OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第2話 フェード・イン

 

 

 

 

 

 部長さんの話によれば、どうやら他の部員たちは出払っているらしい。

 明日、部員たちの紹介も含め、今後の活動内容についてなども

詳しく話してくれると告げられたのだが…。

 

 せっかくなので、少し部室を見学させて欲しいと願い出したところ、

あっさりとOKを貰ってしまった。

 そんなわけで、僕と秀輝くんは部室内の物色を始めてみたわけだが。

 

「……」

 

 今はそれぞれ、各々が手にした本や書類に目を通している最中。

 無類の読書好きで知られる秀輝くんも、どこか意気揚々(いきようよう)としている。

 僕は時折、彼と短い会話を交えつつ、様々な文書に目を通していった。

 

“オルワディスについての概要(がいよう)

 

 『オルワディス』とは、心理学者クリンプ・ハーネストが提唱(ていしょう)する

 代表的な仮説の1つである。

 

 その基本理念としては、一般的に『夢』と称される概念と

 類似する特徴を多く含んでいる。

 

 ・睡眠、または昏睡(こんすい)状態の人間を含む動物にのみ感受可能。

 ・感受中における感覚は、非感受状態にある場合と(おおむ)ね変わりない。

 

 ただし、『夢』には存在し得ない特徴もある。

 

 ・複数の感受者が、同時に共通の世界を感受可能。

 ・感受者の記憶に存在し得ないであろう情報までが、世界に含まれている。

 

 近年になって、このオルワディスの世界を感受する者が急増していると

 ハーネストは提唱しているが、科学的な根拠は存在せず、

 そもそも、この仮説に挙げられる世界自体を否定する者がほとんどである。

 

 また、前述の現象から考察するに、オルワディスは単なる心理的な

 概念の中だけに収まる世界ではなく、現実の世界にも直接的な影響を

 及ぼす危険性があるとハーネストは提言している。

 

                  イギリス掲載誌『ルイン』の記事より抜粋”

 

 秀輝くんに尋ねてみたところ、このハーネストという人物は、

その分野の世界ではかなり著名(ちょめい)な人間なんだとか。

 心理学者の中でも保守的な考え方をする人物として有名だっただけに、

このファイルに記された出来事は、それなりに波紋を呼んだらしい。

 

「……」

 

 『オルワディス』、か。

 初めて聞く言葉の筈なのに、どこか懐かしい様な響きがある。

 こういうのって確か、『デジャヴ』とかいうんだよね。

 

 昔から頭に異常がある僕にとって、そういった感覚は結構

しょっちゅうあるもので、特に珍しくもないこと。

 だから気にせず、次の資料に手を伸ばすことにした。

 

覚醒者(かくせいしゃ)狩りについての調査報告

 

 近年になって発生した誘拐、及び失踪事件について『ログイゼニア』

 と称される組織が関与していると疑われるものが多く存在する。

 

 組織の関係者と思われる人間が次々と逮捕されているにも関わらず、

 ログイゼニアについて、未だその全貌(ぜんぼう)は掴めていない状況で、

 組織の首謀者(しゅぼうしゃ)やその目的なども明らかとされていない。

 

 ただし、彼らが一連の事件において標的となる人間に『覚醒者』という

 呼び名を付けていることが確認されている。

 しかし、年齢や性別・国籍や職業などといったあらゆる点を考慮しても、

 標的となった人間同士に、これといった共通点は見られない。

 

 この『覚醒者狩り』は日本でも盛んに行われており、その件数は

 世界でもトップクラスと噂されている。

 

                                    藤嶺彰浩(あきひろ)

 

「……」

 

 これはまた、何とも物騒な話だ。

 被害者同士に共通点が見られないとなると、対策を立てるのも難しいだろう。

 徒党を組んでいる以上、何かしらの目的はあると推測出来るが…。

 

“暴走助っ人団、ば~さ~きゃ~ずについての報告

 

 この花毬町(はなまりちょう)に、『暴走助っ人団、ば~さ~きゃ~ず』と名乗る

 謎の集団が潜んでいる模様。

 普段はごく普通の生活を送っているが、依頼があった場合には

 適当な場所に集合し、その都度、様々な活動を行っているらしい。

 

 彼らに依頼を申し込む方法は、町の何処かに設置された

 『へるぷみ~ボックス』に依頼内容を記した手紙を入れておくこと。

 ただし、『へるぷみ~ボックス』は不定期的にその設置場所が

 変更されるため、見付けるのは容易ではない。

 

 ボスである『ば~さきんぐ』を始め、メンバー達は基本、何かしらの

 仮面を被るのが正装となっている模様。

 正体を隠すための措置(そち)であるようだが、正体がバレた所で

 別に大した問題はないんじゃないか…と思うのは、私だけじゃない筈。

 

                                  藤嶺まゆか”

 

「……」

 

 僕らの住むこの町に、そんな連中が潜んでいたとは…。

 不思議な出来事ってのは、意外と身近にも沢山あるものだ。

 いざとなったら、僕もこの人達に依頼してみようかな。

 

「――杉山くん」

 

 しばらく静寂が続いていたその空間に、(りん)とした声が通る。

 僕はハッとして、声の主である部長さんの方を振り向いた。

 

「そろそろ日も暮れてきましたし、今日のところは解散としましょう」

 

 窓から射し込む夕陽の光をバックに、彼女が淡々と告げる。

 チラリと時計に目をやれば、もう5時30分を過ぎようという時間帯。

 ここに来てから、既に2時間近くが経った計算となる。

 

「…もう、こんな時間ですか」

「何かに夢中になっている間は、時間の流れが速く感じるものです」

 

 僕と秀輝くんは、手元に持ってきた数々の資料達を

それぞれ元の場所へと戻していく。

 鞄の紐を肩に掛ければ、帰る準備は万端だ。

 

「杉山くん、あなたに1つ忠告しておきましょう」

「…えっ?」

 

 さよならの挨拶をしようとした矢先、彼女が一瞬先に口を開いた。

 その有無を言わせぬ語調に、僕はかしこまる。

 

「情報というのは、お金と一緒です。 あればある程、もっと欲しくなり…

そして、多くを手にした者が幸せになれるとは限りません」

「……」

「重要なのは、その真偽(しんg)と使い道。 それを見極めなければ、情報は時として

人の心に巣食い、侵食するだけの厄介者と変異(へんい)することもあるのです」

 

 一言一言を噛み締める様に語る彼女の話し方には、

何か凄味というか、重みを感じずにはいられない。

 恐らくは、僕の知らない領域を知る者だけに発せられる何かなのだろう。

 

「それでは、また明日。 お待ちしていますよ」

「…はい」

 

 言葉の真意をもう少し探ってみたい気もしたが、ここは退(しりぞ)くことにした。

 なんというか、それはまだ早い気がする。

 もう少し時間が経ってから、また思い出した様に尋ねてみることにしよう。

 

 

 

 

 

「へぇ…。 それで、そこに入部することになっちゃったんだ」

「はい。 なりました」

 

 夕食の席。

 僕はソース焼きそばを平らげつつ、今日の出来事について話していた。

 主題は勿論、あのミステリーハント部に関することだ。

 

「相変わらず、変なことに巻き込まれるよね…ハル兄は」

 

 独り言の様にそう呟いたのは、隣の席に座る妹の由奈(ゆな)だった。

 彼女は僕より2つ年下で、現在は桜雪中学校の2年生。

 歳を重ねるに連れ、サバサバとした性格になってきている印象だ。

 

「ふふっ、でも面白そうな部活じゃない。 秀輝くんも、一緒に入るの?」

 

 向かいの席のまりやさんが、微笑みを浮かべながら訊いてくる。

 彼女…片桐まりやさんは、この家の(あるじ)

 幼い頃に両親が失踪した僕らを引き取り、ここまで育ててくれた人だ。

 

「ううん。 なんかその部活、入部資格みたいなのが必要らしくて…

秀輝くんには、その合格通知が来てないみたいで」

「何よ、それ? …変わってるのね、ホントに」

 

 知識欲を旺盛(おうせい)に持つ彼にとって、合わない部活でもないと思うのだが。

 入部資格が得られない以上、仕方のないことだ。

 にしても…どういう基準で合格となるんだろ?

 

「他の部員の人たちは? どんな感じだった?」

「あっ…今日は、部長さんしかいなかったんですよ。 他の人たちは、

何か外で活動していたみたいで…」

 

 あの手紙をよこした、藤嶺まゆかとかいう人もいなかったな。

 副部長を務めているということだし、どんな人物なのか気になるところだ。

 

「ふ~ん…それじゃ、その部長さんは?」

「……」

 

 まりやさんに問い詰められ、僕は彼女を思い返す。

 もっとも、あまり会話らしい会話もしていないんだけど。

 

「不思議な人でした。 なんというか…他の人には無いものを持つ人ですね」

 

 ぼんやりとしているが、率直な感想だった。

 恐らく、短時間では計り知れないタイプの人間だと思う。

 そのミステリアスな雰囲気は、さすがミステリーハント部の部長といったところか。

 

 僕の返事を聞いたまりやさんは、口元に手をやるとおかしそうに笑った。

 そんなに変なことを言ったつもりもない僕は、首を傾げて彼女を見る。

 

「ごめんごめん。 だってね、昔、私が秀輝くんのことを初めて尋ねた時と

まるっきり同じ答えだったから…」

「そう…でしたか?」

 

 何しろ記憶力には自信の無い僕だから、その意見を確かめるための

思い出に上手くアクセスが出来ない。

 まぁ、まりやさんがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

 

「……」

 

 つまり、秀輝くんとあの部長さんに、僕はまるっきり同じ第一印象を

抱いてしまったということだろうか。

 言われてみると、あの2人には似た雰囲気が…有るような、無いような。

 

「でも…ってことは、仲良くやっていけそうね。 その部長さんと」

「どうなんでしょう」

 

 何にせよ、どちらも興味を惹かれる存在であるという点では共通している。

 しかし考えてみると、部長さんはともかく、幼い頃からあれやこれやと

行動を共にしてきた筈なのに…秀輝くんのあの謎めいた雰囲気は、

今でも一向に消える気配が無い。

 彼は果たして、何者だというのだろうか。

 

「…どうしたの? 由奈」

「別に」

 

 何故かジイッと僕を見つめていた由奈だったが、声をかけると

すぐにそっぽを向いてしまった。

 まぁ、色々と多感な時期なんだろう。

 

 

 

 

 

 早朝。

 カーテンの隙間から、太陽の光が射し込んでいる。

 時計を見れば、いつもよりも随分と早い時間に起きたことを知る。

 

「……」

 

 寝起きは良い方であるが、今日はいつにも増して目が冴えている。

 …何だろう。

 何か、只ならぬ予感がする。

 

「…ハル兄、起きてる?」

 

 コンコンと遠慮がちなノックの後、聞き慣れた妹の声がする。

 僕がどう答えようか迷っている間に、彼女は既に部屋の中に侵入していた。

 

「あっ、起きてるじゃん」

「…うん。 おはよう」

「おはよう」

 

 上半身だけを起こした状態で、朝の挨拶を交わす。

 親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。

 

「由奈も起きてたんだ」

「うん。 なんだか早起き」

 

 彼女は割と起床時間にばらつきがある方であるが、大抵の場合は

僕より後に夢から覚める傾向がある。

 僕が早起きだと感じる時間帯なのだから、当然、彼女にとっても

早起きな時間帯と言えるだろう。

 

「何か、怖い夢でも見た?」

「ん~…どうだったかな。 怖いっていうより、変な夢なら見た気がする」

 

 過去に何度か、怖い夢を見て眠れないと言ってきたことがあるので、

兄としてはその辺をしっかり確認しておかないと。

 そういう時の彼女は、ちょっと普通じゃない感じもするし…。

 

「夢なんてのは、大概(たいがい)が変なものだと思うけど」

「ん~…ま、そりゃそうなんだけど。 とにかく、変な夢だったの」

 

 目を瞑って回想モードに入りながら、由奈は言葉を紡ぐ。

 よく分からないが、怖い夢でなかったのなら、よしとしておこう。

 

「ってか、それより…お客さん」

「えっ?」

「あの背が低くて、うっとうしい奴」

 

 左手の親指を部屋の出入り口の方に向けながら、由奈が要件を告げる。

 背が低くて、うっとうしい奴。

 彼女がそんな風に表現する人間は、1人しか思い浮かばない。

 本人からすれば、失礼極まりない話かもしれないが。

 

 

 

「あっ…先輩! おはようございます!」

「おはよう、大地くん」

 

 急いで玄関まで駆け付けてみれば、そこには背が低くてうっとうしい奴…

もとい、僕の後輩である天野(あまの)大地(だいち)くんの姿があった。

 彼は由奈と同じく、桜雪中学の2年生。 そして、陸上部所属。

 

「朝早くから、何のご用事?」

「それがですねぇ、先輩…聞いてくれます?」

「聞いてあげる」

 

 朝早くからジョギングを行うのは、彼にとって日常の一環だ。

 そんな努力の甲斐もあってか、彼は学校内でも1、2を争う程の

足の速さを持つとか持たないとか言われている。

 

「あの、俺…見ちゃったんですよ」

「何を?」

「幽霊です!」

 

 彼の口から解き放たれた言葉を、頭の中で反芻(はんすう)してみる。

 幽霊。 幽霊。 幽霊レイ。

 …なるほど。

 

「あの、先輩…?」

「大地くん」

「は、はい!」

 

 僕の真剣な様相を感じ取ったのか、大地くんはピシャッと背筋を伸ばす。

 そんな礼儀を知り得る後輩に対し、僕は穏やかに告げた。

 

「それはきっと、幽霊っぽい生きてる人間だ」

「へっ?」

「それじゃ、さよなら」

 

 全てを言い終えた僕は、彼に背中を向けて立ち去る。

 彼が胸に抱えていたささやかな疑念は、これで消え失せたことであろう。

 僕はちょっとした満足感に浸りつつ、食卓に通じるドアを開けた。

 

「ま、ま、待って下さい! 嘘じゃないんですよ!」

「……」

「本当に見たんですよ! 龍頭(りゅうがしら)公園で!」

 

 必死の形相で食い下がる彼に、僕は仕方なく足を止めた。

 このままだと、土足で家の中に侵入されかねない。

 

「龍頭公園…」

 

 近所にある、ごくごく一般的な公園だ。

 公民館のすぐ側にあるため、ちょっとしたイベント会場みたいに

使われることも多々ある、馴染み深い場所。

 

「白い服に身を包んだ、いかにもって感じの…あぁ、思い出すのも恐ろしい!」

「……」

「めちゃくちゃ伸びた長い髪が、まるで顔を隠すみたいになっていて…

その隙間から覗いた、あの目! もうハンパじゃなかったっすよ!」

 

 身振り手振りを交え、感情表現も豊かに説明してくれる大地くん。

 僕にとっては面白味のある一面に過ぎないのだが、誰かさんにとっては

こういう所が『うっとうしい』という印象に繋がっているのかも。

 

「で…僕にどうしろと?」

「一緒に来て下さい! 先輩なら、きっと何とか出来ます!」

 

 信頼の眼差しと共に、彼が懇願(こんがん)してくる。

 そりゃあ確かに、僕は腕っ節には自信がある方だが…。

 肉体を持たない相手では、自分の長所を発揮し切れない可能性が大だ。

 

「……」

 

 しかし、仮に幽霊ではなかったにせよ、そのような不審な人物が

朝の公園をうろついていたというのは事実だ。

 何かが起こる前に行動するのが、それに気付いた者の役目。

 僕はしばし考えた末、彼に同行することを決めた。

 

 

 

 

 


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