OLWADHIS ~現代編~   作:杉山晴彦

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第2章
第11話 微かな変容


 

 

 

 

 

 僕は普通の人と少し違う。

 どんな所が違うかと言うと…例えば、夢の内容をよく覚えている。

 みんなは何故か、ちょっと時間が経つだけで忘れてしまう。

 でも多くの人にとっては、それが普通ということらしい。

 

「……」

 

 そんな僕であったが、起床の後、ベッドの上で悩んでいた。

 ついさっきまで見ていた筈の夢の内容が、全くもって思い出せないのだ。

 これでは僕も、普通の人の仲間入りとなってしまいかねない。

 

 断片的には思い出せるのだが、その断片の1つ1つがあまりに小さ過ぎるため、

それを(もと)に全体像を構築していくのは、不可能に近い状態であった。

 その割には、何故かやたらと印象深い夢だったようにも感じる。

 

「……」

 

 僕はとりあえず、起き上がった。

 これだけ頭を捻っても思い出せない場合、下手に粘り続けるのは

むしろ逆効果となる可能性もある。

 何かの拍子にポロッと思い出す――そんな瞬間を待ち侘びることにしよう。

 

 カーテンを開ける。

 晴れ晴れとした、良い天気。

 雲一つ無いとまではいかないが、雲は割かし好きなので、問題はない。

 というか、別に雨でも雪でも問題はない。

 食べ物にしろ天候にしろ、特に好き嫌いがないのが僕の自慢だ。

 

 ……

 

 陽光に照らされた棚の中に置かれている、ある物が目に止まった。

 縦横10cm、高さも10cmぐらいの黒い木箱。

 何故黒いかと言えば、それは宇宙を模しているからである。

 

「……」

 

 これは昔、寛太くんが作ったものであり、その正体はオルゴールだ。

 僕はその箱の(ふた)を開けると、中にあるネジ式のスイッチを回した。

 

 ……

 

 起動したオルゴールから、緩やかな曲が流れ始める。

 曲名は確か…『Seacret Of World』。

 世界的に名の知れた曲であるらしいが、僕にはそれ程、馴染みはない。

 

「……」

 

 彼は、宇宙が好きであった。

 僕が誕生日プレゼントに宇宙の本を上げた時も、凄い喜んでいた。

 何でも宇宙には、男の浪漫(ろまん)があるらしい。

 

 いつか宇宙飛行士となって、ロケットに乗って宇宙を駆け巡る。

 それが彼の夢だった。

 いや…『だった』という表現はおかしいか。

 彼にはまだ充分過ぎるほど、それを叶える力が(たくわ)えられているに違いない。

 

 

 

「ハル兄…」

「うん?」

「なんか、いつもと変わんないね」

 

 朝食の席。

 ご飯と味噌汁と焼き鮭の匂いが漂う中、僕らは雑談を交わす。

 まりやさんも、間もなくやって来る筈だ。

 

「それは、んっと…僕がってこと? それともなんか、もっと広い意味で?」

「ん~と…両方かな。 多分」

 

 由奈と交わす何気ない会話。

 妹は時として、こういう意味深な台詞を口にすることも少なくない。

 でも意味があるようで、実はあんまり無いパターンも多々ある。

 

 ……

 

 由奈とまりやさんには、昨夜に起こった出来事を昨夜の内に伝えている。

 変な手紙が届いたから変な本を探していたところ、変な男と遭遇。

 ――でも何とか、乗り切った。

 ()(つま)んで説明すれば、そんな感じの話だ。

 

「ハル兄…」

「うん?」

「いや、やっぱ何でもない」

 

 まりやさんが台所から、布巾で手を拭きながらやって来る。

 そんなまりやさんと、またしても意味深な態度を見せる妹を交互に見やる。

 

「それじゃ、頂きます」

「「頂きます」」

 

 手を合わせて食事の前の挨拶をし、いつものように朝食の時間が始まる。

 でも、なんか…。 何て言ったらいいのか。

 ほんの少しだけ、いつもと違うような気がしていた。

 

 

 

 

 

 曇り空の中、高校生活が今日も始まる。

 でも今日は、いつもとほんの少し違っていた。

 駐車場に3台のパトカーが停車しているのだ。

 

「……」

 

 犯罪は毎日毎晩、世界の至る所で頻繁(ひんぱん)に起こっている。

 世界的な視野で見ればそれは日常的なことであり、犯罪が全く起こらない

なんて日があれば、それこそ非日常の極みと云える。

 

 理屈では、その辺りのことは充分に理解していたつもりなのだが…。

 僕らにとっての日常の一部に、パトカーという存在が介入しているこの現状。

 なかなかに、こう…不安を(つの)らせるものがある。

 

「心配いりませんよ」

「…えっ?」

「あなたならば、すぐに慣れます」

 

 秀輝くんが(さと)すように言ったその言葉。

 僕は少し、その意味を考える。

 慣れるっていうのは、つまりその…何に?

 

「はぅあ~ッ! またしても!」

 

 そういえば、前にも言っていたことがあったな。

 僕には『適応能力』が備わっているって。

 あらゆる環境の変化にも、柔軟に対応出来る力…。

 それが僕には、物凄いあるんだって。

 

「いっそげ急げ! 急げや踊れ~!」

 

 大量の寝癖を付けた髪を振りかざしながら走る、1人の女子生徒。

 何事か(わめ)きながら、こちらに突っ込んでくる。

 確か、前にもこんなことがあったような。

 

 ……

 

 前回の失態を踏まえ、僕は早い時点で彼女の軌道から体をずらす。

 尚も加速を続ける彼女は、まっしぐらに僕の(かたわ)らを通り過ぎ…。

 でも何故か、直後に急停止した。

 

「――ども! おはようございます!」

「おはようございます」

 

 彼女は僕の方へ振り向くと、爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。

 僕も出来る限り爽やかな顔を意識し、挨拶を返した。

 …多分、出来てないと思うけど。

 

「この間は、ご迷惑お掛けしました。 自分、1年B組の君風(きみかぜ)胡桃(くるみ)と申します!」

 

 ビシッと敬礼をし、かなりきっちりとした自己紹介をする彼女。

 こういった礼儀を重んじる人間は、嫌いじゃない。

 

「僕は、杉山榛名といいます。 えっと…クラスは、1年D組です」

 

 こちらも負けじと、軽い自己紹介をしてみる。

 相手がクラスまで公表している以上、こちらも応えねばならぬことだろう。

 

「ハルナくん、ですか? 何だか、女の子みたいな名前ですね」

「…よく言われます」

「アハハッ! でもなんか、良いですよ! ギャップ萌えってやつです!」

 

 君風さんはやたらにテンションが高く、僕を興味津々といった様子で見ている。

 『ギャップ萌え』の意味はいまいちよく分からないが、とりあえず

褒められていると認識していいのだろうか。

 

「にしても…大きいですねぇ。 なんかもう、『山』って感じですよ!」

「…山」

 

 幼い頃から色々とあだ名を付けられてきた僕であるが、

そんなシンプルかつ大胆なあだ名は、初めて聞く。

 果たしてこちらは、褒められていると認識していいのだろうか。

 

「ご心配なく! 自分は、海よりも山派ですから」

「…うん」

 

 そういう問題なのかという気もしたが、ここは野暮に突っ込む場面でもあるまい。

 ――でも、1つ突っ込むべき所はあった。

 

「あの、それより…急いでたんじゃないですか?」

「…はッ! そういえば!」

 

 どうやら、彼女が本当に礼儀を重んじる人間であるかどうかの判定は、

まだ結果を先送りにする必要がありそうだ。

 とにもかくにも、彼女は走り出す。

 

「……」

「賑やかな人ですね」

 

 相変わらず傍観者(ぼうかんしゃ)と化していた秀輝くんから、短い感想が述べられる。

 僕はそれを肯定も否定もせず、黙って校舎の方へと歩き出した。

 何にせよ、妙な人と顔見知りになってしまったものである。

 

 

 

「で…大丈夫だったの!? 怪我とかしなかった?」

「うん。 これといって、酷い怪我はしてない」

 

 教室に着くや否や、日和たちを始めとする取材陣の対応を強いられることになった。

 どうやら昨晩のあの事件のことは、もう学校中に広まっているらしい。

 まぁそりゃ、警察も来ちゃってることだし…この平和な地域でのそういった事件は、

注目せざるを得ない事象なのかもしれない。

 

「まぁ、あんたは殺されても死なないような奴だからね」

「……」

「しかし結局、何が目的だったんだろうな? そいつら」

 

 飛鳥の皮肉とも褒め言葉とも取れる台詞を聞き流した後、

ちょこっと首を捻る松下くんの方に視線をやる。

 取材陣の大半は既に退散しており、今は僕と秀輝くんを含めた

この5人が会話に参加している状態だ。

 

「……」

 

 彼らの目的。

 それはやはり、あの手紙にあった『ベチェレスの書』という物だったのだろうか。

 何にせよ、昨晩の様子からすると、その目的の物が既に彼らの

手の内にあるということは間違いないだろう。

 

 しかし、問題なのはその後――。

 それを手に入れて、彼らは何をしようと考えているのか?

 全く予想が付かないというのに、どうにも嫌な予感がして(たま)らない。

 

「現段階では、まだ情報が少な過ぎます。 下手な勘繰りは、止めておくべきでしょう」

「…うん」

 

 相も変わらず冷静に物事を見極める彼の言葉は、僕に落ち着きを与えてくれる。

 その通りだ。

 要らぬ詮索は、時に自分をミスリードし、思わぬ失態を招く恐れがある。

 今はまだ、静観するべき状況なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「全身は汗ばみ、呼吸は乱れ、(かわ)いた喉からひりつくような痛みを覚えた。

乳酸が溜まったふくらはぎは(しび)れ、まるで言う事を聞かない。

――それでも彼は、ペダルを漕ぎ続けた」

 

 国語の授業。

 現在は『曇天(どんてん)(みさき)』という作品を題材に、授業が進められている。

 高校生の少年が家庭環境に不満を感じたことを切っ掛けに家出し、

その後の行方を描いた著名(ちょめい)な作品である。

 

「よ~っし、そこまでだ。 次、瀬戸内(せとうち)!」

「は、はい」

 

 船越先生から交代の指示を貰った僕は、朗読を追え、席に座る。

 次に指名された瀬戸内という男子生徒は、どうにも緊張した面持ちで

教科書を持って立ち上がった。

 

 ……

 

 この作品の注目すべきは、何と言っても家出をした後の少年の動向と、

そのリアリティある描写に尽きる。

 どうやら作者自身の体験を基にしているらしいが、それが本当ならば、

中々に波瀾万丈(はらんばんじょう)な人生を送っていると云えよう。

 

 …家出、か。

 僕にとっては考えたこともない、未知の世界である。

 もしも自分が家を捨て、家族を捨てるようなことがあったら…?

 そして、そんな状況にまで追い込まれるとは…一体、どんな気分なのだろう。

 

「…秀輝くん」

「はい」

「家出って、どんな感じなのかな?」

 

 瀬戸内くんのたどたどしい朗読が続く中、僕はひそひそ声で秀輝くんと話す。

 私語は厳禁(げんきん)な状況下であるが、何だか無性に訊いてみたくなったのだ。

 時には衝動に駆られるまま動くのが、若さというものである。

 

「自由と孤独の両方を手に入れられる、もっとも簡単な方法と言えるでしょう。

もっとも…それが本当の自由と呼べるかどうかは、各々(おのおの)の意思によりますがね」

「…なるほど」

 

 自由と孤独、か。

 要するに、その両方を手に入れたいと考えている人なら、家出という手段を

選ぶことは、至極真っ当な選択と言えるのだろうか。

 でも、本当の自由…そして、本当の孤独とは如何なるものか。

 その辺がまた、難しい問題になってくるのかもしれない。

 

 

 

「おう、杉山」

「船越先生」

 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った直後、船越先生がこちらにやって来る。

 授業中にはほとんど見せないフレンドリーなその態度に、僕はちょっとホッとする。

 もしかすると、これが『ギャップ萌え』というやつなのかもしれない。

 

「担任の先生からも聞いてると思うが…放課後、図書室まで来てくれ。

警察の人たちから、色々と訊きたいことがあるらしい」

「はい。 分かりました」

 

 昨夜の内にも事情聴取は受けたのだが、もう夜も更けてきた

ということもあってか、そんなに長く時間は取られなかった。

 その分、今日の放課後に根掘り葉掘り訊こうという魂胆(こんたん)らしい。

 

「それにしても、昨日は凄かったな。 お前が本棚を投げ飛ばした時の

あの光景は、忘れようと思っても忘れらんねぇぜ」

「……」

 

 先生の言葉を受け、あの時の感覚が一瞬頭を過ぎる。

 なんというか…体が、熱かったな。

 心臓がフル稼働(かどう)し、エンジンが全開になったかのような、鮮烈な感覚。

 なんか凄く、久しぶりに訪れたような気がする。

 

「まぁ奴らの正体については、警察の捜査を待つのが一番だろう。

仮に奴らが『ログイゼニア』の一員だとしたら、尚更だ」

「…はい」

 

 僕らミステリーハント部は、謎を解明することがその活動内容の筈だが…。

 さすがに世界規模の組織が相手となっては、厳しいものがあるらしい。

 下手に首を突っ込んだら、どんな仕打ちが待ってるかも分からないしね。

 

 

 

 

 

 お昼休み。

 学業に励む生徒たちにとって、束の間の(いこ)いの時間。

 僕はいつものように秀輝くん、松下くんと共に学食へと出向く。

 そして、穏やかな昼食タイムは始まった。

 

「今は何つっても、バスケの時代だ! 俺らと一緒に青春すんのが、

今のお前には一番合ってる! こりゃもう、運命だな! うん」

「けッ…ろくに全国大会にも出てねぇくせによ。 将来有望な奴に、

そんな悲惨な運命を辿らせるってのもどうよ?」

「あんだと、こらぁ!」

 

 ……

 

 しかし、そんな僕らの前に、突如として2人のスカウトマンが出現した。

 一方はバスケ部の堀田(ほりた)と名乗り、もう一方はバレー部の横島(よこしま)と名乗った。

 彼らのお目当ては、どうやら杉山榛名という人材らしい。

 

「……」

 

 堀田さんは夢見る少年って感じで、横島さんはちょっと捻くれ者の

野心家といった第一印象を受けている。

 2人は初対面のようだが、互いの主張をぶつけ合うその様は、

何故か妙に息が合っているようにも見えた。

 

「お前のダンクシュートが、俺たちの明日を変える…俺は今、無性に

そんな気がしてならない! そうは思わないか、諸君!」

「こんな妄想馬鹿がいるような部活に入ったら、それこそ

青春の無駄使いってもんさ…。 ここは一発、バレー部に決めとこうぜ」

 

 尚も白熱した論争を繰り広げる、2人の若人(わこうど)

 そのエネルギッシュさは見習いたいが、もう少し他人の意見を聞く

姿勢があってもいいのではなかろうか。

 

「…なんかお前も、大変だな」

「はい。 まぁでも…これはこれで、楽しいです」

 

 高校生活が始まり、約3週間。

 どうやら、ちょっとは期待していた筈の穏やかな学生生活は、

やっぱり送れそうもないなと感じる今日この頃。

 頑張らないとな――色々と。

 

 

 

 

 


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