水田から衝撃的な事を言われた日から数日後には、琉歌はベル、マーモン、フランとは必要以上に関わりを持つ事が無くなった。
水田が言った事を真に受けているわけではないが、三人にどう話を切り出せばいいのかも解らないし、そもそも、訊く勇気なんぞ持ち合わせていなかった。
そうすると、自然的に距離ができてしまっていたのだ。
ポツンと、教室の隅で1人で居る。それが普通なのだと、琉歌は思った。
琉歌にとって、1人で居る事は特に何の意味も持たない。
ただ、ベルやマーモン、フランが入学してくる前までの学校生活に戻るだけ。
元々1人で居たのだから、今更1人になろうが、琉歌にとっては苦痛にもなり得なかった。
ただ、少し物足りなさを感じてきている事を除けば、何の問題もない。
そうして今日も琉歌は、教室の隅で1人で居るのだった。
「はい、もうすぐで夏休みですね。
夏休みが終わったら、体育祭と文化祭がありますから、今日は文化祭についての話し合いをしたいと思います」
教室に入ってくるなり、夏休みの話をぶっ飛ばして、担任は言った。
今は担任の持ち授業である理科の筈なのだが、授業を放って文化祭の話し合いだなんて。
担任の言葉に沸き上がる教室とは対照的に琉歌は陰鬱な表情を浮かべた。
琉歌にとって、協調性を必要とする様な行事は全く向いていない。寧ろ、苦痛でしかないのだ。
「安藤さん、何かやりたい出し物とか無いですかね?」
担任が人相の言い笑顔を浮かべて、琉歌に訊く。
話し合いの時は決まって、初めに琉歌の意見を訊こうとする担任。
それが意図的に訊いているのか、それとも訊きやすいから訊いているのかは解らないが、琉歌にとっては迷惑以外の何モノでもない。
別に、自分以外の意見なら何でも良いのだから、他の誰かに当たれよ。そう思って、琉歌は一番無難な意見を出した。
「個人が好きな作品を作って、展示すればいいと思います。
皆で纏まった作品を作る事は、恐らく難しい事を考慮して」
琉歌の中では、一番無難な意見だと思う。
纏まり感のないこのクラスで、纏まっている様に見える出し物を出したいなら、個人が好きなモノを出展すればいい。
そうすれば、纏まり感はなくても違和感はないであろう、という琉歌の考えだった。
担任は、琉歌の案を黒板に書いていく。
「面白そうじゃん!
俺、その案に賛成♪」
「ミーも良いと思いますよー。
これなら、コミュ力零な琉歌でも、できると思いますしー」
「私も賛成です、面白そうだし!」
ベル、フラン、麗奈が琉歌の案に賛成を示した。
フランの最後の一言が余計だったが、あえてスルーの方向で。
すると、不満を示す声が上げられた。
「文化祭って、協調性を育てる行事でしょ?
それで個人出展って、全く協調性がないじゃん。
それに、安藤さんの意見は自分が無理だから言ってるんでしょ」
1人の女子が、琉歌の意見を切った。竹内美香だ。
彼女は不満を隠そうともせずに、ばっさりと言った。
その意見に頷いたのは、水田だ。
「そうよな。
折角文化祭なんだからさ、皆で協力して作る方が良くない?」
「じゃあ、何をするか意見言いなよ」
水田の甲高い声に顔を顰めさせて、琉歌は言った。
自分の意見も言わずに、相手の意見を切る様な人間が一番嫌いだ。
水田は、「モザイクアートとかどう!?」と、竹内を振り返って言う。
竹内は頷いた。
「良いじゃん、何が良いかね?
何か、最近の流行で行きたいね」
「チョッパーとかは?」
「いいね、最近流行ってるし、絶対、皆喜ぶよ!」
最早、竹内と水田の話し合いと化してしまっている。
ベルとフラン以外の男子は居るには居るが、空気と同じ様な扱いだ。
特に意見を言うわけでもなく、ただ、傍観しているだけ。そして、決まった事をする。
男子のパターンはこれだ。
「それって、やる意味ある?」
「つーか、喜ぶのってアンタらだけですよね―。
自己満足?みたいな」
ベルとフランが如何にも不満そうな表情で、盛り上がっている水田と竹内に反論した。
反論された水田は不満そうにベルを見る。
「安藤さんの案よりはいいと思うけど」
「つーかさ、何にも意見言わないのに、反論だけしますっての、やめてくれない?
反論するなら、ちゃんと意見を言ってよね」
竹内は不快げにベルを見て言った。
ベルは、お前も意見言ってないじゃん!と思いながら、返す。
「さっき、言ったろ?個人出展。」
「だから、却下だって」
「じゃあ、そのモザイクアートも却下だし」
竹内は、ベルの意見を切り捨てた。
ベルも竹内の意見を切り捨てる。
ベルは何となく、竹内と水田が琉歌の意見を通さないようにしていることを感じ取っていた。
琉歌の意見は、別に難しい様な事じゃない。寧ろ、誰でも出来る様な事だ。
何をしたいのか自分たちで決めて、作成する。これは、個人的に作ろうがグループで作ろうが自由な事だし、水田と竹内でモザイクアートを作れば良いだけの話だ。
元々、協調性のないクラスで作品を展示するなら、これほど良い案は無いだろう。
ベルと竹内は険悪な雰囲気を醸し出して、お互いに譲る気は無い様だ。
すると、そこに妥協案が出された。
「じゃあもう、いっその事、自由出展で良いじゃないですかー。
大体、琉歌のやりたい事って、どうせ絵を描いて出展したいってだけでしょー。
絵もモザイクアートも分野は同じなんですから、纏めれば良いだけの話じゃないですかー」
抹茶ポッキーを食べながら、フランは言った。
フランの言葉に水田が反応する。
「それじゃあ、意味がないって言ってるの。
協調性が・・・・・・」
「「協調性」の意味って知ってますー?
多数派に群れて、それを通す事じゃないですよー?
あんた達の言っているのは、
水田の言葉を遮って、フランが言った。
個性が強すぎて纏まり感がないヴァリアーでは、ボス又は作戦隊長が最終的に部下の意見を纏めて、作戦の立案をしていた。
そこに切り捨てる意見も勿論あるが、纏められる意見は採用して、併用する事もある。
フランの言っている事は正にその事だ。
「それに、モザイクアートに執着してるのって、アンタら2人だけじゃないですかー。
個人出展は、ミーとベルサンと琉歌と本田で4人ですよ?
アンタらの言う「協調性」が「長いものに巻かれる事」なら、こっちの意見で決まりじゃないですかー」
フランの意見は尤もである。
モザイクアートの意見は、水田と竹内だけが賛成しており、対する個人出展は、琉歌、ベル、フラン、麗奈の4人。
後は意見を言わない男子が二人居るだけである。
これで、多数決を取ろうモノなら、4対2対不参加2で個人出展に決まるべきである。
それでも引き下がらないのは、暗に琉歌の意見に賛成したくないから。
それが露骨に感じ取れてしまうあたり、この学年には「協調性」なるモノは存在していないだろう。
在りもしない協調性を掲げようとするのは、何処の世界も一緒である。
「協調性」とは、違う個性を持ったモノ同士がその個性を認め合って、纏まりが無くても支え合いながら生きていく事ではないだろうか。
それをベルとフランは、命のやり取りを通じて知っている。
だから、纏まり感のないヴァリアーでも、安心して背中を預けられるのだ。
残念な事に、この学年はそれを知らない。
長いものに巻かれる事を協調性と呼んでいる。協調性の意味を履き違えているのだ。
結局、個人出展と言う扱いで、水田と竹内と男子二人がモザイクアート、琉歌とベル、フラン、麗奈が自由作品、と言う事で有耶無耶ながらも決着が付いた。