OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第21話 孤独な姫様

 

 

 

 

 

「ベストリンベルねぇ…。 そんな奴、本当にいるのかね?」

 

 彰浩さんが、少しおどけた口調で言葉を返した。

 彼であれば当然、今朝のニュースで大々的に取り上げられていた

あのニュースを見過ごす筈もないだろう。

 

 ならば必然的に、それとこれとの関連性を模索(もさく)するのが普通だと思うのだが…。

 何だか今は、()えてそれを避けているようにも見える。

 

「それはこの世界の(ゆが)みを修正するために生み出された、超自然的な副産物…。

言うなれば、大いなる宇宙の意思――というところでしょうか?」

 

 部長さんも、まるで彼に調子を合わせるように、どこかおどけた感じで

小首を傾げながら、話を続ける。

 緊迫感に満たされていた空間に、何か珍妙なスパイスが入ったような

不思議なムードが漂い始めた。

 

「おいおい、随分とスケールの大きい話になってきたな」

「いやぁ…でも案外、馬鹿に出来ないもんだよ。

その、『大いなる宇宙の意思』ってやつも」

 

 口元を緩ませる彰浩さんに、今度は枕井さんが言葉を発した。

 いや、彰浩さん個人に対してというよりは…みんなに向かって言ってる感じだ。

 

「ある種の生物は、その個体数が一定の値を超えると、盲目的(もうもくてき)

死に向かっての行動を取り始めるというデータがあるよ。 これは単なる

空想的な仮説じゃなく、綿密(めんみつ)な生態調査も行われて出された結論なんだ」

「へぇ…」

「地球を1つの生命体として(とら)える、『ガイア』っていう発想は昔からあるんだ。

そこに生きる者たちは…いわば地球という個体を維持するための、

細胞みたいなもんってわけさ」

 

 枕井さんが珍しく、長い話を一気に(まく)し立てる。

 ここまで完全に聞き役に徹しているのは、僕と副部長さんだけだ。

 

「いずれにしても、そこまで大きな話になってくると、俺たちじゃ解明しようがないな」

「――何言ってんのよ、兄貴! そんなんじゃ、ミステリーハント部失格よ!」

 

 彰浩さんがやれやれといった感じに首を振りながら(つむ)いだ言葉に

副部長さんはピキンッと反応し、興奮気味に語り出す。

 何故か僕の心には、『待ってました』という感覚が少し芽生えてしまう。

 

「3人寄れば、文殊(もんじゅ)の知恵とも言うじゃない。 あたし達は5人も(そろ)ってるわけだから、

その力を合わせたら…解けない謎なんてないよ! きっと」

「お前…時々、急にスイッチ入るよな」

 

 熱く答弁を振るう妹に、少々戸惑い気味のお兄ちゃん。

 ウチの家系でも…まぁ時折、起こり得る事態だ。

 

「何たってあたし達は、イブさんに認められた…「あっ――おい!」

 

 勢いのままに吐き出される言葉の波に、彰浩さんが割り込んだ。

 彼にしては珍しく、焦燥(しょうそう)の色が見られる。

 

 ……

 

「今日はこのくらいで、解散としましょう。 酷く荒れた天候のようですから…

皆さん、気を付けて帰るように」

 

 彰浩さん、副部長さん。 そして、僕に枕井さん。

 4人の視線が一身に浴びせられる中、部長さんは全く動揺する素振りもなく、

いつもと同じような淡々とした口調で、幕引きの言葉を述べる。

 

 

 

 

 

「『イブ』って呼ばれてる奴について、俺もあまり詳しいことは知らない」

「ちょ、ちょっと…兄貴!?」

 

 旧校舎の廊下を藤嶺兄妹と共に歩き、下駄箱を目指す。

 そんな最中、少し気まずい沈黙を破り、彰浩さんが口を開いた。

 

「このままじゃ、歯切れ悪過ぎるだろ。 俺たちが知ってる範囲のことは、

話しておいた方がいい。 …部長も多分、そう思ってる」

「う~ん…いいのかなぁ」

 

 先程の様子から察すると、どうやら『イブ』と呼ばれる何かしらの存在を

僕に知られぬように、2人は部長さんから口止めされていた気配。

 枕井さんもそうだったのかどうかは、今のところ不明だが…。

 

「何でも話によると、イブには予見者のような力があるらしい」

「予見者…ですか?」

 

 その単語を聞くと、自然に思い浮かぶ人間が1人いる。

 暁李久…。 占術部所属の、2年生。

 あの人、結局…何者なんだろうな。

 いや、とりあえずその話は置いておこう。

 

「そして、このミステリーハント部に勧誘する人間については…

そいつの判断が、最大の決め手になるって話だ」

「……」

 

 判断…。 つまりは、例の『入部資格』の是非に関わっているということか?

 あの『認定書』も、その人物の意思に(もと)づき、僕の元に届いたのだろうか。

 

「もっとも、俺はそいつに会ったこともないんだけどね。 唯一、会ってるのが…」

「はい、は~い! わたくし、藤嶺まゆかです☆」

 

 右手を上げ、パチッとウインクを決めながら名乗り出る副部長さん。

 相も変わらず、テンションの高い人である。

 

「と言ってもね、顔は黒いフードに隠れてたから、全然見えなかったんだけど…。

でも、声や体型からすると…女性であることは間違いないと思うよ」

「……」

「ま、それ以外に判明していることとなると…そいつには、

他にも別の呼び名があるってことぐらいだ」

 

 僕の脳裏に、黒いフードをすっぽりと被った妙齢の女性の姿が描き出される。

 怪しげな服装と装飾品(そうしょくひん)で身を固め、正面の机には大きな水晶玉。

 占い師っていうと、なんか…そんなイメージしかないんだよね。

 

「『チアス』っていう呼び名なんだけど。 まぁしかし、素性や経歴を

隠すことに関しては、徹底しているようだからね…。

どっちにしても偽名(ぎめい)と考えるのが、妥当だろうな」

「……」

「ホント、徹底してるよね~。 あたしと兄貴が頑張って調べ上げたってのに、

それぐらいしか情報が集まらないってんだから」

 

 2人の話に耳を傾けながら、頭の中を整理する。

 イブと呼ばれる何者かは、ミステリーハント部の人選に関わっている。

 彼女には他にも別の呼び名があり、その素性は彰浩さんたちでさえ

まるで全貌(ぜんぼう)(つか)めていない状況…。

 

 …チアス?

 その響きに、何か思い当たる節があるような気がした。

 だがそれは一瞬のことで、次の瞬間には、その名前は頭の片隅へと追いやられた。

 

 

 

 

 

 日が暮れると、あれ程猛威(もうい)を振るっていた大雨、強風、雷も

嘘のように治まり、夜の闇は静かに町を包み込んでいた。

 僕は今、そんな町の中にある、行き着けのデパートの中にいる。

 

「……」

 

 家電売り場の、テレビがずらずらと並ぶ、デパート特有のコーナー。

 僕はそこでジッと立ち止まり、腕を組みながら画面を見つめる。

 そこに映っているものは…。

 

「――本当、どうしたんだろうねぇ。 今まで、こんなこと無かったんだけど…」

 

 静かに姿を現した、青いエプロン姿の店員さんが、

僕と同じくテレビ画面に目をやりながら呟いた。

 白髪交じりのその男性は、まりやさんの同僚(どうりょう)であり…僕の顔見知りでもある。

 

「こんばんは、榛名くん」

「はい。 こんばんは」

 

 さして深い付き合いというわけでもないので、私生活のことまではよく知らない。

 まぁでも…世の中、それぐらいの距離にいる人との関係性が、案外重要だったりする。

 私的な事情を知らないから希薄(きはく)な関係しか築けないというのは、ちょっと安直な発想。

 表の顔だけがその人の全てではないように、裏の顔だけが全てでもないのだ。

 

 ……

 

 僕と村上(むらかみ)さんは、しばらく黙ってテレビ画面を見続ける。

 ただ砂嵐だけが延々と映し出される、その画面を。

 

「……」

 

 テレビそのものに異常がある訳でもなければ、電気系統や

アンテナに異常がある訳でもない。

 それは我が家を始め、日本全国のあらゆる地域で同様の現象が

起こっていることからみても、間違いないだろう。

 

 異常が発生しているのはテレビに限ったことではなく、ラジオや携帯電話…

その他、電波を駆使する機械やシステムは、ほとんどが不能となっている状態。

 原因不明の、大規模(だいきぼ)な電波障害…。

 あの酷い嵐が治まったと思ったら、今度はこれだ。

 

 ……

 

 お陰で、今日に放送される予定だった『料理の神道(しんどう)、春の3時間スペシャル!

~若き天才、決断の時~』は、視聴することが不可能となってしまった。

 現在、時刻は8時12分…。

 う~ん…。 観れないと分かると、余計になんか、妄想が(ふく)らんでしまう。

 

「――あれっ? 榛名くん、今…」

「はい?」

「何か映らなかったかい? テレビ画面に」

 

 村上さんからそんなことを言われ、慌てて妄想を膨らますことに

(つい)やしていた意識を、画面に結集させる。

 しかしそこには、無機質な砂嵐の画と音声が流れるばかりである。

 

「何か、人の顔のようにも見えたけど…」

「……」

 

 そう言われると、確かにそんなものが映っていたような気もする。

 意識は考え事に集中していたとはいえ、視界の真ん中にはテレビ画面があったのだ。

 何とか記憶をほじくり出そうとするが、どうにも鮮明には(よみがえ)らない。

 う~ん…。 まあ、そんな気にすることでもないか。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、夜も更けていった。

 ぼんやりと眠気が襲う中、僕はベッドに腰掛けて漫画を読む。

 この、寝ようか寝まいかという微妙な時間帯が、結構好きだ。

 

「…はい。 どうぞ」

 

 そんな時間帯に、部屋を来訪する者がいた。

 遠慮(えんりょ)がちなノックの後、ガチャリとノブが動き、中に足を踏み入れる。

 

「うっす。 まだ起きてる?」

「…実は、寝てる」

「それじゃ、寝たままでいいや」

 

 僕の冗談を軽やかに受け流すと、由奈は勉強机の前にある椅子を

ゴソッと引っ張り出して腰掛けた。

 なんか少し前の夜にも、こんなシチュエーションがあったような気がする。

 

「まぁ、用件は簡単なことなんだけど」

「…うん」

「――今日は、一緒に寝ていい?」

 

 ……

 

 しばし、部屋には沈黙が流れた。

 あまりに普通に切り出してきたものだから、逆に戸惑ってしまったのだろう。

 だが、何にせよ…言われたことを、その言葉通りに受け止める他あるまい。

 

「別にいいけど…。 どういう風の吹き回し?」

「最近、変な夢ばっか見るからさ。 気分転換」

 

 僕の質問に、妹はあっけらかんとした口調で答える。

 変な夢…。

 そういえば、しばらく前にも、そんなことを言っていたっけ。

 あれ以来、由奈からそういう話は聞いていないものだから…

もう大丈夫なのかな、と勝手に思っていたんだけど。

 

「その変な夢ってのは…どんな風に変なの?」

「ん~っとね…。 まず私は、大きなお城の中にいるの」

 

 前回の場合は、どんな夢だったかをあんまり覚えていない様子であったが…

今回はどうやら、少しぐらい内容を把握しているようだ。

 僕は、斜め上に視線をやって何かを思い出そうとするような

仕草を見せる妹に、黙って耳を傾ける。

 

「それで私は、お姫様みたいな格好をしてるの」

「……」

 

 お城の中で、お姫様。

 実に女の子らしい、メルヘンチックな夢の内容である。

 でも、由奈がお姫様って言われても…なんか、想像出来ない。

 

「今、『由奈がお姫様って言われても、なんか想像出来ない』とか思ったでしょ?」

「えっ? いや…うん」

 

 心の声を一言一句、正確に言い当てられてしまった僕は、

どういった反応を示すべきかに、しばし迷ってしまう。

 彼女はいつの間に、超能力を身に付けたんだろうか。

 

「でもね、私…1人なの?」

「――えっ?」

「周りに、だ~れもいないのよ。 人が」

 

 彼女は伏し目がちにそう言うと、少し気まずそうに足を前後に揺らし始めた。

 所詮は、夢の中での話だと。

 恐らくは、自分でもそう割り切りたい気持ちが強いのだろう。

 

「だからね、待ってるの。 誰かが助けに来てくれるのを」

「……」

 

 正面に戻したその視線が、一直線に僕の眼球へと向けられている。

 何と言うべきか…それは多分、そういう意味に受け取ってもいいのだろう。

 

 ……

 

「ハル兄はさ、最近、どんな夢見てる?」

「…んっ? ん~と、僕は…」

 

 現実では、ごく普通の女子中学生。

 夢の中では、孤独なお姫様。

 随分とかけ離れてるけど…それがまぁ、夢と現実の関係ってものだ。

 

「なんかね、面白い夢をよく見てる気がする」

「ふ~ん…どんなの?」

「――あんまり、覚えてない」

 

 

 

 

 


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