OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第13話 怪奇と歴史

 

 

 

 

 

 飛鷹(ひだか)神社。

 僕らが行き着いた先であるそこは、飛鷹浄安仙(じょうあんせん)という神を(まつ)った、

五百年以上の歴史を持つ神社である。

 

 僕らが何故、ここへやって来たかと言えば…。

 今のところ、これといってその動向が掴めていない、噂の幽霊。

 しかし、この神社周辺にて、目撃情報が合わせて3件確認されているのだ。

 しかも、目撃された際の日付や時間帯は、それぞれ異なっている。

 

「まぁ、3件だけじゃねぇ…。 単なる偶然って気もするけど」

 

 神社へと続く階段を上りながら、副部長さんが独り言のように呟く。

 考えてみれば、ここを訪れるのもお正月以来か…。

 割と家の近所にあるため、道すがら目にすることも多い場所だが、

最近はほとんど足を向けることもなくなっている。

 

「でもひょっとすると、幽霊のお気に入りの場所になってる可能性もあるからね」

「……」

 

 お気に入りの場所…か。

 だとすれば、そこには何かしらの理由がある筈だ。

 その予測が付けば、この幽霊調査にも何かしらの進展があるかもしれない。

 

「そういえばここ、神社だよね? どんな神様を祀ってるの?」

「飛鷹浄安仙という神様です」

「へぇ~…ご利益は?」

「家内安全、商売繁盛、恋愛成就など…まぁ、色々です」

 

 そんな会話をしつつ階段を上っていくと、ようやく鳥居の前までやって来た。

 結構、それなりの段数がある階段だ。

 

 

 

「せっかくだからさ、何かお参りでもしていこうよ」

 

 鳥居をくぐり、本殿前にある賽銭箱(さいせんばこ)付近まで来ると、そんなことを言い出した

副部長さんが、財布から小銭を取り出す。

 そりゃ神社に来たのなら、お参りの1つでもしたくなるのが

人の心情というものであろう。 しかし――

 

「駄目ですよ、副部長さん。 まずは、手水(ちょうず)で身を清めないと」

「へっ? ちょうず…って?」

「あそこの、手水舎(ちょうずや)にある水のことです」

 

 お賽銭を投げ入れようとする彼女を呼び止め、僕は4本の柱が支える、

吹き抜け構造となったその設備を指差す。

 僕は彼女を先導するようにテクテクとそこへ歩み寄り、

用意されてある柄杓(ひしゃく)を手に取り、一礼した。

 

「あぁ、思い出した。 そういえば、そういうことするんだっけ」

「こういう作法はきちんとしておかないと、願い事も叶いにくいものです」

 

 僕は右手に持った柄杓ですくった水で、まず左手を洗う。

 そして柄杓を左手に持ち替え、今度は右手を清める。

 でもってまた右手に持ち替えて、すくった水を左の手の平に溜める。

 

 その水で口を(すす)いで吐き出した後は、左手をもう一度洗い、それから

柄杓の柄の首を片手で持って傾け、残った水で柄の部分を洗い流す。

 最後に再び一礼をすれば、手水の段取りは完了である。

 副部長さんも、僕の見様見真似という感じで一連の手順を終えた。

 

「なんか色々と、ややこしいんだね」

「だからこそ、それを行える人の度量や誠意が示せるんです」

「…君さぁ、本当に今時の高校生?」

 

 僕の言うことを聞いた彼女は、感心したような、呆れたような顔をしている。

 別に今時の高校生だからといって、礼儀作法に(うと)いと決め付けられては困る。

 そういう偏見があるからこそ、余計に若者は捻くれちゃうのかもしれない。

 

 

 

「あっ…ちょっと、すみません!」

「はい。 何でございましょう」

 

 お参りも終え、境内を散策することしばらく。

 桶と柄杓を持った神主さんらしき人を発見し、副部長さんが声をかけた。

 

「私たち、桜雪高校の者なんですが。 最近この辺りで、幽霊を目撃した

っていう話が相次いでるんですが…ご存知でしょうか?」

「あぁ、聞き及んでおります」

 

 50から60はいっているだろうと思われる、壮年の男性。

 いかにも温和そうで、笑顔の似合う人だ。

 

「それについて、何か思い当たる節というか…心当たりなんかは?」

「さぁ、どうでしょうね…。 ここは神社ですからね、

霊が集いやすい場所と言えるでしょうが」

 

 神主さんは笑顔を崩すことなく、質問に応答する。

 さすが神職に務めているだけのことはあり、幽霊話の1つや2つでは

動揺する素振りなど全く見せる気配が無い。

 

「でも、もしかすると…浄安仙様に化かされているのかもしれませんね」

「――えっ?」

 

 神主さんが続けた言葉に、僕はちょっと首を傾げる。

 浄安仙様に化かされる…。

 それはつまり、神様が僕らを騙してるってことだろうか?

 

「ご存知ありませんか。 浄安仙様はかつて、それはそれは

酷い悪戯(いたずら)狐だったと伝えられているんですよ」

「悪戯狐…? ですか」

「はい。 しかし、ある良家の娘に化けていた際に、正体を見破られてしまいまして。

斬り捨てられるのも覚悟したようですが、どうにか見逃してもらえたそうです」

 

 いつの間にか副部長さんは鉛筆とメモ帳を取り出しており、その話の内容を

シャシャシャッと記録していっている。

 僕も一応、頭の中のメモ帳に出来る範囲で記録していく。

 

「その後は生まれ育ったその土地を離れ、辿り着いた土地で

その類稀(たぐいまれ)な妖力を、人々の安穏と繁栄のために使い続けたそうです」

「……」

「その辿り着いた土地というのが、まぁ…ここになるわけですな」

 

 なるほど…。

 人に歴史ありなら、神様にも歴史ありだ。

 犯した罪を消すことは出来ないが、償うことなら出来る。

 

 この土地で人々の役に立つ働きをすることが、その狐にとっての

出来得る限りの償いの方法であったのだろう。

 なんかそう思うと、ちょっとしんみりするものがある。

 

 

 

 

 

 キムチチャーハン。

 その名が示す通り、キムチとチャーハンを融合させた画期的な料理だ。

 手軽で美味しく、僕の大好物の1つとして堂々の地位を築いている憎いヤツ。

 

「お花見、お花見、ルンララ~♪」

「……」

 

 そんなことはさておき、かねてより我が家の話題に上っていた

お花見の明確なプランが決定した。

 その一大イベントは次の日曜日、隣町のとある公園にて開催される。

 

「みんなでお出掛け、ルンララ~♪」

「……」

 

 そんな一大イベントを前にして、我が家の主、まりやさんは浮かれている。

 その浮かれ振りを見ていると、何だか僕まで浮かれた気持ちになってくる。

 いや…いけないいけない。

 

 こういう場合、周囲の人間全てが浮かれ気分になると、

思わぬ危機に(ひん)することも少なくない。

 油断が大敵である理由は、いつもそんな所にあるものだ。

 

「――な~んかまた、難しいこと考えてる」

「……」

「お花見ぐらい、素直に楽しもうよ」

 

 状況を冷静に見極める僕に対し、妹からそんな言葉が飛び出す。

 その提案を素直に受け入れられるぐらいなら、苦労はしない。

 そんな捻くれ者の僕は、とりあえず妹の頭を撫でてやることにした。

 

「…何で?」

「いや、良い子だなって思ったから」

「…そう」

 

 由奈は不思議そうな、照れ臭そうな、くすぐったそうな顔をしながらも

黙って頭を撫でさせつつ、そのまま食事を再開する。

 そんな光景を、まりやさんが微笑ましそうな顔で眺めている。

 

 

 

 

 

 早朝、床屋さんの前。

 クルクル回る赤、青、白の(しま)模様をした円柱形の物体。

 僕はただ、それに目を奪われていた。

 

「……」

 

 一体これは、何のために設置されているのだろう?

 そして何故、床屋さんの前だけにあるのだろう?

 散歩の途中の道すがら、唐突にそんな疑問が浮かび、立ち止まった次第だ。

 

 ……

 

 僕の疑問など知る由もなく、その物体はクルクルと回り続ける。

 クルクル…。 クルクル…。

 何だか今の自分が、とてつもなく無駄な時間を過ごしているような気がする。

 それでも僕は、目が離せない。

 

 ……

 

「先輩! 何やってんすか? そんな所で」

 

 謎の物体の観察を続ける中、駆け寄ってきた1人の少年に声をかけられる。

 その背の低さからして、正体は後輩の天野大地くんと思われる。

 

「この物体の観察をしてた」

「へっ…? これですか」

 

 僕が再び視線を戻すと、彼もその物体に目をやる。

 クルクル…。 クルクル…。

 相変わらず、その物体は回り続ける。

 それでも、地球は回っている。

 

「君はこれを、何と見る?」

「何って言われましても…。 店主さんの趣味じゃないっすか?」

「そうかな…」

 

 だが、彼が口にしたその説には問題点がある。

 前に何処かへ遠出した時、そこにある床屋さんの前でも

同じ物が設置されていた記憶があるのだ。

 

 つまりこの物体は、床屋さんの前だけに存在し、そこにこの物体の意義が

何かしら含まれていると考えることが出来る。

 とはいえ、床屋さんのお仕事にこんなクルクル回る物体が

必要不可欠なのか…と問われれば、そこはどうなのかなって感じもする。

 

「謎めいてるね」

「はい…」

 

 後で、秀輝くんにでも訊いてみるか。

 それでも答えが出なければ…何とか自分で答えを見つけ出す。

 だって僕は、ミステリーハント部なのだから。

 

「それはそうと、丁度良かったです。 先輩にちょっと、お話があったんっすよ」

「ん…なに?」

「実は俺から話を聞いてた友達が、先輩に会いたいって言うもんでして。

今日の学校終わってからとか、時間あります?」

 

 後輩からの突然の申し出に、僕はしばし考える。

 そして間もなく、結論を出した。

 

「うん、空いてるよ」

「そうっすか! じゃあ、えっと…俺んちに来てくれます?

そこに友達も呼んでおくんで」

「了解」

 

 

 

 

 

 5時間目の理科の授業は、理科室にて行われた。

 百聞は一見にしかず…。

 一度の実験が、百回の講義を聴くよりも大きな成果をもたらすこともある。

 机上の空論を並べるばかりでは、優秀な科学者とは言えまい。

 

「よし! 各班、準備は整ったようだな。 それでは、実験開始だ!」

 

 先生の号令が出たので、僕らの班も早速、実験を試みる。

 今回行う実験は、太陽電池によるエネルギーの変換と発電実験。

 用意されたライトから放たれる光を太陽電池に当て、そこで発生させた

電気エネルギーにより、プロペラのモーターを回転させようという流れだ。

 

「じゃあ新里さん、ライトのスイッチを入れて。」

「う、うん」

 

 僕が持つ太陽電池に、新里さんがライトの光を当てる。

 そんな役割分担が、何故か自然と決まっていた。

 

「初めての共同作業だね。 ひゅーひゅー♪」

「もう…やめてよ、やっすー」

 

 同じ班の根岸(ねぎし)泰子(やすこ)さんが、新里さんをはやし立てる。

 2人はそれなりに仲良しのようで、あの新里さんが『やっすー』などという

あだ名で呼んでいるのは、彼女ぐらいかと思われる。

 

「おっ…回った回った」

「ま、当たり前っちゃ当たり前のことだけど」

 

 同じ班の男子2人組が、特に感動した様子もなく感想を述べる。

 そして、同じく同じ班である陣内さんこと飛鳥に至っては、仏頂面のまま

感想を述べる気すらないようだ。

 授業に精を出さないのはいつものことだが、何だか今は

いつもにも増して不機嫌そうなオーラを放っている気がする。

 

「ライトには、光の量を調節出来るツマミがある。 それで光を

強めたり弱めたりして、反応を見てみろ!」

 

 理科を担当する嵐林(らんばやし)(かおる)先生は、なんというか…非常に我の強そうな人だ。

 両親が共に名の知れた科学者であり、自らもまた科学の道へ。

 彼女と科学との縁は、どうやら遺伝子レベルで結び付いているらしい。

 

 ……

 

 先生の指示に従い、新里さんがライトから放たれる光の量を調節していく。

 その強弱の度合いに応じ、太陽電池と接続するプロベラモーターの回転速度も

上がったり下がったりするのが確認出来る。

 

「光の量によって、生み出される電気エネルギーの量も変化する!

光エネルギーが電気エネルギーに変換されている、何よりの証拠だ」

 

 なるほど…エネルギーの変換システムか。

 こういった技術の進歩が、人類の繁栄を支えているわけだね。

 

「この仕組みの利点は、何と言っても公害をほとんど出さないことにある!

科学技術と公害問題は、もはや切っても切れない関係だ。

環境を(おろそ)かにする技術の乱用など、倫理的(りんりてき)な観点から捉えずとも

()骨頂(こっちょう)と呼んでいいだろう!」

 

 嵐林先生の熱い講義に、生徒たちは耳を傾ける。

 環境問題…公害問題。

 そういった広い規模で発生している事象について、僕らのような一般市民は

なかなか身近な問題として実感しにくい。

 う~む…何をどう心掛ければいいものか。

 

 

 

 

 

 我がミステリーハント部の拠点、旧校舎第1美術室。

 そこを訪れてみれば、いたのは部長の浅木さんただ1人。

 まぁこの部の人たちは、調査やら何やらでバラバラに行動することが

日常茶飯事のため、別段珍しいことではない。

 

「そうですか…。 了承しました」

「はい。 すみません」

「謝る必要はありませんよ。 1つのことばかりに集中していると、いつの間にか

視野が(せば)まってしまうこともありますからね。 息抜きも大切です」

 

 かくいう僕も、今日はプライベートの用事を優先して

部活動を一時休止しようという魂胆(こんたん)である。

 そのことを報告したところ、部長さんからまた、格言らしきものを頂いたわけだが。

 

「ところで杉山くん。 あなたは、柊町(ひいらぎちょう)にある亡霊屋敷のことをご存知ですか?」

「えっ? いえ…聞いたことありませんけど」

 

 唐突に彼女が解き放った話題に、僕は頭の中で疑問符を浮かべる。

 柊町というのは、僕らの住むこの花毬町に隣接する町の1つ。

 今度のお花見に行く予定の公園も、その町に存在してたりする。

 

「地元の人たちの間では、随分前から噂になっているそうですよ。

持ち主であった一家が忽然(こつぜん)とその消息を絶ったため、空き家となっている

古い洋館なのですが」

「……」

 

 持ち主が姿を消し、空き家となった古い洋館…。

 なんかもう、いかにも心霊スポットと成り得そうな場所だ。

 

「実は今度の休みの日、そこに調査をしに行く予定なんです。

そこで、よろしければ、あなたにも同行して頂きたいのですが」

「えっ…?」

 

 部長さんからの突然の申し出。

 僕は少しの間思考を巡らし、どう応対するべきかに迷う。

 

「休みの日というと…どちらでしょうか? 土曜日と、日曜日」

「どちらでも。 あなたの好きな方で構いませんよ」

 

 真っ直ぐに僕と目を合わせる彼女の視線に、冗談めいたものは微塵(みじん)も無い。

 つまりは真剣に、僕に懇願(こんがん)してくれているわけだ。

 

 ……

 

「日曜日は、ちょっと予定がありますので。 土曜日なら、大丈夫です」

「…そうですか」

 

 僕の返答に、部長さんが安心したように、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 そんな些細な出来事に、僕はなんだか和やかな気持ちになる。

 

「いつ出発するんですか?」

「早朝すぐを予定しています。 私の父が運転する車で迎えに行きますので、

あなたは自宅で待機していてください」

「…分かりました」

 

 柊町の亡霊屋敷…。

 花毬町に現れる幽霊と、何か関連はあるのだろうか。

 いずれにせよ、怪奇な存在の実態を探るには、またとない機会である。

 調査の日が来るのを待ち侘びることとしよう。

 

 

 

 

 


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