OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第18話 星は語らず

 

 

 

 

 

 謎の声を追って、僕らは玄関扉の真正面に構える大きなドアを開く。

 そこはどうやら食堂のようで、中央に長方形の大きなテーブルが置かれている。

 花柄のテーブルクロスの上には、燭台(しょくだい)。 その上にはシャンデリア。

 

「わぁ~、素敵な食堂ですねぇ」

 

 その景観を見て、北澤さんがちょっと目をキラキラさせながら呟いた。

 確かに素敵かもしれないが、今の状況ではちょっと場違いとも思える発言だ。

 

 ……

 

 周囲をざっと見渡してみるが、人の気配などは特に感じられない。

 声のした場所は、確かにこの辺りだったと思うのだが…。

 僕の目は自然と、食堂に連なった2つのドアに向けられる。

 

「この部屋には、何も無さそうだな…」

 

 僕と同じように周囲をざっと見渡した政雄さんは、そう呟くと

1つのドアの前まで歩いていく。

 僕と他の2人も、その後を追った。

 

 ……

 

 ガチャリとドアが開かれ、中の様子が明らかとなる。

 ガスコンロに換気扇(かんきせん)。 流し台に冷蔵庫、電子レンジ。

 いかにもキッチンといった光景が、そこに広がっている。

 

「ここにも、人は…いや――

 

 途中で言葉を止めた政雄さんが、ゆっくりと冷蔵庫の前に立つ。

 この部屋の中で人がいそうな場所となると…確かにそこが有力候補かもしれない。

 北澤さんがまたしても部長さんの背後に回り、息を呑む様子が窺える。

 

 ……

 

 政雄さんは勢いよく、そのドアを全開にした。

 そこにあった物は…。

 僕の想定範囲内から、完全に離脱したものであった。

 

 見たところ…なんだかよく分からない、怪物の模型のようである。

 首から先はドラゴンっぽいが、胴体部分は毛むくじゃらの四本足。

 恐らく、現代の地球には生息していない生き物であろう。

 

「何かな…? これ」

「ひょっとして、冷蔵庫の番人さんでは…?」

 

 政雄さんが口にしたもっともな疑問に、北澤さんが大胆な仮説を立てる。

 …冷蔵庫の番人。

 僕の頭では、到底思いつかなかった発想だ。

 

「ま――今は、そんな話は後回し」

 

 北澤さんの意見に何の反応を見せることもなく、彼はパタンと冷蔵庫を閉じた。

 その他、食器棚や各所に設置された物入れのスペースなども

色々と調べてみたが、これといって気になるものは見当たらず…。

 僕らは食堂に連なるもう1つの部屋の方へと向かうことにした。

 

 

 

 もう1つの部屋は、これまたキッチンのようであった。

 これだけ広いお屋敷となれば、確かに複数のキッチンがあってもおかしくはない。

 ただ、さっきの部屋と違う点も少なからず存在する。

 

「あれは…裏口のドアでしょうか?」

「多分、そうだろうね」

 

 部長さんが発した言葉に、政雄さんが相槌を打つ。

 確かに、部屋の位置と屋敷の構造を考慮すれば、そういった結論に行き着く。

 僕たちは自然と、そのドアに歩みを寄せていった。

 

「……」

「あっ、杉山くん…!?」

 

 ――しかし、僕には(ひらめ)くものがあった。

 すぐさま食堂へと引き返した僕は、テーブルクロスを(めく)っては

そのテーブルの下へと潜り込んだ。

 

 ……

 

 そこには人影も無ければ、それ以外に気になるものも特に見当たらない。

 だが…こういう時の僕の勘は、割と信頼出来るものだ。

 僕はほふく前進のスタイルで、テーブルの下の探索を続ける。

 

「乃亜、杉山くんは…?」

「それが、何故かこの下に…」

「どうしました~? 隠れんぼですか~?」

 

 テーブルクロスを挟んだ向こうの世界から、3人の話し声が聞こえる。

 僕はそれを特に気にすることもなく、尚もテーブルの下を突き進む。

 ――不意に、異変は訪れた。

 

 体の下の方でカチッという音がした次の瞬間、そこにあった床が

パッカリと2つに割れ、空洞が出現したのである。

 そこに全体重を預けていた僕の体は、重力に従い、当然の如く落下する。

 

 ……

 

 しばらくの落下を続けた後、石の床へと着地する。

 その刹那、頭上で再びカチッという音がしたため、僕は上を見る。

 すると、あの割れていた床がパタンと綺麗に閉じる様子が見てとれた。

 

「……」

 

 周囲が暗闇と化した状況で考える。

 よく分からないが…とにかく僕は、地下へと落とされてしまったらしい。

 あんな所に落とし穴を作るのも不自然な話だから、恐らくは

秘密の通路か隠し部屋…といったところだろう。

 

 懐中電灯を壁に向ければ、上に続く梯子(はしご)が見受けられる。

 これを上っていけば、食堂へと引き返すことも可能かもしれないが…。

 違う方向へ視線をやれば、ここが狭い通路であることが認識出来る。

 

 

 

「……」

 

 通路の先にあったドアを開けると、広い部屋に出た。

 そこで目にした物は、数々の剣、槍、斧、盾、鎧…。

 さながら、武器庫といった様相の部屋である。

 

 あのガラスケースが設置されていた鑑賞用の部屋と比較すると、

そこに存在する武器類、防具類は割と乱雑に配置されているように見える。

 鑑賞用でないとするなら…まさか、実戦用?

 

 ……

 

 とはいえ…近代の日本で、これだけの数の武器や防具が

必要となるような紛争は、起きていない筈だ。

 というか――仮にそれらしいことが密かに起こっていたとしても、

もうちょっと近代的な武具を使用するのが普通だろう。

 

「…んっ?」

 

 部屋の中を歩きながら見ていると、1つ気になる物を発見した。

 それは部屋の奥、壁際にデンと置かれた箱型の物体。

 デザインからして、いかにも『宝箱』といった感じの、その見た目。

 

 僕の足が自然と、その箱型の物体の方へと歩み寄っていく。

 ここで出会ったのも、何かの縁というものだし…。

 ミステリーハント部の一員としても、その中身を確認する義務がありそうだ。

 

 ……

 

 宝箱のすぐ側へと歩み寄った途端、ペンダントの『星』の輝きが増す。

 それは宝箱の中身を指し示す、何かのサインなのか。

 僕は色んな考えが頭の中で渦巻くのを感じつつ、(ふた)に手を掛けた。

 

「…開けちゃうよ」

 

 小さくそう宣言した後、蓋を持ち上げた。

 『ギィイッ…』と木の軋む音がして、箱はパッカリと開かれる。

 その中身を見て、僕の心臓がドクンと大きく脈打った。

 

「これって…」

 

 宝箱の中にただ1つ、ポツンと入れられていたその物体を、僕は手に取る。

 輪になった鎖の先に、紫色の光を放つ『星』の飾り。

 発する光の色を除けば、僕の首に掛けられている物と瓜二つである。

 

 ……

 

 ――2つ目のペンダントを首に掛けた、その刹那のことであった。

 グラリと大きな揺れが起こったのを皮切りに、大地を揺るがす震動が

僕と屋敷を同時に襲い始めた。

 

 鎧が倒れ、壁に掛けられていた剣や斧や盾が次々に落下する。

 それなりに危険な状況だ。

 だが、それ以上に危惧(きぐ)すべきは…ここが地下に造られた空間だという点にある。

 

「…っしょ」

 

 出入り口のドアを塞ぐ倒れた鎧をどかし、すぐさまドアを開いて部屋を出た。

 体のバランスを保ちつつ、出来得る限りの最速スピードで通路を突っ走る。

 やがて、地上へと続くであろう長い階段を発見した。

 

 だが――その手前に無視出来ないものが存在し、道を塞いでいた。

 僕は高速走行モードから一転、急停止して状況を見極める。

 

「……」

 

 そこにいるのは、金色の(うろこ)に覆われた、コブラを思わせる蛇だった。

 それだけでも充分に衝撃的なのだが、今回はそれに加えて

更に衝撃を倍増させる要素が含まれている。

 

 鎌首(かまくび)を持ち上げたその部分だけを見ても…ざっと3メートル以上。

 その他のウネウネと通路を埋め尽くす胴体部分も含めれば、その体長は

どのくらいになるのか、見当も付かない。

 

 ……

 

 僕の遥か頭上の位置にあるその瞳が、僕を捉えた。

 大地を揺るがす震えはまだ治まりそうもなく、僕の脳内を

2つの恐怖が同時に駆け巡る。

 

 僅かにテイクバックを取り、持っていた懐中電灯を力任せに投げ付ける。

 懐中電灯は標的の顔面を的確に捉え、微かに怯んだ様子が窺えた。

 僕は床板を踏み砕く勢いで蹴り、蛇の鎌首部分の横を風の如く通り過ぎる。

 途中、踏み付けた奴の胴体からは、ブヨブヨとした肉の感触が伝わった。

 

 ……

 

 『シャアァーッ』と威嚇(いかく)するような声が背後から聞こえる。

 だが今は、振り返っている余裕はない。

 僕は階段を5段飛ばしで駆け上り、地下からの脱出を目指す。

 

 

 

 玄関ホールに辿り着いた時、既にその身を揺るがす震動は治まりつつあった。

 だが、その代わりと言っては何だが…むせ返るような熱気と、

パチパチと何かが燃え盛る音が、五感を支配する。

 

「……」

 

 階段裏から飛び出せば、前面に広がっていたのは、

正に火の海と呼ぶに相応しい光景であった。

 これでは、正面扉からの脱出は難しそうである。

 と、その前に――

 

「部長さん! 政雄さん! 北澤さん!」

 

 火の波から逃れるため2階へ続く階段を上りつつ、先程まで共に行動していた

3人のメンバーの名前を叫ぶ。

 しかし、これいった反応も感じられぬまま、僕は2階へと辿り着く。

 

「榛名さん! こちらへ――」

 

 僕を呼ぶ、耳に馴染みの深い声。

 開け放たれた2階のとあるドアの前には、意外な人物の姿があった。

 

「秀輝くん…?」

 

 それは間違いなく、僕の相棒として名高い、あの男。

 彼が何故、今この場所で僕の眼前に現れているのか…理由が思いつかない。

 

「まずは、脱出が最優先です。 考えるのは、その後にしましょう」

「……」

「他の方達の避難は、既に済んでいます。 さぁ、早くこちらへ」

 

 相変わらずの、冷静で的確で、流暢(りゅうちょう)に紡がれる言葉。

 僕の頭は一気にクールダウンし、(せば)まっていた視野が広がり出す。

 

 ……

 

「屋敷が崩れるのも、時間の問題でしょう。 急いでください」

「――了解」

 

 秀輝くんに促され、僕はその部屋の窓から躊躇いなく飛び降りた。

 非常時とはいえ、2階から飛び降りるという行為には相応の危険が(ともな)う。

 だが僕にとっては、特に問題もない行為である。

 

 ……

 

「先輩ッ! 大丈夫ですか!?」

 

 スタッと軟着陸した僕に駆け寄って来て声をかけてくれたのは、

これまた意外な人物であった。

 付近に見える部長さん、政雄さん、北澤さんの無事な姿を確認しつつ、

僕はその人物へと言葉を投げかける。

 

「大地くん…何でここに?」

「何でって…あっ! ヒデ先輩、早く早く!」

 

 後ろを振り返れば、秀輝くんが窓に掛けられた梯子を下りてくる様が見て取れる。

 しかし、その瞬間――梯子はグラリと揺れた。

 

 ……

 

 僕は大地を蹴ってジャンプし、空中で彼の体を梯子から引き離した。

 そして着陸…。 直後に、梯子がガシャンと倒れる音。

 僕はそっと、彼の身体を地面に降ろす。

 

「…ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 短く言葉を交わした後、僕らは炎に全身を包まれつつある

その建築物の側から離れる。

 何だか色々と思うところもあるが、とりあえずは難を逃れることが出来たようだ。

 

 

 

 

 

 話によると、今朝に僕が家を出て柊町へと出発してから、しばらくのこと。

 後輩である天野大地くんの元に、1本の電話が掛かってきたらしい。

 その電話の主とは、黒沢秀輝くん。

 

 何か嫌な予感がすると言う彼から、車と運転手を手配出来ないものかと

頼まれた大地くんは、それをすぐさま承諾。

 母親に頼むことで車と運転手を用意し、秀輝くんと共に柊町を目指す。

 

「そしたら何故か、あのお屋敷がボウボウと燃えてまして…」

「――現在に至る、というわけです」

「…なるほど」

 

 僕は遠くに見える屋敷の跡を眺めながら、2人の話に耳を傾けている。

 屋敷は完全に全焼してしまい、今では瓦礫の山と変貌してしまった。

 

 大地くんのお母さんが、公衆電話から消防への通報を行ってくれたらしいが…

時既に遅し、といった所であろう。

 まぁ、周囲に燃え広がりはしなかったのが幸いであるが。

 

「……」

 

 胸の奥から沸々(ふつふつ)と湧き上がるのは、悔しさと喪失感。

 あの屋敷には、まだ何か重要なものがあったような気がしてならない。

 それが今となっては…。

 

“そこは君たちにとって、とても重要な場所だから…。

よぉく心に刻み込んでおくことだね”

 

 ――ふと、暁さんの言葉が心の真ん中に浮かぶ。

 重要な場所とは、あの洋館のことを指していたのだろうか?

 そして、その後に続いた言葉の意味…。

 

 ……

 

「榛名さん」

「…んっ?」

「大丈夫ですよ、きっと」

 

 秀輝くんが小さく微笑んで、僕に言葉を投げかける。

 それはとても、とても優しい響きであった。

 何が大丈夫なのかはよく分からないけど、ちょっと気持ちが落ち着いてくる。

 

「それにしても…何が火元となったんでしょうか?」

「さぁ…。 僕には、さっぱり」

 

 部長さんから淡々と訪ねられた質問に、僕は首を振って答える。

 火事に限らず、物事には当然、原因が存在する。

 あの洋館を包み込み、燃やしきった炎…。

 その発生源は、何処にあったというのだろう。

 

「でも、もしあそこに幽霊さんが住んでたのなら…気の毒なことになりましたね」

「…まぁ。 そうなりますね」

 

 北澤さんの発した言葉に、僕は適当な相槌を打つ。

 幽霊さんには、そもそも自宅など必要なのだろうか…。

 基本的には無敵と思われる存在だが、精神面への影響はやっぱり考慮すべきか。

 

「にしても、先輩…ホント、変なことにばっか巻き込まれますねぇ。

改めて、感心しちゃいますよ」

「…うん」

 

 大地くんがおかしそうに口元を緩ませながら紡いだ言葉に、

僕も改めて、自分自身に感心する。

 本当、退屈しないんだよね…僕の人生って。

 

 ……

 

 何はともあれ、亡霊屋敷と呼ばれたその建物は、もう失くなってしまった。

 何かが終わるということは、何かが始まる切っ掛けとなる――という持論がある。

 この事態もまた、その持論に当てはまるものなのだろうか。

 胸に輝く2つの『星』に目をやるが、答えは風と共に通り過ぎていった。

 

 

 

 

 


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