理不尽はここに極めり、さあお辞儀をするのだ。
「やっぱりだ、ハグリッドが居ない」
グリフィンドール談話室で漠然とした声が響く。
森番となった男と親しかった獅子寮の生徒が三人で円になり、話し合っていた。
「被害者は全員退院したらしいのに」
「なあ、やっぱり犯人はハグリッドなのかな」
「そんな事する奴じゃないのに、どうして・・・」
ハグリッドが森番になったとは知らず、親しい友人の失踪を嘆く三人組。
彼らはハグリッドという男が好きだった。裏表が無く間抜けで友達想いなあの男を、同級生として、友人として、愛していた。
「なあ、アイツ、例の札付きと親しかったよな?」
「ヨーテリア・グリンデルバルドか?襲撃事件の犯人かもしれないって噂の?」
三人の内、背の低い生徒が忌まわしい名前を口にした。
ヨーテリア・グリンデルバルド、闇の魔法使いの娘にして、学年一の問題児。
毎月のように生徒をダースで医務室送りにし、その外見に似合わぬ悪漢のような振る舞いでホグワーツの生徒達から恐れられる少女だ。
「噂はガセだったらしいけどな。
アイツも襲撃されて大怪我したらしいぜ」
「そんな事より、あの女と親しかった?じゃあ、ハグリッドがやっちまったのって」
「何だよ、何が言いたいんだ?」
息をつまらせた痩せ気味の生徒を二人が覗きこんだ。
痩せ気味の生徒は、ごくりと喉を鳴らした後二人を見て、声を低くして囁いた。
「あの女に、そそのかされたんじゃないか?」
その言葉を聞いた三人組に電流が走る。
「ありえる、あの女なら、やりかねない」
「でも、怪我したって言うぜ?どう説明する」
「実はハグリッドは怪物を解放しちまっただけで、あの女が怪物を操ろうとしてた、とすると?あの怪我はそれに失敗したから、とか?」
「先生方がアイツに目をつけてるらしいけど」
電流が走った彼らは止まらない、歯止めが無い、討論は加速する、もう彼女が黒幕にしか見えない。
「よくもハグリッドを」
「絶対に許さない、仇をとってやる」
無垢さは残酷さでもある、正義感は正義足り得ない、少年達の暴走は、もう止められない。
「今日はここまで、片付けたら解散だ。
床に計測した種を落とさないように!三日で森になってしまうからね」
薬草学の授業が終わり、生徒が授業で使っていた植物の種を回収し、籠へしまっていく。
右腕がギプスでガチガチになってる俺はフィルチおじさんに手伝ってもらいつつ片手でモタモタとお片付けだ、死にたい。
ついでに言うと担当のヘルベルト先生が怖い、授業中ずっと俺睨んでたよ、勘弁してくれ。
「もうやだ、私帰って研究したい」
「ヨーテ、落ち着くんだ。大丈夫だから」
俺の左肩を叩きつつ励ましてくれるおじさん。ホントもう、あんただけが癒しだよ、マジで。
「ミス・グリンデルバルド!早くなさい!」
「先生!ヨーテ腕治ってない、勘弁してください!」
・・・そろそろお兄さん泣くよ?
先生にどやされつつ教室を出た俺達、流石に襲撃はされなくなった。安心して移動出来る。
次は闇の魔術に対する防衛術だ、メリィソート先生か。あの人は大丈夫、かな?
廊下ですれ違ったら一応会釈してくれるし、あの人は味方、ヨーテリアそう思う。
「ヨーテ。後ろ、三人張ってる」
突然フィルチおじさんが囁いてきた。
「えっ?」
「振り返っちゃダメだ、雰囲気がやばい」
かなり本気のトーンで言うおじさん、後ろにストーキングしてる奴らが居るらしい。マジかよ超怖いんだが、走りたい、あばら折れてるから無理か、ド畜生。
「アーガス、先に行け。ちょっと締めてくる」
「ダメだ、先生方にマークされてるんだろ?問題起こしたらどんな罰則来るか分からない」
離れようとしたらガッチリ脇を担ぐおじさん。痛いくらいに固定してる、これ放してくれないな。
「ほら、教室につくぞ、あと少しだ」
目の前に防衛術の教室、助かったぜ。
「〈インセ・・・〉」
「〈ルーデレ!〉」
ほんの少し聞こえた詠唱に割り込みプロテゴの理論を組み入れルーデレ発動、連中の目の前で爆発を起こした。呪文を唱えようとした奴は吹き飛んだようだ。
つかインセンディオしようとしてなかったか!?ここ校内でしかも教室前の廊下だぞ!?
「急ぐぞアーガス!」
「合点ッ」
フィルチおじさんに抱き抱えられ走る俺達、あんな気狂い相手してられるか!
教室の扉を開け、急いで飛び込んだ。
「ミス・グリンデルバルド?何をしてるんだ?」
教室に入るなり、抱き抱えられた俺を見て口をへの字にした先生が呆れた声を出す。
「何でもありません、先生」
「ハァ・・・席に着きなさい、授業を始める」
こめかみを押さえながら黒板に向かう先生。
おじさんに下ろしてもらい着席する俺、まったく災難なんてレベルじゃないぜ!廊下に火を放とうとするなんて、まともじゃない、どこの誰だか知らないがトチってやがるよ。
「では46ページの内容を、ミス・グリンっ・・・ミスター・マルフォイ、読み上げてくれたまえ」
先生の俺を目立たせない気遣いが暖かい、そうだ、先生に相談してみるか?
メリィソート先生なら話くらいは聞いてくれるし、もしかしたら対策を立ててくれるかもしれない。授業終わりに相談しようそうしよう。
「さて、ミスター・マルフォイが言ってくれた通り、無言呪文とは、相手の意表をつくという多大なアドバンテージが存在する。
行使するのは生半可では無いがこれが使えれば、自衛力は大幅に上がる。
今日は君達にこれをやってもらおう、二人一組になりたまえ、早速始めよう」
おい実演とかマジかよ、俺怪我で見学やん、フィルチおじさん俺以外と組むハメになるぞ。
呪文撃てないんだから、一方的に的になっちまう、やばいな無理にも出るべきか?
「アーガス、どうする」
「今回は無理だ、俺は他と組むよ。ヨーテの怪我が悪化したら大変だ」
苦笑いし離れるおじさん。すまぬ、すまぬ・・・。
リドルと組もうとしたようだがドロホフに取られた、仕方無しにおじさんが組んだのはロジエール、リドルの取り巻きの一人だ。なら大丈夫かな?
「〈結膜炎の呪い!〉」
無言呪文って言ってんだろォ!?
ロジエールの放った呪いがおじさんに迫るが、おじさんが慌ててしゃがんだおかげで外れた。
そして外れた呪文はおじさんの後ろに居た見学中のヨーテリアさんに向かってくる。えっ?
「うわああッ!?」
結膜炎の呪いが直撃し目に凄まじい違和感が走る、ゴロゴロした何かが入ってる気がする。
涙が止まらない、目がメチャクチャ痒い!これ完全にはやり目だぞ、ふざけんな!
「ロジエールッ、テメェ、やりやがったな!?〈偏執病呪い!〉お返しだ畜生ッ!」
一年の頃完成させた呪いをロジエールに放つ、読んで字の如く相手を偏執病みたいにする呪いだ。
「無言呪文と言っただろう!?
ミスター・ロジエール、ミス・グリンデルバルド!大丈夫か、何ともないか!?」
「やめろォ俺に触れて何をするつもりだァッ!?」
ロジエールは見事に先生を恐れて振り払う、ざまあ見やがれ、前にそれ食らわせたチェイサーは約半年、鮫を殴らせろとしか言わなかったらしい。せいぜい苦しみやがれこの馬鹿野郎!
てか、その馬鹿よりヨーテリアさん見て!重症!
「完全に結膜炎だな、医務室に薬があった筈。
ミスター・フィルチ、ミスター・ロジエールを頼む。ミスグリンデルバルド、歩けるかね?」
「目が霞みます、チカチカします、助けて」
「歩けるようだね、ミスター・フィルチ、彼女を先導してやってくれ」
「ウッス」
フィルチおじさんがロジエールの首根っこを掴み、錫杖を支えに歩く俺を先導し、医務室に向かう。
畜生、絶対に今年は厄年だ、今年(も)厄年だな。
ロジエールの馬鹿、なんで結膜炎呪いなんか撃った、弱った体に視界不良とか悪夢だよ畜生。
「ヨーテ、ふらついてるよ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だアーガス。急ごう」
フィルチおじさんに心配されながらもなんとか医務室に辿り着いた、目がやばい。
部屋に入るなり担当医の痩せた老魔女さんが目を真っ赤に腫らした結膜炎の俺と、絶賛偏執病中のロジエールを見るなり落ち着き払った様子で近寄り診察を始める。
「こりゃ酷い(はやり目)だ事、結膜炎呪いだね?よく効く目薬がある、安心しなさい。
そっちの子は・・・どうしたんだねコレ」
「クソ、みんな俺をどうする気だよ。
勘弁してくれ、俺の事は放っておいてくれ」
頭を抱えて涙目になっているロジエールを見て諦めた顔をしながら俺に目薬をさす担当医さん。すごいな、目の違和感がスッと消えていく。
「しばらく放っておけば治りますよ。
この子は診察が必要です、先生によろしくね」
「分かりました。行こうヨーテ」
おじさんに脇を担がれ医務室を後にする、まだ目がゴロゴロするが霞んではいない。
ホグワーツの医療って凄い、効果テキメンて奴だ。
「・・・マジかよ、授業中だぞ」
「アーガス?」
突然フィルチおじさんが舌打ちして立ち止まった。
横から顔を覗きこむと、酷く焦った顔をしていた。道でも間違えたのか?遅れても問題無いんだけど。
「ごめんヨーテ、やられた、さっきの奴らだ。
後ろに一人、前の物陰に二人、囲まれてる」
・・・は?何を言ってらっしゃるのかさっぱり。
俺がぽかんとしていると、目の前の柱から二人の生徒が現れ、俺達の前に立ち塞がった。足音が後ろからも聞こえる、もう一人居るのか。
生徒達は杖を抜き身にして俺を睨み付けていた、今授業中の筈なのに、何だこいつら。
「ヨーテリア・グリンデルバルド、やっと捕まえたぞこの魔女め」
「その通り魔女だが何の用だ?グリフィンドール」
俺が軽口を叩きながら一人に尋ねるとそいつはギリ、と歯軋りして杖を俺に向けた。
「お前がそそのかした友達の仇を取りに来た。
ルビウス・ハグリッド。知らないとは言わせない」
ハグリッド?勿論知ってるけど、そそのかした?何を言ってるのかさっぱり分からんぞ。
「お前、ハグリッドをハメやがったな?」
・・・は?
「あいつをそそのかして、事件を起こさせたな。
ハグリッドが怪物好きなのをいいことに何かとんでもない怪物を放させた、そうだろ」
「ふざッ、ふざけるな!」
俺がそそのかして事件を起こさせた、だと!?何を馬鹿な、ハグリッドは犯人じゃないし俺がそんな事を言われる筋合いも無い!
「私がそそのかした?何を馬鹿なッ、大体、あいつは犯人なんかじゃない!そんな事をする奴じゃ無いだろう!」
「何を白々しい、闇の魔法使いめ!お前があいつと親しかったのは知ってるぞ。
だから妙な事を吹き込むのは簡単だろう、あいつに怪物を解放させて、自分はそれを操ろうとして失敗した、そうだろ!?
言い逃れはさせない、さっさと杖を抜け」
俺の主張は握り潰して勝手な事を言い出しやがる、俺が操る?何のためにそんな事すんだよ!
しかもこいつら、ハグリッドが犯人だと思ってる、何が友達だ、少しも信じてないんだろうがッ!
錫杖を取り出して、目の前の男子生徒へと向けた。
「いいぞ、やりたいならやってやるよ。
かかって来いよクソガキ、後悔させてやる」
「ヨーテ、落ち着け、今やるとまずいんだぞ」
「離れてろアーガス」
フィルチを睨んで隅に離れさせ、杖を構え直す。
立つだけであばらが痛むが無視する、この勘違い野郎を叩きのめすのが最優先なんだよ。さあ覚悟しろよ、俺は今怒ってるんでな。
「〈レダクト!〉」
背後の一人がレダクトを撃ってきた、しまった!咄嗟に振り返り防ごうとするが間に合わない、レダクトはギプスに直撃し、ギプスを粉々に粉砕した。
「ガ、ギゃあああッッ!」
中身の関節の砕けた右腕がだらんと垂れ下がり凄まじい激痛が全身に電流みたいに走る。畜生痛いなんてモンじゃない、動けない!
「誰が一対一だと言った、グリンデルバルド!」
「お前らッ!怪我人相手に、三人でっ!恥はねぇのかよ、卑怯者がッ!」
フィルチが俺の前に立ち塞がり怒声をあげる、すると連中は憤怒に顔を歪めた後、フィルチに向かって杖を向け呪いを唱えた。
「〈蜂刺し呪い!〉」
バーン、という大きな音と共に白い光が放たれた。
光は顔に命中しフィルチは痛みに呻き、彼が押さえていた部分がみるみる真っ赤に腫れ上がる。
蜂刺しの呪い、その名の通り呪った相手に蜂に刺されたような激痛を与え、当たった部分を酷く腫れ上がらせる呪いだ。
「闇の魔法使い相手に卑怯もクソもあるかッ!〈ラカーナム・インフラマーレイ!〉」
相手の杖から青い炎が飛び出しフィルチの肩に着火、ローブを燃え上がらせる。
「うああッ!?〈消火せよ!〉、〈消火せよ!〉
クソッ、消えろよ、うあっ、ぎゃああッ!」
必死になって借り物の杖で火を消そうとするが、スクイブのフィルチは消火呪文を使えないんだ!腕押さえてる場合か、俺が消してやらないと!
「痛ッづ、ああっ、この!〈消火せよ!〉」
慌てて唱えた呪文が功を成し炎が消え、大火傷を負った肩を押さえ苦しげに喘ぐフィルチ、三人組はそれを冷めた目で見つめていた。
こいつら、よくもアーガスにまでこんな事を!
「お前らッ、狙いは私だけだろう!アーガスに、ここまでやる必要があるかッ!?こいつは関係ないのに、何もッ、悪くないのにッ!」
「関係ない、悪くないのに、だと?お前と一緒に居たし庇ったじゃないか!ならソイツも共犯だ、ただでは帰さないぞ!」
怒りのままに杖を向けて怒鳴り散らす男子生徒。
フィルチにまで質の悪い呪いを浴びせ、しかもこんな火傷にまでさせておいて、理由は俺と一緒に居て、俺を庇ったからだと?
・・・それだけで、こんな目に遭わせたのか。
「このッ・・・この・・・ッ」
視界が霞む、あまりに頭に来すぎて涙が出てきた。
痛みもどうでも良くなって来た、何だよこいつら、フィルチを俺の巻き添えで襲いやがって。
俺みたいに悪名が知れ渡ってる訳じゃないのに、どこにも犯人と疑われる要素なんてないのに!
俺なんかを、庇ってくれるような子なのに!そんな子に、なんて事をしてくれたんだ、お前達は!
「次はお前だ、グリンデルバルドッ!」
「やって、みろよォォァァア!!」
杖を高く掲げ、魔力を集中しつつフィルチを巻き込まないように寄せる、俺の近くじゃないと、巻き込まれてしまうから。
手加減なんか、しない。
「〈プロテゴ・エンゴージオォ″ォ″ォ″!〉」
「メリィソート先生ぇっ、大変だ!」
闇の魔術に対する防衛術の授業中に管理人であるアポリオン・プリングルが、血相を変えて教室に飛び込んできた。
「プリングル、何事かね?」
「すぐそこで、生徒が馬鹿げた呪文を撃った!
廊下がメチャクチャだ、助けてください!」
泡を飛ばしながら喚くプリングルに連れられ、メリィソートが授業を中断し現場に向かう。
ーーあの子か?いや、まさかな。
ついさっき医務室に向かった少女が頭に過る。
廊下が損壊する大暴れをする生徒など彼の思い付く限り全学年でも彼女だけだ。
しかし彼女はまともに歩けない程の重傷、そんな状態で問題を起こすとは思えなかった。
しかし彼の予想は、現場についた時崩れ去った。
「なんだ、これは」
現場はまるで怪獣でも暴れたような有り様だった。
まず床には浅いクレーターが出来ており、そこら中に石の破片やガラス片が転がっていた。
しかもクレーターの外部には三人の生徒が、酷い打撲のような怪我を負って苦しんでいる。
しかし何より深刻なのはその中央だった。中央に居た生徒を見て、メリィソートは呻いた。
「ミス、グリンデルバルド・・・」
クレーターになっていない一点に錫杖を支えに肩に火傷を負った生徒の傍らに立っていたのは、その場の誰よりも消耗し虫の息となっていた、ヨーテリア・グリンデルバルドその人だった。