ご注文は護衛ですか?   作:kozuzu

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さあて、やってまいりました!
雄二君、処刑タイム。
哀れ不良君たちが「死ねええええ!」から「死ぬううううう!」に至るまでの経緯と、それを見ていたチノの最初に抱いていた幻想を見事にぶち壊してくれます。
???「その幻想を、俺がb」はい、そこまで!君は出てこないからね~。


第五話 いつだって、君はそうやって常識を打ち破っていくよね

上弦の月をどこか呆然とした目で眺めながら、私、香風チノは今日の出来事を回想します。

これで何回目なのかも、もう忘れました。

それほどに、ショッキングな出来事でした。

 

 

「どうしたの、リゼちゃん?なんだかとってもお疲れみたいだけど。私が裏でコーヒー豆を数えている間に、お客さんが満員電車だったとか?」

 

「ああ、うん。もう、それでいいや……」

 

「リゼちゃんのツッコミがおざなりだ!これは重傷だよチノちゃん。一体どうしちゃ…って、チノちゃん!?」

 

 

リゼさんとココアさんが、何かを言っていたような気がしますが、それを言語化して理解する余裕が、今の私にはありませんでした。

 

 

 

チノたちの勤務時間帯、例の出来事の真っただ中

 

 

 

「やっちまえ!」

 

 

三人組の内、リーダー格と思わしき人が、声音を荒げ他二人もそれに続き、雄二さんを取り囲みます。

それもそのはずです。あれだけの事をされれば、どんな聖人君子でも怒りを爆発させることでしょう。

そのあれというのはつい先ほどの事です。

リゼさんが掃除していた塵取りと箒、それと使い物にならなくなってしまった雑巾で、何をしているのかと私が怪訝な顔をしていると、雄二さんは言いました。

 

 

「なに、少しばかりお客様にサービスをするだけだ。身の丈に合った、サービスをな」

 

 

雄二さんはバケツの上に雑巾を被せました。まるで、コーヒーのペーパードリップを行うときのように。

そして、私が抱いた感想はあながち間違いではなく、過程だけ見るのならば、それは確かにコーヒーを淹れる工程に違いありませんでした。

使ったフィルターは雑巾で、豆は埃とチリ、受けるサーバーはバケツでしたが。

 

 

「あ、あの……??」

 

「すまない。追加で三日ほどお世話になりそうだ」

 

「?」

 

 

意味が分かりません。雄二さんは一体、何をなさろうとしているのでしょうか?

と、私が脳内に疑問符を量産している内に、雄二さんはさっきまでドリップしていた液体をおもむろに取り出したアイス用のカップに注ぎ、リゼさんが向かっていった席まで行ってしまいました。

雄二さんの行動に気を取られている内に、何故かリゼさんが怖いお客さんたちの席に相席していました。普段なら絶対にありえない事です。

仕事熱心なリゼさんは、お客さんを選り好みするような真似は頭に馬鹿と着くほど真面目な性分からして、絶対に出来ません。

ですが同時に、リゼさんは男性に対しての耐性がありません。それはもう、男性に肩を叩かれたら反射的に床に組み伏せてしまうくらいに。(あの時はお客さんに謝るのが大変でした)

そんなリゼさんなので、あの男のお客様に肩を回されて、何かしないわけがありません。

これは、由々しき事態です。このお店がお昼のワイドショーの現場になってしまいます。

そう私が憂いでいると、リゼさんの目からハイライトが消え、どこか虚空を見つめているようになっています。

あの状態のリゼさんは、放っておくと相手を簀巻きにして、協会の屋根からミノムシのようにつるすことも躊躇いはしないでしょう。

 

 

「おい、お前ら。客と思って―――」

 

 

大人しくしていれば、とリゼさんは続けたかったのだと思います。その後に警告なしで、椅子から引きずり落とし、意識を刈り取っていたはずです。

ですが、そうはなりませんでした。

 

 

「……これは、当店からのサービスです」

 

 

ゴト、とさっきの液体をテーブルに置く雄二さん。

まさか!と思ったときには既に遅く、お客さんは、何の警戒もなく、それに口をつけてしまいます。

確かに、リゼさんにした粗相の数々は許せませんが、私はあの方々に少し同情してしまいました。

それと同時に、

 

 

(あそこまでやる必要があったのでしょうか……?)

 

 

私は、最初に抱いていた雄二さんの印象からは想像もつかないその鬼畜な所業に、困惑します。

私と、雄二さんの出会い、それはやはりここ、rabbit houseでのことでした。

 

 

 

 

 

 

 

突然やって来た見慣れない男性―――雄二さんは、店内をぐるりと見渡すと、静かにカウンターの一席に座りました。

座った席から、カウンターの後ろに置かれているエスプレッソマシーンとミル、コーヒー豆の入った瓶などのコーヒー器具を興味深そうに眺めていました。

私は、カップを乾いた布で丹念に磨いていましたが、視界の端で雄二さんの事を観察していました。

これも、一種の職業病というやつなのでしょうか。

喫茶店で働いていると、自然と人を観察するようになってしまうようです。お父さんやおじいちゃんレベルになると、見ただけでその人がどんな職業で、どんな性格であるかが大体わかってしまうそうです。…もう、探偵にでもジョブチェンジしたらどうなんでしょうか。と、最初にこの職業病の話をされた時はそう思ったものです。

ですが、喫茶店を手伝っていくうちに、私もいつの間にかお客さんを視界の端で捉え、観察している自分がいる事を確認しました。

最近ようやく、ぼんやりとではありますがお客さんの人となりがわかるようになりました。

流石にまだ、お父さんたちのように職業や趣味、性格までは当てることは出来ませんが。

なので、いつも通り私は視界の端で雄二さんを眺め、その身に纏う雰囲気や、身体的な特徴から、人となりなどを感じ取ろうとしているのですが……。

観察対象である雄二さんからは、白を基調としたどこかパーティスーツのような恰好をどこかで見たことがある、といったことしか私は読み取ることが出来ませんでした。

今のところ、それ以外は何も感じることが出来ません。やはり私はまだ、経験値が足らないようです。

 

 

(どこかに人となりを解き明かしたら、経験値が大量にゲットできる、メタル〇ライムみたいなお客様はいらっしゃらないでしょうか?……いらっしゃらないでしょうね)

 

 

適当に自己完結していたところに、道具を眺めるのに満足したのか、雄二さんは初めて口を開きます。

 

 

「ブレンド、頼めるか?」

 

「ブレンド、ホットとアイス、どちらになさいますか…?」

 

「そうだな……では、ホットでお願いしよう」

 

「かしこまりました」

 

 

いつも通り、注文を請けたまわった私はいつも通り棚の方を向き、既にミルで細かく粉砕されたブレンド用の粉を、ペーパードリッパーにセットします。

そして、お湯を注ごうと雄二さんの方へ向き直ると、雄二さんは少し意外そうな顔でこちらを見ていました。それを怪訝に思った私は、小首を傾げて雄二さんに尋ねます。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「もしかして、君が淹れるのか?」

 

「はい。もしかしなくてもそうですが、何か問題でも?」

 

「ああいや……気を悪くしたならば謝ろう」

 

「いえ、別に…いつもの事ですので」

 

 

そう、私はこの幼い外見(中学生になのに、小学生だと思われてしまうこともしばしば)のせいなのか、初見のお客様は、私がコーヒーを淹れるという事が以外に感じるらしいのです。

この幼い外見については、どうにかならないかと常々思ってはいるのですが、想いの力だけでどうにかできるほど、人間の体の神秘とやらは甘くはないようです。

そう思って自分の体を、主に成長が乏しい胸のあたりを一瞥します。

その後、リゼさんの高度性徴真っただ中の摩天楼を思い出し、人間は決して平等などではないという事を再確認します。

気持ちを入れ替えよう。私は、溜息を一つ吐くと、それきり目の前のコーヒーと、お客様である雄二さんの事以外を頭の中から締め出し、シャットダウン。

コポコポ、と少量のお湯そっと乗せるようにして均一に注がれたドリッパー(コーヒーの粉末をフィルターで()して抽出するときに使用する器具)上で、コーヒーの粉末が蒸気と共にその独特な香ばしい香りをフロアの天井へ押し上げながら蒸発していきます。そのまま、二十秒ほどその状態―――蒸らしと呼ばれる工程を経た後、焦らず、さりとて怖がらず、それなりの勢いをもって、螺旋(らせん)描くようにお湯を注いでいきます。

注いだお湯がフィルターを抜け、三分の一ほどがサーバー(コーヒーを受けるカップのようなもの)に落ちてコーヒーに変わったところで、最後に慎重に量を調節しつつ仕上げていきます。

全てが落ち切った(、、、、、、、、)ところで、私はドリッパーを外してサーバーからカップに注ぎます。

そして、低温殺菌のミルクをミルクピッチャー(ミルクを入れる小さなコップのようなもの)に注ぎ、ソーサーにマドラーと一緒に乗せます。

これで、完成。

完成したコーヒーは、早く飲むに限ります。

よって私は、完成した品をすぐさま雄二さんへとお出ししました。

 

 

「どうぞ」

 

 

コト、と雄二さんの前にソーサーゴト差し出すと、雄二さんはカップと私の顔を視線で一往復すると、

 

 

「いただこう」

 

 

カップの取っ手に手をかけ、ミルクや砂糖などを全く入れず、ブラックで一口。

そして、

 

 

「うまい」

 

「……ありがとうございます」

 

 

お客さんに褒められたことは数える程しかなく、素直にうれしいと感じます。

うれしかったのですが……。

 

 

「が、」

 

 

予想外の言葉。

そこで雄二さんは一旦言葉を切ると、

 

 

「先程の工程。その一つで、ドリッパーを全てお湯が落ち切った後に外しただろ?」

 

「え……あ、はい」

 

 

確かに、お湯が全て落ち切ってから私はドリッパーを外しました。

ですが、それが何だというのでしょうか?

 

 

「そのおかげで、コーヒーに僅かだが雑味が混じっている」

 

「そ、そんな……ちょっとまってください!」

 

 

私は慌ててソーサーからコーヒーをカップに注ぎ、ミルクと砂糖を入れて飲んでみます。

ですが、

 

 

「いつもと変わらない…はずですが」

 

 

味はいつもと変わらず、私の好きなrabbit houseのオリジナルブレンドの味です。

……そのはずです。

 

 

「……もしや、砂糖とミルクがないと飲めないのか?」

 

「そ、そうですが…それとこれと何か関係が……?」

 

「そうか。ならば、仕方がないか」

 

 

雄二さんは僅かながら残念そうな表情をすると、再びコーヒーに口をつけました。

 

 

「ああ、うまいな」

 

 

先程と変わらない賞賛の言葉であるはずなのに、今度は素直に喜ぶことが出来ません。

どうしていいかわからず、今日はまだ、一言も発していない頭上のアンゴラウサギことおじいちゃんを見上げますが、こればっかりは何も言いません。

お父さんとおじいちゃんは、コーヒーの事になると、例え娘や孫の私にさえ、何も教えてはくれません。

なので、私はおじいちゃんとお父さんの技術を少しづつ盗んできました。その結果として、コーヒーの香りだけで銘柄などを判別できるようにもなりました。

ですが、どうしても砂糖とミルクは入れないと飲むことが出来ませんでした。

それにより今回のような失敗を犯してしまいました。

私は、まだ残っているコーヒーを、別のカップへと移し、意を決して口に含みました。

 

 

(苦い……です。ですが、それだけじゃなくて、酸味や、深み、香りも少しなら分かります……!)

 

 

苦みと、その他の味をしっかりと記憶した私は、雄二さんが指摘した部分を直し、再度挑戦します。

すると、

 

 

「あ…なんだか、さっきより渋みが抜けて、それぞれの味がはっきりしてます……」

 

 

苦みはもちろんありますし、ついつい顔を顰めてしまうものの、先程飲んだものから雑味が抜け、味のディテールがしっかりとしています。

それを見ていた雄二さんは、まるで年の離れた兄妹を見るかのような優しい笑みを浮かべていました。その笑顔を見た私は、別に気温が高いわけでもないのですが、何故だか体温が少しだけ上がるのを感じていました。

そして、その時、名前を聞いていなかったことをふと思い出した私は、カップを持ったまま、雄二さんに話しかけます。

 

 

「あ、あの……お名前、伺ってもよろしいでしょうか……?」

 

「人に名前を訊くときは、自分から名乗った方がいいんじゃないか?」

 

「あ、すみません。私は、香風チノです」

 

「風見雄二だ」

 

「えっと、風見さん?」

 

「雄二でいい。それと、さんはいらない。堅苦しいのはどうも苦手でな」

 

 

そう言って、肩をすくめる雄二さん。

 

 

「わかりました。じゃあ、雄二さんで。じゃあ、わたしも、チノでいいです」

 

 

これが、私と雄二さんのファーストコンタクトです。

その後、コーヒーの飲み比べや、ブレンドの話などに花が咲かせていると、リゼさんが入ってきて、雄二さんが軍の関係者であると知ったときは、心底驚きました。

あんなに優しくて、お兄ちゃんみたいな人が、軍の関係者だなんて、夢にまで思いませんでした。

 

 

 

 

 

ですが、そんな雄二さんは今、

 

 

「テメエ、何しやがる!!」

 

「解らないのか?ただ、俺はお前らに相応しいドリンクをサービスしただけだ」

 

「この野郎!喧嘩売ってんのか!?」

 

「ようやく気付いたか。話が早くて助かる」

 

「こんのぉ!!」

 

「やっちまえ!」

 

 

と、かなり好戦的な態度でお客さんたちを煽っています。

困惑を通り越し、狼狽していたところに、リゼさんがカウンターに帰ってきました。

頭の中がマドラーでかき回されるような、そんな感覚と感情に流され、帰って来たリゼさんに私は縋ります。

 

 

「あの、あれって大丈夫なんでしょうか?」

 

 

それは、雄二さんと、同時に向けた私の感情も含まれた言葉でした。

具体的でない上に、私自身、何が大丈夫なのか、誰が大丈夫なのか、混乱しきっていてました。

でも、それでも雄二さんの身に危機が迫っているという事だけは理解していました。

なので、

 

 

「普通にやばいと思う」

 

「やっぱり!警察とかに連絡した方が……ああでも、救急車の方がいいのでしょうか!?」

 

 

危惧していたことを、ズバリ言い当てられた私は、更に混乱し、狼狽します。

ですが、リゼさんはそんな私を見て、どこか遠い目をしながら、こう言いました。

 

 

「いや、アイツら三人がヤバいから、どっちも呼んどいてくれ……私は少し、休憩を貰うよ」

 

 

え?え?何でですか?

多勢に無勢ってことで、雄二さんのピンチじゃないんですか?

私は、更に言いつのろうとしましたが、リゼさんは言ったまま言いっぱなしで、厨房に消えていってしまいました。

 

 

「えっと、ええっと、そうです!電話を、110番を!!」

 

 

未だ混線をしている思考回路で、私は何とか電話をするという最優先事項を思い出し、お店の電話子機で、110に電話を掛けます。

トゥルルル、と数コールの後、電話の窓口が開きます。

 

 

『はい。こちら110番。警察ですか?救急車ですか?』

 

「どっちもお願いします」

 

 

落ち着いた声音のサポーターさんに、私は混乱で支離滅裂な言葉になりながらも、事情を説明します。

 

 

『分かりました。ではそちらに警察と救急車どちらも向かわせます』

 

 

と、サポータさんは事態に冷静に対応していきます。

その間に、

 

 

「「「死ねええぇえぇぇぇえぇ!!!」」」

 

 

雄叫びがフロアに広がっていきました。

ハッとして、雄二さんの方を見ると、三人が雄二さんの周りを取り囲んでいます。

どうしよう、ただ混乱するしかない私を置き去りに、雄叫びの数秒後に、三人同時に雄二さんにとびかかります。

 

 

『どうかしましたか?』

 

 

押し黙った私を心配してか、サポーターさんが状況を、と促します。

なので私は、今目の前で展開されている状況を、リアルタイムでサポーターさんに説明することに決めました。

 

 

「あ、ありのまま、起こった事を話しますよ……?」

 

『ええ。大丈夫ですよ』

 

 

サポーターさんは、私の口調からただならない雰囲気を悟ったのか、私と自分自身に言い聞かせるように言いました。

なので、先程述べた通り、私は今起こっていることを、ありのまま話し始めます。

 

 

「うおりゃあ――あぐべ!?」

 

 

「うおあっ!?」

 

 

雄二さんを時計の中央に置いたとすれば、取り囲んでいる三人の位置は、それぞれ二時、六時、十一時の方向に位置しています。三人はそれぞれの利き手を振り上げ、雄二さんに向かってゆきます。

そして、まず最初にリゼさんにちょっかいを出し、二時の位置から突撃してきた一人が、殴りかかろうとしていました。

ですが、突進を始める数瞬前、雄二さんはまるで見えない何かに弾かれたかのような急加速で行動を開始し、腕が振り上げられたことで生じていた脇の隙間に体をねじ込み、後ろに入る動作と共に、けたぐりの要領で足をかけ、上半身を前に押し出します。このまるで忍者のような動きは、遠くから客観的に観ることが出来た私だけが何とか確認することが出来ました。……この動きを理解できたのはこの時ではなく、回想をしている時でしたが。支離滅裂ですが、何とか目の前の光景をサポーターさんにうわごとのように説明します。このときの私の説明は今の私がもし聞くことが出来ても、絶対に理解することが出来なかったと思います。であれば、当事者である彼らには何が起こったのか、何をされたのかさえ理解できなかったと思います。

そして、足を掛けられ、前傾姿勢になったところで後ろから雄二さんが背中に肘を叩き込むと、そのまま同じように六時の方向から突っ込んで来ていた人に頭から鳩尾にタックルをするように倒れこんでいきました。

視界から雄二さんが消え、拳が空振りに終わったことで狼狽している残りの一人に、背中を肘を打ったことで得た勢いで素早く肉薄すると、空振りで行き場をなくし空中に伸びきっていた腕を取り、一本背負いで無理矢理投げ飛ばします――絡み合いながら倒れこんでいる他の二人の元へ。

 

 

「ぐえ!?」

 

 

受け身もとれずにフロアの木組みに背中から叩き付けられたその人は、肺にため込んでいた空気を吐き出すように喘ぎました。

ですが、これで終わりというわけではありませんでした。

きっと、最初からこうなるように位置を調整していたのでしょう。

絡み合っている二人の足と、投げ飛ばされたその人の足が絡まり、身動きが取れなくなっているようです。

ですので、

 

 

「早く起きろよ気色悪い! いぐぎっ!?」

 

「わかってるぐべえぎっ!?」

 

「お前ら動くなぁあぁあ!! 足が折れるぅううう!!!」

 

 

と、お互いに自分勝手に動こうとするたび、足に激痛が走るようで、そこには気色の悪い悲鳴を発するピカソのゲルニカのような物体Xが出来上がっていました。

ここで雄二さんは、三人がさっきまで座っていた椅子の一つを手に取ると、その足を、絡まっている足の中央に突き刺します。そして、それをグイッとレバーで機械を作動させるかのように手前に引きました。

すると、

 

 

「「「いぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃいいいいいい!!!!!死ぬううううううう!!!!!」」」

 

 

と、数秒前と全く同じ動詞ですが、その対象は他ならない自分たち自身になっていました。そして、次第に三人組の足から、メキメキ……という謎の音が鳴り始めます。

自分たちが瞬殺され、現在進行形で主導権を握られていることを悟った三人組は、口々に、

 

 

「俺たちが悪かった!!」

 

「もうやらねえから許してくださいお願いします」

 

 

と雄二さんに赦しを乞います。

それに反応したのかどうかは分かりませんが、雄二さんは動きを止め、それ以上は椅子を動かしません。一応、これで終結した、とみてよかったのでしょう。

ですが、ちょっとしたアクシデントが発生します。

いえ、喫茶店では普通の事であり、特に特別なことではないのですが。

 

 

カランカラーン

 

 

お客様のご来店を知らせるドアベルがこの状況には全く釣り合わない軽く爽やかな音を奏でます。

騒ぎ立てる三人組と、それを見下ろす雄二さん。

すると、雄二さんは、

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

と、来店の挨拶と共に、軽く頭を下げました。頭を下げと、それに連動して握っていた椅子が動き、ボキボキボキ!という音が物体Xから鳴り響き、それっきり三人組は沈黙してしまいました。

因みにお客様は、雄二さんと、私を交互に見て、最後に完全に沈黙してしまった物体Xを確認すると、回れ右をしてドアをドアベルが鳴らないほどそっと閉じて、出ていってしまいました。

それからきっかり十分ほどで警察や救急車が到着し、三人組を連れていきました。

警察には、雄二さんが、

 

 

「殴りかかって来たので、避けたらあいつらが転んで足がもつれて、勝手に足が折れた」

 

 

などと意味不明な供述をしていましたが、訝しんだ警官が何やら無線で一言三言やり取りをすると、普通に解放されていました。

一体、雄二さんは何者なのでしょうか。

と、去っていく救急車と警察車両を眺めながら、私は通報したときに使った電話の子機を右手に握ったまま、一人呆然としていましたが、

 

 

「やはりな。彼は、そっち側の人間じゃったか」

 

「え?」

 

 

ティッピーもとい、死んでしまって、魂だけがうさぎのティッピーに乗り移ってしまった私のおじいちゃんが、ぽつりと呟きました。

その言葉は、私にとって看過できるものではなく、チョコンと頭に乗っているおじいちゃんを見上げながら、私は尋ねます。

 

 

「ど、どういうことですか?そっち側って、何ですか?」

 

 

そっち側。そっち側とは、何なんでしょうか。言葉の意味合い的に、今、私がいるこの場所でないという事だけは確かですが……。

おじいちゃんは、暫く黙り込んでいる、というより私に話すべきか否かを、静かに思案していました。

一分、いえ、時間にしてみれば、数秒も経っていなかったのかもしれません。それほどに、私はおじいちゃんの回答を待ちわびていたのでしょう。

その、短くも永く感じた時はやがて終わりを告げました。

 

 

「彼は……風見雄二は、日常的に人の命を刈り取ることを生業としていた人種じゃ」

 

「えっと、それはリゼさんが言っていた通り、軍人さんという事でしょうか…?」

 

「いや、そうではない。そうじゃないんじゃ……彼からは、もっと何か別の……言うなれば、飢えた猟犬の…いや、そうじゃないの…あれは、まるで」

 

「まるで?」

 

 

おじいちゃんの、今まで見たことのない表情(うさぎですが)と雰囲気を感じ取った私は、自然とその先を促します。

 

 

「まるであれは、死に場所を探す一匹狼じゃの。それも、鉄や鋼すら噛み砕く強靭な顎と、ナイフの切れ味すらすら生温いと言わんばかりの鋭い牙を持った獣じゃ」

 

「獣……獣……雄二さんが……」

 

 

おじいちゃんの言葉をどこかうわ言のように私は反芻します。

 

 

「じゃがの」

 

 

おじいちゃんは続けます。

 

 

「彼は今、とても大事なものを見出そうとしておる。……まあ、本格的にそれが何かを自覚するのは当分先になりそうかのぉ」

 

 

のんびりと、さりとて厳かな口調でおじいちゃんはそう締めくくりました。

とても大事なもの。それは何なのか、と私はおじいちゃんに質問をするため口を開きかけましたが、途中で口をつぐみました。

何故、と言われれば、答えることはできません。

ですが、そこだけは譲れない、と私は自然にそんなことを思っていました。

会話が途切れると、私は黙って店へ戻ります。

ドアベルを鳴らしながら店内に戻ると、カウンターには既に、スーツを着込んだお父さんがカップを磨きながら佇んでいました。

 

 

「チノ、もう今日は上がっていいよ」

 

「で、でも…まだバーの時間には早い」

 

「大丈夫。わかってる。全部わかってる。わかっていて、彼を雇ったんだから」

 

 

私の言葉を遮り、お父さんはいつも通りの笑顔を浮かべます。

おじいちゃんは、私の頭から飛び降りて、カウンターに着地、そして、お父さんと一瞬目があうと、二人とも頷きあい、それ以降、何も言いませんでした。

これが、マスターという職業なのでしょうか。

人を見て、人を悟って、平静を装って万事を見通す。

私には、身内でありながら、おじいちゃんとお父さんが仙人ように見えていました。

それ以上何も言えなかった私は、今こうして、着替えが終わったにも関わらず、電話子機を握りしめたままぼーっと窓の外から見える月を眺めているわけです。

何度目かももう忘れてしまった回想から再び帰ってきた私は、おじいちゃんの言葉の雄二さんと、私の抱いていた雄二さんの第一印象を重ねてみましたが、全く像を結ぶ気配はなく、私は混乱しつつも、これが正しい彼の姿だ、と心のどこかが納得を示していることに、驚きを隠しえませんでした。

 

 

 

 

 

夜、リゼの自宅の浴室で

 

 

「学校へ行くのが憂鬱だ……」

 

 

やたらと広い浴室の、やたらと大きいバスタブののふちに頭を預けながら膝を抱え、肩まで湯に浸かっていた。

私はバスタブのふちに預けた頭で高い天井を見ながら、どんよりとした暗雲を背負いこみ独白した。

バイト先でちょっとしたお掃除(物理)が行われ、まるで幽鬼のような足取りで帰宅した私は、疲れのせいかいつもは美味しく感じる夕食を半ば押し込むようにして胃に収めると、疲れを湯と共に洗い流そうと、風呂に入った。

だが、いつもならば、ここで大抵のことはどうでも良くなり、文字通り水に流してしまえるのだが、今日という日はそうはいかず、体についた垢をボディソープで浮かし、排水溝に流すが、全く疲れが取れない。

それどころか、湯に浸かった瞬間、こわばっていた筋肉が一気に弛緩し、自分が今の今までどれだけ肩に力を入れていたを実感し、更に疲れを感じるとる結果となってしまった。

ぴちゃん、ぴちゃんと、水滴がシャワーノズルからタイルへ落下する音が、私一人きりの無駄に広大な浴室に反響する。

別に、学校の勉強ができないわけではない。

別に、学校でいじめを受けているというわけでもない。

では何故か。

それは簡単だ。

 

 

「あいつ、明日は一体どんな騒動を引き起こすんだ…?」

 

 

そう、あいつ。

彼、風見雄二だ。

彼が来てまだ一日だというのに、まるで一か月以上は経過したような気がするのは、何故だろうか。

それだけ濃密で忘れがたい時間が過ぎているという現れなのだろうか。

そして、それがこれからあと最低二年は続くのか、と先を考えだすと、またどんよりと暗雲が立ち込める。

だが、どんなに嘆いたところで、日はまた昇り、登校時間が訪れる。

会社で失敗を犯してしまったサラリーマンというのは、このような心情なのだろうか。

 

 

「……考えていても仕方ない、か」

 

 

言葉にはしてみたが、暗雲が消える様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

リゼが風呂に入っているのと同時刻、バーへと変貌したrabbit houseカウンターにて

 

 

昼間とは打って変わり、照明の光度を落としアダルティーな様を見せるrabbit houseのカウンターにて、一匹と一人が、それぞれ目線を合わせることなく会話をしていた。

 

 

「で?あやつはなんじゃ?」

 

 

ティッピー―――チノの祖父が唐突に話題を切り出した。

 

 

「あいつ? 誰のことだい親父。親父が昔通ってたスナックの田村さんのことかい?」

 

「な、何故それを!? って、今はそんなことはどうでもいいんじゃ。……わかっておるじゃろう? あやつ、風見雄二といったかの」

 

「ああ、彼の事か。彼が、どうかしたのかい?」

 

 

タカヒロは、カップを乾いた布で丁寧に磨きながら、返答した。

 

 

「とぼけんでもよい。あやつ、明らかに堅気じゃないぞい」

 

「知ってるよ」

 

「そうか。なら、いいんじゃがのぉ」

 

 

そう言って、会話を区切る。一人と一匹は、ツーカーと言わんばかりに互いの言いたいことを察し、それっきり、会話をやめた。

だが唐突に、今度はタカヒロが話題を切り出した。

 

 

「親父こそ、どういうつもりだ?」

 

「なんじゃ、倒してダメにした花瓶は、ちゃんと儂の死亡保険からだしたじゃろうが」

 

「そうじゃない。……彼に、家の娘を薦めるようなことを言いかけていたじゃないか」

 

「聞こえてたのか……相変わらず地獄耳じゃのぉ。……何、簡単な話じゃよ」

 

 

一拍おき、

 

 

「チノは、儂らに似て誰かと積極的に関わろうとせんじゃろう?」

 

「ああ、そうだな。小さいころから、俺たちを見て育ったんだ。だが、最近はココアちゃんのおかげで、大分マシになったと思うがね」

 

「そうじゃの。あの娘が来てから、家は騒がしくなってしまったの……もっと、こじんまりと、隠れ家的な店にしたかったのじゃがの…」

 

「それで、チノが引っ込み思案で人見知りなのがどうかしたかい?」

 

「実の娘に結構な言い草じゃの。まあ、それはいいんじゃ。それがの、今日は、楽しそうに初対面のお客さんと談笑しておった」

 

「ああ、それが彼だっていうのは分かってる。でも、それだけじゃないんだろ?」

 

「勿論。楽しそうに談笑しているチノと、あの小僧。じゃがの、あの小僧は、過去に何があったかわからんが、酷く孤独な目をしておった。それと同時に、目の奥にの。ドロドロとした黒い何か。そして、それから何かを必死に守っている少年。そんなイメージがみえた」

 

「……」

 

ティッピー「それから、もう一つ。…これは、チノにも言ったんじゃが、あやつは今、本当に大事なものを、見出そうとしておる。大切なものと、大切な居場所。あやつにしてみれば、楽園となりうる場所じゃな」

 

「大切なもの、大切な居場所…か」

 

「ああ。そして、それらに気づいたとき、あやつは誰よりも優しく、強く生きてゆける。………その時に、隣にいるのがチノで、楽園となる場所が、このrabbit houseだったら、とそう思っただけじゃよ」

 

「つまりは、老人のお節介と受け取って構わないのか?」

 

「ああ、そう受け取ってもらって構わんよ」

 

「そうかい」

 

 

それきり、一人と一匹は口を閉ざし、何も言わなかった。

夜は、明けていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイエエエエエエ!!
難産!圧倒的難産!!
ああもう、チノちゃんの心理描写が難しすぎる!
なんだもうこんちくしょう!可愛いなぁおい!?(錯乱気味)
雄二君のバイト編で結局三話ほど使ってしまった・・・・。
そして、もっさりさんを出せなかった・・・・。
じ、次回こそは本当に学園編やりますから!

てなわけで、感想、評価、推薦ジャンジャンお願いいたします!!
長々と失礼いたしました!

追記
投稿予約をしていることが頭からすっぱりすっきり抜け落ちていた間抜け作者です。
読者の皆様には、大変お見苦しいものを見せてしまいました・・・・あああああ!恥ずかしいぃいいい!!(ベッドでゴロンゴロンとのたうち回りながら)
いえね、最初はあの日付で行けると思ったんですが、リアルが忙しすぎて完全に小説のことが頭から抜け落ちてたんですよ……。
ええ、反省していますとも……。

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