「おめでとう。君は彼らの――神々の賭けの対象者に選ばれた」
男とも女とも区別がつかないその奇怪な声で、おれは目を覚ました。
眠気眼をこすりながら、上半身をゆっくり起こす。何だか頭がガンガンするし、おまけに乗り物酔いした時のように視界がぐらついた。
何とか目眩と吐き気を堪えながら声の聞こえた方へ顔を向けると、まばゆい光の中にかぼちゃが立っているのが見えた。
いや、正確に言えばかぼちゃの被り物をかぶった人間だ。
なんて言ったっけ。ハロウィンに出てくる人型のかぼちゃのお化け。
そう、ジャックランタンだ。ジャックランタンに仮想した奇妙な奴が、おれを見下ろしていた。
「へえ、この格好は君達の世界ではジャックランタンと呼ぶのか。名前が無いのも後々不便だろうし、私のことはジャックと呼びたまえ」
ジャックと名乗ったかぼちゃはマントを翻しながら言った。今、おれの考えを読まなかったか? ていうか、ここはどこで、何でおれはかぼちゃに仮装したやつに話しかけられてるんだ?
周りを見渡す。白い壁に囲まれた、白一色の部屋だ。一面だけガラスになっていて、その先にある部屋では仰々しい格好をした爺さん連中が、おれのことをじっと見つめて何やら話をしていた。
「今度のコマは活きが良さそうじゃのう」
「いや、彼はあまりにも若すぎはしないか」
「竜神の趣味じゃろう。あのオヤジはいつも若い人間ばかり選びおる」
「いまいちぱっとせん顔じゃのう。召喚時に付与された固有能力(オリジナリティ)は悪くないが、ワシはパスじゃ。今回は三番目の女の子に一点張りにするかの」
爺さん連中は、どうやらおれのことを批評しているような様子だった。
ぱっとしない顔で悪かったな。ていうか、マジでこの状況は何だ?
おれ、若い男の子が大好きなゲイの爺さん連中が集まるやばいクラブにでも迷いこんじまったのか?
「彼らは君達の世界で言うところの神様だよ。ゲイの爺さんではないさ」
「神様ぁ?」
ジャックと名乗ったかぼちゃの言葉に、おれはすっとんきょうな声を出してしまう。
ジャックは身体の後ろで手を組みながら、おれの方へ顔を向けた。
「時間が無いから、端的に言おう。君は彼ら――神様の賭けのコマとして選ばれた」
「賭け……?」
「舞台は君達のいる世界とは少し次元の異なる場所……そう、君達の世界の言葉で表すなら『異世界』だ。その世界では魔族と人間が争っていて、魔王と呼ばれる存在が一定の周期で現れては、人類を滅ぼし支配せんと大きな厄災を引き起こしている」
ジャックは人差し指を立てて言った。意味がわからず呆然としているおれを余所に、ジャックは平然と話を続ける。
「君は今から、そんな魔族と人間が争っている異世界『アトランタル』に行ってもらう。この提案を断る事は出来ないし、途中で賭けから退場することも出来ない。賭けが終わるまで君は神様に召喚されたコマとして動いてもらう」
「あんた、さっきから何を言っているんだ? 頭大丈夫か?」
異世界? 召喚? 神のコマ?
何を言っているのか、さっぱり要領を得ない。おれは必死に現在の状況に至るまでの経緯を思い出そうと試みるが、突き刺すような鋭い頭痛が邪魔をして思考がうまく働かない。
「無駄だよ。しばらく頭は働かないだろうから、僕の説明を聞くことだけに集中してくれ」
やれやれと肩をすぼめて、ジャックは呆れた様子でおれに言った。
「賭けのルールを伝えよう。基本ルールその一。僕や神様達は君に口出しすることは無い。しかし、アドバイスをすることも出来ない。ルールは神様達の気まぐれな会議と多数決によって変更されるけど、このルールだけは不変のものだ」
物分かりの悪い生徒に噛み砕いて授業をするように、ジャックはゆっくりとした口調で喋った。
「基本ルールそのニ。君には異世界で戦い抜くための能力(オリジナリティ)が与えられる。どんな能力を得たのかは、説明するよりも実際に使ったほうが理解が早いだろう。申し訳ないが、自分で確かめてくれ」
ジャックは投げやりに言って、話を続ける。
「とにかく『魔王討伐ブックメーカー』は第三回だっていうのにルール整備が追い付いていなくてね。申し訳ないが、かつてのブックメーカー同様、君達には基本ルールの他に『勝利条件』と『敗北条件』と『終了条件』だけを教えよう。後は現場で手なり足なり頭なりを使って頑張って欲しい」
ジャックはククク、と小さく笑った。
かぼちゃの口が小刻みに動く様は、出来の悪いホラー映画のワンシーンのようだった。
「では、肝心の『ゲームの勝敗の条件』について説明をしよう。勝利条件は『魔王の討伐』。敗北条件は『きみ自身が死亡すること』。そして終了条件は『人類の敗北、もしくはきみ以外のコマによる魔王討伐の完了』だ」
おれはぼんやりとした頭で、ジャックの言葉を頭の中で反芻する。まったく理解出来ないが、ぼんやりとイメージだけは頭の中に浮かんでいた。
異世界、魔王、ゲームの勝敗条件とルール。
それらは、あまりにもロールプレイングゲームやテーブルトークRPGの設定として馴染みの深いものだったからだ。
「君が勝利した時には、何でも好きな褒美を与えよう。君が勝利条件を満たせずに終了条件を満たした場合は、安心したまえ、君は元の世界に戻ることが出来る。ご褒美は何もないけどね。しかし、注意してほしいのは君が敗北条件を満たした時、つまりアトランタル内で命を落とすケースだ」
ジャックはおれに顔を近づける。かぼちゃの目の空洞部分の中から、怖気を掻き立てる得体のしれない視線がおれを捉えた。
「その時ばかりは、申し訳ないが君の魂は消滅する。つまり本当に死ぬということだ。」
「死ぬ……?」
「まあ、何を言っているのか理解出来ないだろう。君は不思議な夢を見ているのだと無理やり自分を納得させるだろう。今はそれでいい。ただし、この後、君は自分自身でこの夢が夢じゃないことを否応なく突きつけられることになる」
ジャックはおれから顔を離すと、再びマントを翻し背を向けた。
「せっかくコマになったんだから、召喚直後に死んでしまったり、自殺したりしないでくれよ。神様達は退屈してるんだ。君達が刺激的なストーリーをみせてくれなきゃ、僕ら召使いが酷い目に合うんだ。だから、せいぜい足掻いてくれよ」
「待ってくれ、何を言ってるんだ? お前は一体誰なんだ?」
「僕は名も無き神の召使い。僕もまた創造主の創り出したコマのひとつに過ぎないよ」
「お、おい! 待ってくれ! 何がなんだか――」
おれの言葉も待たずに、ジャックは光の中に消えていった。
次の瞬間、おれの視界は暗転し、急速に意識が深い奈落の底に落ちていくのを感じた。
おれは死ぬのだろうか。
これは死ぬ直前に見る夢で、目が覚めたら天国か地獄に到着してるって話なのか?
嫌だ、死にたくない。おれはこの世でまだやり残したことがあるんだ。
「彼女いない歴=年齢のまま死んでたまるかよ、クソッタレ……!」
おれは、女の子と付き合ったことがない。小学生の頃からずっと彼女がほしいと願い続けているのに、未だに彼女いない歴は更新中だ。
せめて、女の子との恋愛をしてから――出来れば巨乳の美少女とイチャイチャしてから死にたい。神様だか何だか知らないが、男同士のむさくるしい思い出しか持たないまま死んでたまるか、バカ野郎。
歯を食いしばり必死に意識をつなぎ止めようとしたが、有無を言わせない強大な引力によっておれの意識はぷっつりと途絶えた。