「〈レダクト!砕けろ!〉」
「〈エンゴージオ〉」
「隙ありだ、〈ディフィンド!〉」
「〈ルーデレ〉」
「〈エクスペリア・・・〉」
「〈エンゴージオ!〉」
あ″あ″あ″っ、ウザいなぁっ!
もう同年代も三年生、ガキとは言えやはりホグワーツの生徒、嫌に優秀なもんだから、しっかりとした呪文を授業でやったと思えばすぐに物にして俺への襲撃に使いやがる。
マッドアイ絶対来んなよ、アバダ撃たれたら終わりだ
「〈ナメクジくらえ!〉」
「ぐおおっ、おぶっ!?」
一瞬気を抜いたばっかりに見事に呪いを食らう、ナメクジの嘔吐が止まらなくなる呪いか、最悪だ。
最近はプライドを捨てたのか、数の暴力で続けざまに団体で襲撃が来る、休みがない。
「エンゴ、おぇ、〈エンゴージオ!〉」
自分の腕をエンゴージオで肥大強化させ憎むべきクソガキを掴み上げ、地面に落とす。
「こっ、この!何をす、うわァァッ!?」
口の中のナメクジを全部そいつの顔面にぶちまけ、よろめきながら徘徊し先生を探す。呪いを解いてもらわねば、気持ち悪い。
「「〈インカーセラス!縛れ!〉」」
インカーセラス、対象を発射したロープで縛る呪文。
生徒が突然俺を包囲するように現れ、ルーデレでは弾けない多方向から縄を放つ。
いくらなんでも今日の襲撃、多すぎる!
どうする事も出来ずロープで拘束され倒れてしまう、タイミング悪くナメクジも口に上がってきた。
「ハッハッハ、やったぞ!」
「そうら、今までのお返しだ!」
「闇の魔法使いめ、ホグワーツから出ていけ!」
ここぞとばかりに俺を蹴り飛ばすガキ共、こいつら本気で蹴りやがる、しかも部位を選ばずに。
「げお″っ!?ゴホッ!?」
腹に入った一撃のせいでナメクジを大量に吐き出し、気絶したフリをすれば連中はいい気になって英雄の凱旋気分で授業に向かう、簡単にやり過ごせる物だ、ガキは単純だな。
効果が切れたエンゴージオを腕にかけ直し、ロープを引き千切り立ち上がる俺。痛いしむかつくしで散々だったが幸い怪我はしていない、動かしても痛くないし、何より衝撃のせいかナメクジが止まった。
しかしフィルチおじさんと別に移動して正解だったな。
「・・・はぁ」
本当に散々だ、何で俺がこんな目にあってるんだ。ツイてないなんて物じゃない最悪だ。しかも今日は魔法薬学が一番最初、不幸だ。
謎のプリンスで出てきたスラグホーン先生の授業。優秀な者、有望な者を好む気の良い老人、俺は映画で見てそんな印象を受けた、でもあの先生、多分俺が嫌い、いや苦手なんだろう。ハリーをかなり評価していた記憶があるが、俺には随分と対応がぎこちない。
俺は魔法薬が苦手だ、大嫌いって言っても良い、しかもこの悪名高いブランドまである。
原作の主要人物とは極力仲良くしたいが、どうにもうまくいかない物だ。
まあ出来ないなら仕方ない、諦めて授業受けよう。
ホラス・スラグホーンは優秀な者が好きだ。とりわけ、将来成功するであろう者が好きだ。
そういった者達に自分が影響を与えている、自分が成功するより、そういった事実を好む。
成功者より後身、もしくは恩師。そういった立場をこよなく愛する男だ。
「皆来たな?よろしい!
それでは魔法薬の授業を始めよう」
彼の愛する優秀な子らの授業が始まる。教鞭はふるうは己、スラグホーン先生、スリザリン寮監にして魔法薬学教授。給料に不満があったりするが悪くないと考えていた。
しかも今年は有望な名家出身、秀才が選り取り緑、中でも彼のお気に入りは、トム・リドルという男だ。
品行方正、文武両道の天才、否、鬼才だ。名家出身でも無いのに誰よりも優秀でその癖謙虚、堅実な優等生。
彼の成功する様、そしてちょっぴりのお礼が、それはそれは楽しみであった。
「さ、今日は眠り薬を調合するぞ、教科書を開きたまえ、102ページだ。
材料は棚から持ちたまえ、多少持ちすぎても構わん」
言うが早いか作業を開始する生徒達、本当に優秀な子供達だ、スラグホーンはそう喜んだ。今まで誰も問題を起こしてはいない、一人を除いて。
各々材料の豆を割る、植物を切る等、材料の用意は良好、問題は調合だ。こればっかりは個々の判断力に左右される。鍋の混ぜ具合、時間、工夫の仕方。一人一人大きく変わるその工程の中で、出来の良い、悪いは大きく変わる。
うまく行けば綺麗なカベルネレッドの水のような無臭の眠り薬が出来るが、果たして何人がその薬を調合出来るのか。
スラグホーンは生徒の鍋を順繰りに眺め、数人の辺りで苦笑を浮かべた。
ある生徒は紫の毒々しいあからさまな劇薬、ある生徒は刺激臭の酷いタール、どれもこれも、服用に足る物では無い。
しかしスラグホーンはそれで良いと考えていた。
何せこれは試験では無く授業、失敗は当たり前。むしろ失敗は成功の母、大いに結構だと。
しかし一人は失敗も有り得ない、彼に失敗は無い。カベルネレッドの輝きを眺めながら、スラグホーンはその薬の作製者に微笑んだ。
「素晴らしいぞ、トム!流石は我等が優等生、完璧な眠り薬だ!スリザリンに3点!」
称えられたリドルが謙虚かつ嫌みの無い微笑みを浮かべた。その素晴らしい男をもう一度誉めてから、隣の席の(問題児)の鍋を眺めた。
ーー何だこの冒涜的な物体は。
そこには何故か蠢く乳白色のゲテモノ。
作製者の金髪の少女は、ただでさえ死んでいる目をこれでもかと無機質に光らせて真顔を貫いていた。
「あー、ミス・グリンデルバルド?
君に限ってとは思うが、材料が違うのでは?」
「合ってます、先生」
微動だにせず機械的に返答する彼女。
彼女こそ問題児、ヨーテリア・グリンデルバルド。最悪の魔法使いの娘にして、才能皆無の女の子。
愚鈍では無い、馬鹿でも無い、まして不真面目でも無い。しかし彼女は致命的に調合が下手であった。
「ま、まあ失敗は成功のなんとやら。
次は頑張りなさい、単位はあげるから、ね?」
涙目に見えなくもない彼女に声をかけてから次の席に向かうスラグホーン。
彼は彼女が苦手であった、その名も性格も。
まず名前だ、確かに有名ではあるが、今の魔法界にグリンデルバルドの名は害悪だ。現在進行形で悪魔のような行為を働く男の捨て子とは言え娘、札付きなのは確定。
そしてその性格、彼が一番苦手な面だ。彼女は非常に粗暴で乱暴者、しかも容赦が無い。
血の気が多いのか巻き込まれやすいのか、しょっちゅう揉め事を起こし医務室を賑やかにする。
だと言うのに意外に繊細だったり、変に大人びた振る舞いをしたりとはっきり言って、安定しない。
問題を起こす度に彼のお気に入りまで手にかけ、毎度毎度ダンブルドアに厳重注意を頼まれ、はっきり言って彼女は疫病神だった。
しかし他の才能無い者と同じように無関心でいれば、ダンブルドアに何されるか分かった物では無い。
ーー悪い子では、無いんだがなぁ。
逃げるように次々調合薬を観察しながら、彼は盛大にため息をつくのだった。
調合したら神話生物が出来てました。
いや、何だよこの不思議物体は、白いしうねうね動くし、もう最悪だ。
材料の豆を料理の癖で磨り潰したからか?それとも草を千切りにしたからか?まさか砂糖か?砂糖入れたからか?何だっていいが、これは評価最低だな。
毎年魔法薬学だけは最下位キープだ、今年も多分ドンケツだな、間違いない。
スラグホーン先生、見捨てないでください。あんた割と好きな先生だから傷付くんです。
「結構!では調合を止めたまえ、火も消してな。
次の授業では、試験を行うぞ。
今日作った眠り薬を調合しその出来映えで点数をやろう。
ちなみに最高点から三人まで、この摩訶不思議な魔法薬をやろう。」
そう言ってスラグホーン先生が、小さなかわいらしいデザインの瓶を取り出した。あれは、確か、えーと。
「これぞ、フェリックス・フェリシス。通称幸運薬、8時間分だ」
「っ!?」
思わず身を乗り出してしまう、間違いない、フェリックス・フェリシスだ。
ハリーはこれのせいで一悶着あったがさして問題では無い、素晴らしいメリットがある。
あれ使えば、一日襲撃受けずに済むかも!?
「では次の授業で会おう、よく復習したまえ!」
「ミネルバっ!」
「ヨーテリア、どうしました?」
今日も補習を受けていたマクゴナガル先生に突撃する。
先生が真面目で助かった、ダンブルドアの部屋に行けば大体居るからいつでも会える。
「魔法薬学、出来るか!?」
「当然です、しかしどうして?」
「眠り薬の作り方教えてくれ!」
直球にマクゴナガル先生に詰め寄る俺。
困惑した顔されるが関係無い、こっちは平和と身の安全がかかってるんだ。
「いいですが少しお待ちなさい、あと少しで一節終わるんです」
言うなり大急ぎでノートを纏める先生、補習の邪魔して悪いが勘弁して欲しい。
あの幸運薬の効きっぷりは本物だ、使えば確実に俺は一日を安心して過ごせる筈。
「終わりましたよ。先生、今日もありがとうございました」
「今日もよく頑張ったのう、お疲れ様じゃ。ヨーテリアを頼むよ」
「全力を尽くします」
マクゴナガル先生を連れて庭に向かう俺。
絶対に、幸運薬を手に入れてやるぞ。
中庭にて、勉強を行うヨーテリアとミネルバ。
はっきり言ってミネルバは参っていた、このヨーテリアの圧倒的な才能の無さに。
軽い工程テストを紙で行い、彼女はため息をついた。
「ヨーテリア?何で豆を切らずに砕くんですか。
それに薬草は煎じる訳ですから、粉々におろしてはなりませんよ」
「えっ、でも薬に溶かすんだぞ?砕いて磨り潰した方が溶けるし、おろした方が薬に馴染むよ?」
「必要なのは材料の汁が主であって殻や葉では無いんです。それと調味料を混ぜてはいけません」
淡々と間違いを指摘していたが、ミネルバは頭が痛くなるばかりであった。
ヨーテリアの調合法はどれも的外れで、中には極めて危険な物まであった。
学年最下位は己を卑下しすぎだと思っていたが、勉強している内に納得してしまう自分が居た。
「何をどう勘違いすればこんな・・・」
「ミネルバ・・・幾つ間違いがあった?」
片手で額を押さえながら訪ねる彼女、少々酷な事実であるが、ミネルバは意を決して通算した彼女の間違いを告げた。
「20問中18問間違い、中でも酷い間違いが、(味見する)でした」
最終工程前の薬にすらなっていない状態での、自殺行為としか思えない暴挙であった。
「・・・自信無くすわぁー・・・」
凄まじいまでの落ち込みように慌てるミネルバ。
「狼狽えなくてもよろしい。
まだ時間はあります、安心なさい」
「私、今何歳よ?相当なもんだぞ。
何?正解二問だけって?自信無くすわ・・・」
項垂れ呟く彼女、これは燃え尽きている。彼女の落ち込み様はハッキリ言って異常だが、その無気力かつ絶望に満ちた様がミネルバの中の何かに火をつけた。
「しっかりなさい、グリンデルバルド!
こんな程度で何ですか!?ほら、ペンをお持ちなさい!
こうなったら私は何がなんでも!あなたに眠り薬を作らせて見せます!」
それからのミネルバは凄かった。ヨーテリアの間違いは徹底的に正し、へこたれれば鬼となって叩き直し、眠り薬の工程を一から十まで嫌と言う程叩き込んだ。
途中本気で泣かれたが真顔で黙らせ、どうにか調合の工程を理解できるようになった。しかし、問題はここからだ。
魔法薬の混ぜ方、混ぜる時間、火の具合。これはデータだけで分かる代物では無い、その場の感覚、タイミング、閃きが大事だ。
ミネルバは出来る限りそれを代用出来るよう、知識や過去の調合法、あらゆる物を叩き込んだ。
後は本番、全てを実践するのみだ。
「やあやあ皆、いよいよ試験の時間だ、前に言った通り、眠り薬を調合してもらう。
フェリックス・フェリシスはここにある、上位三名にこいつを進呈しよう。
さあ、調合を始めようか!愛すべき幸運薬を手にするのは誰かな?」
試験が始まった。
アーガス・フィルチは幸運薬は欲しくは無い、そもそも自分に狙える代物では無い。辛うじて平均をキープしているだけの自分にスリザリンの優秀な化け物達は下せない。そう思い適当に済ませて友人を手伝おうと思っていた、しかしその友人が一番大変だった。
「ヨーテ、どうしたんだ?
大丈夫だ、単位はくれるって言ってたろ?」
何故、この恩人で友人な彼女はこんなにも固い表情をしているのか。
機械のように無機質な顔をしながら明らかに危なげな手付きで材料を切り分け、鍋に慎重に入れていく。その工程はいつに無く正しい、切り具合も見事な物だ。
しかし、いつもやらかすのが調合である。無茶苦茶な混ぜ方をしたかと思えば、よく分からない粉を入れていた今までと違い、教科書通り正確に半時計回りに混ぜている。
その表情は真剣そのもの、目も心無しか活気がある
「うお″っ・・・」
突然彼女が低い声をあげた。
「どうした、ヨーテ」
「・・・ちょっとミスった」
真っ青になりながら呟くヨーテリア。
途中で混ぜるペースを崩した、と死にそうになりながら彼女は呻く。
彼女の眠り薬は無臭で水のようだったが、色はカベルネレッドでは無く、どす黒い赤だった。
そして無情にもスラグホーンが、終了の合図として手のひらを数度叩いた。
「そこまで、皆よく頑張った。
では採点を行う、祈ると楽になるぞぉ」
スラグホーンが次々と生徒の鍋を見て回る。しかしどうやらよく出来た生徒は居ないらしい、鍋を見るたびに渋い顔か、苦笑を浮かべている。
しかしリドルの鍋を見た途端、満面の笑みを浮かべた。
「ああ、分かっていたよトム!君の眠り薬は完璧だ、文句無し!スリザリンに3点、うむ!」
やはり彼は成功したらしい、静かな笑顔で拍手を受け入れるリドル。
次はヨーテリアの眠り薬だがそれを見た途端、スラグホーンは目を見開いた。
「・・・こりゃ、たまげた」
信じられない、そんな顔をして次に行ってしまう。
フィルチは無視された事が不満だったが、真っ青のまま震える友人を見ていてそれ所でなかった。
しばらくすると動揺した顔のまま、スラグホーンが教卓に戻ってきていた。
「では、上位三名を発表する。
まずは一位、トム・リドルだ、文句無し!服用に足る安全かつ確実な眠り薬だった!
二位はアブラクサス・マルフォイ!少々効果が強いが、良い出来だ、大した物だ!
そして三位が・・・」
スラグホーンが何度も教室を見直す。明らかに動揺しており、言葉が出てこないようだ。
かなりの時間を経て、ようやく口を開いた。
「・・・ヨーテリア・グリンデルバルド」
教室中に凄まじいどよめきが起こる、しかし誰より驚いたのは呼ばれた本人、他ならぬヨーテリアだった。
フィルチは開いた口が塞がらなかった。三年間、魔法薬学の学年最下位に居続けた彼女が?
「以上三名にフェリックス・フェリシスを贈る、さあ、前に出なさい」
リドルとマルフォイが教卓に向かうが、ヨーテリアは放心して動かない。
フィルチが慌てて前に行くように促すと、よろめきながらも教卓に歩いて行った。
「では君達に愛しい幸運薬を贈ろう、上手に使いなさい」
前に出た三人にフェリックス・フェリシスが渡されたが、拍手は起こらず三人は静かに席に戻る。
ヨーテリアはフェリシスを握り締めたまま、ゆっくりと席に着席した。
「これにて授業を終了する!皆、この後の授業に遅れるなよ!」
締まらないまま終わってしまった授業、誰もが口々に信じられない、などと呟く中、フィルチは幸運薬を握り締め震えている友人の肩をとんとん、と数度叩いた。
「凄いじゃないか、三位だぜ三位!やっぱりヨーテは凄いんだな!」
フィルチがそう誉めると、彼女はぎこちない笑みを浮かべ、握る力を強めた。
結局彼女は、一日幸運薬を手離さなかった。
「フェリックス・フェリシス」
小さな小瓶を眺めながらリドルが呟いた。手の中には幸運薬、飲めばあらゆる事が幸運に運ぶ薬。
彼は別段欲しくは無かったが、とりあえず、という形でポケットにしまった。恐らく近いうちに使う事は無いだろう。
彼は探していた、彼の求める門を、秘密の部屋の入口と、それを開く方法を。
「・・・フフッ」
しかし、こんな物はいらない、こんな物に頼る必要は無い。
自分はすぐそこまで来ているのだ、だからこんな物の手柄にしたくは無い。
あれは僕の手柄だ、僕だけの偉業だ。それに部屋とは別に使いたい用事もある。
そう思いながら、彼は底冷えするような、冷たい、恐ろしい笑みを浮かべた。