東京喰種√ONI   作:マチカネ

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東京喰種では6巻に該当する話ですが、内容は鬱展開が薄くなっております。
少し、修正いたしました。本編にジェイソンを拷問していた本人が出てきたので。てっきり。死んでいるものと思っていたのですが……。



第三章 接触

「♪~」

 鼻歌を歌いながら、白い髪の少年がダンス。中性的な顔立ち、小さくて華奢なため、ともすれば少女にも見えてしまう。

「ジューゾー、現場を荒らすなよ」

 篠原は、相棒である鈴屋什造、ジューゾーを注意。

 辺りには切り捨てられた喰種たちの屍が転がっていた。ジューゾーはその中を楽しそうにスキップ。

 ジューゾーの体の至る所には、赤い縫い目がある。怪我をしているわけではない、ボディステッチと言って消毒した針と糸で体に模様を描く、刺青みたいなもの。

 その生い立ちからジューゾーは自傷行為、他傷行為を行ってしまう。痛みの感覚が鈍い、体と心とも。

「すごいですね~、この数を1人でやっちゃうんて。一度、そのONIさんにあってみたいです~」 

 マスクこそ、回収していないが、手口はONIのもの。

 この状況は『アオギリの樹』がONIを狙ったものの、返り討ちにあったことを物語っていた。

「あの『アオギリの樹』を相手に、ここまでやるとは。ONIの力は俺たちたちが想像していた以上だな」

 現場には丸手も来ている。

 戦闘が行われた形跡はある。一方的な戦闘だったのは、火を見るよりも明らか。

 一対多数の戦闘にもかかわらず、一対が多数を圧倒したのだ。

 人だけではなく、喰種さえも恐れる、悪名高き『アオギリの樹』を相手に。

「こりゃ、何としても、ONIを見つけないといけねぇな」

 ここまでやられて、『アオギリの樹』が黙っているはずがない、必ず、報復に動く。その前に『CCG』としてはONIを見つけ出したい。

 何も、この数日間、丸手は遊んでいたわけではない。ONIの手掛かりを調べていた。いくつかの手がかりも掴んでいる。

 丸手が見上げたビルの壁には、備え付けられた防犯カメラ。

「何か、映っていればありがたいんだがな」

 位置的に映っている可能性はある。

 カメラのレンズは丸手の顔を、しっかりと映していた。

 

 

 

 今日の『あんていく』は客が少ない。白いスーツの白い髪の大男と、なよなよしたカマっぽい細い男。服にも薔薇の模様が入っている。この2人だけ。

 

 ガスマスクを被った3人の喰種を連れた、万丈という筋肉質の男が『あんていく』にやってきた。非常に危険な11区からリゼを探し、はるばる来たのだ。

 既にリゼが死んでいることは知らなかった万丈は、カネキをリゼの彼氏と勘違いして、殴りかかったものの、カウンターの肘打ちを後頭部にくらい、伸びてしまった。強面の見た目に反し、とても弱い。

 今も上で気絶したまま。

 気を失い、譫言でリゼの名前を呟いている。

 部下であるガスマスクの3人の話では、リゼに憧れていたと。

 

 

(目ェ、覚ましたかな……、あの筋肉男)

 見た目は怖い、でも弱い。それでも部下に慕われているところを見ると、いい奴なんだろう。万丈が寝かされている2階の方を見てトーカは、そう思った。

 今もカネキが世話をしている。

 からんからん、ドアが開く。来客が来た知らせ。

「こんにちは」

 やってきたのは司狼。

「おじゃまします」

 礼儀正しく挨拶して、神奈も入ってきた。

「あら、可愛い男の子」

 カマっぽい男が呟くが、あえて無視、店の中を見渡す。

「今日は芳村さん、いないんだね、カネキさんも」

 店の中には2人の客。店員もトーカ1人しか見当たらない。

「店長は出張、カネキは2階にいる」

 余計なことは付け加えず、簡潔に説明。

 芳村に神奈を合わせて、彼の淹れるコーヒーを飲ませてみたかった司狼。居ないのなら仕方がない。

 出来るだけ、カマっぽい男から離れた席に座り、コーヒーを注文。神奈も同じものを頼んだ。

 コーヒーを入れ始めるトーカ。店長には叶わなくても、2人が驚いて、負けを認めるようなコーヒーを飲ませてやると、内心、企む。

 その時、2階でガラスの割れる音が響く。

 何があったのか、客たちのことも忘れ、トーカは2階へ急いだ。

 

 カマっぽい男と白いスーツの男が立ち上がった。さっきの物音にも、動じていない。

 飲み終わったカップをテーブの上に置き、司狼も立ち上がる。

「神奈、俺の後ろに隠れていろ」

 背中の後ろに隠れさせた。

「ニコ、俺の楽しみの邪魔はするなよ」

「アラ、解っているわよ、ヤ・モ・リ」

 カマっぽい男、ニコ。白いスーツの男、ヤモリ。2人の目が赤く光る。赫眼、共に喰種。

 睨み合う、司狼とヤモリ。

「坊や、こんな日に来ちゃったのが不運だったわね。後でアタシが食べてあげるからね♥」

 司狼にウインク、鳥肌が立つ。

 司狼、神奈、ヤモリを残し、2階へ上がって行った。

 ヤモリは他人を痛めつけるのを好む、途轍もないサディスト。

 拷問が趣味。人間を喰らう場合でも、徹底的に痛めつけてから、喰う。

 喰種相手でも拷問を行う。生半可に再生力を持っているため、地獄の責苦となる。

「さて、お遊びを始めようか」

 とてもとても、楽しそうな笑み。まっとうな笑みではない。どす黒く澱んだ笑み。

 手の人差し指を曲げ、親指で押して、パキッと鳴らす。

 

 

「アヤトォォォォォッ!」

 自らの赫子、羽赫をトーカは出し、血を分けた弟である絢都(あやと)、アヤトを攻撃。

 床にはカネキが倒れている、床に血。普通なら、死んでもおかしくない量。

 2階には激しい戦闘の爪痕が残っていた。

「お前の羽じゃ、どこへも飛べない」

 アヤトも赫子、羽赫を出す。姉弟なので顔はそっくり。

「喰種が人間より、上だって事を、ゴミどもに解らせてやる」

 攻撃を躱された挙句、切り刻まれるトーカ。

「お前は、そうやって、床に這いつくばってろ」

 倒れるトーカ。

「ト、トーカちゃん」

 すぐにでも、カネキはトーカを助けたいが、体が動かない。これはダメージの為か、それとも、恐怖の為か。

「カッコイイ、アヤトちゃん」

 ニコは拍手。彼は戦闘には参加していない、カネキもトーカも、万丈もガスマスク3人も1人で相手した。

 全員、倒れている。それていて、息切れ1つしておらず。

「後はあの坊やを連れて帰れば、アタシの仕事も終わりね。お姉さんも連れて行く?」

 アヤト、ニコ、ヤモリの任務はリゼ、もしくはリゼの匂いをするものを持ち帰ること。

「いらねぇ、足手まといだ」

 2階にヤモリが上がってくる。

「アラ、遅かったわね。こっちは終わったわよ。そちらは楽しめたかしら」

 一歩、部屋に入るヤモリ、何か様子がおかしい。アヤトが不審に思い、ニコが話しかけようとした。

「お、おかあさん、1人にしないで、え~ん、え~ん」

 その大きな体からは、連想できない子供の喋り方で泣き出した。

 ヤモリはアヤトを嫌っている。したがって、仲が悪い。アヤトはヤモリの変化に戸惑う。

 一方、ニコはヤモリと仲良し、いつも一緒にいる。実質、ニコはヤモリに惚れている。

 だから知っている、ヤモリが解離性同一障害、多重人格者であることを。

 ヤモリのこと、大守八雲(おおもり やくも)は、喰種の収容所、コクリアに囚われていた。そこに頭のネジの外れた捜査官がいて、ヤモリを徹底的に痛めつけた。普通なら、死んでしまう拷問も、喰種であるため、治ってしまう。

 いつまでも続く拷問。それから逃れるため、ヤモリは別人格を自分の中に作り、同時に自分を捜査官と同一化させた。こうして多重人格が形成された。

 一瞬の隙をつき、その捜査官を叩きのめして、脱走。

 その時のことが忘れられない、拷問を趣味にしているのも、その時の影響。

 

 捜査官と同一化して生まれた人格ではなく、痛めつけられていた人格が出ている。普通ではない。

 倒れるヤモリ、背中のスーツは赤く染まっている。そこには穴が開いていた。

「ヤ、ヤモリ!」

 駆け寄るニコ。揺さぶっても動かない。

「死んでるわ」

 近付き、アヤトも調べてみる。まだ、暖かい。でも、息は止まっていた。

 喰種の中でも上位ランク。『アオギリの樹』では幹部を務めるヤモリを倒せる奴は、そう多くない。

 『あんていく』の芳村と四方の2人はかなり強い喰種。

 まさか、店長の芳村と四方が帰ってきたのか。一番、最初にアヤトもニコも、その考えが浮かんだ。

 『アオギリの樹』の情報では、今日は主張のはず、もしかして、予定が変わって、早く帰ってきたのだろうか。

 足音が聞こえてくる、一歩、また、一歩と階段を昇ってくる。

 アヤト、ニコ、2人でも勝てるかどうか不明。だからこそ、襲撃日を、2人が不在の日に選んだのに。

 身構えるアヤト。

 2階に上がってきたのは司狼。とっくにヤモリに嬲り殺しにされているはずの。

「し、司狼くん、逃げて……」

 床の上のカネキは、何とか声を絞り出す。

 何故、彼が無事なのか、何故、ヤモリが死んでいるのかは解らないが、人間ではアヤトとニコの相手にはならない。ましてや、人間相手に、アヤトは容赦しない。

 助けたくてもトーカの時と同じく、カネキの体は動かない。

「人間がぁっ!」

 飛びかかるアヤト。感情で突っ走る所もトーカと同じ。

 飛び出す赫子。普通の人間では、瞬きするまもなく、貫かれるはずだった。

 いとも簡単に司狼は躱す、掠りさえしない。

 その動きにアヤトは見覚えがあった。

「貴様、あの時のONIかっ!」

 忘れもしない、襲撃部隊を全滅に追い込まれ、見逃された屈辱。

 あの時の鬼の面のONIが目の前にいる、素顔で。

 雪辱とばかり、怒りを込めた攻撃を放とうとした。しかし、司狼の動きの方が速い。

 アヤトの顔面に裏拳が炸裂。部屋の端まで吹っ飛び、壁に激突。

 倒れているカネキは信じられないものを見た気がした。トーカと2人がかりでも、掠り傷の1つも与えられなかったアヤトをノックアウトしてしまった。それも裏拳一発で。

「へ~、貴方があの鬼の面のONIね。てっきり、醜男と思っていたのに、こんなにも可愛い子だったなんて」

 言い終えると同時に、ニコは動いた。飛び出す赫子、当たらない。初めから当てるつもりはない、牽制が目的。

 動けないカネキ、息絶えているヤモリ、気絶しているアヤト。ニコでも、この3人全員担いでいては逃げられない。

 後ろにジャンプ、アヤトを肩に担ぐ。ニコはアヤトを選んだ。

「またね、可愛いONIちゃん♥」

 ウィンクして割れた窓から、逃げて行く。

 司狼も追おうとはしなかった。それよりも、カネキとトーカを助けることを選ぶ。

 

 司狼に呼ばれた神奈が2階に上がってきた。

「神奈、応急処置を手伝ってくれ」

 ハイと元気よく返事した神奈。

 司狼と神奈は、カネキとトーカの応急処置を始める。

 

 

 

 芳村と四方が帰ってきた。司狼と神奈は部屋も片付けて帰った。それでも、戦闘の痕跡を完全に消すことは出来なかった。

 

 落ち込んでいるトーカ、傍らにはカネキ。

 姿を消した弟のアヤトが敵になって現れ、痛めつけた、一方的に、実の姉であるトーカを容赦なく。肉体のダメージより、心のダメージの方が重い。

 何を言っても慰めにならないと思ったカネキは、黙って見守ることにした。

「店長……」

 2人を見て、肩の力が抜けるのをカネキは感じる。

「ちくしょう!」

 やっと感情を爆発させることが出来たトーカ、床を叩く。

 

 

 

 カネキとトーカは『あんていく』で起こったことの、一部始終を話した。意識を取り戻した万丈とガスマスクたちもいる。

「信じらねぇ、あのヤモリを殺ったばかりか、アヤトを一撃で伸してしまうなんて」

 それが話を聞き終えた万丈の第一声。

 ヤモリの恐ろしさと残虐性を知っている万丈。アヤトの強さは身に染みている。へし折られた腕も、まだ治ってはいない。

 現実にヤモリの遺体は残されたままだし、連れて行かれるはずのカネキも無事。

 気絶していた万丈は知らないが、皆の応急処置をしたのは司狼と神奈。ちゃんとガスマスク3人が、それを見ていた。

「でも、その司狼っていうのは、何者なんです?」

 ガスマスクの1人が疑問。その疑問はカネキとトーカも持っている。

 普通の子供にしか見えなかったのに、アヤトを圧倒。さらに、あの噂の鬼の面、ONIでもあった。

「喰種なんじゃないですか?」

 もう一人のガスマスク。

「でも噂では喰種や白鳩じゃないって、言ってたッス」

 さらにもう一人のガスマスク。

 考えている芳村。カネキたちの話を纏め、整理。

「おそらく、喰種ではないだろう。戦いの最中でも、赫眼も赫子も出してはいなかったようだからな」

 それが芳村の出した結論。

 それにカネキもトーカも同意。芳村が言ったからだけではなく、何か喰種とは雰囲気が違う。だからと言って、ただの人間とも思えない。

「私自身が『天地丸』に行ってみよう」

 芳村自身が、直接、確かめに行く。これに驚いたのは万丈だけ。他の誰もが、それが一番、手っ取り早いと考えたから。

「僕も一緒に……」

 カネキも同行を申し出た。

 

 

 

 数日『あんていく』は休業し、店の修復を行った。その間、カネキとトーカは、学校に通って、日常の生活を送る。

 その間は『アオギリの樹』に動きはなかった。

 『アオギリの樹』はカネキを狙っていたが、ヤモリが倒され、アヤトも負けた。

 今、『アオギリの樹』はカネキには構っていられなくなった。

 皮肉にも、その事がカネキと『あんていく』に、つかの間の安全をもたらす。

 

 

 

 休日、芳村とカネキは『天地丸』に向かう。

 

 暇を持て余したトーカ。ブラブラ、何の当てもなく、町を歩く。

 それでも思い出すのは弟のアヤト。

 幼い頃のアヤトは、優しくて、ミミズを見ただけでも、悲鳴を上げるような子供だった。それが大好きだった父親のこと、母親のことを弱いから死んだんだと、言いきり、容赦なく、カネキやトーカを痛めつけた。

「くそっ」

 無意識に言葉が洩れる。

 その時、コンビニから出てくる人物が目に入った。トーカは彼女の元に駆け寄る。

「これは董香さん、こんにちは」

 屈託のない笑顔で神奈は挨拶。

「ちょっと、あたしに付き合ってくれ」

 

 トーカは神奈を人気のない路地裏の空き地に連れてきた。

「どうして、ノコノコ付いて来たんだ?」

 トーカたちの応急処置をした神奈は、トーカが喰種であることを気が付いている。傷の治り方や堅い皮膚、何より、あの現場を見れば、誰でも解ってしまう。

 なのに、なんの疑いも持たず、こんな人気のない場所に付いて来た神奈。普通ではありえない、『CCG』に通報するのが当たり前なのに。

「あたしが口封じすると思わなかったのか」

 今までも実際に、それをやってきたトーカ。

「トーカさんは、そんなことしないでしょ」

 トーカのことを信じ切っている眼差し、疑いの欠片さえ、存在しない。

「あたしのことが怖くないのかよ! あたしは喰種なんだ、人を殺し、喰う化け物なんだぞ!」

 トーカには小坂依子(こさか よりこ)という親友がいる。トーカのクラスメートで人間。依子はトーカが喰種だと知らない。

 TVでも喰種の恐ろしさを連日報道しているし、学校でも話題になっている。

 なのにトーカが喰種だと知っているのにもかかわらず、態度を変えない。つい苛立ち、語尾が荒くなる。

 突然、となりの建物の屋上から、誰かが飛び下りてきた。

 それがアヤトだと確認できたときには、トーカは蹴り飛ばされてしまう。防御する間さえ、無かった。

 倒れたトーカとアヤトの間に、神奈が立つ。アヤトを見上げる目に恐れはない、むしろ強い意志がある。

 トーカにもアヤトにも解った、トーカを守っているのだと。

 姉と同じように、そんな神奈の行動に苛立ちを覚えた。

 手をあげるアヤト。助けに行きたいが、真面に声さえ出せないトーカ。一気に振り下ろされる手刀。

 

 反射的に目を閉じてしまったトーカが目を開くと、当身で気を失った神奈が見えた。

 アヤトは感情より、任務を優先した。何せ、2度も任務に失敗しているのだから、これ以上はヘマは出来ない。

「あのONI(やろう)に伝えておけ、神奈(こいつ)を返してほしければ11区の廃団地に、午前零時に来いとな」

 肩に神奈を担ぐ。

「後、あの大きな剣は置いて来いとな。持ってきたら、この女は、すぐに殺す」

 神奈を助けようにも、クリーンヒットした蹴りのダメージが残っていて、まだ動くことは出来ない。

「あばよ、馬鹿姉貴」

 そう言い残し、近くのブロック塀にジャンプして、そこを足場にして、さらにジャンプ、来た時の建物の屋上に着地。

 それを見ている事しか出来なかったトーカ、歯ぎしり。

 

 

 

 喫茶店『天地丸』に訪れる芳村とカネキ。

「いらっしゃい、よく来てくれたね。あんたとは、一度、会いたいと思っていたんだ、歓迎するよ」

 豪快に出迎える鈴鹿。

「私もですよ、以前から、ここのコーヒーを味わってみたかった」

 帽子を取ってお辞儀、続いてカネキもお辞儀。

「まぁ、積もる話もあるが、まずはコーヒーを一杯飲んでいきな、今日は、あたしの奢りだよ」

 

 鈴鹿が運んで来たコーヒーを飲む芳村とカネキ。以前、飲んだ時と同じく、美味しい。

「ほー。美味しいコーヒーですね」

 初めて飲んだ芳村も褒める。これはマウスサービスでなく、本音の感想。

「芳村さんに、そう言われると嬉しいね」

 遠慮なしに、カラカラ笑う。

「貴女も『あんていく』に来てください、今度は私が驕りますよ」

 鈴鹿に微笑み返す。

「ああ、行かせてもらうよ。是非に」

 もしかしたら、これは一種の宣戦布告かもしれない、そんな風にカネキは思ってしまう。

 両者とも自分の淹れるコーヒーに自信を持ち、同時に相手も尊重している。

「で、あんたらは、今日はコーヒーを飲みに来ただけじゃないんだろ」

 頷く芳村。いずれは尋ねてくると鈴鹿も解っていたので、動揺はしない。

「おーい、司狼。『あんていく』の人たちが来たぞ」

 呼びかけに応じ、店の奥から司狼が出てきた。

 芳村とカネキの前に来て、まずは一礼。

 いつかは尋ねてくる、司狼自身も解っていた。来たら、いろいろと話すつもりだった。

 芳村が口を開こうとした時、店のドアが開き、客が入ってきた。出かかってたいた言葉が引っ込む。

 質問は客が帰ってからにしよう、そう思い客の顔を見た芳村は驚く。表には出さなかったのは流石である。

 カネキも驚いた、こちらは、何とか、声を出すのを堪えることが出来た。

「失礼、私たちは喰種捜査局のものです」

 篠原が自分たちを紹介した。

 喫茶店『天地丸』に喰種捜査官の篠原と亜門が来店。

 

「これは美味しい」

 鈴鹿の淹れたコーヒーの飲んだ篠原の感想。同じ感想を亜門も持つ。

 運んできた司狼は、今も横に立っている。芳村とカネキと同じように、彼らが、ただコーヒーを飲みに来たわけではないのは聞くまでもない。

 コーヒーを飲みえた篠原。一息ついた後、

「美味しいコーヒーでした」

 顔は真剣そのもの、亜門も気を引き締める。

「単刀直入に聞く、君が退魔士のONIだね」

 僅かな時間の沈黙。僅かだったが、喫茶店『天地丸』にいるものたちは長く感じた。ただの客を装って、聞き耳を立てているカネキにも。

「ハイ」

 素直に認めた。誤魔化しが聞かない相手なのは、一目で知れるし、確証を得たから、ここへ来たのだろう。

「一つ聞いてもいいでしょうか、何故、解ったんですか?」

 いつかはバレるかもしれないとは覚悟はしていたが、予想より、早かった。

「まずはONIの第一の事件が、この喫茶店の近くだったこと。ONIへの依頼のサイトは海外を回り、幾つもの回線を介して、元を探すのは大変そうに見えるが、どの回線も必ず、一度は、この喫茶店を通っていた。そこで君たちの口座を調べさせてもらったら、ONIの事件が起こるたび、多額の金が振り込まれていた。後は先日の事件の際、ONIが防犯カメラに映っていてね。鬼の面を被ってはいたが、背格好が君と同じだった」

 篠原の語ったことは、丸手率いるⅡ課が数日の徹夜を重ねて、ようかく掴んだもの。

 防犯カメラにはチラッとだけ映っていたONI。位置的に素顔のアヤトは撮られてはいなかった。

「俺は逮捕されるのですか」

 首を横に振る篠原。

「我々は喰種から、市民を守るのが仕事たよ。喰種を狩るものを逮捕する組織ではない」

 喰種に協力する人間なら、いざ知らず。狩る人間を逮捕する気はない。この社会では喰種を殺しても、殺人したとは見なされない。

 ましてやONIが仕留めた喰種は、どれもこれも凶悪な奴らばかり。

「私たちは君を、捜査官に迎え入れたいと考えている」

 

 咄嗟にカネキは口を押えて言葉が出るのを防いだ。司狼の実力は『あんていく』でも噂になっていたし、実際、目の前で見た。

 もし司狼が喰種捜査官になったら、脅威以外の何者でもない。

 芳村の眉間にも、皺が走っている。

 

「『CCG』は喰種を全滅させるつもりなのか?」

 一瞬だが、驚きの表情を見せた篠原。まさか、こんな返されることは想定はしていなかった。

「そのために『CCG』があり、俺はそのために捜査官になったんだ」

 当然じゃないかと亜門は答えた。

「俺は、全ての喰種が悪だとは思わない」

 それを聞いた途端、思わず立ち上がる亜門。

「あいつらは悪だ。罪もない人を殺して喰らう《鬼》だ! 君も喰種に大切な人を殺された人たちに代わって、喰種を狩っていたのだろう!」

 亜門は正義感が強い。喰種捜査官を正義と信じ、喰種を悪と信じている。

 つい感情的になってしまうのも仕方がない。

「亜門、落ち着きなさい」 

 篠原に嗜まれ、冷却。冷静さを取り戻し、腰を下ろす。でも謝る気にはなれなかった。

「全ての人間が善人ではない、悪人も少なくないし、中には残酷な奴もいる」

 これに返す言葉を見つけられない篠原と亜門。

 確かに喰種による陰惨な事件は、頻繁に起こっている。しかし人間も事件を起こしている。司狼の言うように、残酷な事件を起こす奴もいる。それこそ、喰種なみの残酷なことをやった輩もいる。

「人間の中にも悪人がいるように、喰種の中にも善人はいるよ」

 

 黙って聞いている芳村とカネキ。

 過って共に過ごした女性のことを思い出す芳村。彼を喰種と知って尚、受け入れてくれた女性。

 カネキも親友の秀良。錦先輩を喰種と知っても匿い、あまつさえ、自分自身を食べさせようとした西野貴未(にしの きみ)のことを思い浮かべた。

 

「君の言うことは理解できるつもりだ。しかし……」 

 何かを篠原が言おうとした時、店にトーカが飛び込んできた。

 やっと、動けるようになり、一目散に喫茶店『天地丸』に駆けつけてきた。

「司狼、神奈が浚われた」

 息を切らし、店内に喰種捜査官がいることにも気が付かず、一気に話す。

 

 




 一応、司狼とヤモリのバトルも考えていたのですが、演出的にカットになってしまいました。

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