OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第3章
第19話 春のまぼろし


 

 

 

 

 

 今日は、お花見の日である。

 昨日は色々と、大変なことがあった。

 気になること、不安なこと、悔やまれること…あんなこと、そんなこと。

 それでも今日は、お花見なのである。

 

「……」

 

 粗方(あらかた)の準備も終えた僕は、台所で奮闘(ふんとう)する2人の女性の様子を見守る。

 お花見の(かなめ)であるお弁当が出来上がるのも、もうすぐといった感じ。

 僕もまぁ、少しぐらいは料理の腕があるのかもしれないが…体の大きさとか、

まぁ色々とあって、ここは観客に回る判断を下している。

 

「由奈…そのウインナーの向き、逆じゃないの?」

「これでいいんだよ。 イソギンチャクなんだから」

 

 まりやさんの指摘(してき)に、妹はしれっとした態度(たいど)で切り返した。

 問題の争点なっているその物体は、幾つかの切れ込みが入った

いわゆる『タコさんウインナー』というものに見えなくもない。

 

 しかし妹は、それをタコさんではなく、イソギンチャクさんだと主張している。

 単にタコさんを逆さにしただけなのでは…と、素人の僕は思ってしまうのだが。

 その辺は何か、彼女なりの(こだわ)りがあったりするんだろう。

 

「そういえば、春巻きってさぁ…何で春巻きって言うの?」

 

 こんがりと狐色に()がった棒状のその料理を盛り付けながら、

由奈が再び口を開いた。

 言われてみると、確かに何でかなって気もする議題である。

 

「春っぽい食材が使われているからじゃない? ほら、(たけのこ)とか」

「…なるほど」

 

 まりやさんのそれらしい仮説に、とりあえずは納得した様子を見せる由奈。

 確かに筍は春っぽいが、それだけで話を鵜呑(うの)みにしてしまっていいのだろうか。

 ま…また明日にでもなったら、秀輝くんに訊いてみることにしよう。

 

 

 

「おはようございます、まりやさん。 ご無沙汰しております」

「こちらこそ…。 今日は良い天気で、何よりですね」

「えぇ。 絶好のお花見日和ですよ」

 

 車から姿を現した佐吉(さきち)おじさんと、まりやさんが言葉を交わす。

 彼は背が高くてダンディーで、でもちょっと厳格で…お酒好きな男。

 たまに突拍子も無いようなことをやらかすようなこともあり、少なからず

トラブルメーカーと呼ばれるような資質を持った人間かと思われる。

 

「まりや~、久しぶり。 榛名くんも由奈ちゃんも、おひさ~」

「はい、お久しぶり。 お姉ちゃんも、相変わらずみたいね」

 

 続いて姿を現したのは、軽い天然パーマが入った40代前後の女性。

 彼女…白河(しらかわ)伊代(いよ)さんは佐吉おじさんの奥さんであり、

そして、まりやさんのお姉さんでもある。

 

「ハル兄ちゃん、おはよう!」

「うん。 おはよう」

「おはようございます。 今日はよろしくお願いします」

「…こちらこそ」

 

 続いては、後部座席からお出ましのメンバー。

 弥彦くんにめぐみちゃんは、正反対の性格をした、白河家の兄妹2人組である。

 弥彦くんは、今年で小学3年生。 めぐみちゃんは、1年生となっている。

 

「大きくなったね」

 

 僕は弥彦くんの頭にポンッと手を置き、その成長度合いを実感する。

 以前に会ったのは、お正月の時だから…約5ヶ月ぶりか。

 子供の成長とは、かくもスピーディなものである。

 

「その内、ハル兄ちゃん追い越せるかな?」

「…ま、頑張れば」

 

 追い越したところで、別にそんな良いことばかりではない。

 天井に頭をぶつける頻度(ひんど)が増加したり、ジェットコースターをはじめとする

様々なアトラクション施設が利用不可能になっちゃったり…。

 色々あるんだ。 背が高い人は。

 

「さぁさ、積もる話は車に乗ってからにしましょう。 早くしないと、

桜が逃げちゃうかもしれないわよ」

「…ええっ!? 桜って、逃げるもんなの?」

 

 まりやさんの爆弾発言に、弥彦くんが驚き度MAXのリアクションを見せる。

 まぁ、散ってしまえば見れなくなることは確かだから…

それを詩的に『逃げる』と表現するのは、アリかもしれない。

 

「ワクワクするね」

「…うん」

 

 既に後部座席に乗り込んでいた由奈と短く言葉を交わし、その隣に座る。

 あんまりワクワクした顔には見えないが、彼女は僕に似て

ポーカーフェイスが得意な人間である。

 

「それじゃ、行くぞ」

「発進! いざ、お花見の待つ場所へ!」

 

 佐吉おじさんがアクセルを踏むと同時に、弥彦くんが叫ぶ。

 少し文法的におかしな気もしたが…まぁ、野暮なツッコミはするまい。

 とにもかくにも、車は発進した。

 目指すは、お花見の――もとい、桜の待つ藪下(やぶした)公園である。

 

 

 

 

 

「つまり、そいつは監視カメラの存在に気付いていたってこと?」

「…そうなるね」

「――となると、やっぱそいつが犯人!?」

「いや…その見解は、安直過ぎる」

 

 お花見への道中、車内。

 僕と弥彦くんは、ただいま連載(れんさい)中のとある推理漫画を議題とし、雑談に(きょう)じていた。

 

「彼女が犯人でないとして、監視カメラの存在に気付いたとなれば…

タイミング的にみて、それは事件に関与した人間の仕業と思うのが普通だ」

「ふんふん…」

「それが警察側にせよ犯人側にせよ、そこでカメラを取り外したところで

すぐに第二、第三の手が打たれることは容易に想像が付く」

 

 僕はこの数日間で巡らした思考を振り返りつつ、見解を述べていく。

 こういう場合はとにかく、自分が相手の立場だったとすればどうか…

というのをどれだけ精密(せいみつ)に想像出来るかが、推理の鍵となってくる。

 

「だとすれば、最善の策は何か。 その監視カメラに、『事件とは無関係な自分』」

を少なからず映してもらうのが、一番だと思わない?」

「な、なるほど…」

 

 しかしそれと同時に、人間というのは1人として全く同じものは存在しない

ということも、念頭に入れておかねばならない。

 他人の気持ちが手に取るように分かる感覚は、至高(しこう)の快楽とさえ呼べるものだが…

それに酔いしれてると、思わぬ失態を起こしてしまうものだ。

 

「それじゃ結局、犯人は分からずじまいってわけかぁ…」

「いや――僕的には1人、圧倒的に疑わしい容疑者がいるんだけどね」

 

 要するに、相手の気持ちを理解しようという気持ちは大切だが、

『そこはもう理解している』と思い込んでしまうことが危険なのだ。

 知性や精神というものには、かくも未知なる領域(りょういき)が存在する。

 

「えぇっ!? だ…誰ッ?」

「教えたげない」

 

 目を見開いて(たず)ねてくる弥彦くんに、僕はきっぱりと言い放った。

 甘やかすだけでは、子供は成長しないものである。

 

 

 

 

 

 やがて杉山家と白河家を乗せたその車は、目的地へと到着した。

 僕は他の人たちが車から降りるのを見届けた後、最後に車から降りる。

 

「……」

 

 見晴らしの良い丘の上からは、藪下公園の景観が一望出来る。

 陽光を受けて白みを帯びた青い空に、薄いピンクの花びらを着飾った桜たち。

 それに寄り添う緑と、無機質な人工物。

 いずれもが絶妙に混ざり合った、実に目に優しい光景である。

 

 そこらの名所とか呼ばれるような場所とは、また違うんだろうけど…。

 この妙に自然と人の暮らしがセッションしたような感じは、悪くないものである。

 

「…やっぱりお客さん、少ないわね」

「もう、今日か明日が見納めっていう話だからね」

 

 まりやさん、伊代さんの姉妹が、公園内に3組だけ見られる

団体客の様子に目をやりながら語らう。

 いずれも老若男女が入り混じった、家族や親戚一同みたいな

雰囲気を思わせる人々である。

 

 

 

 手頃な場所にレジャーシートを敷き、お弁当やお茶を用意。

 後は桜が視界に映りさえすれば、お花見の始まり。

 今更だが…何てシンプルで、お気軽な行事なんだろう。

 

「ほぇ~っ、ミステリーハント部かぁ…。 なんかカッケー」

「頑張れば、君もいつか入れる」

 

 僕の所属する部活を聞き出した弥彦くんが、目を輝かせている。

 まぁこの時期の子供は、何でもかんでも英語の響きが格好よく聞こえてしまうものだ。

 虎をタイガー、鷲をイーグルと呼べば、カッコよさは約4割増し。

 タコをオクトパスと呼べば、カッコよさは7割増しにも及ぶというデータがある。

 

「今は確か、幽霊のことについて調べてるんだっけ?」

「うん。 まぁ…」

「へぇ~、幽霊かい?」

 

 まりやさんの問いに、小魚の佃煮を頬張りつつ答える。

 そして、その答えに一番素早く反応したのは佐吉おじさん。

 

「実はウチでも、幽霊を見たっていう話があるんだよ。 最近だけじゃなく、

昔からのことなんだけど」

「…そうなんですか」

「ま、見てるのは、この子1人だけに限ったことだけど」

 

 そう言って佐吉おじさんは、少し離れた場所に座るめぐみちゃんの頭を

ワシャワシャと撫で回す。

 めぐみちゃんの方は…若干、嫌そうだ。

 

「霊感が強い体質っていうのかねぇ。 時々、そういうこと言い出すのよ。

幸い、家の中でそういうのを見かけたって話は聞かないけど」

「……」

 

 伊代さんの言葉に耳を(かたむ)けつつも、視線は自然とめぐちゃんの方へ。

 それに気付いた彼女は数秒だけ視線を返してくれたが、すぐに目を()らす。

 あんまり、掘り下げて欲しい話題でもないのだろうか。

 

「聞きたい…? そういう話」

「えっ?」

「してあげよっか…? そういう話」

 

 しかし彼女は、再び上目遣いの視線で僕を見ながら、そんな言葉を投げかけてくる。

 彼女の目を見つめ返してみれば、幼い子供特有の、何か異質で

ミステリアスな空気に、心臓がちょっとだけ揺れ動いた。

 

「って、おいおい…こんな(はな)やかな場所で、怪談話か?」

「いいじゃんか。 面白そう!」

 

 怪訝(けげん)な表情を見せる佐吉おじさんに、ニンマリと笑みを浮かべる弥彦くん。

 ま、場違いと言えば場違いだが…。

 たまにはそういう展開があっても、いいんじゃないかな。

 予想外のものを受け入れていくのが、探求者の人生というものだ。

 

 

 

 

 

 めぐみちゃんの怪談話も終わり、お腹も一段落すると、僕と弥彦くんは

公園内の散策(さんさく)へと繰り出すことにした。

 1年に1度、来るか来ないかというこの場所は、まだまだ未踏(みとう)の部分がありそうで…

でも何度か来ているから、妙に馴染み深い感じもあって。

 子供時代で言えば、隣の裏庭みたいな感覚だろうか。

 

「兄ちゃん! ちょうちょがいるよ、ちょうちょ」

「うん…確かに、いる」

 

 ヒラヒラ飛び回るその生き物に、興奮気味に接近していく弥彦くん。

 小さな野花の群生(ぐんせい)に、3匹が仲良く連れ添っている。

 その内の1匹が花弁に止まると、弥彦くんは慎重な足取りでそれに忍び寄った。

 

 ……

 

 あえなく、逃げられる。

 気配の消し方と思い切りの良さに、まだまだ未熟な部分が(うかが)えた。

 ここは1つ、お手本を見せることにしよう。

 

「……」

 

 生き物が逃げ出す理由は、主に2つ。

 1つは、自分に危害を加えるものが、付近にいることを察知した時。

 そしてもう1つは、自分にとって未知なる存在が付近にいる時である。

 

 ……

 

 僕は、風だ。

 この公園内、この地球上のありとあらゆる場所で巻き起こる、

微小(びしょう)で有り触れた自然現象の1つに過ぎない。

 

 大気中に身体を溶け込ましながら、僕は急がず騒がず、花に群れる蝶々(ちょうちょ)たちに

そよ風のように歩み寄っていく。

 …――(とら)えた。

 

「おぉ、凄いッ! お見事ッ!」

「……」

 

 空気の流れに沿うように腕を伸ばし、やんわりと羽を(つか)み取る。

 かくして、恐らくモンシロチョウと思われるその生物の捕獲(ほかく)に成功した。

 ひとしきり余韻(よいん)(ひた)った後、蝶々を解放してやる。

 

「重要なのは、油断の無さと切り替えの早さだね。 相手がどういうものを

『異物』と感じ取るか…それが読めれば、自ずと対策は浮き上がる」

「うむむ…勉強になります」

 

 

 

 

 

 その後、トンボやバッタなども見付けてはハンティングのレクチャーをしていると、

ふと階段の真ん中辺りに、妙な物を発見した。

 人気の無いその場所にポツンと寂しそうに置かれた、茶色い革の手提(てさ)(かばん)

 

「…何かな? これ」

「多分、鞄」

「いや、そんくらいは見たら分かるって」

 

 一応、キョロリキョロリと周囲の様子に目を配ってみる。

 人の気配も無ければ、車なども見かけないし…トイレだって、向こうの方だ。

 

「忘れ物かな? ひょっとして」

「うん…ひょっとすると、その可能性はある」

 

 このサイズの物をこんな場所に置き忘れるというのは、

心理的にあまり無さそうな気もするけど…。

 どんな事象(じしょう)にも、例外というものは存在するものだ。

 

“開けて…”

 

「…んっ?」

 

 ジッと鞄を見つめる僕の頭の中に、何かが鳴り響いたような気がした。

 鼓膜(こまく)が震えたような感覚はないが、脳は『それ』を音と認識したようである。

 

“ねぇ、開けてってば…”

 

「……」

 

 弥彦くんの様子を見てみるが、特に変わったところは無い。

 僕は茶色い鞄と向き合いながら、しばし思案に暮れる。

 

“開けてよぉ…。 お願いだからさ”

 

「……」

 

 どう考えても、空耳というものではない。

 こんな事態の時、僕は真っ先に、自分の頭に出来た例の腫瘍(しゅよう)のことを思い出す。

 幻聴(げんちょう)が聞こえるといった症状は、これまであまり無かったんだけど…。

 

“開けろよ、こんにゃろ~!”

 

「……」

 

 僕はその場にしゃがみ込むと、鞄のチャックを一気に開く。

 そして、ガバッと全開にして、中身を確認する。

 そこには――

 

「お、おい、ハル兄!? そういうの、勝手に開けてもいいの?」

「……」

 

 何も見当たらない。

 ――と思った次の瞬間、奥底から何か光るものが飛び出した。

 

“はぁ~…助かった”

 

 姿形は、女の子だった。

 でも、色々と変なところがあった。

 羽が生えてる。 光ってる。 そして何より…身体が小さ過ぎる。

 

“全く…か弱い妖精を、こんなむさ苦しい所に閉じ込めるなんて…”

 

 自分のことをか弱いと言い、挙げ句に妖精などと口にする『彼女』。

 本来であれば、痛々しい人と見限ってしまうのが定石(じょうせき)かもしれないが…。

 ここはもうしばらく、様子を見る必要がありそうだ。

 

“あっ、あなた…私の声、聞こえたんだね?”

「……」

“もしかして、姿も見えてるの?”

 

 自称妖精さんは、尚も好き勝手に口を開き、言葉を並べてくる。

 これが幻覚や幻聴であるなら、僕は相当にヤバい状態と解釈(かいしゃく)出来る。

 山路先生の顔が、自然と脳裏を()ぎった。

 

“凄いね。 接続者(せつぞくしゃ)でもないのに…そういう人がいるんだ”

「……」

“っと…ごめん。 私あんまり、のんびりもしていられないの”

 

 ティンカーベルのような格好をしたその自称妖精さんは、

急に引き締まった表情をして、虚空(こくう)を見上げる。

 一応、視線を追いかけてみるが…特に気になるものは無い。

 

“バイバイ、ノッポのお兄さん”

 

 彼女はパタパタとその身に付いた羽を震わせながら、大空高くへと舞い上がる。

 そして、あっという間に空の彼方へと姿を消してしまった。

 

 

 

 

 


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