少し、修正いたしました。本編にジェイソンを拷問していた本人が出てきたので。てっきり。死んでいるものと思っていたのですが……。
「♪~」
鼻歌を歌いながら、白い髪の少年がダンス。中性的な顔立ち、小さくて華奢なため、ともすれば少女にも見えてしまう。
「ジューゾー、現場を荒らすなよ」
篠原は、相棒である鈴屋什造、ジューゾーを注意。
辺りには切り捨てられた喰種たちの屍が転がっていた。ジューゾーはその中を楽しそうにスキップ。
ジューゾーの体の至る所には、赤い縫い目がある。怪我をしているわけではない、ボディステッチと言って消毒した針と糸で体に模様を描く、刺青みたいなもの。
その生い立ちからジューゾーは自傷行為、他傷行為を行ってしまう。痛みの感覚が鈍い、体と心とも。
「すごいですね~、この数を1人でやっちゃうんて。一度、そのONIさんにあってみたいです~」
マスクこそ、回収していないが、手口はONIのもの。
この状況は『アオギリの樹』がONIを狙ったものの、返り討ちにあったことを物語っていた。
「あの『アオギリの樹』を相手に、ここまでやるとは。ONIの力は俺たちたちが想像していた以上だな」
現場には丸手も来ている。
戦闘が行われた形跡はある。一方的な戦闘だったのは、火を見るよりも明らか。
一対多数の戦闘にもかかわらず、一対が多数を圧倒したのだ。
人だけではなく、喰種さえも恐れる、悪名高き『アオギリの樹』を相手に。
「こりゃ、何としても、ONIを見つけないといけねぇな」
ここまでやられて、『アオギリの樹』が黙っているはずがない、必ず、報復に動く。その前に『CCG』としてはONIを見つけ出したい。
何も、この数日間、丸手は遊んでいたわけではない。ONIの手掛かりを調べていた。いくつかの手がかりも掴んでいる。
丸手が見上げたビルの壁には、備え付けられた防犯カメラ。
「何か、映っていればありがたいんだがな」
位置的に映っている可能性はある。
カメラのレンズは丸手の顔を、しっかりと映していた。
今日の『あんていく』は客が少ない。白いスーツの白い髪の大男と、なよなよしたカマっぽい細い男。服にも薔薇の模様が入っている。この2人だけ。
ガスマスクを被った3人の喰種を連れた、万丈という筋肉質の男が『あんていく』にやってきた。非常に危険な11区からリゼを探し、はるばる来たのだ。
既にリゼが死んでいることは知らなかった万丈は、カネキをリゼの彼氏と勘違いして、殴りかかったものの、カウンターの肘打ちを後頭部にくらい、伸びてしまった。強面の見た目に反し、とても弱い。
今も上で気絶したまま。
気を失い、譫言でリゼの名前を呟いている。
部下であるガスマスクの3人の話では、リゼに憧れていたと。
(目ェ、覚ましたかな……、あの筋肉男)
見た目は怖い、でも弱い。それでも部下に慕われているところを見ると、いい奴なんだろう。万丈が寝かされている2階の方を見てトーカは、そう思った。
今もカネキが世話をしている。
からんからん、ドアが開く。来客が来た知らせ。
「こんにちは」
やってきたのは司狼。
「おじゃまします」
礼儀正しく挨拶して、神奈も入ってきた。
「あら、可愛い男の子」
カマっぽい男が呟くが、あえて無視、店の中を見渡す。
「今日は芳村さん、いないんだね、カネキさんも」
店の中には2人の客。店員もトーカ1人しか見当たらない。
「店長は出張、カネキは2階にいる」
余計なことは付け加えず、簡潔に説明。
芳村に神奈を合わせて、彼の淹れるコーヒーを飲ませてみたかった司狼。居ないのなら仕方がない。
出来るだけ、カマっぽい男から離れた席に座り、コーヒーを注文。神奈も同じものを頼んだ。
コーヒーを入れ始めるトーカ。店長には叶わなくても、2人が驚いて、負けを認めるようなコーヒーを飲ませてやると、内心、企む。
その時、2階でガラスの割れる音が響く。
何があったのか、客たちのことも忘れ、トーカは2階へ急いだ。
カマっぽい男と白いスーツの男が立ち上がった。さっきの物音にも、動じていない。
飲み終わったカップをテーブの上に置き、司狼も立ち上がる。
「神奈、俺の後ろに隠れていろ」
背中の後ろに隠れさせた。
「ニコ、俺の楽しみの邪魔はするなよ」
「アラ、解っているわよ、ヤ・モ・リ」
カマっぽい男、ニコ。白いスーツの男、ヤモリ。2人の目が赤く光る。赫眼、共に喰種。
睨み合う、司狼とヤモリ。
「坊や、こんな日に来ちゃったのが不運だったわね。後でアタシが食べてあげるからね♥」
司狼にウインク、鳥肌が立つ。
司狼、神奈、ヤモリを残し、2階へ上がって行った。
ヤモリは他人を痛めつけるのを好む、途轍もないサディスト。
拷問が趣味。人間を喰らう場合でも、徹底的に痛めつけてから、喰う。
喰種相手でも拷問を行う。生半可に再生力を持っているため、地獄の責苦となる。
「さて、お遊びを始めようか」
とてもとても、楽しそうな笑み。まっとうな笑みではない。どす黒く澱んだ笑み。
手の人差し指を曲げ、親指で押して、パキッと鳴らす。
「アヤトォォォォォッ!」
自らの赫子、羽赫をトーカは出し、血を分けた弟である絢都(あやと)、アヤトを攻撃。
床にはカネキが倒れている、床に血。普通なら、死んでもおかしくない量。
2階には激しい戦闘の爪痕が残っていた。
「お前の羽じゃ、どこへも飛べない」
アヤトも赫子、羽赫を出す。姉弟なので顔はそっくり。
「喰種が人間より、上だって事を、ゴミどもに解らせてやる」
攻撃を躱された挙句、切り刻まれるトーカ。
「お前は、そうやって、床に這いつくばってろ」
倒れるトーカ。
「ト、トーカちゃん」
すぐにでも、カネキはトーカを助けたいが、体が動かない。これはダメージの為か、それとも、恐怖の為か。
「カッコイイ、アヤトちゃん」
ニコは拍手。彼は戦闘には参加していない、カネキもトーカも、万丈もガスマスク3人も1人で相手した。
全員、倒れている。それていて、息切れ1つしておらず。
「後はあの坊やを連れて帰れば、アタシの仕事も終わりね。お姉さんも連れて行く?」
アヤト、ニコ、ヤモリの任務はリゼ、もしくはリゼの匂いをするものを持ち帰ること。
「いらねぇ、足手まといだ」
2階にヤモリが上がってくる。
「アラ、遅かったわね。こっちは終わったわよ。そちらは楽しめたかしら」
一歩、部屋に入るヤモリ、何か様子がおかしい。アヤトが不審に思い、ニコが話しかけようとした。
「お、おかあさん、1人にしないで、え~ん、え~ん」
その大きな体からは、連想できない子供の喋り方で泣き出した。
ヤモリはアヤトを嫌っている。したがって、仲が悪い。アヤトはヤモリの変化に戸惑う。
一方、ニコはヤモリと仲良し、いつも一緒にいる。実質、ニコはヤモリに惚れている。
だから知っている、ヤモリが解離性同一障害、多重人格者であることを。
ヤモリのこと、大守八雲(おおもり やくも)は、喰種の収容所、コクリアに囚われていた。そこに頭のネジの外れた捜査官がいて、ヤモリを徹底的に痛めつけた。普通なら、死んでしまう拷問も、喰種であるため、治ってしまう。
いつまでも続く拷問。それから逃れるため、ヤモリは別人格を自分の中に作り、同時に自分を捜査官と同一化させた。こうして多重人格が形成された。
一瞬の隙をつき、その捜査官を叩きのめして、脱走。
その時のことが忘れられない、拷問を趣味にしているのも、その時の影響。
捜査官と同一化して生まれた人格ではなく、痛めつけられていた人格が出ている。普通ではない。
倒れるヤモリ、背中のスーツは赤く染まっている。そこには穴が開いていた。
「ヤ、ヤモリ!」
駆け寄るニコ。揺さぶっても動かない。
「死んでるわ」
近付き、アヤトも調べてみる。まだ、暖かい。でも、息は止まっていた。
喰種の中でも上位ランク。『アオギリの樹』では幹部を務めるヤモリを倒せる奴は、そう多くない。
『あんていく』の芳村と四方の2人はかなり強い喰種。
まさか、店長の芳村と四方が帰ってきたのか。一番、最初にアヤトもニコも、その考えが浮かんだ。
『アオギリの樹』の情報では、今日は主張のはず、もしかして、予定が変わって、早く帰ってきたのだろうか。
足音が聞こえてくる、一歩、また、一歩と階段を昇ってくる。
アヤト、ニコ、2人でも勝てるかどうか不明。だからこそ、襲撃日を、2人が不在の日に選んだのに。
身構えるアヤト。
2階に上がってきたのは司狼。とっくにヤモリに嬲り殺しにされているはずの。
「し、司狼くん、逃げて……」
床の上のカネキは、何とか声を絞り出す。
何故、彼が無事なのか、何故、ヤモリが死んでいるのかは解らないが、人間ではアヤトとニコの相手にはならない。ましてや、人間相手に、アヤトは容赦しない。
助けたくてもトーカの時と同じく、カネキの体は動かない。
「人間がぁっ!」
飛びかかるアヤト。感情で突っ走る所もトーカと同じ。
飛び出す赫子。普通の人間では、瞬きするまもなく、貫かれるはずだった。
いとも簡単に司狼は躱す、掠りさえしない。
その動きにアヤトは見覚えがあった。
「貴様、あの時のONIかっ!」
忘れもしない、襲撃部隊を全滅に追い込まれ、見逃された屈辱。
あの時の鬼の面のONIが目の前にいる、素顔で。
雪辱とばかり、怒りを込めた攻撃を放とうとした。しかし、司狼の動きの方が速い。
アヤトの顔面に裏拳が炸裂。部屋の端まで吹っ飛び、壁に激突。
倒れているカネキは信じられないものを見た気がした。トーカと2人がかりでも、掠り傷の1つも与えられなかったアヤトをノックアウトしてしまった。それも裏拳一発で。
「へ~、貴方があの鬼の面のONIね。てっきり、醜男と思っていたのに、こんなにも可愛い子だったなんて」
言い終えると同時に、ニコは動いた。飛び出す赫子、当たらない。初めから当てるつもりはない、牽制が目的。
動けないカネキ、息絶えているヤモリ、気絶しているアヤト。ニコでも、この3人全員担いでいては逃げられない。
後ろにジャンプ、アヤトを肩に担ぐ。ニコはアヤトを選んだ。
「またね、可愛いONIちゃん♥」
ウィンクして割れた窓から、逃げて行く。
司狼も追おうとはしなかった。それよりも、カネキとトーカを助けることを選ぶ。
司狼に呼ばれた神奈が2階に上がってきた。
「神奈、応急処置を手伝ってくれ」
ハイと元気よく返事した神奈。
司狼と神奈は、カネキとトーカの応急処置を始める。
芳村と四方が帰ってきた。司狼と神奈は部屋も片付けて帰った。それでも、戦闘の痕跡を完全に消すことは出来なかった。
落ち込んでいるトーカ、傍らにはカネキ。
姿を消した弟のアヤトが敵になって現れ、痛めつけた、一方的に、実の姉であるトーカを容赦なく。肉体のダメージより、心のダメージの方が重い。
何を言っても慰めにならないと思ったカネキは、黙って見守ることにした。
「店長……」
2人を見て、肩の力が抜けるのをカネキは感じる。
「ちくしょう!」
やっと感情を爆発させることが出来たトーカ、床を叩く。
カネキとトーカは『あんていく』で起こったことの、一部始終を話した。意識を取り戻した万丈とガスマスクたちもいる。
「信じらねぇ、あのヤモリを殺ったばかりか、アヤトを一撃で伸してしまうなんて」
それが話を聞き終えた万丈の第一声。
ヤモリの恐ろしさと残虐性を知っている万丈。アヤトの強さは身に染みている。へし折られた腕も、まだ治ってはいない。
現実にヤモリの遺体は残されたままだし、連れて行かれるはずのカネキも無事。
気絶していた万丈は知らないが、皆の応急処置をしたのは司狼と神奈。ちゃんとガスマスク3人が、それを見ていた。
「でも、その司狼っていうのは、何者なんです?」
ガスマスクの1人が疑問。その疑問はカネキとトーカも持っている。
普通の子供にしか見えなかったのに、アヤトを圧倒。さらに、あの噂の鬼の面、ONIでもあった。
「喰種なんじゃないですか?」
もう一人のガスマスク。
「でも噂では喰種や白鳩じゃないって、言ってたッス」
さらにもう一人のガスマスク。
考えている芳村。カネキたちの話を纏め、整理。
「おそらく、喰種ではないだろう。戦いの最中でも、赫眼も赫子も出してはいなかったようだからな」
それが芳村の出した結論。
それにカネキもトーカも同意。芳村が言ったからだけではなく、何か喰種とは雰囲気が違う。だからと言って、ただの人間とも思えない。
「私自身が『天地丸』に行ってみよう」
芳村自身が、直接、確かめに行く。これに驚いたのは万丈だけ。他の誰もが、それが一番、手っ取り早いと考えたから。
「僕も一緒に……」
カネキも同行を申し出た。
数日『あんていく』は休業し、店の修復を行った。その間、カネキとトーカは、学校に通って、日常の生活を送る。
その間は『アオギリの樹』に動きはなかった。
『アオギリの樹』はカネキを狙っていたが、ヤモリが倒され、アヤトも負けた。
今、『アオギリの樹』はカネキには構っていられなくなった。
皮肉にも、その事がカネキと『あんていく』に、つかの間の安全をもたらす。
休日、芳村とカネキは『天地丸』に向かう。
暇を持て余したトーカ。ブラブラ、何の当てもなく、町を歩く。
それでも思い出すのは弟のアヤト。
幼い頃のアヤトは、優しくて、ミミズを見ただけでも、悲鳴を上げるような子供だった。それが大好きだった父親のこと、母親のことを弱いから死んだんだと、言いきり、容赦なく、カネキやトーカを痛めつけた。
「くそっ」
無意識に言葉が洩れる。
その時、コンビニから出てくる人物が目に入った。トーカは彼女の元に駆け寄る。
「これは董香さん、こんにちは」
屈託のない笑顔で神奈は挨拶。
「ちょっと、あたしに付き合ってくれ」
トーカは神奈を人気のない路地裏の空き地に連れてきた。
「どうして、ノコノコ付いて来たんだ?」
トーカたちの応急処置をした神奈は、トーカが喰種であることを気が付いている。傷の治り方や堅い皮膚、何より、あの現場を見れば、誰でも解ってしまう。
なのに、なんの疑いも持たず、こんな人気のない場所に付いて来た神奈。普通ではありえない、『CCG』に通報するのが当たり前なのに。
「あたしが口封じすると思わなかったのか」
今までも実際に、それをやってきたトーカ。
「トーカさんは、そんなことしないでしょ」
トーカのことを信じ切っている眼差し、疑いの欠片さえ、存在しない。
「あたしのことが怖くないのかよ! あたしは喰種なんだ、人を殺し、喰う化け物なんだぞ!」
トーカには小坂依子(こさか よりこ)という親友がいる。トーカのクラスメートで人間。依子はトーカが喰種だと知らない。
TVでも喰種の恐ろしさを連日報道しているし、学校でも話題になっている。
なのにトーカが喰種だと知っているのにもかかわらず、態度を変えない。つい苛立ち、語尾が荒くなる。
突然、となりの建物の屋上から、誰かが飛び下りてきた。
それがアヤトだと確認できたときには、トーカは蹴り飛ばされてしまう。防御する間さえ、無かった。
倒れたトーカとアヤトの間に、神奈が立つ。アヤトを見上げる目に恐れはない、むしろ強い意志がある。
トーカにもアヤトにも解った、トーカを守っているのだと。
姉と同じように、そんな神奈の行動に苛立ちを覚えた。
手をあげるアヤト。助けに行きたいが、真面に声さえ出せないトーカ。一気に振り下ろされる手刀。
反射的に目を閉じてしまったトーカが目を開くと、当身で気を失った神奈が見えた。
アヤトは感情より、任務を優先した。何せ、2度も任務に失敗しているのだから、これ以上はヘマは出来ない。
「あのONI(やろう)に伝えておけ、神奈(こいつ)を返してほしければ11区の廃団地に、午前零時に来いとな」
肩に神奈を担ぐ。
「後、あの大きな剣は置いて来いとな。持ってきたら、この女は、すぐに殺す」
神奈を助けようにも、クリーンヒットした蹴りのダメージが残っていて、まだ動くことは出来ない。
「あばよ、馬鹿姉貴」
そう言い残し、近くのブロック塀にジャンプして、そこを足場にして、さらにジャンプ、来た時の建物の屋上に着地。
それを見ている事しか出来なかったトーカ、歯ぎしり。
喫茶店『天地丸』に訪れる芳村とカネキ。
「いらっしゃい、よく来てくれたね。あんたとは、一度、会いたいと思っていたんだ、歓迎するよ」
豪快に出迎える鈴鹿。
「私もですよ、以前から、ここのコーヒーを味わってみたかった」
帽子を取ってお辞儀、続いてカネキもお辞儀。
「まぁ、積もる話もあるが、まずはコーヒーを一杯飲んでいきな、今日は、あたしの奢りだよ」
鈴鹿が運んで来たコーヒーを飲む芳村とカネキ。以前、飲んだ時と同じく、美味しい。
「ほー。美味しいコーヒーですね」
初めて飲んだ芳村も褒める。これはマウスサービスでなく、本音の感想。
「芳村さんに、そう言われると嬉しいね」
遠慮なしに、カラカラ笑う。
「貴女も『あんていく』に来てください、今度は私が驕りますよ」
鈴鹿に微笑み返す。
「ああ、行かせてもらうよ。是非に」
もしかしたら、これは一種の宣戦布告かもしれない、そんな風にカネキは思ってしまう。
両者とも自分の淹れるコーヒーに自信を持ち、同時に相手も尊重している。
「で、あんたらは、今日はコーヒーを飲みに来ただけじゃないんだろ」
頷く芳村。いずれは尋ねてくると鈴鹿も解っていたので、動揺はしない。
「おーい、司狼。『あんていく』の人たちが来たぞ」
呼びかけに応じ、店の奥から司狼が出てきた。
芳村とカネキの前に来て、まずは一礼。
いつかは尋ねてくる、司狼自身も解っていた。来たら、いろいろと話すつもりだった。
芳村が口を開こうとした時、店のドアが開き、客が入ってきた。出かかってたいた言葉が引っ込む。
質問は客が帰ってからにしよう、そう思い客の顔を見た芳村は驚く。表には出さなかったのは流石である。
カネキも驚いた、こちらは、何とか、声を出すのを堪えることが出来た。
「失礼、私たちは喰種捜査局のものです」
篠原が自分たちを紹介した。
喫茶店『天地丸』に喰種捜査官の篠原と亜門が来店。
「これは美味しい」
鈴鹿の淹れたコーヒーの飲んだ篠原の感想。同じ感想を亜門も持つ。
運んできた司狼は、今も横に立っている。芳村とカネキと同じように、彼らが、ただコーヒーを飲みに来たわけではないのは聞くまでもない。
コーヒーを飲みえた篠原。一息ついた後、
「美味しいコーヒーでした」
顔は真剣そのもの、亜門も気を引き締める。
「単刀直入に聞く、君が退魔士のONIだね」
僅かな時間の沈黙。僅かだったが、喫茶店『天地丸』にいるものたちは長く感じた。ただの客を装って、聞き耳を立てているカネキにも。
「ハイ」
素直に認めた。誤魔化しが聞かない相手なのは、一目で知れるし、確証を得たから、ここへ来たのだろう。
「一つ聞いてもいいでしょうか、何故、解ったんですか?」
いつかはバレるかもしれないとは覚悟はしていたが、予想より、早かった。
「まずはONIの第一の事件が、この喫茶店の近くだったこと。ONIへの依頼のサイトは海外を回り、幾つもの回線を介して、元を探すのは大変そうに見えるが、どの回線も必ず、一度は、この喫茶店を通っていた。そこで君たちの口座を調べさせてもらったら、ONIの事件が起こるたび、多額の金が振り込まれていた。後は先日の事件の際、ONIが防犯カメラに映っていてね。鬼の面を被ってはいたが、背格好が君と同じだった」
篠原の語ったことは、丸手率いるⅡ課が数日の徹夜を重ねて、ようかく掴んだもの。
防犯カメラにはチラッとだけ映っていたONI。位置的に素顔のアヤトは撮られてはいなかった。
「俺は逮捕されるのですか」
首を横に振る篠原。
「我々は喰種から、市民を守るのが仕事たよ。喰種を狩るものを逮捕する組織ではない」
喰種に協力する人間なら、いざ知らず。狩る人間を逮捕する気はない。この社会では喰種を殺しても、殺人したとは見なされない。
ましてやONIが仕留めた喰種は、どれもこれも凶悪な奴らばかり。
「私たちは君を、捜査官に迎え入れたいと考えている」
咄嗟にカネキは口を押えて言葉が出るのを防いだ。司狼の実力は『あんていく』でも噂になっていたし、実際、目の前で見た。
もし司狼が喰種捜査官になったら、脅威以外の何者でもない。
芳村の眉間にも、皺が走っている。
「『CCG』は喰種を全滅させるつもりなのか?」
一瞬だが、驚きの表情を見せた篠原。まさか、こんな返されることは想定はしていなかった。
「そのために『CCG』があり、俺はそのために捜査官になったんだ」
当然じゃないかと亜門は答えた。
「俺は、全ての喰種が悪だとは思わない」
それを聞いた途端、思わず立ち上がる亜門。
「あいつらは悪だ。罪もない人を殺して喰らう《鬼》だ! 君も喰種に大切な人を殺された人たちに代わって、喰種を狩っていたのだろう!」
亜門は正義感が強い。喰種捜査官を正義と信じ、喰種を悪と信じている。
つい感情的になってしまうのも仕方がない。
「亜門、落ち着きなさい」
篠原に嗜まれ、冷却。冷静さを取り戻し、腰を下ろす。でも謝る気にはなれなかった。
「全ての人間が善人ではない、悪人も少なくないし、中には残酷な奴もいる」
これに返す言葉を見つけられない篠原と亜門。
確かに喰種による陰惨な事件は、頻繁に起こっている。しかし人間も事件を起こしている。司狼の言うように、残酷な事件を起こす奴もいる。それこそ、喰種なみの残酷なことをやった輩もいる。
「人間の中にも悪人がいるように、喰種の中にも善人はいるよ」
黙って聞いている芳村とカネキ。
過って共に過ごした女性のことを思い出す芳村。彼を喰種と知って尚、受け入れてくれた女性。
カネキも親友の秀良。錦先輩を喰種と知っても匿い、あまつさえ、自分自身を食べさせようとした西野貴未(にしの きみ)のことを思い浮かべた。
「君の言うことは理解できるつもりだ。しかし……」
何かを篠原が言おうとした時、店にトーカが飛び込んできた。
やっと、動けるようになり、一目散に喫茶店『天地丸』に駆けつけてきた。
「司狼、神奈が浚われた」
息を切らし、店内に喰種捜査官がいることにも気が付かず、一気に話す。
一応、司狼とヤモリのバトルも考えていたのですが、演出的にカットになってしまいました。