喫茶店『天地丸』に帰ってきた司狼。亜門やジューゾーや数人の捜査官たちも着いてきていた。篠原と黒磐始め、負傷した捜査官は治療のため、丸手は報告のために本局へ。
店の中では鈴鹿と神奈が約束通りに、美味い物を作って待っていた。
テーブルの上に並べられた、フロランタンタルト、マショマロクッキー、 蜂蜜入りのおからクッキー、リんごの焼き菓子、ブルーベリーマフィン等々、美味しそうなお菓子。戦闘で疲れている捜査官たちを、食べて食べてと誘惑している。
「まずは、一杯やりな」
と言っても、鈴鹿が進めたのは酒ではなく、ジャスミンティー。
いい香りのするジャスミンティー。ホッと一息、戦闘で疲れた捜査官を癒してくれた。
「お菓子が沢山あるのです~」
甘いものが大好きなジューゾーは誘惑にはあらがえない。早速、食べようとした。
そのジューゾーの襟首を亜門は掴む。
「まずは、お礼を言ってからだ」
早く、お菓子が食べたかったので、
「ありがとうなのです~」
一応、素直にお礼を述べた。
疲れたときは甘いものがベスト。捜査官たちはジャスミンティーを飲みながら、お菓子を食べている。皆、口々に美味しいと褒めていた。戦闘で疲れているだけではない、ジャスミンティーもお菓子類も、本当に絶品と言う味。何人かは、常連客になるかもしれない。
これでもかと、いうぐらいにパクついているジューゾー。美味しいです、美味しいですを連発。
「これ、全部、あなたが作ったのですか」
ジャスミンティーのお代わりを持ってきた神奈に話しかける。
「ええ、私と鈴鹿さんで作りました」
前もって、下ごしらえをしていた鈴鹿。帰ってきてから、2人で作った。
「すごいです、もっと、沢山食べたいです~。でも……」
初めて、お菓子を口に運ぶのが止まった。
「こんな美味しいお菓子、篠原さんにも食べさせてあげたいです」
篠原はケガの治療のために、ここには来てはいない。
「よかったら、お持ち帰りします、包んであげますよ」
「本当ですが、お願いするです~」
生い立ちから、人間性に乏しいと言われるジューゾーだが、篠原だけには心を開いている。
「その篠原さんは、あなたにとって、大切な人になりますよ。大事にしてあげてくださいね」
笑顔で言われたが、意味が解らずキョトンとしてしまう。
「少し、いいでしようか」
部屋の隅にいた鈴鹿に、亜門は近付く。
「何だい?」
かなり色っぽい女性なので、耐性のない亜門は目のやり場に困るが、それでも聞きたいことがあった。
「司狼君は自分を隠忍と人間のハーフと言った。なら、あなたは……」
どうみても司狼は母親似、喰種をものともしない戦闘力。それらを総合して、亜門は結論を出した。
「あんたの考えてる通り、あたしゃ、純血の隠忍だよ」
普段の鈴鹿なら、からかいやすい亜門をほっておかないのだが、真剣な顔で話しかけてきたので、今日は辞めておくことにした。
「と、言っても、あたしは2度と隠忍の力を使う気はないよ。だから、あんたたちには協力は出来ないねぇ、あたしはね」
隠忍の力を使わなくとも、あんたは十分に強いですよと言うほど、いくら、亜門でも命知らずではない。
「あの子がどうするかは、あの子次第さ。あの子があんたらの仲間になるって言うんなら、止めやしないよ」
そう言う視線の向こうに、鈴鹿と神奈の作ったお菓子を食べている司狼がいた、美味しそうに楽しそうに食べている。
きっと『CCG』は司狼を欲しがるだろう。亜門もかなりの戦力になるとは思う。思うが強要はしたくない、あくまで司狼の判断に任せたいと思っている。
事態が動く。『アオギリの樹』の喰種たちが捜査官狩りを始めたのだ。
今までも、11区に置いて『アオギリの樹』が捜査官狩りを行っていた、その時は、ちゃんと、統制のある行動をしていた。
今回は違う、区に関係なく、襲撃。返り討ちになることも珍しくない。
原因は解っている、退魔士、ONIの活躍、この間の11区の廃団地の敗走。これにより、喰種世界に異変が起こる。
今まで『アオギリの樹』は力と恐怖で人間世界も喰種世界も支配を試み、多くの喰種を抑えていた。
その『アオギリの樹』の度重なる敗北。
力と恐怖に怯え、屈し、従い、支配されていた喰種たちが反撃に出たのだ。
『アオギリの樹』狩りが始まったのである。特に1人でいるところを集団で襲われる事件が頻発。
中のは名を売ろうと『アオギリの樹』狩りを行う、血気盛んな喰種も少なくない。
『アオギリの樹』の力と恐怖は揺らぎ、支配が出来なくなってしまった。
そこで、再び、己たちの力と恐怖を見せつけるために、捜査官狩りを始めたのである。
これは幹部の命じたことではない、『アオギリの樹』の喰種たちが、勝手にやり始めた行動。
普段なら、即見せしめだが、あまりにも同時多発的に起こったため、即時の対象が間に合わず、遅れ後手に回ってしまったのだ。
『アオギリの樹』が統制を取れなくなっている。
このチャンスを『CCG』は見逃すつもりはない、一気に組織を壊滅させため、行動開始。
朝、店の前の掃除をしている司狼、大きな欠伸を1つ。
「司狼、ポストの新聞を取ってきてくれ」
店の中からでも、鈴鹿の声はよく聞こえる。
「解った」
ほうきを壁に立てかけて、ポストの中の新聞を取ると、ヒラヒラと一枚のハガキが落ちた。昨夜遅く、投函されたらしい。
夜中にハガキが投函されるなんて、おかしなこと。変に思って拾ってみると、自分宛で消印なし。直接、ポストに投函もの。
ますます、怪しい。自分宛なので、遠慮することなく、封を破り、手紙を読む。
昼でもない、夜でもない、逢魔が時。古来より、魑魅魍魎が跋扈すると言われている時間。
ありし頃は多くの若者が汗を流したグラウンド。今は芝生は捲れ、雑草が生え茂り、壁のペンキは剥げ、どこもかしこも朽ち、かっての面影はない。
寂れたグラウンドに訪れた司狼。背中には『大通連』を背負っている。
ポストに入っていた手紙は、一対一で決着をつけようとの内容の果たし状。時間と場所が指定してあった。
この果し合いは『アオギリの樹』からの依頼として書いてあり、高額の小切手も入っていた、前払いである。
相手が『アオギリの樹』では、どこに送り返せばいいのか解らず。落とし物として、届ける手段、もしくは『CCG』に通報する手段もあったが、この依頼を受けることにした。神奈は戸惑ったが、鈴鹿は反対せず。
グラウンドには誰の姿も見えない、西に傾いた日が影を長く伸ばす。
その時、空から殺気がした。司狼が飛びのくと同時に、何かが落ちてきた。
もうもうと土煙を上がる中、そこにいたのは巨大な喰種。
今まで倒してきた喰種は、どんな姿をしていても、人間の姿をどこかしら、止めていた。降り立った現れた喰種は化物。肩には羽根を彷彿とさせる、大きな赫子。背中にも、何本もの赫子を生やし、恐竜の骨のような手足、顔の真ん中には一つの赫眼。人の形を止めていない異形の怪物。
司狼には、すぐに解った、こいつが本物の『隻眼の梟』だと。
ニタ~、不気味な笑みを浮かべる。
「は・じ・め・よ・う」
梟の背中から飛ばされる羽赫。アヤトも同じ技を使うが、アヤトを羽赫をナイフとするなら、梟の羽赫は槍。
あっさりと、地面を貫通。人間に当たれば、簡単に命を失う威力。
連続で撃ちだされる羽赫、疾風のごとく走る司狼を捕えることは出来ず。
フックの様な爪が振り下ろされる、それを背中から引き抜いた『大通連』で受け止める。
そのまま握りつぶそうとする梟。クインケなら、簡単に握り潰せた。今まで、数多くのクインケを破壊した。しかし『大通連』はビクともしない、ヒビの1つも入らない。
左手を付きだす司狼。
「招雷!」
雷が迸り、梟を直撃。
梟もビクともしない、ニタ~と微笑み、力任せにもう片手を振り下ろした。
後ろへ飛ぶ司狼。
司狼を引き裂き損ねた爪は、代わりに地面を引き裂く。
再度、背中らの羽赫の攻撃。
それを『大通連』で薙ぎ払う。たった一振りで、全ての羽赫を砕く。
いきなり、ジャンプして司狼を押しつぶそうとした。
難なくかわした司狼だが、梟は着地と同時に体当たり、躱した直後なので、体制が整わなかった。司狼は避けることも防御も間に合わず、直撃、グラウンドの壁に激突。
普通の人間なら死んでいる、普通の人間なら。
「痛ててて、噂通りの力だな『隻眼の梟』」
崩れた壁の破片をどけながら、起き上がる。
梟もあれで司狼を仕留めることが出来たとは思ってはいない。
『大通連』を鞘に納め、留金を外し、鞘ごと地面に置く。
何故、態々、武器を外したのか、首を傾げる梟。
「俺も本気を出させてもらう」
赤い髪が伸び、額には銀色に輝く二本の角。全身の雰囲気が変貌。
「転身、時空童子」
そこに立っていたのは人ではない、正しく、鬼。これこそが隠忍。
本気VS本気の戦い、早速、得意の背中の羽赫を放とうとした。この攻撃で幾多の敵を打倒してきた梟。
司狼の姿が消えたと認識した時には殴られていた。
いままで『隻眼の梟』は強い喰種と殺し合い、強力なクインケを持つ捜査官と戦い合った。
その中で受けた、どんなダメージよりも強力な衝撃。
まだダメージは残っていたが、それでもかまわずに攻撃、鋭い爪を振り下ろす。
手首を掴んで難なく止め、間合いに引き寄せると、鳩尾に一撃を与え、上に放り投げ、司狼は飛び上がる。
空中にいる梟に、蹴りを打ち込み、止めとばかり、地面に叩き付けた。
蹴り自体が強力なうえ、落下スピードと叩き付けられたダメージ。上下のサンドイッチ衝撃。
舞い上がった土煙がスモークの様に視界を遮る。
仰向けで倒れている『隻眼の梟』の全身が崩れ、砕け散り、中から、1人の女性が出てきた。
「高槻泉!」
その女性を知っていた、女流作家の高槻泉。神奈がファンで、よく読んでいて、面白いからと、進められ、司狼も読んでみた。確かに面白かったので、その後も何冊も読んだ。
「嘘つき、何が隠忍の子孫よ。あなた、自身が隠忍の生き残りでしよう」
常軌を逸する司狼の強さ、それで気が付いた。司狼自身がしじまの里の生き残り、隠忍、そのものだと。
「嘘は言っていない、人との共存を選んだ隠忍と人間のハーフと言っただけだ、あんたたちが勘違いしたんだけ」
そんなのマスゴミの言い訳と同じじゃないと、『隻眼の梟』高槻泉はぼやく。
生きている、けれども、動くことは出来ない。再生が役に立たないほどのダメージを受けた。以前、赫包を黒磐に破壊されたときより、回復には時間がかかるだろう。
「私は喰種と人間のハーフよ。そんな私の人生は地獄だった」
東京の地下、通称、24区。そこは闘争と闘争の地獄。そこに捨てられ、そこで生き、そこで生き延びた。
「あなたは人間が憎くないの」
自分をあの24区に捨てた父親が憎い、敵とみなし、駆逐しようとする人間が憎い。その憎しみをバネに『隻眼の梟』と呼ばれる程に強くなった。
司狼も目の前で、人間に同郷の隠忍を喰われるのを見た。
「全く憎くないと言えば嘘になる。隠忍の力に目覚めて間もない頃は、暴走して、人を何人も殺してしまったこともある」
あの頃は時空童子の力には目覚めておらず、緋焔童子であった。
1000年たった今でも、忘れられない罪、重い罪。
「人間と敵対する道を選んだものから、何度も誘われた。中には兄のように慕ってた奴もいた」
外道丸、血の繋がりは無くとも彼は兄。人間との共存か敵対かで袂を分かった親友にして、家族。
再会を果たした時、外道丸は酒呑童子になっていた。それだけ、外道丸は人間の闇の部分に触れてしまったのだ。
「憎しみは憎しみしか生まない。1000年、世界を見回して、俺が知ったことだ。だから、俺はこちら側にいる。今も、これからもな」
長い月日、生き抜いてもその思いは変わらない。
そうと小さな声で、泉は呟いた。
「さぁ、止めを刺しなさい。勝者の権利よ、ただ……」
何とか動く顔で、司狼を見る。
時空童子となった司狼は恐ろしかった、それなのに、どこかしら、色っぽさ、艶やかな美しさを持っている。
「隠忍こと、あなたのことが小説に書けないのが、心残りね」
その時、司狼、泉と共にグラウンドに、現れた新たなる気配に気が付く。
立っていたのは喫茶店『あんていく』の店長の芳村。
何も言わず、司狼の前を横切ると、倒れている泉を担ぎ、お姫様抱っこ。
司狼に一礼してから、グラウンドを去る。
後は追わなかった、転身を解き、人の姿に。
お姫様抱っこされた泉。
「お父さん……」
それだけを呟き、意識を失う。
「エト……」
芳村もそれだけを呟く。
時空童子と『隻眼の梟』が戦ったグランドから、少し離れたビルの屋上。
この場所からはグラウンドを一望できる。
ここにはニコを始め、ピエロのマスクの宗太。タトゥーとピアスをしたウタ。胸の大きなイトリに、小柄な女性のロマ。皆、『ピエロ』の喰種。
全員が双眼鏡を手にして、先ほどのバトルの一部始終を見学していた。
「すごい……」
まだ体の震えが止まらないロマ。
「あれが、最強の隠忍、時空童子ね」
少々、興奮しているイトリ。『ピエロ』の情報網を駆使して、時空童子が最強の隠忍であるという伝説を突き止めた。
「素敵な子ね。変身前は可愛いけど、変身後はイカスわね。是非ともウチに欲しいわ」
ニコの台詞を司狼が聞いたら、さぶいぼが立つに違いない。
『アオギリの樹』連敗の情報を喰種世界に流し、襲撃するように仕向け、また、捜査官狩りを行うように誘導したのは『ピエロ』の策略。目的は『アオギリの樹』の弱体化と、この状況。
理想的だったのは司狼と『隻眼の梟』との共倒れだったが、それ以上の成果を得た。
『CCG』も狙っている司狼。それを手に入れることが出来たなら、世界そのものも手に入れられることも夢ではない。恐れるものなどないだろう。
「最後に笑うのは『ピエロ』(ぼくら)だよ」
そう言って、手にした眼球をウタは頬張る。
『ピエロ』は知らなかった、過去、何度も時空童子の力を求め争い、戦が巻き起こった。人のみならず、妖魔や神さえも争ったことを。
司狼くんの転身は緋焔童子ではなく、時空童子なので、オリジナルのデザインにしております。
芳村と高槻泉の話は、原作とは逆の展開にしてみました。