OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第14話 エデン・ウォーズ

 

 

 

 

 

 エデン・ウォーズ。

 それは昨年発売された、とあるテレビゲームの名称である。

 カードゲームとボードゲームを組み合わせたような、その独特なシステムが

最大の特徴であり、その人気は今も密かに拡大しつつあるんだとか。

 

 舞台は中世ヨーロッパ風の、ありがちなファンタジー感が溢れる世界。

 クリーチャー、エンチャント、スペルの計3種類のカードを組み合わせた

デッキを用意し、マス目状に区切られたフィールドで戦闘を繰り広げる。

 

「よし、ここにシーサーペント召喚…っと」

「…むむっ、そう来ましたか」

 

 各プレイヤーは自分のターンが来るごとに、まずダイスを振る。

 そこで出た目の数だけ、マス目状のフィールドを進むことが出来る。

 要するに、すごろくと同じ形式だ。

 

 1マス1マスにはそれぞれ特徴があり、基本的には火、水、闇、土、光の

いずれか1つの属性が備わった基本地形が、フィールド全体の多数を占める。

 プレイヤーはそのマスを通過するごとに、そこに備わる属性の『マナ』を

次々と獲得していくわけだが…。

 

 ……

 

「あちゃ~…なかなか良い所に止まれませんねぇ」

「まぁ、焦らず機を(うかが)うことだね」

 

 そのマナを消費することにより、各種カードを使用する。

 中でも戦闘の基盤となるのが、クリーチャーカード。

 ダイスを振って進んだ後、クリーチャーカードを使用することにより、

そのマスにクリーチャーを召喚することが出来る。

 

 召喚され、クリーチャーが配置された土地は、そのクリーチャーを

使役するプレイヤーの領地となる。

 他のプレイヤーの領地となった土地からは、マナを引き出すことが出来ず…

更にその土地にいるクリーチャーから攻撃を受け、ライフを削られることとなる。

 

 ……

 

「うわぁ~…水の土地、ほぼ先輩の領地じゃないっすか」

「悪いけど、君には水没してもらう」

 

 ライフがゼロになってしまったプレイヤーは、その時点で脱落。

 これを繰り返し、最後まで生き残ったプレイヤーが勝者となる。

 しかしその他にも、勝負を決める方法が存在する。

 

 その対戦ごとに『マナの目標値』というものが設定されており、この値まで

マナを獲得したプレイヤーは、その時点で勝利が決定する。

 他のプレイヤーのライフを削っていき、勝利を狙うか…それとも、

自らが保有するマナの量を高めていき、栄冠を勝ち取るか。

 この2つの勝利条件の内、どちらを狙っていくかも、戦略の大事な要素である。

 

 ……

 

「ふぅ…何とか切り抜けました」

「君も、中々しぶといね」

 

 僕の使役する大型クリーチャーの『テンタクルス』を、

彼が召喚した『ディオプラント』が撃破する。

 しかし、その際に装着されたエンチャントカード『イビルブレード』の

効果により、ディオプラントも破壊されたため、結果は相討ちだ。

 

 イビルブレードは攻撃力を急激に上昇させるが、攻撃するごとに

25%の確率でその装着者を破壊するという、諸刃(もろは)の剣的なエンチャント。

 エンチャントカードは基本的に一度装着すると、ずっとそのクリーチャーに

装着されたままとなるので、ちょっと使い所を選ぶカードと言えよう。

 

 ……

 

「あ~っ! やっぱ、駄目でしたか」

「ま…君も、粘り強くはなってるけどね」

 

 そんなこんなで、今回の対戦は終了した。

 僕が支配する水の領地に足を踏み入れた大地くんのライフが

削りに削り取られ、ついに力尽きたといった結果だ。

 

 同じエリア内で同じ属性の基本地形を複数所有していると、

連鎖効果が発生し、クリーチャーの攻撃力が増大するのだ。

 この効果を上手く利用出来るかどうかは、勝敗に大きく関わってくる。

 

「う~ん…やっぱ俺も、もうちょっと考えた方がいいんっすかね?」

「まぁ、ゲームのことだからね。 自分のやりたいようにやればいいと思うよ」

 

 ……

 

「それよりも――君の友達は、まだ来ないの?」

「あっ…す、すみません。 約束した時間は、もうとっくに過ぎてるんですが…」

 

 僕が上げた疑問の声に、大地くんは部屋の時計に目をやり、

続いてドアの方に視線を移しては、不満そうに口を尖らせる。

 僕も見知らぬ来訪者の存在を脳裏に浮かべ、色々と思考を巡らしてみた。

 

 

 

 

 

「おい…遅いぞ! お前ら!」

「悪い悪い。 いや、こいつが途中にある川で、なんか変な物見たって言うからさ…」

「バカ! お前が先に見付けて騒ぎ出したんだろうが」

 

 程無くして、来訪者は予定よりもかなり遅れて到着した。

 そんな彼らに大地くんからの叱責(しっせき)が飛んだかと思えば、彼らは何やら

気になる言い訳を口にし出した。

 

「先輩、すみません! お待たせしてしまって…」

「うん…まぁ。 それはそうと、君達は何を見付けたの?」

 

 申し訳無さそうに軽く頭を下げる大地くん。

 だが僕は、過ぎたことはあまり気にしない主義だ。

 ――というか、今は別のことに興味を持っていかれている。

 

「何かって…。 いや、何だったかはいまいち分かんないんですけど。

ともかくでっかい奴が、川の中を泳いでたんですよ」

「ありゃ多分…噂のネッシーだと思います」

 

 短髪の方の少年がまず解説をし、長髪の方の少年がそこに意見を付け足す。

 僕はとりあえず、突っ込むべき所へ突っ込むことにした。

 

「ネッシーは、ネス湖にいるみたいだから。 この付近の川に出没するのは、

物理的に難し過ぎると思う」

 

 無論、可能性がゼロであるとは断言出来ない。

 ネッシーが鳥のように空を飛んだり、モグラの如く地中を掘り進めたり、

人類より一足先に瞬間移動装置を発明していれば、不可能なことではない。

 

「あっ、それはそうと…初めまして」

「…こちらこそ。 初めまして」

「大地の奴から、色々と話は伺ってますよ。 杉山先輩」

 

 このタイミングで挨拶とは、敵もなかなか意表を突いてくるものだ。

 ともかくこうして、新たに2人の後輩が僕の知り合いとなったわけである。

 

 

 

 年頃の男子が親睦(しんぼく)を深めるには、ゲームが一番だ。

 そんなわけで僕らは、密かに人気拡大中のあのゲームをプレイする。

 今回は僕と後輩2人による、3人対戦の形式となる。

 

「先輩、お手柔らかにお願いします」

「うん…こちらこそ」

 

 短髪の、いかにもやんちゃ少年といった雰囲気の彼が、坪谷(つぼや)哲平(てっぺい)くん。

 かしこまった挨拶をしてくれたが、その口元に浮かぶ笑みからは

それ相応の自信が感じ取れる。

 

「ゲームといえど、真剣勝負。 手加減無しでいきますよ」

「…オッケー」

 

 長髪の方の、やや細身のこの少年は、菅原(すがわら)憲二(けんじ)という名前らしい。

 クールぶった雰囲気を(かも)し出しているが…案外、情に厚いタイプの男と見た。

 こういうタイプほど、本気にさせると怖いものだ。

 

 ……

 

 このゲームは、ストーリーモードを進めたり誰かと対戦をするごとに、

その報酬として新たなカードを入手出来る仕組みとなっている。

 しかし、人間同士の対戦モードの時に限り、その対戦中限定での

新たなデッキを作成することが可能だ。

 

 ジャンケンをした後、負けた人から順番に様々な条件を指定し、

コンピュータがそれに見合ったデッキを作成する。

 当然のことながら、後にデッキを作成する側は、先に他のプレイヤーの

デッキの内容を把握出来るため、その対策も加味した作成に望めるので有利である。

 

「フィールドはどうします? ランダム決定でいきまか」

「いや…3人対戦だと、狭いフィールドじゃ面白くないから」

「そんなら、チルディスの大平原にしましょう。 あそこなら、盛り上がりますよ」

 

 坪谷くんの提案に僕が否定的な意見を述べれば、菅原くんが

その意見に合うと思われる選択肢を用意する。

 『チルディスの大平原』…。

 そこは全フィールドの中でもトップクラスの広さを誇る、長期戦必至な戦場だ。

 

 ……

 

 フィールドやその他諸々(ももろ)の設定も決まり、いよいよ対戦がスタートする。

 さっき初めて顔を合わせたばかりの人との対戦…。

 珍しい事態であるが、何だかワクワクするものだ。

 ここは先輩の威厳(いげん)を示すためにも、堂々とした戦い振りを意識するとしよう。

 

 

 

 

 

「お~っし。 良い感じ!」

 

 ゲーム序盤。

 まず優勢に立っているのは、坪谷くんであった。

 彼はクリーチャーとエンチャントを多く取り入れた、戦闘&領地確保を

重視したデッキで、このゲームにおいては直球勝負型と呼んでいいだろう。

 

「う~ん…。 そんなら、こっちのルートから行こっか」

 

 一方の菅原くんは、スペルカードを多数忍ばせた、変化球型のデッキ。

 クリーチャーやエンチャントと比較すると、スペルカードは

その使い所によって、効果の差が激しくなるものが多いことが特徴。

 

 片方の道に多数のクリーチャーがいることを見て、

彼はもう片方の道を選んだようだ。

 チルディスの大平原は、このように道が分岐している箇所が多い。

 

「……」

 

 そして僕はといえば、3種のカードをそれぞれ平均的な比率で入れた

無難というか、スタンダードな構成のデッキ。

 臨機応変(りんきおうへん)に様々な状況に対応出来るのが、このタイプのデッキの魅力。

 

 三者三様のデッキ構成…。

 しかし無論のこと、それは飽くまで大まかな分類にしか過ぎない。

 どんなクリーチャーを入れるか、どんなスペルを入れるか…そして

その組み合わせ方の差異により、プレイスタイルは全然違ってくるのだ。

 

 ……

 

「のわ~っ、俺のコロッサスが…! マジか」

「残念だったねぇ、テッちゃん」

 

 坪谷くんが使役する大型クリーチャーの『コロッサス』が撃沈する。

 まず菅原くんが使用したスペルにより、コロッサスのHPが減少。

 そこへ僕が召喚した『チャリオット』が攻撃を仕掛け、勝利を収めたわけだが。

 

「……」

 

 状況から見て、菅原くんは僕の動向を予測してスペルを使用したのだろう。

 ちょっと誘導されたような感はあるが…まぁ、領地が増えたことに変わりはない。

 ここから一気に、流れを持っていくとするか。

 

 

 

 

 

 ゲーム中盤。

 対戦は白熱し、三者それぞれが一進一退を繰り返す展開が続く。

 1度のミスで戦況が大きく傾くであろう、スリリングな戦局。

 

「…ふむ」

 

 現時点で、領地の数が最も多いのは菅原くん。

 しかし、土地レベルや連鎖の有無も加味すれば、優勢なのが

彼であるとは一概に言い切れない。

 

 自らの領地は、そこを再び通過するたびに『領地コマンド』というものが行える。

 そこで土地のレベルアップをすることにより、その土地から獲得出来る

マナの量や、そこにいるクリーチャーの攻撃力・耐久力が上昇するのだ。

 

「どうっすか、先輩? 調子の方は」

「…ぼちぼち」

 

 そして重要なポイントとして、レベルアップした土地は、例えそこにいる

クリーチャーがいなくなったとしても、レベルはそのままで継続する。

 つまり、他のプレイヤーが上げた高レベルの土地を奪取すれば、

タダで良い土地が手に入ってしまうわけだ。

 

 特に中盤以降は、この高レベルの土地を巡る駆け引きが

勝敗の決め手となるパターンが多い。

 いかに守り、いかに攻め落とすか…個々の野心は、着々と膨れ上がる。

 

 ……

 

 戦況にまた、1つの動きが起きる。

 菅原くんの使用した『ダーティーレイン』の効果により、僕の土地の1つが

火属性から闇属性へと変化する。

 

 土地のレベルに応じたパラメータの変化は『地形効果』と呼ばれており、

土地とそこにいるクリーチャーの属性が同じでなければ発生しない。

 地形効果を失った僕のクリーチャーは、坪谷くんの召喚したクリーチャーに

呆気なく撃破されてしまったのだ。

 

「すいませんね、先輩」

「…ま、戦場ってのはそういう所だから」

 

 ちょこっとだけ申し訳無さそうに、けれど嬉しさを隠せない様子の

坪谷くんに、僕は淡々と言葉を返す。

 これで、レベル3の土地の所有権が、僕から彼に移ってしまったわけだ。

 少々、キツい展開になってきたかも。

 

 

 

 

 

 いよいよ、ゲームも終盤だ。

 大平原のフィールドは、ほとんどがクリーチャーで埋め尽くされた状態であり、

ライフの削り合いもヒートアップしている。

 

「どうですか、先輩?」

「う~ん…。 どうにか、流れは掴んでる感じだけど」

 

 ここで、菅原くんが動いた。

 あるスペルカードを使用し、その対象を僕に選択する。

 正直、まずいと思った。

 

 『ファントムシャウト』と呼ばれるそのカードの効力は、対象となったプレイヤーに

ターン開始時ごとにダメージを与えていくというもの。

 ダメージ量はこれまでに破壊されたクリーチャーの数に依存するため、

終盤で使われると、非常に厄介なカードと言えよう。

 

「わっ! ヤバいんじゃないっすか、先輩?」

「うん…非常にヤバい」

 

 ダメージ量と効果の継続ターン、そして場の状況を考えると…。

 恐らく僕の命は、持って後10ターンというところだろう。

 ここからは、背水の陣で挑む必要がありそうだ。

 

 ……

 

「――よし、レベルアップだ」

 

 『フレアマンティス』が配置された土地のレベルを、一気に5まで引き上げる。

 これでこの土地を通り掛かった者は、壊滅的な被害を受けることとなる。

 間もなくして、その被害者が現れた。

 

「のわ~っ! やられた…」

 

 必殺の一撃を受けた坪谷くんのライフが、ついにゼロとなる。

 これで、1人が脱落。

 脱落者が出た場合、そのプレイヤーが使役していたクリーチャーは

全てフィールドから消去されるのが(おきて)である。

 

「後は、俺と先輩の一騎打ちですね」

「うん」

 

 タイムリミットは、残り僅かであろう。

 だが、テンポ良くライフを削っていければ、勝機は充分に見込める。

 ここまで来たら、勝ちに(こだわ)ってやろうじゃないか。

 

「負けんなよ、憲二!」

「先輩、俺が付いてますんで!」

 

 正念場となったせいか、それぞれのサポーターからも熱い声援が飛び交う。

 真剣勝負というものは、いつの世も、それを観る人を魅了する。

 見えない剣がぶつかり合う火花と衝撃を感じつつ、僕は神経を研ぎ澄ませていった。

 

 

 

 

 


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