来た自転車の男が

同じく踏み切り前で停止し、声をかけてくる。

 その青い制服と帽子は、警察官と呼ばれる職業に準ずるものだ。

 

「おはようございます。 巡回中ですか?」

「うん、まぁね」

 

 彼の名前は、桜庭(さくらば)光一(こういち)

 ある事件の際に知り合い、ちょっと知れた仲となっている人物だ。

 髪の毛は茶髪で、見た目は少し頼りなく思われることもあるが…

ともかく、正義感は人一倍ある男と紹介しておこう。

 

「あ、そうそう…君らにも一応、訊いとくか」

 

 彼はボソボソ呟きながら、ポケットの中から何かを取り出す。

 それをピラッとこちらに向けると、誰かの顔写真であることが分かる。

 

「この人、何処かで見かけたことない?」

 

 50代ぐらいと思われる、優しそうな笑みを浮かべた男性。

 中肉中背で、これといった特徴は挙げにくい。

 

「いえ…知りません」

「私も、覚えがありませんね」

「そっか。 …んじゃ、この人は?」

 

 続いて、また誰かの顔写真が差し出される。

 30代ぐらいの女性だろうか。

 美人というよりは、可愛い系な印象の人だ。

 

「…分かりませんね」

「私も、見ていません」

「そっか。 ありがとう」

 

 桜庭さんは質問を終えると、2枚の顔写真をポケットにしまい直した。

 その刹那、電車が目の前を通り過ぎていく。

 しかしながら、まだ踏み切りは閉じたままである。

 

「あの、その写真の人たちは…?」

「うん。 ちょっと前から、行方不明になってる人たちだよ。

今のところ、これといった手掛かりも無しでね」

「…そうですか」

 

 この平穏な町では、物騒な事件などあまり聞くことがない。

 僕は少々、胸の奥がざわつく様な感覚を覚えた。

 こういった僕の予感は、割と高い確率で当たることもある。

 

「なんか最近は、こういう失踪事件が多くてね。

警察の間でも、変な噂が立ってたりしてさ…」

「…『覚醒者(かくせいしゃ)狩り』、ですか?」

 

 僕が思いつきで言った言葉を受け、桜庭さんは分かりやすく動揺した。

 警察官ならば、もう少しポーカーフェイスを心掛けて欲しいものだ。

 

「な、何で知ってんの?」

「いや…ある筋から、偶然聞いただけですよ」

 

 そうこうしている内に、再び電車が僕らの前を通り過ぎる。

 そして、ようやく踏み切りは開いた。

 

「…ま、そういうわけだからさ。 君らも一応、気を付けろよ」

「はい。 それでは、また」

 

 踏み切りを渡った僕らと桜庭さんは、すぐそこの分かれ道で別れる。

 覚醒者狩り…。

 気になるワードを頭の中で繰り返し浮かべながら、僕は登校するのだった。

 

 

 

 

 

「はぅあ~ッ! 今日も遅刻だ、いっそげ急げ!」

 

 自転車置き場に自転車を置き、さぁこれから校舎へ…という時だった。

 何者かが何事かを叫びながら、猛スピードでこちらへ突っ込んで来る。

 

「いっそげ急げ! 急げや騒げ~!」

 

 長い髪に大量の寝癖が付いた、女子生徒の姿。

 制服のリボンの色から、1年生であることが分かる。

 

 彼女は尚もスピードを上げながら、グングンこちらへ接近している。

 まるで僕らのことなど、目に映っていない様子だ。

 このまま何の対策も立てなければ、衝突は避けられない。

 

 ……

 

 僕は1メートル程まで彼女を引き付けた後、サッと体を横にずらした。

 しかし彼女は、まるでホーミング・ミサイルの如くコースを変えては

僕に向けて突っ込んで来るのであった。

 

「あべしッ!?」

 

 激突した女子生徒は、奇声を上げながら吹き飛び、地面を転げ回った。

 互いの体重差を考えれば、当然の結果だ。

 ゴロゴロと幾度も体を回転させた後、やがてピタリとその動きが止まった。

 静寂が辺りを包み、僕と秀輝くんは黙って顔を見合わせる。

 

「い…今のは効いたぁ~」

 

 ふらつきながら自力で起き上がる彼女であったが、すぐにバランスを崩し、

再び地面にへたり込んでしまった。

 見かねた僕はサッと駆け寄り、手を差し伸べてみる。

 

 彼女は差し伸べた手をしかと掴むと、今度こそちゃんと起き上がった。

 ゼイゼイと息を切らし、髪や制服には砂が付き(まと)っている。

 

「大丈夫ですか?」

「へ…平気平気。 これも修行の一環です」

 

 質問に答えながら、彼女は手早く纏わり付いた砂を払っていく。

 やがて払い終えると、視線を真っ直ぐ僕に向けてきた。

 

「あの、ごめんなさい。 避けようとしたんですが、そしたら方向転換した先に

何故だかあなたが待ち受けているという事態となったわけで…」

「いえ、いいんですよ」

 

 つまり、お互いに避けようとした結果、結局は衝突してしまったわけか。

 カーレースなどにおいても、こういった駆け引きや譲り合いが

結果的に悲劇を生んでしまうことも多々あるらしい。 …難しいものだ。

 

「それより、急いでるんじゃないんですか?」

「あっ…そうでした! このままだと、また遅刻しちゃいます!」

 

 今回は大した悲劇にはならなかったが、お互いにとってタイムロスの

事態であったことは否めないだろう。

 特に彼女にとって、そのロスは痛そうな雰囲気がある。

 

「だったら、さっさと目的地に向かいなさい」

「はッ! 了解であります!」

 

 僕が指示を出すと、彼女はピシャッと敬礼を決めて走り出した。

 目的地は定かではないが…多分、部活の朝練でもあるのだろう。

 

「…さて、僕らも教室へ行こう」

「そうですね」

 

 完全に傍観者と化していた秀輝くんの元へ駆け寄り、共に歩き出す。

 今の事態を受け、僕らには少しばかり民衆の視線が集中している様子。

 ともかく、今日も張り切って学業に励まねば。

 

 

 

 

 

 


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