OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第16話 柊町の亡霊屋敷

 

 

 

 

 

 春の雨が降り注ぐ中、僕たちは柊町を目指す。

 その町にある噂の亡霊屋敷は、持ち主の一家が消息を絶ってから

もう20年以上が経過しているらしい。

 

 現在、その建物の所有権は地主の方に移っているらしいが、

部長さんの父親である浅木政雄(まさお)さんの交渉によって、その方から

特別に今回、潜入調査の許可を頂いているとのこと。

 

「――そういった調査には、よく出掛けるんですか?」

「まぁね。 この間も、砂森(すなもり)参老(さんろう)古墳(こふん)って所に行ってきたばかりだよ」

 

 部長さんの父親である、政雄さん。

 独特のオーラを漂わす彼女の親にしては、実に平凡そうな雰囲気の方である。

 歳は50前後であろうか。

 中肉中背で、やや渋めの顔立ちをしている。

 

「考古学者さん…ですか?」

「いや、本業はしがないサラリーマン。 考古学は、趣味みたいなもんだよ」

 

 そんな彼が、道中の車内で退屈しのぎにと語り出したのが、

様々な遺跡やら遺物やらに関する話である。

 話の内容はかなり詳細で、趣味といえど、随分と本格的に

そういった分野に取り組んでいる姿勢が窺える。

 

「……」

 

 後部座席の隣に座る部長さんは、相変わらず何かの資料に目を通している。

 車に乗ってからこれまで数十分、ずっとこんな調子だ。

 でも、話の流れで声をかけられると、ちゃんとしっかりした対応はしてくれる。

 そういう所は、なんか…秀輝くんと似ているかも。

 

 ……

 

「ところで、どうだい? 乃亜とは上手くやってるのかい?」

「えっ? えっと…」

 

 そんな風に尋ねられ、僕は部長さんを横目でチラリと見やる。

 彼女は相も変わらず、黙々と資料に目を通し続けるのみだ。

 

「あっはっは…まぁ、その子は照れ屋さんだからなぁ。 あんまり深く考えず、

君なりに仲良くしてやってくれたらいい」

「…了解しました」

 

 あんまり照れ屋さんという感じではないような気もするが、確かに

相手のペースに合わせることが、親睦を深める最良の手立てとは限らない。

 不器用さ、滑稽(こっけい)さ、フィーリング…人と人を繋ぐ絆は、そういった

打算的でない要素が含まれた方が、より強固になるものである。

 

 

 

 

 

「この辺りの筈なんだがなぁ…」

 

 停止した車の中、政雄さんが地図を眺めながら呟く。

 右側のガードレールの向こうには、大きな湖。

 そして、左側のガードレールを挟んだ向こうには、広大な森林がある。

 

「あそこに、誰かいますね。 聞き込みをしてみましょう」

「あっ…僕も行きます」

 

 ドアを開いて車を出る部長さん。

 僕もそれに続き、傘を持って道路の上に降り立つ。

 ここから10メートル程離れた地点。

 確かに、誰かがガードレールの側でしゃがみ込んでいる様が見て取れる。

 

 ビニール傘を差し、(さわ)やかな水色のワンピースを着た、若い女性。

 こちらに背を向ける格好で座り込み、ジッして動かない。

 一体、何をしているのだろう?

 

 ……

 

「オオイヌノフグリ、ですね」

 

 近寄ってみると、彼女の視線の先には、路傍(ろぼう)に咲くコバルトブルーの花があった。

 瞬時にその正体を見破った僕に対し、彼女はハッとしたような顔をして

立ち上がり、こちらを振り返った。

 

「おはようございます」

「どうも~。 おはようございます」

 

 挨拶をしてみると、やや間延びした口調での挨拶が返ってきた。

 サラサラした栗色の髪に、黄色いカチューシャ。

 何だか、のほほんとした雰囲気を漂わす人である。

 

「すみません。 1つ、お尋ねしたいことがあるのですが…」

「はい。 何でございましょう?」

 

 事務的な態度で話しかける部長さんに、にっこり笑顔で対応する女性。

 童顔だが、僕らよりももう少し年上だろうか。

 妙に落ち着き払った感じも、なくはない。

 

「この辺りに、亡霊屋敷と呼ばれる場所があるそうなのですが…」

「あぁ…はいはい。 ご存知ですよ、わたくし」

 

 部長さんの言葉を受けると、胸元に手をやり、得意気な顔をする女性。

 その仕草はやけに子供っぽく見え、僕はついさっき導き出した

年齢予想に、見直しの余地があると判断する。

 

「屋敷はズバリ、あっちの方です」

 

 そう言って彼女は、向こう側のガードレールの先に見える森林方面を

ビシッと迷い無く指差した。

 僕と部長さんの目が、自然とそちらに向けられる。

 

「あの森の中ですか…」

「はい~。 間違いありません」

 

 

 

 水色のワンピースの女性に案内され、僕たちは森林へと続く道を発見する。

 道路からは外れ、コンクリートによる舗装(ほそう)はされていないようだが、

まぁ何とか車による走行も可能そうな道であった。

 

「私、北澤(きたざわ)涼花(りょうか)と言います。 以後、お見知り置きを~」

「…よろしくお願いします」

 

 そして、意気揚々と車に乗り込み直した僕らであったが…。

 例の女性も何故か、そこに同乗してくる事態となった。

 尋ねてみたところ、『面白そうだからついて行く』とのことである。

 

 新たなメンバーを加えた探索隊は、デコボコ荒れた道を

車をガタガタ揺らしながら突き進む。

 道幅はお世辞にも広いとは言えず、対向車など来ようものなら、

脇にある茂みに飛び込む他なさそうだ。

 

「北澤さんは、その屋敷を訪ねたことはあるんですか?」

「はい~、実は1度だけ。 でも、近くまでは来れたんですけど…

怖くて中には入れませんでした」

 

 僕の質問に、彼女はピンッと人差し指を立てた後、しょんぼりした表情を見せる。

 どうやら、中まで入れなかったことが悔しかったらしい。

 その心残りを、今回の機会に払拭(ふっしょく)しよう…といった魂胆なのだろうか。

 

「本格的な調査がされたことは、まだ1度も無いんですか?」

「ん~、よくは知りませんけど…。 多分、無いんじゃないでしょうか」

 

 今度は部長さんからの質問を受け、さっき立てた人差し指を

自分の口元に置きながら答えを返す。

 ――その時だった。

 

 森の奥の方で、ガサリと何かが動いたような気配。

 それを感じ取ったのは僕だけではなかったようで、運転手を務める政雄さんも

慌てた様子でブレーキを掛けた。

 

 ……

 

「…どうかされました~?」

 

 僕と部長さん、政雄さんの3人は揃って左側に見える

木々の群生の方へと目を凝らす。

 気付いていないメンバーも約1名いるようだが、ひとまずは放っておくことにする。

 

 ……

 

「気のせい…だったかな?」

「……」

 

 しばらく車内から様子を窺っていた僕らであったが、これといって

気になるものは見当たらなかった。

 念のため、僕は車を降りて現場付近を見て回るが、やはり特に異常はない。

 

 何かがそこにいたことは、確かだったと思うのだが…。

 既にその何かは、この付近にいないということになる。

 僕はどうにも引っ掛かるものを感じつつも、渋々車へと引き返すのであった。

 

 

 

 

 

 荒れた1本道をひたすら突き進み、僕らは目的地と思われる場所へ到着した。

 いつの間にか雨は止んでくれたようだが、まだ空一面には

灰色の雲がどんよりと広がっている状態。

 車を降りた僕たちは、足並みを揃えて前進する。

 

「…さすが、雰囲気あるね」

「……」

「変わってませんねぇ。 このお屋敷さんも」

 

 そこには、分厚い石壁で周囲を覆われた、西洋風の建築物。

 パッと観、コの字型をした構造で、建物の正面にあたるこちらに向けて

コの字の口を開いた形となっている。

 

「よし、開けるぞ」

 

 政雄さんが例の地主さんから預かったという鍵を使い、正面に立ち塞がる

大きな鉄柵の扉に取り付けられた錠前を取り外す。

 北澤さんの話によれば、建物の裏に回ると、秘密の侵入経路の

ようなものも存在するらしいが…。

 

「わっ、わっ。 やっぱり、本当に入っちゃうんですか?」

 

 『キィイ…』と金属が擦れる音がし、扉はゆっくりと開かれる。

 すると北澤さんが、怯えた小動物のように部長さんの肩にしがみ付きながら

今更とも思える弱音を漏らした。

 

「……」

「わ…分かりました。 北澤涼花、一世一代の覚悟で望みます!」

 

 部長さんの無言のプレッシャーに負け、両の拳をグッと握って

そんな決意を固める北澤さん。

 こんな所で一世一代の覚悟を使って、後の人生に影響は無いのだろうか。

 

「あの、別に無理しなくても…。 なんなら、車の中で待ってるかい?」

「――それは嫌です! 絶対、やられるパターンです!」

 

 政雄さんの気遣わしげな申し出に、彼女はブンブン首を振って拒絶する。

 何にどうやられるかは知らないが、まぁ…言わんとしていることは分かる。

 こういう時に単独で行動するキャラは、大抵ヤバいことになるのが

その手の映画でのお決まりのパターンだ。

 

 

 

 色々と騒がしかった北澤さんも引き連れ、僕たちは敷地内へと突入した。

 まず僕らを出迎えてくれたのは、広大な庭園。

 しかし、かつては庭園だったであろうその場所も、今はただの

雑草の群生地へと変貌(へんぼう)しているようだ。

 

 北澤さんはずっと部長さんに後ろから寄り添うような感じで、

おっかなびっくりといった様子で歩いている。

 あんな調子で、邸内に入ってもやっていけるのだろうか。

 

「んっ…?」

 

 敷地内に広がる草むらの中に、何かがある。

 僕は軌道を変え、その何かがある場所へと歩み寄っていった。

 

 ……

 

 そこには、長い柄に槍の穂先(ほさき)。 更に片刃の斧と鉤爪(かぎづめ)が取り付けられた、

普段の生活ではあまり見かけることのない物体が転がっていた。

 その形状からすると、恐らくはハルバードと呼ばれる武器かと思われる。

 

 ハルバードは、槍で突く、斧で斬る、鉤爪で引っ掛けるといった

様々な用途を兼ね備えた、槍斧(そうふ)とも呼ばれる西洋武器だ。

 反面、重量があり、多種に渡る用途をその時々に応じて使い分ける

臨機応変さが求められた、使い手を選ぶ武器とも云える。

 

「何でこんな物が、こんな所に…?」

「ま、まさか…ここで誰か、決闘でもしたんでしょうか?」

 

 古びた西洋武器に注目を集める一同から、口々に感想が飛び出す。

 僕はその場所にしゃがみ込み、もう少しよくその物体を観察してみる。

 

「話が飛躍(ひやく)し過ぎですよ。 これだけの豪邸を建てる財力があるのならば、

コレクションの1つとしてこんな物を所有していても、何ら違和感はありません」

 

 北澤さんの発言に、部長さんが理路整然(りろせいぜん)と言葉を返す。

 確かにその通りだ。

 元来は武器として造られた物が、いつしか鑑賞用の一品として扱われる…。

 古くから当たり前に行われてきた、価値観の移行である。

 

「――きゃっ!」

 

 短い女性の悲鳴が聞こえ、僕は後ろを振り向く。

 そこには、またしても部長さんの肩にしがみ付く北澤さんの姿。

 そして、彼女の怯えた目が向けられた先には…。

 

 濡れた草の間から顔を覗かせる、黒い猫がいた。

 僕と目が合った瞬間、猫は『ニャー』と鳴いた。

 薄暗がりにほのかな黄色い光を放つその目は、ちょっと幻想的である。

 

「く、黒猫さんがお出ましとなると…や、やっぱり、引き返した方が

いいんじゃないでしょうか?」

 

 北澤さんが引きつった笑みを浮かべながら、そんな提案を切り出す。

 しかし残念ながら、その提案に賛同の意を表する者はいない。

 黒猫だろうが白熊だろうが、そんなものが出たくらいで足を止めていては、

探求の旅は始まらないのである。

 

 

 

 再び地主さんから預かったという鍵を使用し、獅子の飾りが付いた

立派な正面扉が開かれる。

 天候のせいもあってか、中は非常に薄暗い。

 

 僕らは持参した懐中電灯を各自が取り出し、一斉にスイッチを入れた。

 中の様子を漠然と把握出来る状態となった僕は、思わず目を見開く。

 吹き抜け構造となった、何とも巨大な玄関ホールがそこにある。

 

「……」

 

 赤いカーペットにシャンデリア、キャンドルの燭台(しょくだい)

 大きな振り子式の置き時計。 茶色い革張りのソファー。

 イミテーションの観葉植物。 2階へと続く、湾曲(わんきょく)した階段。

 

 テレビや映画の中でしか見たことのない、いかにもな世界観の景色。

 キャンドルとシャンデリアに明かりを灯せば、ドレスアップした紳士と貴婦人が

そこら辺でワルツでも踊っている光景が目に浮かぶようだ。

 

「さてと…これだけ広いと、探索にも時間が掛かりそうだ。

ここは、二手に分かれて行動しようか?」

「え…えぇえっ!? 分かれちゃうんですか!?」

 

 政雄さんが切り出した提案に、北澤さんのみが仰天したリアクションを見せる。

 どうやら、共に行動する人間が減ることに、不満があるらしい。

 

「そう我が侭ばかり言っていては、置いていきますよ」

「ご、ごめんなさぁ~い。 でも、だって…怖いものは怖い」

 

 眼鏡の縁に手をやり、キリッと言い放つ部長さんに、北澤さんがシュンとなる。

 この人を連れてきたのは、やはり失敗だったのでは…。

 口には出さないが、そう思ってしまった自分を否定することは出来なかった。

 

「そんなら、君らは若い者同士、3人で行動するといい。 こっちは1人で

大丈夫だから…。 それならいいだろ?」

「え、え~っと…」

「――決まりだね。 それじゃあ、探索開始」

 

 政雄さんが新たに示したその提案。

 北澤さんはすぐには答えが出せなかったようだが、政雄さんは気にせず

言葉を続けると、通路の奥の方へと歩き出した。

 

「9時半に、この玄関ホールに集合しよう。 それまでは、各班自由行動だ」

「分かりました」

 

 左手に付けた腕時計を見ながら集合時間を告げる政雄さんに、

同じく時計を確認して返事をする部長さん。

 さすがに親子なだけあり、流れるように自然なコミュニケーションだ。

 

「では、2人共…参りましょうか」

「はい」

「…お、お手柔らかにお願いします」

 

 僕と北澤さんを見渡し、淡々と出発の時を告げる部長さん。

 政雄さんがいなくなった途端、急にリーダー的なオーラを放ち始めた気がする。

 かくして僕らは、亡霊屋敷の探索を開始するのであった。

 

 

 

 

 


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