ベル君境遇or性格改変もの
『─────ベル。冒険者なら、ダンジョンに出会いを求めなくっちゃな』
その時、様々な知識を教えてくれる義祖父を、初めて色ボケ爺だと思った時の言葉。
男の浪漫の何たるかを熱心に語る義祖父を冷ややかな目で見ていた事を、実際にダンジョンにやって来た今でもとても良く覚えている。
『醜悪なモンスターから、か弱い女冒険者を助け良い仲になる。それが冒険の醍醐味ってヤツだ』
─────ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
断言しよう、勿論間違っている。
モンスター犇めくダンジョンに潜る女冒険者は、そもそも決してか弱くなど無いという一点。
そして人生そんな都合の良い展開など、醍醐味と呼ばれるほど無いという厳しい現実が一点。
当時知識を貪る本の虫であった幼い自分でも、否定する材料がホイホイ浮かび上がった。
故に断言しよう。
ダンジョンで出会いを求めても、出会うのはモンスターであると。
「ヴヴァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
「ほっ、ほっ、ほっ」
今まさに、本来上層には存在しない筈の頭牛人体のモンスター『ミノタウロス』が、僕を追いかけていた。
並みの冒険者なら裸足で逃げ出す迫力を撒き散らす咆哮が、背中を打ち付ける。
ミノタウロスは世界で唯一ダンジョンが存在するここ迷宮都市オラリオで、冒険者歴半月の
都市とダンジョンの管理機関─────ギルドから階層領域ごとに定められる脅威判定で、最高に認定される中層最強モンスター、それがミノタウロスだ。
ギルド支給の短刀ではその刃は強靭なミノタウロスの筋肉に阻まれ、膂力に至っては僕をミンチにすることも容易いだろう。
ただの駆け出しのlevel1が向かっていっても、哀れな壁の染みになるのがオチである。
このままでは時期、僕の体力が尽きる。
勿論、駆け出し極まりない自分の貧弱なステイタスでは、真っ向から相手取ってもあの暴走する闘牛に轢き殺される定めだ。
─────だが、幸か不幸か僕は駆け出しの冒険者であって、戦場の素人ではない。
『ヴァッッ!!!!?』
ミノタウロスが、何かに足を取られて引っくり返った。
全力疾走していた勢いで地面を抉りながら転がり、仰向けに倒れる。
そして猛牛はそこで自身の足に絡まる鋼糸に気が付いた。
僕が走りながら、鋼糸が仕掛けられたナイフを投擲して罠を設置したのだと。
「そぉい」
『ゥヴァッ─────』
そんな隙だらけなミノタウロスに、すかさず目潰し。
僕は懐のナイフ二本を、振り返り様に投擲した。
僕のナイフは大概の人型モンスターなら急所である眼球に命中。
爆走していたミノタウロスにそこまで精密で機敏な動きを望めるべくもなく、見事ミノタウロスの眼球を貫き、視界諸共引き裂いた。
『ヴヴァアアアアアアアアアアアアア!?』
両手で目を抑え、激痛で絶叫する顎に支給品の短刀を留め金代わりに嵌め込み、眼球に刺したナイフを引き抜く。
「大口開けてくれて有り難う」
そのまま激痛に喘ぐ口の中から脳髄と脊髄を潰さんと、僕は両手に持ったナイフで思いっきり引き裂いた。
『─────ッッッ!!!!???』
体の内側から頭部付近を引き裂かれた頭牛人体のモンスターは、筋肉隆々の強靭な肉体を痙攣させてダンジョン五階層の地面に沈んだ。
「フゥ─────……。ま、このまま倒せたら綺麗に終わるんだけどねー……」
僕は息を吐きながら、泡を吹くミノタウロスの口から両手を引き抜き、痙攣するモンスターを見下ろす。
モンスターはダンジョン内外に問わず、死亡して暫くしたら核である魔石を残して塵に消える。
時たま肉体の一部が残りドロップアイテムとして冒険者の臨時収入となるが、未だに肉体を保っているミノタウロスは生きているということなのだろう。
首から下が一切動かないことを見ると、脊髄は破壊したが流石に脳までは筋肉に阻まれ届かなかった様だ。
顎の長さの割に小さい脳に届くほど、そこまでナイフも長くは無い。
試しに喉元付近にナイフを突き立てるも、薄皮一枚貫いて止まってしまう。
武器の性能もあるだろうが、僕の筋力では赤銅色のミノタウロスの筋肉を突破することは出来ない。
幾らモンスターに泣き所─────核となる魔石という弱点を知っていても、届かなければ話にならない。
そもそも駆け出しの自分が戦う相手では無いのだ。
五層に居る訳がないミノタウロスのレベルの高さより、そんなモンスターと遭遇してしまう自分の運の無さに溜め息が出る。
「でも、折角だからキチンと倒したいなぁ」
格上のモンスターを倒して『
鋼糸を回収しながらそんな欲望に駆られ、何とかミノタウロスの処刑方法を考えていると、一陣の風が吹く。
「えっ……?」
「うん?」
現れたのは、美しい金髪を靡かせる女神を思わせる美少女だった。
蒼を基調にした軽装に包まれた肢体にいたいけな童顔は、黄金の瞳を驚愕に見開かせていた。
そんな義祖父が語っていた様な、か弱くは無いが美少女を、僕は知っている。
迷宮都市オラリオの最強の一角である【ロキ・ファミリア】幹部、
その髪は金糸の様で。
チラリと視線を動かせば豊かな横乳となめらかな肌が垣間見える。
神々の如き美貌。
魅了されるなと言うのが難しいだろう。
勿論、美の神が齎す状態異常である魅了とはまた違うが。
しつこいようだが、駆け出しの自分にとって雲の上のような存在だ。
「これは、君が?」
「アッハイ」
泥臭い戦場と暑苦しい野郎との
そこで漸く、ミノタウロスが五階層に居る理由に気が付いた。
「もしかして、このミノタウロスは……」
「……ごめんなさい」
可愛らしく目尻を下げて謝罪するヴァレンシュタイン氏曰く、このミノタウロスは十七層で彼女達【ロキ・ファミリア】が遠征帰りに遭遇、取り逃がしたモンスターなのだという。
完全に中層最強のモンスターが、こんな駆け出し用の階層で暴走していたのかに得心いった。
「償いがしたい」
「そう言われても……」
確かに、もしミノタウロスに襲われた冒険者が僕以外の駆け出しだったのなら、成る程最悪の事態になるだろう。これはまさしく【ロキ・ファミリア】の失態だ。
それに恐らく彼女は考えていないだろうが、死者が出れば【ロキ・ファミリア】自体にもギルドからペナルティーが与えられたかもしれない。
ミノタウロスを【ロキ・ファミリア】の人間が討てばまだ笑い話で済んだものの、問題は駆け出し極まりない自分が倒してしまったことだ。
死に体のミノタウロスの有効活用に思い付き、鋼糸をミノタウロスの首を締め上げるように巻き付けながら、返答に窮する。
ハッキリ言って思い付かない。
美少女と会話してるぜヤッフゥー! と舞い上がっている現状、無下にするには美味しすぎる申し出に、僕の返答はヘタレだった。
「こ、今度会うまでに考えときます」
「うん、待ってるね」
パアッ、とクールだがよく見ると嬉しさで顔を明るくした彼女は、僕のヘタレた返事に満足してくれた。
「【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルです。ベルって呼んでください。まぁ、見た目通り駆け出しですが」
「ん。【ロキ・ファミリア】アイズ・ヴァレンシュタイン。本当に、ごめんね?」
「ヴァレンシュタインさんは有名ですから、知っていますよ。─────では、自分はコイツを仕留めるついでに戻るので、これにて失礼します。フンッ!」
「あっ……」
鋼糸を縄代わりにミノタウロスを重い巨体を引き摺りながら、全力でその場を後にする。
向こうでロキ・ファミリアの一員であろう人狼の青年の、アイズさんと会話する僕を睨み付ける視線から逃れる為だ。
「さぁてっ! ミノタウロス、君はどれくらい走れば窒息するっ?」
まぁ、最悪眼孔からナイフ突っ込んでかき混ぜるけど。
─────事の発端は、世界にひっそりと存在していた無限に怪物を産む魔窟の『穴』。
大穴から溢れ出る異形のモンスター群は、後世にて『英雄』と称えられる者達によって永年攻防を続けた末に『蓋』が築かれた。
そして当時の『古代』と呼ばれる時代が終わる転機、文字通りの超越存在『神々』の降臨と彼等が与える『恩恵』によって、モンスターに荒らされた『下界』の文化を育み、発展していく。
─────迷宮都市オラリオ。
『穴』─────後にダンジョンと呼ばれる地下迷宮の『蓋』としての役割を持つ要塞が、『神々』の降臨と共に盛衰を繰り返し築き上げられた、ダンジョンを核とした大陸屈指の大都市。
そこで、冒険者と呼ばれる富や名声や『未知』を求めてダンジョンへ潜る、ヒューマンを含めあらゆる種族の
これはそんな迷宮都市に、富でも名声でも地下迷宮に広がる『未知』でも無く己の居場所を求めてやって来た、傷だらけの一匹の白兎の物語。
一話 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っている(断言)
最終的にミノタウロスは、五階層からダンジョン出口の直前まで引き摺り回された辺りで塵と化した。
原因は肺機能の停止による脳死だろう。
「ぜぇッッ、ぜぇッ、ぐはっ……!」
そんなモンスターの巨体を引き摺り回した白髪赤目の少年─────ベル・クラネルは息も絶え絶えにギルドに足を踏み入れた。
「ベッ、ベル君!? どうしたの一体!」
そんな彼を見て悲鳴を上げたのは、彼の担当アドバイザーである窓口受付嬢、エイナ・チュール。
ほっそりと尖った耳はエルフの血統を想像させ、しかしエルフの美貌とは違い何処か角が取れた風貌のハーフエルフだ。
その細身でありながら女性として優れたプロポーションを有する彼女の
「ダンジョンでミノタウロスを引きずり回した!?」
「あはは、上手いこと脊髄潰せたんで折角だから、と思いましてハイ」
何が折角なのだろうか。
『─────冒険者は冒険してはいけない』
これは、多くの冒険者が無茶をして命を落としていった姿をギルド員として見てきたエイナの持論である。
勿論、level1の冒険者がミノタウロスを倒した等と答えても、世迷い言にしかきこえないだろう。
「ど、どうやってミノタウロスを倒したの?」
彼女は頭痛のする頭を抑えながら、小一時間問い質したい気持ちを落ち着かせてベルに問うた。
「全力で追いかけてくるのを、鋼糸で転ばせて眼球をナイフで潰して口の中から脊髄潰しました。尤も、それだけじゃ死ななかったので鋼糸で気孔を締め上げて引き摺ってましたけど」
「人型のモンスターの体構造が人と酷似しているのは調べ済でしたし」と、ニッコリしながら満面の笑顔でミノタウロスの処刑方法を答えた。
くらっと、エイナは駆け出しの少年の話に思わず卒倒しかける。
確かに目や口の中なら、ミノタウロスの強靭な筋肉を突破せずに傷付けられるだろうが、ソレを実行できるlevel1の冒険者など居るわけがない。
というか高level冒険者でも出来るとは思えない。
「
「いやまぁ、僕のステイタスじゃどのみち逃げ切れなかったですしね」
全く以て正論である。
殆んど初期状態に近いであろうlevel1のベルに、ただ逃げるという選択肢は死と同義。
仮に逃げ続けても何処かで追い詰められるのがオチだ。
「でも、どうしてミノタウロスが五階層なんかに……」
「あー……それは、えっと」
「責任問題になりますかね?」と溢しながら、【ロキ・ファミリア】が十七階層から逃がした事等、あらましを話す。
勿論、その後直ぐに『剣姫』や人狼の青年─────アイズ同様level5冒険者『
「まぁ、落ち着いてくださいエイナさん。彼等に悪意があったわけじゃないですし」
「当然! あったらそれは『
『
ダンジョン内で行われる作戦で、悪質な戦術の一つ。
先に自パーティーが遭遇したモンスターを退却などに際して任意の方法で別パーティーに押し付ける強引な緊急回避。
即ちMMORPGにおける
勿論、背に腹は変えられない状況などで行われる場合もあるし、今回の【ロキ・ファミリア】の場合はコレには当て嵌まらない。
十七階層のミノタウロスが、五階層まで逃げ出すのがおかしいのだ。
「でも、【ロキ・ファミリア】の方から謝罪は受けてますし、実際に僕も無事だったことですので余り大事にしたくありません」
「うーん。ベル君がそう言うなら、私からはもう何も言わないけど……」
尤も、ギルドの人間としては報告するだろうが。
恐らく【ロキ・ファミリア】には厳重注意が行くだろう。
幾ら相手が迷宮都市二大派閥の一角だとしても、新人を疎かにするという考えは長年この都市を管理してきたギルドには無いのだから。
「でも、どうしてミノタウロスを引き摺り回したりしたの? アイズ・ヴァレンシュタイン氏に止めを刺して貰った方が楽だったんじゃあ……」
「いやぁ、以前ダンジョンで群れに遭遇しまして。流石に無理な数だったんで全力疾走で逃げた時に、随分敏捷値が上がったんで……」
「ダンジョンで死に体のミノタウロスを引き摺り回しながらモンスターの相手をすれば、その分ステイタスが上昇するだろうと?」
思わず、エイナは顔が引き攣った。
ちなみにベルは報告していないが、他に様々な常識外れの奇行を行っている。
モンスター相手に態々素手で撲殺したり、ギリギリ態と紙一重での回避だけをし、暫く一切攻撃をしなかったりと様々。
その奇行は、彼に『スキル』まで与えたのだが─────
「全く、無茶しちゃ駄目だよ? 何時も言ってるでしょ、『冒険者は冒険しちゃダメ』だって」
「あはは……善処します」
曖昧に苦笑するベルに、しかし素直で優しく直向きで弟のような、しかし無茶し過ぎる少年に対して、どうしても甘くなるのをエイナは自覚した。
彼女は知っている。
何せオラリオにやって来たばかりの、
彼はまた無茶をするだろう。
自分を救ってくれた、主神に恩を返せるように。
「さて、お説教はここまで。ミノタウロスを倒したんでしょ? 早く魔石を換金しましょうか」
「はい。─────エイナさん」
「何?」
「いつも、有り難うございます」
「…………もう」
そのお日様のような笑顔に、エイナは何も言えなくなった。
ベルがギルドを去ってから同僚にショタコンの気があるのか疑われ、赤面して怒ったエイナが居たとか。
◆◆◆
冒険者とは、ダンジョンに潜りそこで獲た魔石を筆頭に様々なモノを売却、取引して得た収入で生計を立てている人達を呼ぶ総称である。
それはヒューマンだったり、ドワーフだったり、ノームだったり獣人だったりパルゥムだったりと様々。
そして冒険者は神々の恩恵─────『
『神の恩恵』とは、ステイタスというパラメータを『恩恵』を与えた人間に与え、様々な事象から『
この『恩恵』を与えられるのは神々だけであり、神々は世界各地で存在しているらしい。
だが最も神々が多く存在するのは迷宮都市オラリオだけ。
何故なら神々は娯楽が大の好物であり、冒険者とダンジョンという彼等を刺激する劇薬が存在するのは世界で唯一オラリオだけだ。
何よりダンジョンでモンスターと戦う経験値は、他の戦争をしている国々の比ではない。
故に迷宮都市の冒険者の最高峰は、即ち世界最高峰なのだ。
神々は恩恵を与えた者達を【
そして逆説的に冒険者は大概【ファミリア】に所属している。
尤も、下界に降りた神々は神の力の一切の使用を禁止されている。
故に神々にとって【ファミリア】は部下であり、配下であったり、力であったり、手足であったり、愛人であったり、家族であったり、子供同然の存在であったりする。
そして【ファミリア】は一種の組織であり、派閥だ。
例えば、オラリオ二強の神ロキや神フレイヤの恩恵を受ければ、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】と。
そして神ヘスティアの恩恵を受けた僕は、【ヘスティア・ファミリア】唯一のメンバーだったりするのだ─────。
オラリオのメインストリートから出て、いかにもな細い裏路地を通り、幾度も角を曲がった先にはうらぶれた教会が建っている。
潰れかけの廃教会のボロボロの祭壇の先には、地下へと伸びる階段が隠された隠れ扉が存在している。
その奥にある地下室と言う名の小部屋こそここそ僕の住処であり、唯一の家族の待つ居場所だ。
「ただいま帰りました、神様─────」
「おっッッ帰りぃいいいベルくぅううううぅぅぅンンッッ!!!!」
部屋に足を踏み入れた途端、小さな女神が僕の胸に抱き付いてくる。
外見は身長140
腰まである艶のある漆黒の髪をツインテールにし、幼い容貌とは不釣り合い極まる豊満な胸元を存分に押し付けてくるので、非常に嬉しくもあり対応に困る。
彼女こそ僕の【ファミリア】の主神、女神ヘスティア様だ。
「今日は随分早かったんだね、ダンジョンで何か有ったのかい?」
「いえ、ミノタウロスに追われたり引き摺り回したりしたので疲れちゃって」
「ファッ!!?」
僕の報告に愕然とした表情で固まる女神を、今日も愛でるのが僕の楽しみである。
─────色ボケ義祖父さん。
このオラリオでこの女神や暖かい人達に出会えた事だけ。
貴方が読み聞かせた『迷宮英雄譚』で
ベル・クラネル:14歳。
所属ファミリア:ヘスティア・ファミリア
職業:元傭兵、現冒険者。
ダンまちはあと一話で一応終わりです。
あくまで冒頭だけですし。