朝の散歩中、龍頭公園に差し掛かった時のことだった。
何だか妙な胸騒ぎを覚えた僕は、公園内を
空は一面に灰色の雲で埋め尽くされていて、一筋の太陽の光すら
地上に降り注いでる気配はない。
人気の無い公園。 僕は注意深く辺りを観察しながら、歩を進めていった。
……
ふと、公園の片隅。
ブランコと滑り台の付近にて、目を惹くものを発見してしまう。
それは地面に突き刺さった木の柱に、電子レンジくらいの大きさの
四角い箱が組み合わさった物体だった。
箱に開けられている横に細長い穴と合わせて考えると、
一風変わったポストのようにも見える。
「……」
しかし、何より注目すべきは、その箱に派手な色合いの
マジックで書かれた、太めの文字である。
どうやら、『へるぷみ~』と書いてあるようだが…。
……
記憶の糸を辿っていく内、やがてそれと結び付くデータとアクセスが可能になる。
そう、それは確か…『暴走助っ人団、ば~さ~きゃ~ず』とかいう人たちに
依頼を申し込むため、設置されたものだという話だ。
「暴走助っ人団――か」
誰かを助ける気持ちはあるが、それが暴走しちゃうこともあるという感じなのだろうか。
なんか、よく分からないけど…。
彼らに接近するためには、こちらから、何かしらのシグナルを
発信していくのが一番かもしれない。
とはいえ…今は
副部長さんのように、いつでも
一旦、家に引き返す必要がある。
……
僕は何気なく、横長の細い穴から箱の中を覗いてみた。
すると、そこに1枚の赤い紙を発見する。
赤い紙…赤紙?
「……」
赤紙というのは確か、その昔に民間人から兵を呼び集める…いわゆる
『
昔の人にとっては、家に届いて欲しくないものの代表格だったことだろう。
まぁ、それはそれとして…今はもう、日本は平和な時代を
多分、他に持ち合わせもなかったものだから、そんな色の紙に
何かメッセージを書いて、
「…ともかく、家に戻ろう」
そう割り切ってはみたものの、何か妙に心に引っ掛かるものがあった。
あの赤い紙には、一体何が書かれているのか…。
帰路に着いている間、そのことがずっと頭の中で堂々巡りしていた。
空は未だに、見渡す限りの曇り空。
それと連動するように、昨日に始まった電波障害も、未だ原因不明のまま
収束する気配を見せていない今日この頃。
「……」
それはそれとして、僕は別のことで思考を働かせていた。
昨日、ミステリーハント部にて不意に飛び出してきた、
『イブ』と呼ばれる人物についてのことだ。
あの彰浩さんや副部長さんでさえ、その素性を
なのに何故、僕にその存在を隠す必要があったのだろうか?
考えられる妥当な理由としては…。
「――な~に辛気臭い顔してんのよ、あんたは」
右肩にドシュッと手刀を叩き込まれる感触と共に、聞き慣れた声。
振り返ると、そこには相変わらず鋭い目付きをした彼女の姿が確認出来る。
……
「…どうかした?」
「いや、日和はどうしたの?」
彼女の名前は、陣内飛鳥。
クールでシャイで、時々…でもないが、バイオレンスな一面も覗かせる女の子。
そんな彼女の
「あっちで、誰かと話してるわよ。 ったく…別にあたし達、
いつもペアで動いてるってわけじゃないんだから」
「うん…。 まぁ、そうなんだけど」
そうは言われても、2人は一緒に行動しているイメージが強い。
というか…飛鳥が1人で僕に声をかけたりだとか、何か関わろうとしてくることが
少ないだけの話かもしれない。
いわゆる、『友達の友達』という言葉がしっくりくる関係性だ。
「で、あの…何か用事?」
「別に。 単なる暇潰し」
僕の問い掛けに、彼女は相変わらず、どこか
まぁしかし、暇を潰すにしても…ある程度、人間的な面白味は求めている筈。
少しくらいは、僕のことを面白味のある人間と認めてくれているのだろうか。
……
「そういやさ、なんかアイツ…気にならない?」
「――うん?」
しばしの静寂が流れた後、飛鳥がある一点を
そこに見えるのは、1人の男子生徒の姿。
確か、宮脇昴くん…? だったかな。
「気になるって…どこら辺が?」
「いつも、チラチラって見てるじゃない。 あんたのこと」
さも当然のように答えてくれる飛鳥だが、僕としては特別、意識したことはない。
確かに時折、視線を感じるようなこともあるが…僕は基本的に、
何もしてなくても人目を惹いてしまう男だ。
他の人よりも、視線慣れしてしまっている傾向があるのだろう。
「言いたいことは、分かるんだけどさ。 何かちょっと…
他の人とは違う感じがするのよね」
「違うって…どこら辺が?」
「――ま、当人が気にならないんなら、別にいいわよ」
それだけ言い残すと、飛鳥は自分の席の方へと歩き去ってしまう。
一体、何が言いたかったんだろう…?
まぁともかく、もうすぐ授業も始まってしまう。
ひとまずは、学業に専念させてもらうことにしよう。
「脳の
「へぇ…。 ――ってことは、医学的に説明が付くものなの?」
「一部の例に限るのであれば、可能なようですがね。
説明の付かない事例も、数多く存在するようです」
お昼時となり、僕と秀輝くんは教室にて、並んでお弁当を食べていた。
そして、昨日に部長さんの口から飛び出した『ドッペルゲンガー』とやらの話題を
僕が持ち出したところ、今に至る…というわけだが。
「ふ~む…」
ちなみに僕の頭の中にある腫瘍は、
側頭葉や頭頂葉も
まぁ、あんまり難しい話は分からないんだけど。
「やっぱり脳ってのは、色々と複雑なもんなんだね」
「はい。 現存する、ありとあらゆる
比較の対象にすらならないレベルと言われています」
「う~ん…」
僕は自分の頭にポンッと右手を置き、その中身を想像する。
僕の記憶、感情、理性、本能…そして、それらのネットワーク。
今こうしている間にも、そんなものが休むことなく機能し、管理されている。
そう考えると、なんか凄い。
「そういえばさ、理性は左脳…本能は右脳って話、よく聞くよね。
あれって、本当のことなの?」
半分近くまで減ったお弁当の残りの平らげ方も考えつつ、言葉を発する。
こんな風に、一度に色んなことを考えながら行動出来るってのも、凄いことだ。
「一般的には広く
皆無と言っていいでしょう」
「…つまり、嘘ってこと?」
「仮説の段階を越えるには至らない、というのが現状です」
これは何気に、ショッキングな話であった。
なんとなく、そうであることが当然のように思っていたからだ。
う~ん…。 先入観というのは、かくも恐ろしい。
「いずれにせよ、脳に対する理解が完全なものとなる日は、まだ当分先の話でしょう」
「そっか…。 でも、その日が来た時――人類はどうなっちゃうんだろうね」
何気なく
脳に対する理解が、完全なものに…。
それはある意味で、『人』の限界を知ってしまうということにはならないだろうか。
「そればかりは、神のみぞ知る…というやつですかね」
秀輝くんはクスリと含み笑いを浮かべながら、その問い掛けに答える。
僕は黙ってはんぺんを味わいつつ、その返答の言葉を、頭の中で巡らせる。
「秀輝くん…神様って、信じる?」
「誰かが何かを神と呼べば、その時点で神は誕生します。 ある意味では、
その程度の存在でしかないということです」
……
『ある意味では』、か。
何だか、意味深な言い方に聞こえる。
まぁ、神様にも凄いものとそうでもないものがある…ということだろう。
「それじゃ、お疲れ。 また明日~☆」
「はい。 またの機会に」
ミステリーハント部での活動を終え、帰宅。
今日は調査に向かった場所の位置関係上、こうして僕の自宅前で
彼女と別れるパターンとなった。
……
「ただいま~」
自転車を止め、いつも通りに玄関のドアを開ける。
靴を脱いで
「……」
――違和感に、気付く。
何かしら、明確な理由があってのことではない。
本能的に、何か得体の知れないものが近くに存在するような…そんな感覚。
「由奈…ッ」
頭の中に電流が走ったような
……
これは、違う。
自然や偶然が招いたものじゃない。
僕には、『そこ』に何者かの意思があるような気がしてならなかった。
「…――ッ」
治まることなく続く、奇妙で強烈な刺激。
しかし僕は、神経を総動員して、何とか持ち
ここで、意識を失うわけには…。 体の…心の自由を奪われるわけにはいかない。
……
これは、音…? なのだろうか。
だが、大音量であるとか、不快な気分をもたらす
あるいは、超音波のようなものだろうか。
「…ァ…――ッ」
僕は反射的に口を開き、喉を震わした。
それはかつて、一度だけ試してみたことがある技。
確か、何かの本にでも
声帯から2種類の特殊な音を同時に発し、それをぶつけることによって
生まれるものには…人体に只ならぬ影響を与えることが可能。
毒を以って、毒を制す…。
音波には、音波で対抗しようという魂胆だ。
……
バタリと、何かが倒れるような音。
それと同時に、あの奇妙な感覚は消え去った。
上――2階。
僕はまだ回復しきらない、不安定な体調のままで階段へと急ぐ。
「……」
足が…。 頭が、…腕が重い。
さっきの音波攻撃は、思った以上に後を引くものだったらしい。
僕は
……
薄暗い屋内に、何か
それはグニャリと歪み続ける視界と、芽生えた恐怖心から連想されるものか。
今はとりあえず…進むしかない。
「……」
重い足取りで、どうにか2階まで到達する。
周囲を見渡してみるが、特に気になるものは見当たらない。
僕はすぐそこにある、閉じられた部屋のドアノブを握った。
ここは僕の部屋だが…僕がが外に出ている際、
基本的にドアは開け放しとなっている筈。
――何かが、ここにいる。
直感的にそう思うものがあった。
……
勢いよく開いたドアの先。
誰かが倒れている。
上下共に黒い服装をした、何者か。
うつ伏せで倒れているため、顔は確認出来ないが…体型などからして、
少なくとも由奈やまりやさんではない。
「――ッ」
僕はその人物にそれ以上の
『これ』だけではない…。
まだ、何かが潜んでいる。
……
その時だった。
2階にある別の部屋のドアが開き、そこから何者かが姿を現す。
――と同時に襲い来る、強烈な脱力感。
「……」
ベージュ色のコートと帽子に、サングラス。
誰…だ?
その正体を暴きたいという願望が、とめどなく脳内を埋め尽くす。
……
『彼』がこちらに、ゆっくりと顔を向ける。
道すがら、
『彼』と目が合わさろうかという瞬間――意識は無情にも、そこで途絶えた。