最後のただの日常、お楽しみください。
ルビウス・ハグリッド。
グリフィンドールの二年生であり、もじゃもじゃ髪の頭と、黄金虫のような目を持った、異常な程デカく勇敢で優しい男の名だ。
彼は決して優秀では無かったが、しかし周囲の友人達、何より自分より小さな父親に、それはそれは、大層に愛されていた。
「うん、ちっと字が汚いが、いいだろ」
ひしゃげたペンを置いて、手紙を眺めるハグリッド。
ハグリッドに服の棚にちょこんと乗せられても、大笑いしてみせた彼の父親に書いた手紙だ。
「どうも体調が悪いらしいからなぁ。
体に気を付けろ、よし」
親を気遣う一文を書き足し、封筒に入れる。
後はふくろう便で自宅に送るのみだ。
「さぁて、忘れモンはねぇな?
とっとと飯済ませて、ふくろう小屋に行かにゃーな」
封筒をポケットにしまい、朝食に向かうハグリッド。
談話室に出れば、獅子寮の生徒がたむろっていた
「よおハグリッド、もう行くのか?」
親しい生徒が笑いながら声をかけてくる、ハグリッドは大きな声で笑い返し陽気に返事をする。
「おう、腹が減って仕方ねぇ。
先に行ってるぞ、オメェらも早くな」
笑って手を振り合いながらハグリッドは談話室を後にする。
彼は他の者と比べて、明らかに大きい。故に大広間への道のりは、彼には少し短い。
大広間に入るとそこには食事を行う生徒と、バイキング形式のパンやベーコンなどがあった。
腹が減ったというのは半分は嘘。彼は大広間では食事をしない。朝食を懐に隠し、大広間を出ていこうとする。
「ヨーテ、急がないと間に合わないよ」
「馬鹿、あのゲテモノ見ながら飯なんか食えるか」
スリザリン席には朝食にがっつく金髪の少女と、呆れ顔でそれを見つめる柄の悪い少年が居て、ハグリッドは苦笑しながら彼らに近寄った。
「よう、どうしたフィルチ」
「ヨーテが満腹まで食うって聞かないんだ。
どうせアイツ見たら全部吐くのに」
困った様子でため息をつくのは、スクイブだが退学をギリギリ免れる成績をキープするアーガス・フィルチ。彼より2つ上の友人だ。
そして食事にがっつくこの少女は学年最悪の札付き、ヨーテリア・グリンデルバルドだ。
「ほふぅ、食った食った。
じゃあ行こうか、ゲテモノが待ってる」
「おう」
二人が幾つか朝食を掠めとりローブに隠し、三人で朝食を隠して膨れた部分をうまい具合にカバーしつつ、大広間を出る。
彼ら三人には共通の目的がある。
この朝食をハグリッドのとある友達に届ける、その為に毎朝、こうして食事を密輸するのだ。
「アラゴグ!ごはんだぞぉ!」
誰も立ち寄らない廃倉庫にて、ハグリッドが大声で、自分の友達を呼んだ。すると倉庫内の隅から、彼の最愛の友が現れる。
大きな八本の脚に、膨れたお腹、つぶらな数えきれない複眼。
ここ一年で大型犬くらいに成長した、ハグリッドの親友、アラゴグだ。
「お″え″ッ、うぐぶっ、ゴブッ」
ヨーテリアが口を押さえて苦しみ始めると、アラゴグは不機嫌そうに鋏を鳴らした。
「カシャ、ヨーテリア、無礼だぞ、カシャカシャ。
見るなり吐きそうになるなんて、カシャ」
「すっかり喋れるようになったな」
「おう!何てったってアラゴグは天才だからな!」
ハグリッドは誇らしげに胸を張り、アラゴグへ懐から取り出したパンを渡す。
するとアラゴグは器用に二本の脚でパンを掴み、鋏で切り分けながら食べていく。
「本当は肉がいいんだろうが、ベーコンはあまり持って来れなんだ。
すまねぇな、アラゴグ」
「カシャ、構わんよ、ありがとうハグリッド、カシャ」
ハグリッドからベーコンを受け取りながら嬉しそうに鋏を鳴らすアラゴグ。
ハグリッドもパンをかじりながら、笑って彼の殻を叩いていた。
やがてアラゴグが朝食を全て平らげ、彼らはそれぞれの場所へと戻る。
ハグリッドはふくろう小屋だ、手頃なふくろうを見つけ、足の筒に手紙を入れた。
「頼んだぞ」
ハグリッドが声をかけると、ふくろうはふんぞり返って一鳴きし、小屋の窓からハグリッドの自宅へと出発する。
「さ、授業だ、遅れちゃまずい」
早歩きで授業に向かうハグリッド。彼は頭は良くない、だが幸せであった。
満ち足りて、愛されて、親しまれて、そんな日々が続くことを、豪快に笑いながら願っていた。
「あ・・・?」
数日後届いたふくろう便を見て、ハグリッドは唖然とした。届いた手紙は、彼の父親の悲報だった。
「親父が、死んだ?」
急病による父の死亡、彼は状況が把握出来なかった。
しかしすぐに青ざめながら、手紙を破り捨てた。
「何を馬鹿な、悪戯に決まってらぁ」
彼は信じなかった、信じたくなかった。陽気で優しいあの父が、あまりにも急すぎる。
質の悪い悪戯、彼はそう片付けようとした。
「・・・ルビウス・ハグリッド君だね?」
自室に彼の尊敬する偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアが来た時、これは悪戯では無いと悟った。
「・・・親父は、ホントに死んだんですかい?」
「ああ、間違いない。
自宅で安らかに眠っているのが発見された」
ハグリッドは崩れ落ちそうな身体を、その精神力で持たせながら、ダンブルドアを見つめた。
「お、親父に会いてぇです、見て確かめてぇ」
「よかろう、わしも付いて行こう」
ダンブルドアに連れられ、ホグワーツを出る。
敷地を出るなり、ダンブルドアが姿あらわしをして、ハグリッドの自宅へと直接飛んだ。
数ヶ月ぶりの帰宅、しかし穏やかな心境では無い。
父親の寝室へとたどり着いた時、ハグリッドは耐えきれず崩れ落ちた。
「ああ、あ″あ″あ″あ″っっっ!!」
顔に布を被せられた、小さな父親。
陽気に笑って毎日を楽しんでいた男の亡骸が、そこに静かに、眠っていた。
葬儀はハグリッドのみで行う事にした。身内は居ない、父親には自分しか居ない、寂しいが勘弁してくれ、とハグリッドは父親の棺を墓に埋めていた。
その間ハグリッドは歯を食い縛り、泣いて送るまいと、泣いて逝かせまいと耐えていた。
「急すぎるな、親父よお」
ほとんど埋まった棺を眺めながら、ハグリッドは努めて気軽に呟いた。
「簡単に死ぬタマじゃないって言ってたろ、え?見えねぇが情けなくて仕方ないだろ?
へん、この前まで俺に棚に置かれても、大笑いして楽しんでやがった癖によ」
声色は明るいが、ハグリッドはさらに顎に力を込めた。
「いっつもゲラゲラ酒飲んでてよ。
未成年の俺にまで薦めやがって、きっと満足して死んだんだろうな」
棺が完全に埋まり、ハグリッドがスコップを地面に突き立てた。
「・・・馬鹿野郎」
ハグリッドは努力した、しかし耐えられなかった。
天を仰ぎ、盛大に男泣きするしか無かった。
「親父が死んだら、俺ァ世界で一人ぼっちなんだぞ!
何で死んだんだよ、バカヤロォォオッッ!!」
半日、ダンブルドアに慰められるまで、ハグリッドは吠えるように泣き続けていた。
ホグワーツに戻ってもハグリッドは立ち直れなかった。彼は天涯孤独となった、なってしまった。
仲の良い生徒たちは彼を気遣ったが、それでも彼の心は癒えなかった。
父親の笑顔と、静かな亡骸が忘れられなかった。
朝食を隠し持っていく際も、彼は沈んだままだった。
「・・・ハグリッド?どうした?」
アラゴグの廃倉庫には先客が居た。トム・リドル、彼の先輩の一人だ。
アラゴグの存在を学校に知らせず、一番にアラゴグの養育に賛成した男だ。
「・・・何でもねぇよ」
「嘘をつくな、それはうちひしがれた顔だぞ」
「カシャ、ハグリッド、どうした?カシャ」
「何でもねぇんだ、ほっといてくれ」
ぶっきらぼうに言い放つハグリッド。
しかしアラゴグは4本の脚でハグリッドを抱き寄せ、不器用に彼を抱き締めた。
「カシャカシャ、無理をするな、友よ。
私達は相談に乗る、乗ってみせる」
「聞くだけ聞かせるんだ、ハグリッド」
その優しい言葉に、ハグリッドは再び泣いた。泣きに泣いた、もう涙は止まらなかった。
ハグリッドは話した、父の悲報を。自分が孤独になり、一杯一杯である事を。
しばらくして、ハグリッドは目頭をこすり、二人に礼を言いながらアラゴグから離れた。
「すまねぇ、だが楽になった、ありがとうな」
「気にするんじゃないハグリッド。
自分の持ち物だ、大事にすべきだろ」
リドルが何を言っているのかは理解しかねたが、自分を気遣った一言だと合点した。
ルビウス・ハグリッドは天涯孤独となった。しかし、断じて一人ぼっちでは無かった。
少なくとも、彼の中では、絶対に。