OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第23話 暗中模索

 

 

 

 

 

「えっと、榛名くん…だよね?」

 

 深夜のコンビニのレジ。

 ここで働くアルバイトの荻野(おぎの)さんとは、少しは顔の知れた仲だ。

 彼女の前に僕が置いた買い物カゴには、お茶とおにぎりと、2種類の惣菜(そうざい)

 

「どうしたの? こんな時間に…」

「……」

 

 精神は安定した状態なのだが、上手い言葉が見当たらない。

 それならそれで、何も語る必要は無いだろう。

 今ここで、僕が1人のコンビニ店員さんにちょっとした不審感を

抱かれるかどうかなど…僕にとっては、取るに足らない問題だ。

 

 ……

 

「あの、これ…お釣りです」

「……」

「…ありがとうございました」

 

 終始無言で応対をする僕に、彼女は眉を潜ませながらも、

マニュアル通りに常務を遂行(すいこう)していく。

 僕は商品が入ったビニール袋を手に取ると、淡々とした足取りで店を出た。

 

 

 

「んっ…。 これ、美味しいね」

「はい」

 

 パックに入ったきんぴら牛蒡(ごぼう)は、程好く甘辛い味付け。

 なんだか、ホッとする味だ。

 

 ……

 

 コンビニ近くの公園。

 僕と秀輝くんの間には、ビニール袋。

 僕たちはその袋の中にある物を、黙々と口に運んでいく。

 

「……」

 

 ペットボトルのお茶を一口飲み、街灯に照らされた景色を眺める。

 これといって気に留めるものもない、ただ夜の公園の一部を

切り取っただけに過ぎない景色。

 

 ……

 

「秀輝くん」

「はい」

「――ありがとう」

 

 多分、いや…絶対にそうしてくれるだろうとは思っていたけど。

 それでもやっぱり、嬉しかった。

 頼もしかった。

 

「榛名さん」

「…んっ?」

「私はそれ程、立派な人間ではありませんよ」

 

 どれだけの時間を掛けて、どれだけの場所を見て回ったか。

 考えるのも面倒なので、止めておくことにする。

 ともかく、大事なのは――次の手だ。

 

「私があなたを助けたいと思ったからこそ、力を貸しているだけです。

あなたに、それだけの価値があるというだけの話です」

「……」

 

 おにぎりを片手に、彼は小さく微笑んで言葉を紡ぐ。

 僕はもう1つの惣菜である唐揚げを口に運び、食べる。

 

「僕の価値って…例えば、どんなところ?」

「色々とありますが。 簡単に言えば、優しいところと面白いところでしょうか」

 

 僕がぶつけた疑問に、歯の浮くような照れ臭い台詞をしれっと返す秀輝くん。

 こういうところが、凄い。

 

「無論のこと、人間である以上、誰しもに優しさや面白さと呼べる部分はあります。

しかし、あなたの持つ『それ』は、他の人には決して宿せないものなのです」

「…よく分かんない」

「理解せずともそれを宿せるということは、『それ』はあなたの

才能の1つと言えるでしょうね」

 

 ひんやりした空気が流れる夜の公園で、彼の演説が()える。

 僕の頭は、その意味を理解するのに追い付かない。

 いつもの、僕たちの空気感。

 

「優しさとか、面白さとか…そういうのって、才能なの?」

「努力や意思改善、教育や環境によって身に付く場合もあるでしょう。

しかし、そうではない次元のものも存在するのです」

「…う~ん」

「あなたは、そういった類稀(たぐいまれ)なるものを持って生まれた、特別な存在なのでしょう」

 

 尚も冴え渡る彼の演説に、僕は口元に手をやって思考を巡らす。

 優しさとか、面白さが才能…って。

 なんか、あんまり聞いたことがない発想だ。

 

「――特別って、良いことなの?」

 

 何だか遠い昔にも、こんなことを尋ねたような気がする。

 彼のその少し悪戯っぽい表情は、まるで僕がそう尋ねることを

待っていたとでも言いたげであった。

 

「さぁ…どうでしょう。 それを決めるのは、人それぞれの価値観です。 ただ…」

 

 タイム・スリップ。

 今の感覚を一言で例えるなら、それ以外に適切な言葉はないだろう。

 

「私は、特別なあなたが…。 普通ではないあなたが、好きです」

「…ありがと」

 

 ――あの時の分も含めて。

 僕はその短い返答に、ありったけの感謝の気持ちを込めた。

 

 

 

 

 

 まだ明確な作戦も決まらぬまま、僕らは夜の街中に自転車を走らす。

 明かりの消えた街並み。 閉じられたシャッター。

 闇に呑み込まれた町は、当たり前のように静まり返っている。

 

 ……

 

 後方からやって来た黒のワゴン車が、僕らを通り過ぎた直後に停止した。

 どうにも不気味な気配を察し、僕と秀輝くんは揃って自転車を止める。

 やがて車のドアが開くと、中から見覚えのある人物が姿を現した。

 

「やぁ、少年(ボーイ)たち。 夜のお散歩中かい?」

 

 浅黒い肌に、ウェーブのかかった黒髪…。

 皮のジャンパー。 腕に見受けられる、幾つもの装飾品。

 どうやら、彼に間違いなさそうである。

 

「そう警戒しなくてもいい。 こんな街中で、騒ぎを起こすつもりはないよ」

 

 秀輝くんをかばうように右腕を横に伸ばした僕に、皮ジャンの男は

口元を(ゆが)ませながら発言する。

 つまり、場所によっては危害を加える場合もある…という意味にも受け取れる。

 

「そっちは、お友達かい? ふ~ん…」

 

 そんな人間に警戒心を抱かずに接することが出来るほど、

僕は散漫(さんまん)な人間ではない。

 ジロジロと、何かを見定めるように秀輝くんへと視線を這わす男に

細心の注意を払いつつ、僕は車の方へも目をやった。

 

 運転席に座っているのは、迷彩模様のバンダナを巻いた男。

 『ピューマ』に『ウルフ』…。

 あの、夜の学校で起こった襲撃事件の際の記憶が、脳内に呼び起こされる。

 

 ……

 

「――質問があります」

「…何かな?」

 

 僕が発した言葉に、皮ジャンの男は、少し意外そうな顔をこちらに向ける。

 あまり関わりたくない類の人間ではあるが…今は、状況が状況だ。

 多少のリスクを負うのは、仕方のないことだろう。

 

「あなた達は、『ログイゼニア』ですか?」

「……」

「――それと、もう1つ」

 

 男の表情と挙動に細心の注意を払いつつ、僕は言葉を続ける。

 体の奥底にある何かが、熱くたぎっているような感覚がする。

 

「現在、僕の妹と…育ての親とも言うべき人の行方が分かりません」

「……」

「――これは、あなた達の仕業ですか?」

 

 ……

 

 長い沈黙が流れた。

 嫌な時間、不安を(よう)する時間ほど、人は長く感じてしまうものだ。

 だが…それでも、時を止めることまでは出来ない。

 

「本来であれば、黙って立ち去る場面だが…。 君の場合は、特別だ」

 

 戸惑いを見せていた男の顔に、再び不気味な笑みが戻る。

 逆に、運転席からこちらの様子を(うかが)っているバンダナの男には、

怪訝(けげん)そうな表情が浮かんでいた。

 

「最初の質問は、イエス。 次の質問は、ノーだ」

「……」

「これで満足かい…? 少年(ボーイ)

 

 皮ジャンの男が、どこか挑戦的な態度でそう答えた瞬間――

運転席のドアがバンッと開き、バンダナの男がこちらに歩み寄ってくる。

 緊迫した空気に、更にピリリとしたものが加わった。

 

「だが、俺達であれば…やりかねないことであることも、事実だ」

「ピューマ。 その辺にしておけ」

 

 尚も言葉を連ねる皮ジャンの男に、バンダナの男が冷たい口調で告げる。

 皮ジャンの男は悪びれた様子もなく、ニッと不適な笑みを浮かべると、

ワゴン車の方へと歩き去っていく。

 

 ……

 

 僕らに向け、何かを言いたそうな冷たい視線を浴びせた後、

バンダナの男も車の方へと戻っていく。

 やがて、彼が運転席に乗り込んで間もなく、車は発進した。

 

「……」

 

 取り残された僕は、こめかみに人差し指を当てて、思考を巡らす。

 ログイゼニア…。 やはり、あの2人が。

 現段階では、依然としてその構成や目的は、はっきりとしていないが…。

 漠然(ばくぜん)と感じていた恐怖が、より生々しいものへと変わっていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、先生…ちょっと待ってください!」

 

 朝のホームルームが終わり、それと共に教室を出た安曇祥子の元に

1人の女子生徒が駆け寄ってくる。

 いつもは愛くるしい笑顔が印象的な彼女の顔には、

珍しく焦燥(しょうそう)の色が強く浮かんでいた。

 

「ハルちゃんとヒデくん――あっ、杉山くんと黒沢くんのことなんですが…」

 

 その原因は、クラスメイトで幼馴染でもある2人の男子生徒にあった。

 あの真面目で責任感の強い彼らが、そう簡単に学務を放棄(ほうき)するとは考えにくい。

 朝のホームルームで告げられた欠席の理由は、

『急用が出来た』というものであったのだが…。

 

「…神田さん。 2人とは、仲が良いみたいね」

「えっ? え、えぇ…まぁ」

「――ちょっと、こっちに来て」

 

 祥子に誘導され、2人は廊下の片隅の人気の無い場所まで移動する。

 彼女は周囲に人がいないことを確認した後、連れてきた女子生徒…

神田日和へと、耳打ちで話の内容を伝える。

 

 ……

 

「ゆ、行方不明…ですか?」

「そうよ。 それで、2人して昨日から捜し回っているらしくて…」

 

 その話の内容は、少女にとって思った以上に衝撃的なものであった。

 彼女の頭を過ぎるのは、ここ最近で連日のように報道されている

原因不明の失踪事件の数々。

 そこで行方知れずとなった人間が無事に戻ってきたという話は、

まだ耳にしたことがないというのが現状であった。

 

「とにかく、落ち着きなさい。 警察の人も捜索に当たってくれてるみたいだし…

きっと、大丈夫だから」

「……」

 

 日和の肩を掴み、真剣な様相で言葉を紡ぐ祥子であったが…それが彼女の

願望にしか過ぎないということは、2人にも充分に分かっていることだろう。

 だからこそ彼女は、榛名と秀輝が学務を放棄してまで

独自に捜索を行うなどということを、やむなく許可したのだ。

 

「あの、先生…私」

「神田さん。 その人のために、何かしてあげたいって思うなら…

余計な心配をかけないことも、大事よ」

「……」

 

 祥子の言葉を聞くと、日和は黙って俯いた。

 そんな彼女に、次の言葉をかけるべきかどうか…。

 しばらく葛藤(かっとう)したものの、祥子は黙ってその場から立ち去ることを選んだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 福岡(ふくおか)デパートの屋上にある駐車場。

 藤嶺彰浩は、注意深く調査を続けていた。

 ここは、このデパートでパートとして働く女性――片桐まりやが、

その後の消息を絶った現場である。

 

 話によれば、彼女の同僚である女性の元に、40代くらいと思われる

細身の女性が姿を現し…『用事があるので、まりやさんを屋上にある駐車場まで

呼んでほしい』と伝えてきたのだという。

 

 細身の女性は、まりやとの関係を『ちょっとした知り合い』と言っていたようだが…。

 その他諸々(もろもろ)の情報からも考慮(こうりょ)すると、今回の事件とその女性とには

何らかの関わりがあると思われる状況であった。

 

「……」

 

 細身の女性がまりやを呼び出したのは、丁度、彼女の勤務時間が終了する頃。

 だから、その後に彼女が消息を絶ってからしばらくの間も、

同僚(どうりょう)たちは特に違和感を抱くことはなかった。

 その女性との用事が済んだ後、そのまま屋上に停めてある自分の車で

デパートを後にした…と、誰しもが思ったのだろう。

 

(…厄介(やっかい)そうな事件だ)

 

 集まった情報を分析していくと、そこに浮かび上がる緻密(ちみつ)な計画性。

 そして彰浩には、その背後にある『何か』の存在を感じずにはいられなかった。

 

 ……

 

「んっ…? 何だ、これ」

 

 これといった手掛かりも見付からないまま、駐車場での調査を続ける

彰浩の視界に、キラリと銀色に輝く小さな物が飛び込んできた。

 彼はその場に(かが)み込んで、その物体を手に取る。

 

「…コイン?」

 

 それは誰かの肖像画が彫り込まれた、1枚の硬貨(こうか)らしき物だった。

 外国製のものだということは容易に想像出来たが、それが何処の国のもの

であるかということまでは、彼には分からない。

 

「――お~い、兄貴! 新情報だよ~!」

 

 呼びかけられる声がして、彰浩は反射的にそのコインをポケットに仕舞った。

 そんな彼の元に興奮した様子で駆け寄るのは、妹の藤嶺まゆか。

 

「まりやさんが例の伝言を聞いて、屋上に向かった頃…他にも、

屋上に続く階段を上っていった人がいるんだって!」

「…本当か?」

「名前は分からないけど、前々から何度もここに立ち寄ってる人らしいよ。

常連客さん…なのかな?」

 

 彼女はどうやら、聞き込みによる調査の方を行っていたらしい。

 手馴れた調子で質疑応答をしていく彼女に新たな情報が舞い込んだのは、

つい先程のことであった。

 

「…よし。 とにかく、その人の素性と安否を確認するのが先決だな」

「うん!」

 

 2人の脳裏に、共にミステリーハント部で活動する、1人の新入部員の顔が浮かぶ。

 不自然な程に表情の変化が無い――けれども、記憶に焼き付いてしまう顔。

 彼への想いを胸に、2人は改めて動き出す。

 

 

 

 

 


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