ご注文は護衛ですか?   作:kozuzu

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ごちうさ、グリザイア、クロスオーバー第二羽です。
尺の都合か、はたまた作者の気分により、随分とあっさりとした学園デビューになってしまった模様。だがしかし、学園デビューはまだ始まったばかりだ!!
……ここが、WEB小説で良かった。打ち切りないもん。
さて、ここからはラビットハウスIN雄二編が始まります。
お楽しみに!!


第二話 たかが一杯。されど一杯。

           キーンコーンカーンコーン

 

夕日が窓から教室内に差し込み、校内放送用のスピーカーがとある合図を学園中に染み渡らせる。

これは、学生の本分である学業とは別の、日常から少しだけ離れた非日常へと緩やかに移行するための合図である。

長い一日が終わり、今まさに学園という檻から放された生徒たちが、校内を闊歩し始める。

各々の門限までの僅かな間ではあるが、太陽が一日の終わりを労うように赤く照らす、幻想的な木組みの家と石畳の街へと意気揚々と乗り出す。

この時間だけは、生徒当人たち以外、誰にも邪魔されることはなく、みなが思い思いの行動をとる。

部活の為に、一目散で教室を飛び出す者、また、しばしの間教室に残り、友人同士で談笑するもの。

その行動、表情、雰囲気はまさに、十人十色、千差万別だ。

人はそんなマジックアワーを、放課後と呼んだ。

そして、そんな様々な色を体現する生徒たちだが、各々の色は違えど、今日は活動へのベクトルはほぼほぼ同一だったらしい。

 

 

「雄二君!何か部活に入る予定はある?因みに私はソフトボール部なんだけど、その気があるなら、今からうちの部に体験入部しに来ない?歓迎するよ?」

 

「風見君には汗臭い球遊びなど似合いませんわ!!どうせ入部するのなら、わたくしの所属する演劇部に。部員を挙げて歓迎いたしますわ!!」

 

「でさ、私たち、風見君の歓迎会を開こうと思っていているんだけど、どうかな?この後にどこかの喫茶店を貸し切ってさ」

 

 

己が色を見せつけんと、彼女たちは奮闘していた。

突如として女子高、しかも所謂『お嬢様学校』に転校してきた学園でただ一人の男子生徒。風見雄二へ、一刻も早く自分という存在を刻み付けるために。

動機やただならぬ熱意は各自誰にも引けを取らぬものの、アプローチ自体の方法はは本当に多彩だ。彼女たちのその()の協演はまさに、刻一刻と模様の変化する万華鏡を覗いているかのようだった。

だがしかし、彼女たちには失礼であることを百も承知で言わせてもらえば。

…………私には全員、群れからはぐれた草食獣であるシマウマを、大勢で取り囲む肉食獣の群れの様にしか見えなかった。

 

 

「すまない、気持ちは嬉しいが何せ今日は登校初日。放課後にやらなければいけない案件が立て込んでいてな」

 

「そ、そっか。じゃあ仕方ないね」

 

「でしたら、無理強いはできませんわね」

 

 

彼のNOという返事に素直に応じ、引き下がるクラスメイト達。

相手の事を考え、計算し、その後の関係性を考えた上で、今は撤退がベストの戦術であるとわかっているのだろう。こういった場面で、お嬢様学校ならではの社交スキルの高さがうかがえた。

だが、そんな社交性の高い彼女たちよりも、さらに一枚上手の(つわもの)がいたようだ。

 

 

「じゃあさ、都合のいい日を後で連絡してよ。これ、私の連絡先ね」

 

 

その提案に、クラスメイト全員が電流が走ったかのように硬直する。今まさに彼女たちの頭には、この言葉が浮かんでいるだろう。

 

((((その手があったか!!)))と。

硬直したのはほんの一瞬ので、その後、鞭を入れられたサラブレッドのように慌ただしく口を動かす。

 

 

ヌケガケハヒキョウヨ! 

 

ソウヨソウヨ!

 

ジャアサ、イッソノコトゼンインブンワタセバイイノデハ?

 

ソレガイイワ!

 

ソウシマショウ!

 

 

と、これが放課後のチャイムが鳴ってから十秒後の現在の状況である。

女、三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ、と思わずこの言葉を最初に言った古人に敬意を表してしまう図であった。

 

 

「はぁあああああぁああぁああ~。やっと、終わったぁああああ~」

 

 

そしてそんな中、ワイワイガヤガヤと盛り上がるクラスをわき目に、私 天々座 リゼは深い、非常にふかーーーい溜息を吐いた。

何やら彼の席(といっても隣の席なのだが)で人だかりができている。

それでも、そこに割って入ってゆけるほど今の私には活力が残されてはいなかった。

今日だけ一日で、夜戦何日分の体力と精神力を浪費させられたことだろうか。

彼にひょんなことから抱き付いてしまったり、それを目撃された金髪ふんわりヘアーの後輩―――シャロにとんでもない誤解をさせたり。

購買でパンを買っていると「噂の子はどこ!?」と耳が早い先輩方に迫られたり、新聞部に「彼の外見についてのアンケートを行っているのですが?お時間よろしいですか?」と廊下で危うく部室まで強制連行されそうになったり。

ああ、ちなみに、アンケートの選択肢は、イケメンが、はたまた訳ありのイケメンか、というどこぞのスポーツ新聞社も真っ青の世論誘導アンケートであり、その他の項目は趣味や生年月日、果ては彼の使用している筆記用具まで調べ上げ、個人情報まで丸裸にしようという内容だったらしい。流石に昨今、週刊誌でもここまではやらない。

そのアンケート(事情聴取)を蹴ったことと関係性があるかはわからないが、何故か私は校内でお尋ねものとなり、突如親父に仕込まれたスニークスキルの実践を余儀なくされてしまうのであった。

挙句の果て、屋上で待っていた彼は大体事の成り行きを見ていたようで、

 

 

「ローファーという非常に音の出やすい靴であそこまでのスニークをする技術は素晴らしいが、後方がかなりの頻度で疎かになっていたぞ。あれでは敵に後ろからザックリやってくれと喧伝して回るようなものだ。直ちに改善を提案する」

 

 

などと、冷静にダメ出しまでされてしまった。

誰のせいで学園でスニークなどをしなければいけなくなってしまったと思っているのだろうか。

………………いや、そんな事理由は百も承知に違いない。

本当に、『イイ性格』をしている。

話を戻そう。

今現在の状況は、先生という学園の監視の目から解放された彼女たちは、己の信念が命じるがまま、彼の席をぐるりと隙間なく取り囲んでいる。

昼休みに、「形だけとはいえ、任務は任務だ」という言葉をもらってから、彼がぽろっと、とある秘密(、、、、、)を暴露するという最悪の事態は起きえない、という安心感が芽生えた。

(これで、私の平穏が脅かされる心配はなくなった。ああ、なくなったと思う。なくなってたら、いいな。うん…………なくなっていて欲しい……!!)

ほんの小さな、本当に小さな芽ではあるが。それも、風が吹いたら土ごと持っていかれるような。

先程、十人十色、という(ことわざ)を持ち出した。私の今の状態を色を表すとしたら、黒色が限りなく強いブルーになるのは間違いないであろう。

私は再び溜息を吐き、強制的に自分の心の整理をつける。

 

 

「……はあ。考えていても仕方ない。さっさとバイトに行こう」

 

 

と、その前に、『私はちょっと寄るところがある。お前は先に帰っていてくれ』と、メールを打つ。

彼の仕事用の携帯へと。

彼のブレザーの内ポケットが僅かに震えたことを確認した私は、教室を出た。

すると、暫くして私が校門をくぐるあたりで、

 

 

『了解した。後で合流する』

 

 

と、短く簡素な言葉がメールで送られてきた。

しかし、その内容は非情に簡潔でもあり、同時にひどく奇妙なものでもあった。

 

 

「合流するって……私、アイツに行先を漏らしたか?」

 

 

バイトをしていることは事前に伝えたが、場所は教えていない。

何故かといえば、彼にバイト先を伝える、という行為だが、私にはオートマチック拳銃で自身の額にピタリと密着させてロシアンルーレットをするがごとく、自身に災いをもたらす行為にしか思えなかったからだ。

だから、今回もバイトではなく、寄るところがあると嘘を吐いて脱走してきたのだ。

バイト先を教えるだけで何を大げさな、と呆れるかもしれない。だが、少し考えてみればわかることだ。

私のバイト先である喫茶店――ラビットハウスには、一人の同年代である従業員(まあ、一応一つ年下だが)がいる。

人懐っこく、栗色の髪に、ふんわりとしたボブカット。近くにいると陽だまりのような温かさを感じさせる少女。

その名を、保登 心愛(ほと ココア)という。

長々と描写したが、何を隠そう、それ(ココア)が答えだ。

些か乱暴な回答かもしれないが、彼女を長年連れ添った姉妹のようによく知る人物(本人は否定するだろうが)。マスターの孫であり、彼女の父を除けば、ただ一人の正従業員―――香風 智乃(かふう チノ)は、言うだろう。

曰く、

 

 

「あの人は、そこにいるだけで場をあらぬ方向へもっていきます。しかもそれが、本人の意思とは無関係であり、また本人にも予測が出来ない。更には、起こされる事象は、考え得る最悪の事態のさらに斜め上を攻めていきます」

 

 

このコメントを聞けば大体の人間が察するだろう。

そう、ココアは所謂、『天然』、という人種なのである。

コーヒーカップがあれば当然のごとく手を滑らせて床に落とし、なにかしらの電子機器があれば思いもよらない発想で故障までの最短コースを突っ切る。

それが彼女、ココアという人間なのである。もはや、彼女のドジは天災といっても過言ではない。

では、ココアの生態が理解できたところで質問だ。

問題。ココアの前に、風見雄二を連れていったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――結論。怖くて想像したくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は早々に思考を打ち切り、他の問題案件解決に頭を切り替える。深いことはあまり気にせず。さしあたって、今はバイトだ。この案件はいくら思い悩んでいても仕方ない。そもそも、彼にはバイト先を伝えていないのだ。

であれば、ココアと彼の化学反応の結果を心配する必要なんて始めからない。

 

 

 

「さて、行くとするか。確か、生クリームが切れかかってたな。ついでに、ミルクも買っていくか」

 

 

「よし!今日も気合入れていくぞ」

 

 

頬を両手でパンと赤くならない程度に叩き、気合を入れる。

さあ、お仕事の時間だ。

気張っていこうか。

 

 

カランカラーン

 

 

「遅くなってすまない。なくなってた生クリーム、それとミルクも買ってきたぞ」

 

 

扉を開ければ、今日も喫茶店ラビットハウスの香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐる。

私は、毎回この瞬間が好きだ。お店に入る前と、出た後のコーヒーの香りが、荒れていた心の波を鎮め、同時に心を癒す。

店を始めたマスターも、そんな時間をお客様に感じて欲しかったに違いない。

学校での出来事はもう、私の心の海の奥底に沈み、もう物音ひとつ鳴らさない。

 

 

「この上質な酸味と、高貴な甘み……キリマンジャロか」

 

「わかりますか!?」

 

 

定位置ともいえるカウンターに陣取り、いつもは感情を表に殆ど出さない大人しい少女は、何故か今日に限って興奮した様子で一人のお客と会話に興じている。

織り立てたばかりのシルクかのようなサラサラの白く長い髪を腰まで下ろした、儚げな少女、この子が何を隠そうマスターの孫であり、この店の一人娘、香風チノだ。

 

 

「ああ、多少は、な。少しコーヒーに凝っていた時期があったんだ」

 

 

チノが声を興奮で荒げているだけでも異常事態だというのに、私はある意味ガラスを爪でひっかく音よりも、今は聞きたくない声を耳にし、一瞬で学校での出来事が深く冷たい深海から一気に引き揚げられ、私の心の海は海面に巨大な津波を発生させた。

 

「あ!リゼちゃん、ありがとう!!生クリームとミルク、同時に切れちゃって。これじゃあ、うちのアイデンティティであるラテアートが出来なくて、危うくお店が潰れちゃうところだったよ」

 

「いつからこの店はラテアート専門店になったんだ……。それよりも……なんでアイツがここにいる!?」

 

 

私はチノが定位置としているカウンターの内、白いブレザーを纏った背中を力一杯指さして叫んだ。

おかしい、絶対におかしい。

私の方が絶対に先に学園を出たはずだ。それなのに、何故、コイツが今、ここにいる!?

絶叫している私を尻目に、彼はうまそうにコーヒーを啜る(すする)

実際、チノの淹れたコーヒーは絶品だが、今はそこは重要ではない。

 

 

「ふむ、このブレンドは……マンデリン・スマトラ4割、コロンビアが3割、ブラジル・サントスとキリマンジャロをトントン、といったところか?すこし王道から外したブレンドだが、なかなかどうして、美味だ」

 

「す、すごいです。このブレンドを今までに初見で見破ったのは、お父さんとおじいちゃんだけです」

 

「お主、なかなかの舌じゃの……どうじゃ、うちで働いて見る気はないか?……将来的にチノと二人でm、フゴッ!?」

 

 

ティッピーよくチノの頭に乗っている、アンゴラウサギという毛玉のようなシルエットが特徴のうさぎだ。

そんなティッピーだが、時折、六十年代の初老男性かのごとき渋い声で腹話術でチノが人間のように喋らせる事がある。その腹話術は全く見事で、全く唇が振動している様子がない。

そんな見事な腹話術だが、今日は何故か位置を直す振りをして、話すのをキャンセルさせてしまった。何か気に入らない点でもあったのだろうか?

だが、そんな一幕に彼が気づいた様子はなく、何かを真剣に思い悩んでいるらしかった。

 

 

「……バイト、か。そうか、バイトか……。ふむ、なかなか魅力的な提案だ。前向きに検討しよう」

 

「一緒に働いてくれるのですか!?」

 

 

あのいつも冷静沈着なチノが、カウンターから身を乗り出して彼の言葉に耳を傾けている。

ココアがこの店で働きたい、といったら「家事もお店も、バイトの方と私でどうにかなってますので」と即いらない子発言を飛ばしていたというのに、扱いの差がもはや月とアンドロメダ銀河ほど違う。

 

 

「未だ検討中だが、大変に魅力的な提案だ。特に断る理由もない。俺個人には、な」

 

「で、でしたら!体験という事でいいので今から入ってもらえませんか?」

 

 

チノの瞳には、憧れと尊敬の眼差し。

あれは、そう。まるで、年の離れた兄を見つめるかのような、そんな視線。

私個人としては、チノが感情を表に出すのは嬉しいのだが、それを是としない者が私の極身近なところにいた。

 

 

「あ、味のことは、よく分からなくても、コーヒーへの熱意なら負けないよ!!」

 

「……お前の熱意は認めるが、多分それは粗熱の類だ」

 

 

にべもなくバッサリと私に切り捨てられたココアは、「ぱ、パン作りなら、負けないもん!」と、膝を抱えながら店の床に人差し指で「の」字を書いていた。

うん、今日もココアは平常運転だ。

と、律儀にツッコミを入れて続けてしまったが、最初の怒りを思い出し、すかさず私は彼ににじり寄る。

そして、軍隊仕込の抜身の刃物のような眼光を彼に容赦なく浴びせながら、彼を問い詰める。

 

 

「なんでお前がここにいる?」

 

「香ばしいコーヒーの香りにつられて来た」

 

「嘘を吐け!私の後をつけてきたんだろ!?」

 

「たまたまコーヒーの香りとリゼの行く先の出所が同じだっただけだ」

 

「こんの、屁理屈を……!!」

 

 

私の眼光などどこ吹く風、といった風体でチノのオリジナルブレンドをまたもやうまそうに啜る彼。

私は本気で殺意を覚え、コンバットナイフを収めてある懐に手を伸ばそうとしたところで、復活したココアがこちらに駆け寄よった。

 

 

「なんか、リゼちゃんとすっごく仲がいいけど………二人はお知り合いなのかな?」

 

 

(仲がいい?どこをどう見たらそんな結論に至るんだココアよ……)

今日も発想が斜め上をゆく奴だ。先ほどのやり取りで仲良しとみなされるのであれば、猿と犬は超マブダチに分類されてしまうことだろう。

だが、私と彼が知り合い、というココアの発言に反応したのか、普段のおっとりとした動きなど、全く感じさせない機敏な動きでチノがこちらに距離を詰めてくる。

まるで、餌場を見つけたウサギか何かのような軽快さだ。

 

 

「リゼさん。この方とお知り合いなのですか?」

 

チノが鼻息荒く私に質問する。

あ、えっと、と答えかねている私に、ココアがいらん考察力を発揮し、追撃をかけてくる。

 

 

「制服とかも似てるし、同じ学校の人かな?」

 

(なんでそういうどうでもいい時だけ鋭いんだ。お前は!!)

 

「ですが確か、リゼさんの学校は女子高だったはずですが?」

 

「きっと新しい学園の用務員さんなんだよ!」

 

(用務員さんが生徒と同じ制服を着るって、一体どんな学習環境だよ……ってか、さっきの考察はまぐれなのか……ココア、恐ろしい子ッ)

 

「それでリゼさん、この方とはどういったご関係で?」

 

「無視しないでよぉ…」

 

 

チノに相手にされなくてココアが泣き崩れている、というのはわりかしいつもの事だが、このチノ食いつき方……私が何か納得のいく説明をしなければ、「泊まっていってください。話してくれるまで私はあなたを返しません」と、さらりと軟禁発言さえも言ってのけそうな雰囲気だ。

 

 

(話すしか、ないのか…?)

 

 

私は葛藤する。話すにしてもチノならまだいい。口数が少なく、更に秘密は絶対に守る主義だ。だが、ココアおまえはダメだ。

ココアは、人の秘密をベラベラと吹聴するスピーカータイプの人間ではない。

だがしかし、ココアだ。

いかんせん、ココアだ。

例えば、常連のお客さんが彼を見つけ、「新人さんかな?」ココアに声をかけたとしよう。

ここで、はいそうです。に続く無難な反応をココアに期待してはいけない。それは、どこかで失くしてしまった財布が中身が無傷で返還されてくる、という希望的観測と同義だ

そうだな、ココアならば、と私は空想を膨らませる。

 

 

「あの子、新人?」

 

「はい、男の人のバイトは初めてで私も緊張してるんですよ」

 

「へー随分とがっしりとしてらっしゃるけど、学生さん?」

 

「はい、リゼちゃんと同じ学校に通ってるんですって!!」

 

「あの、リゼちゃんって、あのツインテの子よね?」

 

「はい!」

 

(うん、ここまではいいんだ)

 

「でもあの子の制服見たことがあるのだけれど、女子高よね?」

 

「はい!」

 

お「……ん?」

 

「はい?」

 

(おいこらココア!!何しれっと爆弾投下しているんだ!?)

 

「……………。ちょっと用事が出来たので失礼するわ」

 

「あ、はい」

 

お客さん「これ、お会計ね」

 

「はい、千円からお預かりいたします」

 

「おつりは結構よ!!」

 

「?すごいスピードでいっちゃった。おつり、渡しそびれちゃったどうしよう?」

 

(そこじゃないだろぉぉおおおおおおお!!!)

 

ってな感じで彼の事が町中に広がってしまう!? ※これは私の勝手な妄想であり、現実とは全く関係性はございません。

(いや、だが待て、女子高に男が通うことになった以上、もう噂は町中に流れているとみていい。この街の情報伝達の速度を舐めたらいけない!……となれば、その大きな話題性を隠れ蓑に、彼が私の護衛であるという事実が発覚する最悪の事態は防げるのではないか?)

結果的にまず彼を矢面に立たせることになってしまうが、そもそも彼は私の護衛だ。私の代わりに身代わりになることは何も不自然なことではないし、気に病む必要もない。

……というか、そもそも、私がこんなに悩んでいるのも彼のせいなので、反省する必要もない。

そして、そろそろチノたちが痺れを切らしてしまいそうなので、私は早速作戦を実行に移す。

 

 

「ああ、その通りだ。今朝、私の学校に転校して来てな。流石の私も度肝を抜かれたよ」

 

「そうですか。ですが、先ほどのやり取りを見る限り、二人はその時が初対面ではないようですが……」

 

「うんうん。まるで、久々に再開した恋人同士みたいだったよ?あれ、実際そうなのかな?」

 

 

いきなり作戦に予想外の事態が起きた。

 

 

(わ、私とアイツが恋人同士!?……ないない!!ぜっっったいにありえない!!)

 

 

思わず彼と私が腕を組み、街をデートしている姿を想像し私は顔中が熱くなり、更にはそれが全身にまで回っていくのをリアルタイムで観測する。

この手の話題は、私にとって不得意中の不得意。

これまで、親父のおかげで軍関係の知識や技術は豊富だが、それに反比例して年頃の女の子としての知識は同年代と比べて完全に一歩か、または二歩以上遅れている。

普段はお嬢様学校という事で、箱入りに育てられた人たちと並んでいるので、違和感はあまり感じないが、やはり、どうしてもココアたちとこういう話になった時には気後れというか、一歩引いた位置での聞き役に徹することが多くなってしまっている。

自分でも、何とかしなければとは常々感じてはいるのだが、何とかしようにも周りにいる異性といえば、実家のみんな、親父、チノのお父さんでこの喫茶店のマスターでもあるタカヒロさん、ぐらいだ。

この環境で、どうやって異性に慣れろというのだ。

しかし、ここで焦ってしまっては、かえって怪しまれると思い、小さめに深呼吸をして、冷静に答弁する。

 

 

「な、なな、ななな、なわけないだろう!?どうしてそうなるんだ!!」

 

 

私的には、したつもりだった。

だが、

 

 

「まさか、本当に……?」

 

「きゃー!リゼちゃん、大人だー!!」

 

「確かに、雰囲気がリゼと似ておる。お似合いじゃと言えるかもしれん。だが、ここはやはりチノと一緒になってもらって、店のあいんt、フゲボラッ!?」

 

 

今度は位置を直すフリに、それに失敗した、というフリを重ねてティッピーの顔面を叩き、地面に落下させる。

そして、拾うフリで何かをティッピーにつぶやき、それを聞いたティッピーが震え上がる。何かを言ったのは間違いないのだが、私が今それを気にする心の余裕は微塵も残っていなかった。

 

 

「だ、だから!!違う、コイツと私はそんなんじゃない!!」

 

「では、どんな関係なのですか?」

 

「う、うう、そ、その、あの……えっと、そうだ!親父との付き合いで、軍関係のツテで前にあったことがあってだな!?」

 

 

私は、何とか話題を逸らそうと、苦し紛れの言い訳を思いつく。

だが、割とこれはいい言い訳ではないだろうか?

彼が軍の人間であることは確かであるし、軍関係で知り合ったのも嘘ではない。

(あれ?これもしかして完璧な、かなりパーフェクトな説明じゃないのか!?)

 

 

「なるほど、という事は軍人さんなのですか?」

 

「ぐ、軍人さん……?え、えっと、確か言葉の後にサーをつけるんだよね?サー!」

 

「確かに軍人ではあるが、今は一線から外れているし、特に一般人と変わりはない。それと、俺はサーと敬称を付けられるほど偉くはない。普通に雄二と名前で呼んでもらって構わん」

 

「そ、そうなんだ。よかったぁ。リゼちゃんなんか、初対面で私に銃を向けてきたから、軍人さんはみんな気難しい人達なのかなーって」

 

「あのことは私が悪かったと謝っただろう?……というか、私ってそんなに気難しいか?」

 

 

一斉にみんな目を逸らした。

(え?嘘だろ?私ってそんなとっつきにくいオーラ出してたか!?)

 

 

「そ、そんなことないんじゃないかな?」

 

「じゃあなんで疑問形なんだよ」

 

「リゼさんは、ある意味うさぎと似ているかもしれません」

 

「なかなかなつかないと言いたいのか!?」

 

「まあ、人はみんなそれぞれだ。気に病むことはない」

 

 

そう言って、彼は励ますように肩を叩く。

だが、口の端が僅かに持ち上がっている。

 

 

「笑い、こらえなくてもいいぞ」

 

「わははははは!!!」

 

「そんなに笑うことないだろ!?」

 

 

恥ずかしいやら、悔しいやらで頭がごっちゃになった私は、懐からナイフを引き抜き、下から彼の首の皮かすめるように突きを繰り出す。

ヒョイ、と私の完全なる不意打ちを、当てる気はなかったが、彼は座ったまま首を少し動かしたまま回避する。

 

 

「ちょ、ちょっとリゼちゃん!危ないよ」

 

「ゆ、雄二さん危ない!!」

 

そんな私を見かねた二人が、制止に掛かるが、頭に血が上った私は、気にもせず連続で彼を攻撃する。

だが、

 

 

「こ、この!このこの、このぉ!!」

 

 

悔し紛れに私は連続で突き、薙ぎ払い、峰打ちなど、多彩な技を混ぜて彼に攻撃を加えるが、全て最低限の動きで回避される。

(なんで、なんで当たらないんだ!!)

私は途中から全く遠慮などなしに当てにいっているというのに、それが全て紙一重で回避されてしまう。

それも、コーヒーカップを優雅に持ったまま、でだ。

 

 

「なんだか、ボクシングのスパーリングみたいになってきました」

 

「二人とも、頑張れーー!!」

 

「くうううう!!」

 

 

最初は慌てていた二人も、だんだんと緊張感が薄れ、ココアに至ってはもはや競技か何かの様に声援を飛ばしている。

私は、悔しいやら恥ずかしいやらで、薄く涙が目にたまり、顔は真っ赤になっていた。

と、それを見かねたのか、彼は、

 

 

「これくらいでいいだろ?」

 

 

ガキン!

 

 

『な!?』

 

 

私のナイフは、火花を散らし、空中で静止した。

というか、止められた。

誰に、というのはこの状況では攻撃を受けていた本人、風見雄二に他ならない。

だが、あの状況からどうやってそれを止めたか、その方法自体が異常だった。

 

 

ギ、ギギギ!

 

 

私は何とか突き込んだナイフを手元に引き戻そうと、力を込める。

だが、ナイフは食器(、、)との擦れが生む軋んだ音を出すだけで、ピクリともその場から動かない。

そう、食器。今現在、ナイフの運動力とのつり合いを生み出しているのは、いつもこの喫茶店で見慣れた何の変哲もないコーヒーカップだ。

確かに、チノは丈夫で良いコーヒーカップを使っていると言っていたが、流石に本気で突き込まれたナイフの力を相殺するだけの耐久力はないはずだ。

だったら、何故私のナイフと止められたのか?

それは、ひとえに天才的戦闘技術がなせる業だ。

まず、私がナイフを突き込む、このとき、カップを掠めて軌道を逸らし、勢い余った私を取り押さえる、というのならばわかる。

だが、彼がやったのは、その技術の数段上だ。

受け止めたのだ、何のもないコーヒーカップ、その―――取っ手の輪の部分で。

突き込んだナイフを逸らすのではなく、輪っかに通し、奥まで完全に突き込んだところで手首を返し、てこの原理を応用し、完全に衝撃を抑え込み、いかなる力も受け付けない状態に持ち込んだ。

まさに、針の穴に糸を通すかのような繊細かつ、大胆な手口だ。

位置を少しでも間違えば、ナイフはガードを素通りし、彼を直撃し、輪に入ったとしても、一点が力を一気に引き受けては、カップが破損してしまう。

更に、ベストポジションに収まったとしても、手首の返しのタイミングを少しでも間違えば、これもまた簡単にガードを突破される。

こんな戦術、思いついたとしても、私なら絶対に実行しない。というか、絶対に試したくもない。

そして、私が固まった隙を見計らい、カップを止める為に回した縦軸ではなく、横軸へと捻り、そのまま、

 

 

ゴクゴク、カラーン

 

 

中身のコーヒーを飲み干す動作と連動して、私の手からナイフが取りこぼれる。

 

 

「少し、取っ手に傷がついてしまったな。なるべく壊さないようにしたのだが。これでは壊れていなくとも、店で使うことは出来んな。…リゼ、からかったのは悪かったが、少しやり過ぎだ。お互いにな」

 

「へ?あ、ああすまない?」

 

 

などととぼけたことをのたまった。

(思わず謝ってしまったが、これは本当に私が悪いのだろうか?いや、流石にやり過ぎたと思うが……。いや、そもそもなんだが、きっかけを作ったのはコイツじゃなかったか?私が謝る必要あったのかこれ!?)

と、心の中で一人自問自答する。

だが、それを口に出すことは出来ず、他のメンバーも似たような状況なのか、誰も口を開かずに沈黙が訪れる。

 

 

『…………』

 

 

全員、口を糸で縫いつけられたかのように口を閉ざして絶句し、仲良くその場に立ち尽くした。

もしこの状況でお客さんが来ようものなら、間違いなく何も言わずに回れ右して帰っていくことだろう。

だがこの沈黙、誰が責めることが出来る?

目の前でもし、ナイフが食器で止められたら、流石に現役の格闘家でも驚く。

誰だって驚く。リゼも驚く。結果、みんな驚く。

だが、そんな何とも言えない微妙な静寂を破ったのは、以外にも、あの人だった。

 

 

「何の騒ぎだい?」

 

 

店の奥から、黒のバーテンダースーツを着込んだ初老の男性がひょっこりと顔を出した。

若干色の抜けた髪に、浅く刻まれた皺。

この人こそが、cafe rabbit houseの現マスターであり、チノの親父さんでもある、香風 タカヒロさんだ。

この rabbit houseだが、昼は喫茶店、夜はバーという二つの顔を持つ。

そして、昼はタカヒロさんは厨房にいるか、夜の準備のために諸々のチェックを行っている。

大方、お客がいないので、チェックを始めようとフロアまで戻ってくると、いつもは騒がしいほどにぎやかなのに、今日に限って誰の話し声もしないので不審に思ってここまで来てくれたのだろう。

だが、この場に来て疑問を解決する腹づもりだったであろうに、この状況では何が何だか全く理解できず、謎は深まるばかりだろう。

そこで、

 

 

「あ、あの!これには事情があって……ありのまま、起きたことを説明するとですね?」

 

 

私は、私自身の非も認めたうえで、タカヒロさんに事情を説明した。

途中、というか彼がコーヒーカップでコンバットナイフを受け止めたあたりで眉をひそめたが、私が前置きで「ありのまま、起きたことを説明する」と述べてあったので、普段私がつまらない嘘を吐かいないという行いの良さが幸いし、何とか事情を理解してもらえることが出来た。

 

 

「なるほど、事情は分かったよ。で、リゼ君も、ええと、雄二君で良かったかな?」

 

「はい」

 

「互いに非を認め、更に罪を償おうと申し出てもいる。どうだい?」

 

「はい。その通りです」

 

「なるほど。リゼ君も、同じだと思っていいんだね?」

 

「は、はい」

 

 

一瞬、コイツと一緒にするな、と口にしかけたが、店の備品を私が私情に流された結果、壊してしまったというのは事実なので、素直に私は頷いた。

 

 

「……そうか。なら、コーヒーカップ一個と、チノのコーヒー一杯分だけ彼には働いてもらおうかな。丁度、女の子ばかりで男手が欲しいと思っていたばかりだからね。都合がいい」

 

 

これは名案だ、とばかりにタカヒロさんは微笑み、うんうん、と頷いている。

いや、いやいやいや!

 

 

「ちょ、タカヒロさん話聞いてました!?」

 

「ほんとですか!?」

 

「わーい、またバイト仲間が増える!これで私、先輩だぁ!!」

 

 

それに対し、チノとココアは大賛成。私は待ったをかけたいが、立場上かけられないため、背中に汗をかく事しか出来ず、結果として顔をひくつかせることになってしまった。

 

 

「多分、今日一日でカップの分は弁償が効くと思う」

 

「!」ガーン

 

(ほっ)

 

 

チノは何やら残念がっているようだが、私にとっては棚から338.ラプア弾(対人狙撃用の弾薬)1ダースががひょっこりと出てきたくらいに喜ばしい出来事だ。

だがしかし、その言葉には続きがあった。

 

 

「その後のバイトについては、君がよく考えて決めるといい。それでも、よくわからないなら、そうだね……チノの淹れたコーヒー。あれ一杯の為に君がどれだけ働けるか、とでもしておこうかな?」

 

「…………」

 

 

タカヒロさんは、そういって意味深な笑みを残して、また店の奥に戻っていった。

タカヒロさんの決断も、大岡裁きともいえる今回の事案だが、最後に余計な事を言ってくれたものだと私は、内心タカヒロさんに愚痴を吐いた。

ああ、誠に、まっっっことに遺憾ながら、最低今日一日一杯、私の護衛兼、クラスメイトである風見雄二は、ラビットハウスで一緒にバイトをすることになってしまった。

 

 

「おい。一応働く一緒に働くことになったが、ここでは私が先輩であり、教官だ。きちんと私の言う事を……って、聞いているのか?お…い……?」

 

 

ぼやいていても、仕方がないので、私は今日一日同僚であり、部下(いや、もともとクライアントなので、私の方が立場は上のはずなのだが)となった彼に呼びかけるが、その時に私は、見てしまった。

いつも無表情。そして、今も無表情。そのはずなのに、

 

 

「……ああ、俺はもう、自分の事は自分で決めなければいけないんだったな」

 

 

当たり前のことを、当たり前に言っているだけ。それなのに、私にはその顔が、とても脆くて、悲しそうで、同時に、『――――』と感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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