OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第20話 鳴動

 

 

 

 

 

「何してんの…? 宿題?」

「いや、違う」

 

 本日も晴天の朝、リビング。

 僕はノートにペンを走らせる手を止めることなく、妹に言葉を返す。

 

「昨日、めぐみちゃんから聞いた幽霊の話。 あれを(まと)めてる」

「…へぇ。 ってまた、何で?」

 

 由奈はドサッとソファーの上に座ったかと思えば、すぐに立ち上がって

僕のノートを覗き込んでくる。

 別に隠すようなものでもないので、気にせず作業を続行する。

 

「これでも一応、ミステリーハント部の部員だから。

不思議な話は、ちゃんと憶えておかないと」

「ふ~ん」

 

 それに今取り組んでいる調査テーマは、町で噂の幽霊に関することだ。

 お目当ての『あの幽霊』の正体を(あば)くためにも、他方面からの情報収集と

分析を(おこた)っていてはいけない。

 

 ……

 

「このニュース、何だろうね」

「…うん?」

 

 妹の呟きに僕は何気なく視線を上げ、神経をテレビの方へ。

 そこでは、昨日の未明に起こったというとある事件のことが報道されていた。

 場所は、アメリカのテトラプナ州…。

 

 そこで突如として発生したのは、大規模な爆発事件。

 死傷者は数千名以上は確実と思われ、各地の施設などの多くも倒壊(とうかい)

 事故による爆発の可能性は、現段階では(おおむ)ね考えられず…。

 

 爆発直後に、政府や報道局、防衛省(ぼうえいしょう)などに『ベストリンベル』と名乗る団体から

犯行声明と思われるメッセージが届いたとのこと。

 そこには『星の裁きが始まった』などという一節があった他、色々と

不明瞭(ふめいりょう)な言葉が数多く使われていたらしいが…。

 

「ベストリンベル…」

 

 その響きに、胸がザワリとしたのを覚える。

 聞き覚えのある言葉ではない。

 だが、何か…自分の中の何かを揺さぶってくれる言葉だ。

 

 ……

 

 それにしても、『始まった』ということは…。

 これはまだ、何かの第一段階でしかないということだろうか?

 僕の頭の中に、不吉な予感が色濃く浮かび上がってくる。

 

 なんか…ヤバいことが起こっている。

 今の僕には、それぐらいの結論しか用意することは出来ない。

 とりあえず、もう少し情報が欲しいところだ。

 

 

 

 

 

「――いや、何だろうねぇ。 まぁ妥当な線でいけば、どっかのテロリストか

そっち系の宗教団体ってことになるんだろうけど…」

 

 踏み切り前。 恒例(こうれい)の如く、仲良く足止めを喰らった僕たち3人は

今朝のニュースについての談義を行っていた。

 仮にも警察官という職務(しょくむ)()く桜庭さんであれば、報道されていない範囲の

何か有力な情報を掴んでいるかもしれない。

 

「でも、あんだけデカい事件起こしてる割に、その団体について

まるっきり情報が無いっていう話だからね…。 なんつーか、不気味だよな」

「…はい」

 

 そんな淡い期待も抱いていた僕であったが、話を聞いている限り

そういった雰囲気はまるで見られない。

 いや…警察にさえ情報が全く存在しないという事実は、それで1つの手掛かりだ。

 それだけ、隠匿性(いんとくせい)の高いものだということが窺える。

 

「そうそう、不気味と言えば…。 この間もまた、原因不明の

失踪(しっそう)事件のことを聞いたよ。 浦浜小町(うらはまこまち)ってとこの話らしいけど」

「ウラハマコマチ…?」

「県内の海沿いにある町だよ。 まぁ、こっからだと結構、距離あるけどね」

 

 新たに入手した情報を、頭の片隅に書き留めておく。

 そういった事件、この辺り一帯だけでも、もうどれくらいになるだろうか…。

 一報を受けた時に『またか』と思っちゃうぐらいだから、それなりの数にはなる筈だ。

 

「何なんだろうね…ホント。 もしかすると、その内マジで

洒落にならないようなことになるかもな」

「……」

 

 現時点でも充分、洒落にならないような事態のような気もするが…。

 やはり、自分や身内くらいにまで『それ』が関わってこないと、

はっきりとした危機意識は持ちにくいものなのだろうか。

 

 ……

 

 列車が目の前を通り過ぎ、しばしの間、僕らは轟音(ごうおん)に沈黙する。

 必要以上に周囲が騒がしいと、逆に神経は研ぎ澄まされる。

 激流の中、ぽつんと浮かぶ小島に意識が頓挫(とんざ)するような…そんな感じ。

 考え事をしたい時は、()えて喧騒(けんそう)の中に身を投じるのも、悪くはない手である。

 

 

 

 

 

「杉山くん、杉山くん」

「…はい。 何でしょう?」

「誰か呼んでるみたいだよ。 ほら、あっち」

 

 1限目が終わって間もなくの頃、何とはなしに教科書に目を通していた僕に

根岸さんがワタワタと駆け寄り、声をかけてきた。

 振り向く視線の先を辿ってみれば、そこは教室の出入り口。

 

 そこに立つは、見覚えあるポニーテールの女子生徒の姿。

 何か紙束らしき物を抱え、こちらを見つめている。

 事情を察した僕は、急いで席を立ち、彼女の元へとダッシュする。

 

「おはようございます」

「おはよう。 はい、これ…頼まれてたもの」

 

 彼女がスッと差し出した、クリップで留められているその紙束を受け取る。

 4、5枚程度の量だろうか。

 1枚目の表面を見れば、流暢(りゅうちょう)な文字で書かれた何らかの文章が見受けられる。

 

「ありがとうございます。 すいません、変なお願いしちゃって」

「…気にしなくていいわ。 私もどうせ、暇だったし」

 

 本当に暇を持て余していそうな顔でそう言う彼女の言葉には、妙に説得力があった。

 いや…単に表情が少ないだけで、そんな風に決め付けてしまうのも良くない。

 もしかすると、僕も他人からそういう目で見られているのかも。

 

「まぁでも、せっかくだから…後で感想の1つでも聞かせて欲しいわね」

「あっ…はい」

「それじゃ、グッナイ」

 

 彼女は最後に少しだけ微笑んで、でもやはりどこか気だるそうな感じで

僕の元から歩き去っていった。

 『グッナイ』とは、言わずもがな『Good Night』の略語だと思われるが…

まだ昼というのも早いこの時間帯で、よくそんな言葉を使いこなせるものだ。

 

 ……

 

「ねぇねぇ、今の人って誰? まさか、ひょっとして…杉山くんのコレ?」

「ご想像にお任せします。 ――いや、やっぱり違います」

 

 一部始終を見届けていたと思われる根岸さんからの、悪戯(いたずら)っぽい顔での質問。

 僕は軽く切り返すと、手渡された紙束を持って自分の席へと戻る。

 

「ねぇ、今の綺麗な人…誰?」

「図書委員の人。 名前は…そういえば、聞いていない」

 

 席に着いた直後、今度は日和からの似たような質問に応答する。

 僕はとりあえずクリップを外し、その文面に目を通してみることにする。

 

「で、その紙は…?」

「ちょっとした調査資料。 とある武士と、お姫様の話」

 

 周囲にいた日和や飛鳥が興味有り気に覗き込んでくるが、

僕は気にしないで作業に取り掛かることにした。

 チラリと隣の席に目をやってみるが…秀輝くんはやっぱりと言うか、

そんな真似をしてくる気配など微塵(みじん)も無い。

 まぁ、後でじっくりと意見を聞かせてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 

 休み時間。

 僕はどんよりと灰色の雲が(おお)う空を眺めながら、物思いに(ふけ)る。

 ついさっきまでは、眩しいくらいの青空が広がっていたような気がするが…

全く、人の心とお天気ほど変わりやすいものはないものだ。

 

「……」

 

 桜姫と、雪鬼…凪蔵雪宗が出会ったのは、とある山奥の村だったと云う。

 その情報を目にし、ふと頭を過ぎったのは…2人の男女の姿。

 それは他でもない、僕の父さんと母さんの、おぼろげな残影。

 

 父さんと母さんが出会った場所もまた、とある山奥の村であったらしい。

 山登りをしていた父さんと、当時ジャーナリストであった母さん。

 母さんが何かの取材でその村を訪れていた際に、父さんは道に迷って

偶然そこへやって来たという話だ。

 

「……」

 

 中々、運命的な出会いのようにも感じる。

 その村で幾晩(いくばん)か過ごす内、2人はすっかり意気投合していたとか、してなかったとか。

 まぁその辺の情報は、本人たちに直接訊いてみないと、真偽(しんぎ)の程は判断出来まい。

 

 ……

 

 2人の行方、か…。

 彼らはまだ、きっと何処かで生きている。

 そう信じる気持ちに、(よど)みは無い。

 

 だが、それと同時に――そう簡単には帰ってこれない状況に

いるであろうということも、充分に承知している。

 その状況というのが、果たして如何なるものなのか…こればかりは

想像の域を超えることも出来ないのだが。

 

「…ログイゼニア。 …覚醒者(かくせいしゃ)狩り」

 

 そして、新たに出没した団体――『ベストリンベル』。

 これらを(つな)ぐものは…?

 それは、もしかすると…。

 

「――よっ! 何考え込んでんだ?」

 

 あれこれと思案に暮れている途中、肩をポンッと叩かれる感触と共に

どっかで聞き覚えのある声が耳に入る。

 振り返ると、どっかで見た覚えのある顔がそこにあった。

 

「あの、え~っと…」

「んっ?」

「堀田先輩、でしたっけ」

 

 ガタイのいいその3年生の先輩に、少し歯切れ悪く言葉を返す。

 先輩はニカッと白い歯を見せて笑った後、再び口を開いた。

 

「その様子だと、パッと見じゃ思い出せなかっただろ。 俺の名前」

「…はい」

「ハハッ。 まぁでも、一応は憶えててくれたみたいだから、よしとしとこう」

 

 ちなみに、この間のバスケ部への勧誘の件に関しては、

とりあえずお断りしたという形になっている。

 でも先輩いわく、『その気になったら、いつでも言ってくれりゃいいから』…だそうだ。

 

「――おっ?」

 

 次なる言葉を何か言いかけようとした先輩が、キョトンと目を丸くする。

 その表情の変化に気付く前に、足の裏から伝わる鳴動(めいどう)

 災害は、忘れた頃にやって来る。

 

 ……

 

 上下に揺れ動く視界と共に、ガタガタゴトゴトと、あちこちから鳴り響く物音。

 それに混じり、沸き立つ悲鳴や戸惑いの声。

 これは…以前の時より、ヤバそうだ。

 普通の人であれば、立っているのも難しいレベルのものだろう。

 

「……」

 

 緊急事態に対し、思考回路が通常の倍速で稼動(かどう)し始める。

 僕1人の身の安否に関しては、まだ充分に余裕がある状況。

 ならば、他の人は…。

 

 上の階と、下の階…より危険なのは?

 とりあえずは、脱出に時間を要するであろう、上の階にいる

人たちへのサポートが先決か。

 

「…おい、どうする?」

「周囲の様子を見極めながら、脱出するのが一番でしょう」

 

 窓枠に手を掛けて震えた声を出す堀田先輩に、直立した状態のまま

努めて冷静な声で返事をする。

 パニックは、伝染するものだ。

 平静を保てる者が、それを保っていかなければ。

 

 

 

 

 

 放課後。

 第1美術室には、ミステリーハント部のメンバーが勢揃いしていた。

 窓の外では、ゴウゴウと激しい水音を立てながら、雨が降り注いでいる。

 

「その幽霊は、めぐみちゃんの方へ寂しげな視線を送ると…スウッと

廃墟(はいきょ)の奥へと消えていったそうです」

「……」

「――おしまいです」

 

 幸いにも、先に起こった地震については、大した被害も無いままに治まった。

 そんなわけで僕は今、(つど)ったメンバー達に対し、朗読会(ろうどくかい)を開いている真っ最中。

 最後の話を終え、僕はパタンとノートを閉じる。

 

「う~ん…50点」

「えっ?」

「もうちょっと、こうさ…抑揚(よくよう)を付けて話してかないと。 ドキドキしないじゃない」

 

 頬杖を突きながら話を聞いていた副部長さんが、少し伏せ目がちに言葉を紡いだ。

 その言葉を頭の中で反芻(はんすう)させてみれば、どうやら話の内容ではなく、

その話し方に対する意見を述べてくれたらしい。

 

「…そうかな? 僕はなんか、そのずっと淡々に話してる感じが…

逆に、変な不気味さを(かも)し出してるように思ったけど」

「まぁこういうのは、やっぱり本人が怖いと感じるような話じゃないとね…。

聞いている方にも、怖さが伝わりにくいもんさ」

 

 それに続き、枕井さんと彰浩さんも口々に感想を言い始める。

 なるほど…。

 話し手という分野にも、色々と奥の深い部分があるようだ。

 

 ……

 

 ふと、部長さんの方へと目をやった。

 いや、正確には窓ガラスに映る彼女の顔に――だ。

 僕が朗読を続けている間も、彼女はあぁしてずっと、こちらに背を向けたままで

窓の外の景色と(にら)めっこをしていた。

 

「……」

 

 ガラスに映る彼女の顔。 そして、その瞳からは…。

 何だか分からないけど、何かが起きそうな予感を駆り立てられてしまう。

 その瞳が、不意に僕の視線と重なった。

 

「杉山くん」

「…はい」

「あなたは、ドッペルゲンガーというものをご存知ですか?」

 

 小さく唇を動かし、紡がれる言葉。

 そこに出てきた単語は、聞いたことがあるような気もしたが…

はっきりとした輪郭(りんかく)までは定まっていない。

 

 しかし、彼女が今、このタイミングで口にしたワードだ。

 意味の無い言葉である筈はない。

 

「確か、あれだよね…。 自分自身が、もう1人この世界にいる…みたいな?

そんな感じの現象だっけ」

 

 口篭(くちご)もる僕に代わって答えを出してくれたのは、副部長さんであった。

 確かに言われてみると、そんな感じの現象であったような気もする。

 

「はい。 第三者が遭遇(そうぐう)する場合と、自身が遭遇する場合がありますが…

どちらも基本的には、同一種の現象とみなされています」

「へぇ…。 でもまた、何で急にそんなことを切り出すんだ?」

 

 クルッと振り返って僕らの方を向き、説明を始める部長さん。

 そんな彼女に対し、彰浩さんから当然とも言うべき疑問が提出される。

 

「この現象にまつわる話として、こんなものがあります。 その『もう1人の自分』に

自身が遭遇してしまった場合…。 ――その者は、命を落とす」

 

 ゴウゴウと鳴り響く水音に混じり、ゴロゴロと空が怒り出したかのような

独特のサウンドが耳に入り込んでくる。

 僕は静粛(せいしゅく)に、彼女の次の言葉を待つことにした。

 

「ある心理学者は、その要因として、1つの仮説を立てています。

それは均衡(きんこう)を保つため、何者かによって遂行(すいこう)されている…『処置』である、と」

 

 天からもたらされる雨と風と電気エネルギーは、雑音として疑いようもなく

この部屋…この空間を支配している。

 なのに、心に一陣の風すら吹いていないような、この感覚は何なのだろう。

 

「その『何者か』に対し、彼はこんな呼び名を付けています」

 

 様々なものが絡み合い、繋がり合い、時に牽制(けんせい)し合い…。

 そんな風にして在り続ける、その世界。

 僕の頭にその縮図(しゅくず)が、おぼろげながら描かれ始める。

 

「――ベストリンベル」

 

 刹那、稲光(いなびかり)が窓の外の景色を真っ白に染め上げた。

 この場面においては、これ以上ないくらいの演出…。

 また1つ、何かが変わり始めたような予感がした。

 

 

 

 

 


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