「おっはよぉイノッセー! 相変わらず死んだ魚みたいな眼してるよねぇ!」
「うっさい、殴るよ」
学校の廊下を死んだ魚のような目つきで徘徊しているアタシの名は『
妙に猛々しい苗字なので、親が可愛らしく付けられたであろう名前も妙にややこしい
未来予知とかポールダンスは出来ないし『ダー!』とかも言わない――ってか、そんなテンションの高いものなどダイキライ。
正確に言えば、私が在学する烏森学園は中高一貫校。
中等部の内部生であるアタシは、夜中にひたすらゲームをする事しかヤル気を見い出せず、他校へと進学をする親友達をヨソに何も努力をしないままダラーリと高等部へと進学した。
「なんでなのさー! アカリ、焼き魚の目ン玉大好きなのにさー!」
「んじゃ、アンタを虫眼鏡で焼くってので許してあげる」
あんまり前に出るのはスキじゃないっていう性格もあって友達付き合いは控えめ、容姿もスタイルも中ぐらい……ってやかましいわ。
本当は物凄く口が悪いので、クラスメイト達には少々引かれてるっていうのが本当の話――こう見えても、切実にカレシ募集中です。
「やだやだ! アッツイじゃんそんなのー!」
「ごめんごめん、焼かないし殴らないよ……だから〆る前にちょっと静かにしてて?」
傍らにずっと居る鬱陶しい程に元気で明るいこの娘は『
中等部時代からの数少ない親友の一人だけど、朝は常に彼女への殺意と戦っている。
誰だって朝は死んだような目をして学校に通うのが普通。しかし、このアカリンはそうじゃない。
何しろ、一日の目覚めはテレビの試験放送っていうモノズキなアカリンは日没までこのテンションで居続けるからだ。
――『朝顔』とはまさしくアカリンにあったような言葉だと、アタシは素直にそう思う。
私はそんな太陽娘を引き取ってくれる心優しき人々に願いながら、教室の扉を開いた――誰でもいい、この歩く火炎放射器からアタシを助けてください……
「ユリィィー!おっはよぉぉ!!」
「灯ちゃんおはよー。相変わらずテンション高いねぇ……」
アカリンが次に目を付けた獲物は――アカリン同様、数少ない内部生かつ親友の一人である『ユリ』こと『
当然ながら、百合奈もグリグリと頬ずりをしてくるハイテンションなアカリンに困惑している様子――やはり長年共にした友人ではあるものの、疲れるモノは疲れるだろう……
「当ったり前でしょー! 朝にテンション低いアカリとかアカリじゃないって!」
「そ、そりゃそうなんだけど……朝から頬ずりされるのはぁ……ちょっとしんどいかもぉ……」
言葉を掛けづらいが、百合奈は大切な親友。朝の挨拶はちゃんと済ませなければ――親しき仲にも礼儀ありという言葉を体現しようとするも、アタシの声は"熱中症"にでもなったかのようなか細い煙のように排出された。
「おはよう百合奈……」
周りのオンナノコ達は『ユリ』と親しみを持って呼ばれている百合奈の事を、アタシは名前で呼ぶことにしている――百合奈のコトを分かるなら、名前で呼ぶべきだと思ったから。
「お、おはよう未來ちゃん――死んだ魚みたいな目してるね……」
「ユリも思った!? 朝飯の焼きサンマみたいな眼ぇしてるよな!?」
ちっこくて可愛らしい百合奈はアタシを見上げると、吸い込まれそうな程の大きな瞳でジーっと見つめる。
「お、美味しそうにこんがりと揚がってるね……」
百合奈、少し天然さんなのは知ってる……だけど、アンタまでサンマ定食を食べたいのか――アタシは悲しいよ。
「うん、分かってる。私は所詮秋刀魚の竜田揚げですよー……」
「じょ、冗談だよ!? そ、そんな落ち込まないで!?」
少々ヌけてる百合奈に対し、アタシはあくびをしながら泣きそうになったが……そんな大きな瞳で見つめられたら――更に泣きたくなるよ。
「百合奈、キョーコ達も直に来ると思うし……アカリンの事、ちょっとかまってやってくれない?」
もうアタシを開放してくれ、頼む……お姉さんは疲れたよ。
「う、うん! 灯ちゃん……未來ちゃんヘトヘトだよー? ちょっと休ませてあげたら?」
「夜中にずーっとゲームしてっからだろぉー! ちゃーんと夜8時に寝たらケンコーなのにさー!」
ありがとう、いい娘だ百合奈――だが少々"天然"なこの娘は、今後起こる災難に気づいてないのだろう。
これで安心して自分の席で寝れる……と思ったものの――そんな夢物語は直ぐに消え去った。
「なぁ田端、俺のコーヒー牛乳でピラミッド作ってどうするつもりなんだよー」
「いいじゃねぇかー! 高校生活一発目のピラミッドは机二連結で建設するって決めたんだよ!」
「そこ、俺達の席じゃないぞ……不法建築してどうするんだよ」
アタシの席が無くなってる……仲良しこよしなオトコノコ達が謎の建設ラッシュ起こしたせいで、私の帰る家は無くなったようだ。
目の前にそそり立つコーヒー牛乳がアタシを高らかと見つめる――今直ぐにでも蹴り飛ばしてやりたい。
――そんな気持ちでつい口走ってしまった。
「――アタシの席に不法投棄しないでくれる?」
またもや悪いクセ発動……イガグリの様に刺々しい言葉をばらまいてしまうのがアタシの最大の欠点。
本当は「そこ退いてくれる?」でいいのになぁと16年間の"悪行"を懺悔する日々。
「あ、悪いな猪瀬……すぐ片付けるわ」
「だから言っただろ、俺達の席じゃないんだから……あんまり猪瀬怒らせんなよ?」
怒ってないんです怒ってないんです……ただ単に気難しいだけなんですごめんなさい……
「いいの、大丈夫――だからさっさとそのゴミを退けてくれる?」
腹黒いと思ってる――しかし、アタシの
「猪瀬、そんな言い方しなくてもいいじゃねーか」
「最近飲まなくなったと思ったのに、また飲んでるんだ――コーヒー牛乳」
アタシに対して少し険しい顔をしながら話しかけた隣の席の男子――
このボサボサ頭の
買い食いが禁止されていた中等部時代から『眠気覚まし』にと近所のスーパーやコンビニでかき集めては飲み干し、先生に怒られながらも授業中はひたすらと寝通すというモヤシのような学生生活を送っていた……のは、中等部時代の話。
流石に危機感を覚えたのか、高等部に入ってからはある程度ちゃんと授業を受けた事もあり、成績はそこそこの位置まで持ち直した上に睡眠に充てていた休み時間には女子ともコミュニケーションを取るなど、外部生として入学してきた女子にはそこそこな評価を受けている――
「そんなの俺の勝手だろ、だからガレキとか言うんじゃねぇよ」
「エナジードリンクの方が冴えるよ、身体に悪いけど」
だけど、スミムラくんが"平和"に授業を受けれるようになるまで、数多くの困難が彼を襲った。
ズタボロになりながらも、必死に化け物を倒して倒して倒す日々……
「久々に買っただけだって……なぁ田端」
「あぁ、最近メッキリ買わなくなっちまったもんな」
しかし、そんなスミムラくんの闘いを皆は知らない――じゃあ、なんでアタシが知ってるかって?
逆に聞きたい――そんな秘密を教えたがる人なんて居るのかしら?
「校外学習の場所、
"
「なんか異界と世界を学ぼうとかいうテーマなんだろ? カツアゲされないように注意しなくちゃ不味いよなー。なぁ良守」
「――そうだな」
スミムラくんが眠そうなトーンで一言返すと、暗い表情で机に伏せた――何か嫌な予感がしたが……アタシは眠い。