「本当に一姉なのか……?」
「当たり前でしょ。自分の実の姉の顔も忘れたのかしら?」
「でも……」
俺が言葉を続けようとしたとき、再び目の前に黒いもやがかかったモンスターが現れた。
「話は後ね。ユイ、大樹は任せたわよ」
「はっ……はい!」
ユイは一姉が何故名前を知っているのか疑問を抱きつつも、俺を守るために再び炎の剣を出現させる。
「おい、俺だって」
「大樹、無茶しないで。あれはあなたが……いえ、このゲームに参加しているプレイヤーが相手をしていいモンスターじゃないわ」
一姉は俺に一言告げると、黒いもやがかかったモンスターにユイと同じく、炎の剣を出現させて切り込んでいく。モンスターは彼女の剣を受け止めるも耐えられず、右腕をきれいに切り落とされた。
■■■■■■
モンスターは奇妙な悲鳴を上げる。しかし、一姉は攻撃をやめなかった。
「これで終わりよ」
一姉の鋭い突きが、モンスターの腹部を貫く。すると、モンスターのHPが一気に赤色に変わり、そしてなくなる。モンスターは光の粒に変わり、姿を消した。
「一姉って何者?」
「大樹、とりあえず落ち着いて」
「……」
俺はあまりの出来事に混乱して、頭が固く硬直する。一姉はそんな俺を落ち着かせた。ユイはさんな俺達二人を静かに眺めている。
「落ち着いた?」
「ああ、なんとか」
「気持ちは分かるけど……。でも本当に会えて嬉しいわ、大樹」
「一姉……」
俺は自然と涙が溢れてきた。
「それで一姉、あの後一体何があったの?」
「説明したいところだけど、時間がないわ。私も……そしてユイも」
「何?」
俺はユイの方に体を向けると、彼女の体が薄くなり始じめていた。
「ユイ!」
「パパ……どうやら、お別れみたい……」
俺は思わず叫ぶ。恐らく、GM……いや、カーディナルが記憶が戻ったユイを必要ない、疎ましくない存在と認識し、消去しようとしてるんだろう。俺もこの可能性については少しは予想していた。
「ちっ、やっぱりか。だけどデーターの管理には自信が……」
「大樹、あなたのアイテムストレージの中に彼女を守るために必要なものがある筈よ」
「アイテム……そうか!」
俺はこの任務に向かう時に聞いた茅場の言葉と渡されたアイテムを思い出す。そして、直ぐにそのアイテムをアイテムストレージから取り出した。
「心の器……」
「それを彼女にかざせば、彼女をカーディナルから保護できるはずよ」
「よし」
俺はユイに向かって、心の器をかざしながら告げた。
「ユイ、お前がたとえどんな存在だとしても、俺がパパなのは変わりない。だから、これはほんの少しの別れだ。だがら……また、会おう」
「約束だぞ!」
「……うん」
ユイは満足そうな笑顔を俺に見せると、心の器に吸い込れていった。
「ふぅ、なんとかなった」
「ふふ、あなたは変わらないわね。安心したわ」
「まぁ、俺は俺だからな」
「そうね」
俺と一姉はお互いの顔を見ながら、笑い合った。
「まったく、私が記憶を戻して情報を集めている時、あなたがこのデスゲームに参加していのを知って、とても心配したんだから……」
「記憶?」
「ええ。大樹、私のプレイヤーネームを見て」
「プレイヤーネーム?」
俺は一姉の指示に従い、彼女のプレイヤーネームを見る。すると、そこには一姫という名前は書いておらず、代わりに……
「タナトス?」
「そう。それが今の私」
「どういうことだ?」
俺がタナトスという聞いたことのない名前に疑問の声を上げると、一姉が説明を始める。
「あなたと別れた後、いろいろあってね。私だけが生き残ったの。そして警察の調査が入り、私が発見され病院へ運ばれたわ」
「いろいろも聞きたいが……。じゃあ、何で俺ら家族に連絡が来なかったんだ」
「それは私がある理由で、研究者たちに引き取られたからよ」
「ある理由?」
「私の脳が情報管理型次世代国家防衛装置タナトスシステムに適合できる脳だったからよ。そして私は記憶を失い、タナトスシステムの根幹をなす半生体コンピュータとして使われることになったわ」
「なるほど。だから死亡扱いになっていたのか……」
「ええ。今の私が一姫の頃の記憶を覚えているのは彼女の情報を集めたからなの」
「そうか。まぁでも、一姉は一姉だよ」
「大樹」
俺は一姉の話を聞いてとりあえず彼女の状況を理解することができた。
「雄二とはもう話したのか?」
「まだよ。雄二にはまだ伝えないでいて」
「何故?」
「危険に巻き込みたくないのよ」
「今更のような気がするが……」
「それに雄二には……いえ、あなたにも救って貰いたい人達がいる。そのためにも今はまだ……ね」
「わかったよ、一姉」
「ふふ、ありがと。オスロのことだけど」
「やっぱり、俺らのことも知ってるんだな」
「もちろんよ。で、どうするつもり?」
ヒース・オスロか。この世界でのウィサゴに、テュポーンのことといい、あいつらがいずれ雄二や俺に何かしてくることは明白だ。なら……
「奴等は俺の手で殺す。雄二をあいつらと関わらせる訳にはいかない」
「そう……あなただったらそう言うと分かっていたわ。オスロはタナトスシステムを狙っている。彼を追っていればいずれまた、私のところへたどり着くはずよ」
「一姉」
「ふふ、心配しないで。タナトスシステムのセキュリティーは万善よ。この世界に来てさらに強化されたし」
「それは?」
「この世界に来たのは調査、そして強度なセキュリティーを手に入れるためよ。そのセキュリティーとは……っ」
一姉が続きを話そうとしたところに、彼女の様子が少しおかしくなった。
「一姉!?」
「どうやら、時間みたい。いえ、彼がここに居られる時間を増やしてくれただけでも良かったかしら」
「時間か……」
「ええ。またあなたと会えて良かったわ。最後にこれを渡しておくわね」
「アイテム……いや、武器か」
「ええ、彼には悪いけどあなたに渡しておくわ。どうせあなたのことだから戦うんでしょ、この世界の魔王と」
「ああ、このままいけばな」
「その武器は絶対役に立つ筈よ。使用回数は見ての通り、一回だからね」
少しずつ一姉の体が消えていく。
「そんな悲しい顔しないで。また会えるわ」
「一姉、絶対いつか解放してやるからな」
「ふふ、楽しみにその時を待ってるわ。あなたは希望、そして……」
一姉は最後の一言をいい終えず、この世界から姿を消した。
「……」
俺は誰もいなくなった空間で拳を握りしめると、この世界で恐らくタナトスプログラムをよく知っているだろうプレイヤーのもとへ歩き出す。一姉の言っていた彼もあの人のことだろう。
俺は転移結晶を使って、この空間から離脱した。