OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第15話 予見者の憂鬱

 

 

 

 

 

「…まぁ、そんなところかな」

「う~ん。 何だか、手強い事件みたいだね」

 

 授業開始前の、教室でのひと時。

 日和から幽霊騒動事件に関する調査の進行具合いを訊かれた僕は、

これまでのあれやこれやを説明し終えたところだ。

 

「それはそうと、ハルちゃん。 今日はちょっと、料理研究部に寄ってかない?」

「えっ…?」

「私の、これまでの特訓成果を見せてあげたいの。 それに、部のみんなにも

ハルちゃんのこと紹介したいし」

 

 彼女からの突然の申し出。

 内容から察すれば、それは放課後の予定を空けるべき事態であろう。

 ――しかし僕には、先約がある。

 

「今日はちょっと…副部長さんと調査に行く予定だから」

「…ふ~ん。 なんかハルちゃん、ここ最近、副部長さんとばっかりいるよね?」

「それはだって、コンビを組んでるんだから」

 

 隣の席の秀輝くんは、特に関心も無さそうに次の授業の予習。

 そして日和の斜め後ろに立つ飛鳥は、黙って僕らの様子を見守る。

 僕たち4人のいつもの空気が、そこにある。

 

「まぁ、そうなんだけど…。 なんかハルちゃん、まんざらでもなさそうだから」

「…どういう意味?」

「あっ…! ううん。 ハルちゃんにはまだ、早い話だよね」

 

 彼女が呟くように口にした、その言葉の意味が分かりかねる。

 首を傾げる僕に対し、日和は自分に言い聞かせるように

またもや釈然(しゃくぜん)としない台詞を口にした。

 

「それじゃ、私のお願いはまたの機会ってことで…バ~イ♪」

「…バ~イ」

 

 それ以上の追求を避けるかのように、彼女は話を切り上げると

早々にその場から走り去っていく。

 少々、気掛かりではあるが…まぁ女の子には、色々と思う所もあるのだろう。

 

「…はぁ」

 

 それから数秒後、僕を見て何故か盛大な溜め息を吐いた飛鳥が

静かにその場から退散していく。

 何だか取り残された感が凄い僕は、隣で教科書を読む男に声をかける。

 

「今のは、何だったんだろう」

「さぁ…。 色々と、複雑な年頃ですから」

 

 意見を求める僕に、小さく微笑んで言葉を返す秀輝くん。

 はぐらかしているが、何だか既に答えを知っていそうな顔だ。

 でも悔しいから、これ以上は言及しないことにする。

 

 

 

 

 

 美術の時間がやって来る。

 前回の授業に引き続き、自画像の制作が今日の課題だ。

 僕は昔からちょくちょく絵を描いたりすることもあるので、

こういった分野は、割と嫌いではない。

 

「……」

 

 自画像を描く時のポイントは、いかに自分の顔というものを

客観視出来るかどうかという点にある。

 自分が思う自分の顔と、他人に見えている自分の顔には、

意外と少なからずのずれが生じているものだ。

 

 そして、顔の表情のポイントは…言わずもがな、目とその周辺にある。

 『目が変われば、人も変わる』とは、ホプキンスという有名な画家のコメント。

 僕個人としては、目を描く時には『命を吹き込む』というイメージで

取り組むという姿勢を立てている。

 

 ……

 

 一通りの作業を終え、コトリと筆を置く。

 何とはなしに、隣の新里さんの絵に視線をやった。

 

 …いまいち、バランスが取れていない。

 顔の輪郭(りんかく)がどう見ても縦長になってるし、両目の位置も変にずれている。

 良く言えば、独創的。 悪く言えば――下手っぴな絵だ。

 

「ど、どうかな…? 私の絵」

 

 僕の視線を感じ取ったのか、新里さんが恥じらい気味におずおずと尋ねてくる。

 ここは、正直な感想を言うべきだろうか。 それとも…。

 悩んだ挙げ句、僕はこの返答に行き着く。

 

「実物の方が、可愛い」

「あ…ありがとう」

 

 遠回しに絵の中の彼女がちょっとアレなことを言ったつもりであったが、

新里さんからは何故かお礼を言われてしまった。

 とりあえず嘘は付いていないので、別にこれ以上口を挟む必要もないだろう。

 

 ……

 

 さて、今度は反対側の隣の席にいる幼馴染の様子を窺ってみる。

 さすがに彼の作品は極めて精巧で、かつ手際も良い。

 作業は的確に、迅速(じんそく)に――。

 いつだったか、彼から貰った言葉の1つだ。

 

「……」

 

 しかし僕は、その絵を見ていて奇妙な違和感を抱いた。

 それは、作品の一部だとか、色合いがどうだとかいう問題ではない。

 何か、その顔そのものが…。

 

「――どうかされました? 榛名さん」

「…いや、別に」

 

 僕がいつも見ているその顔とは、何かが違う。

 まるで、別の人間であるかのような…。

 そして、それを見た僕の胸の奥に…どこか懐かしいような気持ちが

芽生えるのは、何故であろうか。

 

 

 

 

 

「ここが噂の、ネッシーくんの出没ポイント?」

「…らしいです」

 

 放課後。 もはやお馴染みとなりつつある、副部長さんとの幽霊騒動調査タイム。

 しかし今回は、幽霊のことはひとまず置いといて――別の騒動の調査を遂行中だ。

 

「ま、それなりに広さも水深もありそうな川だけど…。

いくら何でも、ネッシーは無いよね」

「…ごもっともな意見です」

 

 夕焼けに染まる空を映す水面の川をバックに、副部長さんはキッパリと言い放つ。

 可能性はゼロではないと考えていた過去の自分が、何だかやけに恥ずかしい。

 でも、まだ…完全にゼロと決まったわけではない筈だ。

 

「何かを見間違えたって言うにしてもねぇ…こんな所に生息してる生き物なんて、

たかが知れてるだろうし」

「……」

 

 どうやら副部長さんは、例の目撃証言を錯覚(さっかく)…あるいは

虚言とでも踏んでいる様子に見える。

 はっきり言って、あまり乗り気な様子ではない。

 

 ……

 

 ちょっと気まずい沈黙が流れる中、僕は気分転換にと川原に落ちた石を拾う。

 そしてそれを、眼前に流れる川へ向け、サイドスローで投げ放った。

 

「わっ…! 凄い」

「……」

 

 石は水面を跳ね、また跳ね、そしてまた跳ねまくって、向こう岸まで辿り着いた。

 俗に『水切り』と呼ばれるこの遊び。 極めるには、色々とコツがある。

 まぁ、ある程度は腕力でカバー出来る面も少なくないのだが。

 

「ねぇねぇ、今のってさぁ…あたしにも出来る?」

「頑張れば、出来なくはないと思います」

「よ~っし☆」

 

 先程までの退屈そうな顔とは一変、目を輝かせ始める副部長さん。

 どうやら、しっかり気分転換になってくれたらしい。

 大きく振り被った彼女の腕から、高速で石が解き放たれる。

 

 ……

 

 1度、2度。

 それだけ跳ねると、石は静かに川の中へと沈んでいった。

 これがまぁ、素人と玄人の違いというものである。

 

「…なんか、コツとかある?」

「ご指導致しましょう」

 

 結局の所、今日はこんな感じのままに時間が過ぎていくだけであった。

 無駄足だった気もするが、まぁそれなりに楽しめたので…良しとしておこう。

 

 

 

 

 

 夜の9時半過ぎ。

 鳴り響いた電話に手を伸ばしたまりやさんに呼ばれ、僕は受話器を受け取った。

 外は雨。 窓の向こうの闇に、微かな水の(きら)めき。

 

「…もしもし」

「やぁ、僕だよ」

 

 電話の相手は、まるで数年来の友人であるかのような口振りで声を発する。

 しかし僕の記憶が確かであれば、彼とはまだ、ほんの2回の面識しか無い筈だ。

 

「暁さん…?」

「君に1つ、伝えておくことがあってね」

 

 面識は僅かであるが、その独特の雰囲気は強く印象に残っており、

脳裏には自然とあの口元を緩ませた彼の顔が浮かぶ。

 確か、2年生で…占術部所属とか言ってたっけ。

 

「君は近々、何処かに遠出する予定はあるかい?」

「えっ…?」

「そこは君たちにとって、とても重要な場所だから…。

よぉく心に刻み込んでおくことだね」

 

 近々、遠出する予定とくれば…。

 明日の土曜日には、部長さんと柊町の亡霊屋敷へ。

 そして明後日の日曜日には、みんなでお花見というイベントが待っている。

 

「あの、暁さん…」

「ん、何だい?」

「いえ…何でもありません」

 

 またもや意図を掴みかねる言葉を投げかけられ、自然と聞き返そうとする

心の衝動(しょうどう)を力尽くで抑え込む。

 訊いたところで、どうせ納得の行く答えは返ってきまい。

 

「気になるなぁ。 そんな思わせぶりな言い方して」

「……」

 

 思わせぶりなのはどちらであるか、今一度、考え直して欲しいものだ。

 しかし、このまま彼のペースに乗せられたままというのも(しゃく)(さわ)る。

 ここは1つ、角度を変えての質問をぶつけてみるか。

 

「あなた…一体、何者なんですか?」

 

 漠然とした質問だけに、いくらでも受け答えは可能だろう。

 しかし予想とは裏腹に、彼からの返答はすぐに出てこない。

 僕は奇妙な静寂の中、その時が来るのをただ待ち侘びる。

 

「――未来が分かるって、とっても不便なもんだね」

「……」

「引き返せない場所まで来て、ようやく気付いたんだ。

僕が本当に欲しかったのは、未来を知る力ではなく…変える力」

 

 質問の答えとは違う返事にちょっと呆気に取られた僕であったが、

その声のトーンは、これまでと少し違っているように感じた。

 きっとそれは、彼にとって(いつわ)らざる言葉なのだと、自然に思う。

 

「暁さん…」

「無駄話が過ぎたね。 じゃ、今日はこの辺で」

 

 彼はさっきまでと同じト-ンの声に戻り、別れの挨拶を済ましては、

一方的に通話を打ち切った。

 僕は受話器を持ったまましばし立ち尽くし、彼のことを頭に巡らすのであった。

 

 

 

 

 

 土曜日…。 今日は朝から、生憎(あいにく)の雨。

 しかし、雨が降ろうと槍が降ろうと、今日の予定が変わることはない。

 何故なら僕らは、ミスtリーハント部。

 探求の旅に、お天気なんて関係ないのである。

 

「……」

 

 朝食を済ませた僕は、特にすることもなく、テレビを観ながら

ひたすらに部長さんらが迎えに来る、その時を待つ。

 テレビから発せられる映像と音声を処理しつつも、これから出動する

目的地のことについて、色々と思考を巡らせる。

 

 ……

 

 謎の失踪(しっそう)事件を伝える報道は、日を追うごとに数を増しているように感じる。

 今日も恒例のごとく、スタジオに集結したコメンテーター達は

それら一連の事態に関する論議を重ねているが…。

 どうにも結論が出るような気配が、一向に感じられない。

 

「……」

 

 未だテレビの向こうから、『ログイゼニア』や『覚醒者狩り』などといった

言葉は、一度も飛び出してはいない様子。

 しかし、それらのワードが一連の事件を紐解(ひもと)く鍵であろうことは

個人的にもう、確信に近いものに感じていた。

 

 ……

 

「ど、どうしたの?」

 

 突然ガバッとソファーから立ち上がった僕を見て、隣にいた由奈が目を丸くする。

 僕は特に何らの返事をすることもなく、黙って居間を後にした。

 テクテクと廊下を進み、タントンタンと階段を上る。

 目的地は、他ならぬ僕の部屋であった。

 

 

 

「おはようございます、杉山くん」

「はい。 おはようございます」

 

 約束の時刻となり、部長さんが家を訪ねてきた。

 黒いジャケットに白いシャツ。 チェックの柄のスカート。

 私服姿の彼女は、思ったよりも普通の女性らしい印象を受ける。

 

 しかし気になるのは、両手で持った黒いアタッシュケースである。

 それ以外の外観が普通の女性っぽくある分、そのワンポイントが

どうにも際立って仕方がない。

 

「……」

「…あっ、これですか?」

 

 だが、彼女からしても、僕の身だしなみに対して気になる部分があるらしい。

 視線の先からその正体を察知した僕は、事情説明に入る。

 

「この前、公園で拾った物なんですが。 何だかよく分からないんですけど、

今日は身に付けていった方がいい気がしまして」

「…そうですか」

 

 僕のちょっとよく分からない説明に、彼女は淡々と相槌を打つ。

 納得してくれたのか、それとも単にどうでもいいのか…。

 いつもの如く表情の少ない彼女から、その真意を読み取ることは出来ない。

 

「では、参りましょうか」

「…はい」

 

 僕らは揃って傘を開くと、玄関先から歩き出す。

 降雨量はそれ程でもないが、やや風が強いか。

 見上げた空の向こうには、ただただ灰色の雲が広がるばかり。

 とにもかくにも、探求の旅の始まりである。

 

 

 

 

 


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