我が名はグリンデルバルド   作:トム叔父さんのカラス

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 ・・・もう、2月ですねぇ。
 すまんな、本当にすまん。
 待たせたな、私からのバレンタインチョコです。


28話 訪問者、親友と猫

「マグル三名殺害、か・・・」

 

 日刊予言者新聞。

 時折過激で信憑性に欠ける内容も掲載される、イギリス魔法界で最も親しまれるポピュラーな新聞。

 人によっては紙屑などと比喩される事もあるが、しっかりと事件の報道を行うこともある。例えば今、ダンブルドアが読んでいる欄のように。

 

「恐ろしい話だと思わんかね。其奴は随分前からその一家を狙っていたそうだ」

「・・・うむ」

 

 リトル・ハングルトンにてトム・リドル・シニア、及び父母計三名殺害。犯人は以前にもリドル氏を襲った前科を持つモーフィン・ゴーント。真っ先に容疑にかけられた彼は魔法省の取り調べに対し、大笑いしながら犯行の細かな詳細を語ったとの事だ。

 ダンブルドアへ新聞を見せてきたスラグホーンは生徒の入学 進級 卒業 就職 等々の資料、ついでに彼のかつての教え子達からのプレゼントの山を捌きながらやれやれと首を横にふった。

 

「まったくもってイカれてる、省のコメントを見たか?

 ″彼の口からまともな言語を引き出す事以外、捜査は実にスムーズに進んだ″、だそうだ。

 笑いながら小うるさい母親から・・・次に怒り狂った父親、最後に縮み上がった息子を? まともな人間がこんな事を言う物か、終身刑になって当然だ」

「果たしてそうかねー」

 

 適当に応対しながら、ダンブルドアは新聞をじっ、と見つめていた。

 なんのことは無い、マグル嫌いの起こした忌むべき残忍な殺人事件、それで済んでしまう一件だ。

 しかしながらゴーントの名を見て、ダンブルドアはむっと顔をしかめ、とある生徒の事を思い出していた。

 

ーーモーフィン・ゴーント。マールヴォロ・ゴーントの息子・・・トムの伯父、という訳じゃな。

 

 トム・リドル、彼の愛する生徒の一人にして、ホグワーツで起こる大なり小なりの事件を裏で操っているであろう生徒。今回の事件の関係者は、どういう訳か全員が彼の身内である。

 偶然、むしろその方が自然な考え方だ。

 だがどういう訳か引っ掛かる、何故だかこの話に違和感を感じる。

 話が出来すぎている・・・いや、そんな事はない。

 何故今の時期に・・・事件に時期もへったくれもある物か、むしろ今の世の中など事件だらけだ。特にこの英国以外では。

 違和感があるがその違和感の元が分からない、そんな悶々とした感覚に襲われていたダンブルドアだったが、ふと手元に置いていた人形に目が向いて我に帰った。

 

「・・・いや、わしとした事が」

 

 彼の友の子にしてダンブルドアの養子であるヨーテリア・グリンデルバルド。年頃の少女ながらに男と見紛う程の言動と粗暴さが特徴の彼女をデフォルメした、ヨーテリアさん人形〈頭を撫でると怒るよ!〉である。

 自宅のヨーテリアへ渡したアルバスさん人形と繋がる電話のような機能を持つダンブルドア自作の魔法具だ。

 いつでも連絡してくるようにと伝えたが、彼女は一度だけ「早く帰ってきて」と伝えたきり、かけてくる事は無かった。

 まあ、ああ見えて繊細な彼女の事だ。一度かけるだけでも相当に恥ずかしかったに違いない。というか予想外の一言にダンブルドアの方が度肝を抜かれた後ほっこりしたくらいだ、彼女なりに頑張って自爆して床を転げ回って二度とかけないと喚いているに違いない。

 夏休みも一週間、仕事で忙しくて中々帰れなかったがようやっと帰宅できる。

 三日は家に居れるのだ、しばらくはこれをネタにして嫌われない程度にからかうとしよう。

 

「スタローン君は本当に闇祓いの面接に行ったのか・・・絶対クィディッチの選手の方が・・・アルバス、帰宅するならそのニヤケ面を直しておけ」

「あいや失敬」

 

 席を立つとスラグホーンから忠告を受けたので頬を二揉みしてキリリとした表情を取り繕うダンブルドア、それをスラグホーンは呆れ顔で見つめていた。

 

「煩悩というか、なんというか・・・」

「子煩悩とな? 本望じゃよ、ほっほっほー」

「アルバス、教師でなく友人として忠告するがね」

 

 浮かれるダンブルドアとは対照的に、スラグホーンはひどく真面目な顔をしてそう言った。

 

「校長じゃあないが、程々にするようにな?

 あの子を世間がどう見ているか知っているだろう」

「お主はお腹は柔いが頭は硬いのう」

「こやつめ」

 

 スラグホーンをからかった後ダンブルドアは自室へ直行し、素晴らしい手際で資料を整理し棚へとしまう。

 そうして今日の最後の作業を終えたと思えば数少ない私物を纏めて部屋の暖炉の前に歩いていく。その足取りは年甲斐もなく″ルンルン気分″とでも言った物か、軽やかで実に機嫌がいい。

 ・・・部屋の隅から何者かが恨めしげに自分を見ていたような気がしたが、さして気にせずダンブルドアはポケットの中にある小瓶を取り出し、暖炉へと中身の煙突飛行粉を振り撒く。途端に美しいエメラルド色の炎が燃え上がり、部屋の机や魔法具を緑色に照らす。満足げに微笑んだダンブルドアは暖炉へと入り、肌を焼く事の無い暖かい炎の中で口を開く。

 

「アルバス・ダンブルドアの自宅」

 

 途端に彼は渦の中へ吸い込まれるような錯覚と共に、自宅へと転送される。

 その緑の光の中で彼は、自宅で己を待つヨーテリアを思い浮かべ愉快げに微笑んだ。

 自分が今日帰ることは知らせていない、言わばサプライズのような形になる。それだけでも彼女の驚く顔が拝めるであろうが生憎と、ダンブルドアはそれで終わるほどおとなしい大人では無い。

 帰宅時は派手に、より愉快に、少し危険に・・・そう、ダンブルドアはその実力と教養に似合わず、割とお茶目なお人であった。

 

ーー〈ソノーラス〉で拡声して花火を点火、これじゃな。

 

 手荷物の一つ、ごく一般的なロケット花火・・・に、ダンブルドア自身が細工を施した、たった一つで縦横無尽に跳ね回りながら色とりどりの火花をばらまく魔改造ロケット花火。これをサプライズとして部屋に放つ。

 以前これをスラグホーンに試した時には実に良い反応をしてくれたし部屋を火花で埋め尽くして非常に綺麗だった。

 ヨーテリアもきっと眼福なリアクションをしてくれるであろう・・・そうダンブルドアが考え終わる頃にはエメラルドの炎が消え、目の前には見慣れた部屋が広がっていた。ダンブルドアの自宅、ヨーテリアの部屋だ。

 いざソノーラスを唱え一声・・・計画通りに杖を掲げたダンブルドアは、数秒後にその杖を取り落とした。

 

「ヨー・・・テリアや?」

 

 目の前で壁にもたれ、力なく座る一人の少女。

 カピバラのピーちゃんを抱いて離さぬその腕はあまりにも細く、巻き毛の金髪は煤けた弱々しい色へと様変わりし、美しかった顔は痩けて隈がくっきりと浮かんでいる。

 その細々と弱々しく目を閉じたその様は、まるで・・・!

 

「ヨッ、ヨーテリアァァーーッッ!!」

「・・・ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

「アルバス、食事だぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 死人のような様相にダンブルドアは我を忘れて錯乱したが、ヨーテリアは死んではおらず不眠がたたって意識が飛んでいただけであった。

 そんな騒動も過ぎ彼の帰宅から早三日、彼の世話もあってかヨーテリアはいとも簡単に元通りとなりダンブルドアへ料理を振る舞っている。メニューはサンドイッチとじゃがバターなる物。茹ですぎず固すぎず、塩加減も丁度良く温かい。

 

「うむ、初めて食べたが美味じゃ」

「ちなみにマヨネーズをこうすると・・・尚美味しい」

「ほう、存外合うものじゃ。素材の味と酸味が実に良い」

 

 マヨネーズを勧めてきたので試してみると成る程、じゃがいも自体の味と塩味、そしてマヨネーズの酸味がちょうど良く調和している。健康的とは言えないがこれは良いものだ。

 何より「そうだろ?」と控えめに笑うヨーテリアが実に喜ばしい、何かと突っぱねられていた以前が嘘のように心を開いてくれている。それがダンブルドアには何よりも嬉しかった。

 

ーー・・・どう切り出そうか。

 

 が、同時にダンブルドアは頭を悩ませていた。

 こうして我が家で過ごし、魔法省の監視の元で軟禁状態の彼女の支えとなり話し相手となり、自身も心を安らげる時間は実に楽しいものだが・・・。

 これは仕事の合間に帰ってこれただけであり、今日には一度ホグワーツでの仕事に戻らなくてはならない。

 生徒の入学や卒業の手続き、それに追加してマグル生まれの入学候補生の自宅に訪問し、親へ説明に赴かねばならない。

 それらの職務は基本、マグルへの造詣が深いダンブルドアが請け負っている。他の教員らに任せても良いのだろうがそれを決めるのは校長だ、この件を抜きにしても話術と経験に富むダンブルドアに任せるだろう。

 何より彼は、極力何もかも自分でやりたがる質だ。

 であるからして、再び彼女を一人で留守番させなくてはならない訳だが。

 

「ふぅ・・・」

 

 この満ち足りた表情でじゃがバターを平らげ、満足げにため息を吐くヨーテリアへ切り出せと言うのか?

 そうでなくともダンブルドアを視界から外したがらず、しきりに窓の外を見て不安そうな表情をしていた彼女に、また一人で居ろと言うのか?

 ・・・と、何かと言い訳をつけて言うのを躊躇って躊躇って、仕事へ戻る当日になってしまった訳だが・・・。

 

「アルバス、どうした? 熱いなら冷ましてやろうか?」

 

 考え込むあまり、じゃがバターに手をつけなかったのでヨーテリアが声をかけてきた。

 

「いや、大丈夫じゃよ。なんでもない」

「ふーん」

 

 笑顔で答えはしたが、ヨーテリアはじぃっ、とダンブルドアを見つめてくる。

 一切目を逸らさず、まるで考えを探るように。

 ・・・今は少しマシと言えど、こうして硝子玉のような無機質な目で凝視されると、流石のダンブルドアでも少々怖いものがあるのだが・・・

 

「何か言いたい事があるんだろ。そんな素振りしてるぞ」

 

 見透かされた。

 そういった勘繰りをしないよう、自然体でいるよう心掛けていたつもりだが、無意識に出ていたのだろうか。

 それとも、隠せていた上で見破って来たのだろうか?

 

「いや何、本当に何でもないよ、ヨーテリアや」

「私が気になる、言ってくれ」

 

 ちょっと厳しい話でも構わないから、とダンブルドアを急かすヨーテリア。

 これは都合が良い。話し難いと躊躇していたが、まさか彼女からきっかけを与えてくれるとは・・・どうやら、さしものイギリス最強の男でも、娘となると敵わないらしい。

 

「・・・うむ。少々切り出しにくかったのじゃが」

 

 ヨーテリアを真っ直ぐ見据え、意を決して話し始めるダンブルドア。どちらにせよ今日中に話さなければならなかった話だ、覚悟を決めるのは案外簡単な物だった。

 

今日(こんにち)より、またしばらくホグワーツへ戻らねばならん」

 

 回りくどくなく直球に。

 簡潔に実に分かりやすくダンブルドアはそう言って、直後に後悔した。

 

「そう・・・か、そうなのか・・・」

 

ーー・・・言わなきゃ良かった。

 

 その言葉を聞いた瞬間、少しはマシになっていた無機質な瞳が色を無くした物へ逆戻りしてしまった。というか無機質ながらにも在るには在った光が消え失せた。

 

「すまぬ、すぐに帰ってくる、大丈夫じゃから」

「おう」

「なんなら先伸ばしにしても良い。わしなら全ての職務を一日でこなせる」

「無理だろ。そんな甘い仕事があるかよ。

 私を気にするなら心配無用だ、次は食事も忘れない」

 

 そんな死人のような目で言われても説得力なんて無い。それと食事は忘れたのではなくてストレスで喉を通らなかったのだろうに・・・すさまじく不安だ、次に帰ったら本当に死んでいそうだ。

 

「じゃが・・・」

「しつこいぞ、私は大丈夫だと言った筈だ」

 

 どうやら、有無も言わせてくれないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「心配じゃぁ・・・ホントに心配じゃなぁぁ・・・」

「帰宅したら悪化したか」

 

 出勤時間、暖炉に押し込まれる形でホグワーツに到着したダンブルドアは、一日経った今スラグホーンが半眼になる程度には頭を抱えていた。

 しつこく一時間置きに連絡した結果「うざい」と切り捨てられたのでヨーテリアさん人形も封印状態、ダンブルドアの心配は彼らしくもない所にまで悪化していた。

 

「追い詰められると周囲を突っぱねる癖があるようじゃし・・・ああもうアルバス白髪になりそう・・・」

「錯乱か服従の呪文でもかけられたみたいだな」

「ホラス、茶化して良い案件では無い」

「・・・気持ちは分からなくはないがな?」

 

 そんな彼の様を隣で仕事をこなしながら丸一日なだめ続けていたスラグホーンは、一旦資料を置いてダンブルドアの方へ向き直った。

 

「彼女自身が大丈夫だと言ったそうだが、ならば大丈夫なのではないかね?」

「あの子を知らんからそう言えるのじゃ、そう言った時は大体大丈夫では無い」

「君自身彼女をあまり知らんだろうが」

「そうじゃよ、娘なんて持った事ないから何が何やら分からぬ」

「だろうな」

 

 らしくもない醜態を晒しながら呻くダンブルドア。

 スラグホーンがそれでも衰えない手際に苦笑する中、今年の入学候補生のリストに目を通し、訪問しなければならないマグルの一家を確認する。

 ・・・結構多い。

 次に帰宅するのはいつ頃になるか、少なくとも2週間程になるだろうか。

 本当にヨーテリアが持たない・・・そうダンブルドアが頭を抱えたのとほぼ同時に、職員室へ一羽のふくろうが飛び込んできた。足に手紙入りらしき封筒を引っ掻けている。

 

「ふくろう便か」

 

 スラグホーンが呟く中、項垂れるダンブルドアの頭上へと封筒が落とされる。ダンブルドアは片手でそれを見もせずにキャッチしてみせた。

 

「お見事」

「ありがとう」

 

 ふくろうの足にくくりつけられた袋へと代金を入れ、手紙の送り主を確認したダンブルドアは「むっ」と声を上げ、思わぬ差出人の名前に驚いた。

 アーガス・フィルチ。数ヵ月前、ホグワーツを自主退学してしまったヨーテリアの友人だ。

 ホグズミードの三本の箒へ推薦し、馴染みの女店主に引き取ってもらい、勤務地が家から遠いからと住み込みで働いていた筈だが、何かあったのだろうか?

 丁寧に封筒を開け、ダンブルドアは内容に目を通してみた。

 彼の心配に反して、ミスター・フィルチは職場に適応し、他の従業員とも仲良くやっているとのことだ。ヨーテリアに付き添ったのが良い経験だったとまで書いてある。これにはダンブルドアも同意し小さく愉快そうに笑った。

 確かに、スクイブでありながらダンブルドアの計らいに乗じて入学に志願し、5年間魔法が使えないにも関わらず成績を平均でキープ。さらに血の気の多いヨーテリアに平然と付き添い、何故か情熱を注いでいた魔法の研究をも補佐していたと聞く。

 その手際の良さと耐久性は類を見ない物だろう、ある意味超人的だとさえ言える。

 彼の安泰を喜びつつ、手紙を読み進めるダンブルドア。

 手紙の最後の追伸にて、彼はその一文へと目を止めた。

 

ーーヨーテは元気にやっていますか? 一週間は手紙が来ないから、どうにも不安で・・・。

 

 恐らく、感謝の言葉や状況報告は単なる前置き。この一文こそが、彼が尋ねたかった本題なのだろう。

 ダンブルドアはその文を真剣な面持ちで見据え、深く思案していた。

 やはり、彼もヨーテリアが心配なのであろう。自分も相当な状況の下に居るだろうに、それでも友を想うか。

 やはり退学するには惜しすぎた優しい子だ。

 ″スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る″

 組分け帽子がスリザリンを謳った一文句だが成る程、その通りだったという事か。

 などと、静かに目を閉じていたダンブルドアの瞼の裏に、″ある考え″が浮かび上がった。 

 

ーーそういえば、ミネルバが勉強する場が欲しいと言っていた。

 

 ついでに父方がマグル故に、家で勉強するのが気まずいと言っていたミネルバ・マクゴナガルの事を思い出す。

 なるほどなるほど、となれば二人か。

 ハグリッドは森番の仕事で忙しい、少々厳しいか?

 とにかく手紙を送るなら今日中か、二人が了解すれば三日後には事が進む。

 

「悪い顔をしおって、何を企んどるんだ狸ジジイめ」

「ナンデモナイヨー、ホッホッホー」

 

 顔に悪戯を思い付いたような笑みを浮かべ、ダンブルドアは手紙をポケットへと仕舞った。

 スラグホーンがその笑みを不審がるように、彼はお茶目で年甲斐もなく悪戯を楽しむ困ったちゃんではあったが、それ以上にーー

 

 彼は言葉に表すならば、粋な大人でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーテリアです。

 ダンブルドアが何かを言いたそうにしていたので、聞き出してみたらボッチルート再開になったとです。

 

 ・・・洒落にならんな畜生。

 ダンブルドアがホグワーツへ戻ってから早四日、ピーちゃんが片時も手放せない俺、ヨーテリアさん15歳。

 俺を心配してアルバスさん人形をフル稼働させて連絡をしてくれていたダンブルドアを意地で突っぱねてしまい、本気で後悔しています。

 どうして「大丈夫だから仕事に集中して」と言えなかったんだ、あんな風に言ったら彼方も此方も連絡のしようがないじゃないか。

 食事は忘れていないが不眠状態は続いたままだ。この年で・・・精神年齢の事だが、怖くて夢に出るって状態を体験するとは思わなんだ。

 外に吸魂鬼のクソ野郎が居ると思うだけで震えが止まらなくなる。暗がりの中で揺れたカーテンを奴と勘違いして腰を抜かした事もある。

 相当にトラウマになってしまったらしい、トラウマを呼び起こされる経験でトラウマか・・・面白くもない話だこと。

 気を紛らわせる為の思案を一旦切り、ピーちゃんのふかふかボディーに顔を埋め、深くため息をついた。

 ・・・早く、帰って来ないかなァ・・・。

 ・・・。

 いつまでそうしていただろうか、俺は玄関から聞こえた物音に気がつき、壁にかけていた錫杖を手に取った。

 よく聞いてみると、どうやら戸口をノックしている音のようだ。

 誰だ? 吸魂鬼が彷徨く上にマクスウェルさんが警護している筈の家に、訪問者とな?

 無視すべきだろうか・・・いや、マクスウェルさんが様子見に来たのかもしれないし・・・。

 悩みつつ結局玄関にたどり着いた俺。やはり戸口をノックしているらしい、コンコンと木の扉から小気味良い音が聞こえてくる。

 ・・・吸魂鬼が居たらショック死する自信があるが、開けるしかないか。

 俺は錫杖を構えたまま恐る恐る扉へと近寄り、ドアノブにゆっくりと触れた。

 

「・・・あれ、寝てるのかな? ヨーテ? ヨーテー?」

 

 触れた瞬間、聞き慣れた声が扉の向こうから聞こえた。

 今の自分の・・・声より、聞いた、男の子の・・・?

 ・・・、・・・?

 

「参ったな・・・マクゴナガル、ちょっと鳴いてみて」

「・・・ニャー、ゴ」

 

 ・・・猫、の? 鳴き声?

 

 ・・・!?

 

 何かが化けてる 聞き間違い 罠 悪戯 それらの考えの一切を全てかなぐり捨て、俺は脇目も振らずにドアノブを掴みーー

 

「あ、アァッ、アー、ガッ・・・!?」

 

 勢い良く、扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ」

 

 突然大きな音を立てて開いた扉に驚き、外に居た少年は小さく声を上げた。

 彼と彼の肩に乗った猫を驚かせた張本人は、その見慣れた無機質な目を見開かせて、呆然と彼らを見つめていた。

 

「良かった、てっきり寝ちゃってたのかと」

 

 そんな様を見た少年、アーガス・フィルチは、珍しく呆けた顔を晒している友人へと笑いかけた。

 

「アっ、アーガっ、どうして・・・? ミネルバ、まで」

「マクゴナガル? ああ、勉強場所が欲しいって、一緒に来ることになってさ。先生は何も伝えなかったの?」

「いや、いや・・・何も・・・というかお前、仕事は?」

 

 混乱したままのヨーテリアは、何が何やら分からない様子でフィルチへと問い掛けて来る。

 ダンブルドアは何も言わなかったらしい、サプライズという訳か? あの賢人兼変人先生らしいが、少しは説明をしておいて欲しい物だ。

 フィルチはこの場に居ないダンブルドアのしたり顔を思い浮かべながら、説明の為に口を開いた。

 

「三本の箒? それなら、実家に顔を見せたいって言ったら二週間も休みをくれてさ。

 店長がホグワーツのOGでね、物凄く良くしてくれるんだ」

 

 「あらー、親御さんが心配してるだろうしいいわよー」などと、実に軽いノリで休みをくれた店長を思い浮かべながら、フィルチはそう言ってみせた。

 もっとも、スクイブに出す煙突飛行粉代など無いと宣ったお母様に顔を見せる気などこれっぽっちも無いし、家に居るより三本の箒で、不眠不休で働いた方が百倍マシだというのが彼の本音なのだが。

 

「で、マクゴナガルはさっき言った通り勉強場所。父親がマグルだから気まずいんだってさ。

 あとはヨーテが自宅で軟禁だって先生から聞いたから、だとさ」

「アルバスが・・・? いや、でもそれ、マズいだろう!

 ただでさえ私は監視されて、マクスウェルさんが警備してるのに・・・」

「マクスウェル? そこに居た闇祓いだな、そういえば言伝預かってた」

 

 ここに来る途中護衛してくれた闇祓いから預かった手紙を渡す。ヨーテリアは恐る恐る手紙を受け取り、中身を読んだ途端に頭を抱えた。

 

「・・・あの人もグルかよ・・・」

 

 書いてあった内容はたった二言、″私は何も知らないから、ゆっくり仲良くね″、だ。ご丁寧にマクスウェルよりとサインまで書いてある。

 この状況の仕掛け人、それは紛れもなくダンブルドアであった。

 まず彼ら二人に手紙を送り、ヨーテリアの状況を伝えた上で自宅へと招く。

 フィルチは彼自身が言ったように長期休暇として・・・非常に心苦しいが彼の家族も彼の外出に関しては無関心である、すべからく彼の所在にも関心を示すことは無い。

 マクゴナガルは友達の家に勉強に行くと両親に伝えている、学生が夏休みに友人の家へ遊びに行くのは珍しい事ではないし、実際嘘ではない。

 そして監視者である筈のマクスウェルだが、ダンブルドアの計画に喜んで一枚噛んでくれている。

 そも、魔法省への報告云々は彼がしているのだ。彼が黙っていれば監視対象の家に訪問者が訪れても何の問題もない。

 

「どうして、そこまで」

「簡単な話じゃないか」

 

 フィルチは片眉を吊り上げながら、狼狽えるヨーテリアへと言い放った。

 

「ヨーテが心配だからだよ」

 

 何の気も無しに平然と、フィルチはそう言って見せた。

 猫へ変身し肩に乗るマクゴナガルも、何かと心配事の多いヨーテリアが、よりによって吸魂鬼に監視され軟禁状態で居ると知った時には、居ても立ってもいられなかった。

 放っておけないから。ただそれだけの理由で、ダンブルドアからの招待に乗ったのだ。

 バレれば自分の立場まで危うくなるのも承知、吸魂鬼がどういった存在なのかも知っている。それらのリスクを受け入れた上で、二人はここに居る。

 

「もう・・・お前らはぁ・・・っ」

 

 それを理解し終えたヨーテリアは、声を震わせながら熱くなる目頭を押さえた。

 嬉しかった。彼らの優しさが、涙が出る位に嬉しい。

 迫害され慣れて、冷たさに慣れてしまった彼女には、彼らの優しさはあまりにも暖か過ぎた。

 感極まって泣き出してしまった彼女を見て、フィルチは大丈夫かと声をかけようとしたが、ヨーテリアが彼の頭に手を回し抱き寄せたので、言葉を発する事が出来なかった。

 ・・・だが、ただ抱き締めるにしては回し方がおかしい。

 何故自身の両手を掴み合わせ、前腕をフィルチの頬へ持ってくるのか。

 何より何故、そのままフィルチの頭を締め上げるのか。

 頬骨を圧迫され苦しげな声をあげるフィルチ。ヨーテリアの肩へと移ったマクゴナガルには、マグル生まれであったが故に、この技に見覚えがあった!

 脇でフィルチの頭を抱え、胸元に持ってきた頭を両腕で締め上げる。間違いない、この技はーー

 

 プロレスリングの、サイド・ヘッドロック!

 

「もう、大好きだこの馬鹿」

 

 ギリギリとフィルチの頭を締め上げながら、ヨーテリアは心底嬉しそうな笑顔で、そう囁いた。

 聞いたことのない声色だった。

 初めてだ。ヨーテリアが他人へこんなに優しい声を発したのは。

 ヨーテリアは基本、口調が刺々しく、言葉もきつい。

 友人であるフィルチやマクゴナガルに対しても淡白な声色である事が多く、無機質な瞳も相まって感情の変化が分かり難い事が多かった。

 それが今は、誰が見ても分かる程に嬉しそうな笑顔を浮かべ、幸せそうにフィルチの頭を締め上げている。

 マクゴナガルはヨーテリアを止めるのをやめ、フィルチも甘んじて彼女のヘッドロックを受け入れた。

 もうしばらく、こうさせておいても良いだろう。

 泣き笑いしながらじゃれつく少女を離れさせるというのも、いささか野暮と言う物だ。

 

 ・・・そろそろ、頬骨が砕け散りそうなのでやめて欲しいのだが・・・。


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