―――――――――――――――堕天使レイナーレは混乱していた、
事の切っ掛けは、彼女が堕天使総督アザゼルから命令を受けた事。
中級堕天使など所詮は下っ端に過ぎない。
勿論、最下級や下級に比べれば違いはあるが、彼女の憧れる最上級堕天使のトップ────アザゼルやシェムハザといった総督・副総督に近付ける様な職務に就くなど夢の又夢。
憧れは所詮憧れに過ぎない。
そんな彼女が邪念を持ったのは、己が神器保有者の保護、また危険人物だった場合の殺害の任務に就いた時だった。
神器────人間だけが持つ、聖書の神が遺した異能。
レイナーレは神器について詳しく無く、しかし神器の一般知識だけは知っていた。
そして憧れのアザゼルが非常に入れ込んでいる神器は、奪うことが出来ること。
唯でさえ人間が持つだけで強力と言うのなら、堕天使である自分が持つことが出来たならば。
堕天使幹部にすら持ち得ない個性や重要性を持つことが出来るのではないか────?
何より、憧れのアザゼルやシェムハザに近付けるのではないか────。
その邪念は、彼女にある計画を立てさせる事になる。
単純明快、神器を奪い、自らの物とする計画を。
そうすればきっと、憧れの方々が自分を見て、果ては寵愛を頂けるかもしれない────と。
問題は、神器保持者が善人でありながら不幸な境遇に在ったこと。
そんな彼女の神器を抜き取ること、即ち殺す事は、それが現代の真っ当な倫理観を持つアザゼルにとって『気に入らない』または『腹立たしい』という部類に入ること。
彼女の行為が戦争の火種に為りかねなく、アザゼルが戦争を嫌っていたこと。
アザゼルをよく知る者からしてみれば、何もかも、裏目裏目。
もし彼女の心情をある悪魔が知れば、とある漫画の言葉を引用しこう答えるだろう。
『憧れとは────理解から、最も遠い感情』なのだと。
彼女は因果応報という言葉を知る事になる。
五話 勝った! 第一巻 完ッ!
彼女にとってそれは突然だった。
廃教会の地下で行う神器摘出儀式にとって必要不可欠のアーシアが行方不明になり、儀式場で苛立ちながら部下の堕天使に探させている最中。
ゴガッッッ!!! と、十メートルを超える巨大な魔剣が教会に突き刺さった。
「がは……ッッ!!?」
中級堕天使のレイナーレが容易く衝地下の壁に叩き付けられる衝撃が襲った。
よろめきながら、少しでも情報を得て理解不能の状態から脱しようと辺りを見渡す。
「な……」
巨大な魔剣は教会を蹂躙しきった途端に姿を消して、教会地下の儀式場は月夜に晒されていた。
後十数度角度が違っていたら、レイナーレは真っ二つに切り裂かれる前に轢き潰されていただろう。
「何じゃこりゃあッッ!? イキナリの展開にフリード君は着いていけませんッ! ────────てヤベ、俺様退散っ!」
一階に待機していたはぐれ神父達はその大半を肉塊に変え、生き残って喚いているのは白髪の少年。
天才にして狂人はぐれエクソシスト、フリード・ゼルセンのみ。
そして彼は、何かを察知した様に逃げ出した。
「これは……まさかッ」
何故バレた、何時、何処から────!
考えうる限り最悪に近い予感がレイナーレに走るも、しかし時間は待ってはくれない。
尤も、彼女やフリードがどう足掻いても襲撃者は詰みにはいっているのだが。
「ノックしてもしもーし。って、ドアが無いな」
「残しておいた方が良かったですか?」
「にゃー、もくばんはマジメだにゃー。」
「はぁ……、その真面目さの三分の一でも、ヴァレリーさんに有れば……」
「それは無理だな」「でしょう」「だにゃー」
真紅の髪を持つこの地を治める悪魔が、己が眷属を連れて其処にいた。
うち一人の金髪の美少年は、恐らくあの巨剣を叩き込んだ張本人だろう。
その手に持つ魔剣のデザインが、教会を蹂躙した巨剣に酷似していた。
おそらく武器創造系の神器だろう。
相当厄介ではあるが、問題は次からだ。
茫然と彼等を見上げるレイナーレが己の危機を察したのか、堕天使の証である黒い翼を広げるも。
「あー、逃げるのは無駄だから。アザゼルとバラキエルでも破るのには数時間かかるにゃ」
編み上げられた結界に阻まれる。
黒い長髪に着物を着崩した猫耳二尾の悪魔が、彼女によって最上級堕天使であろうと突破困難な結界で閉じ込めていることを。
言外に彼女が最上級堕天使にすら匹敵していることを告げる。
「~~~~~~~~~~ッッ!!」
レイナーレの声無き悲鳴が木霊する。
無理もない。
黒髪のポニーテールの美少女は、余りに見覚えのある雷光を迸しさせている。
間違いない。堕天使幹部の最上級堕天使、雷光のバラキエルのソレだ。
彼女は確か噂に聴いたことがある。バラキエルには、その雷光を受け継いだ娘が居ると。
何故悪魔に────と、レイナーレにはそんな思考する余裕はない。
そしてそれらを従えてる、グレモリーの悪魔である証拠の紅髪の悪魔が────サーゼクス・グレモリーが歩いてくるからだ。
この地を治める彼に至っては、その纏う魔力が最上級のソレであることを示していた。
仮に神器摘出儀式が正しく行われて、レイナーレがアーシアの『聖母の微笑み』を手に入れても殺し尽くされる戦力だ。
計画がバレたかなど関係が無い。
彼女は悪魔の縄張りに、無断で侵入したのだ。
企みなど関係無く、彼女は排除される。
「────レイ、ナーレ……さまっ」
「!」
その時、悪魔達以外の己の部下の声がする。
ゆっくりとそちらを見て────絶望した。
部下の下級堕天使達が、襤褸雑巾のような有り様で転がっていた。
そしてレイナーレが絶望したのは、転がした張本人であろう金髪の美女の持つ魔力。
魔王、クラス。
「ぅぅううううううッ、ぁああああああアアアアアッッ!!」
逃げられる場所など、何処にもない。
生き残れる可能性は皆無。
恐怖が彼女の限界に達した時、正常な判断すら出来なくなったレイナーレは涙を流しながら光槍を持ってサーゼクスに突貫する。
「ふむ、怖がらせ過ぎたか?」
瞬間、衝撃波が彼女を襲った。
レイナーレは次に目覚めても、自身の周囲に黒い粒子が漂っていたことにはついぞ気付けなかった。
◆◆◆
角刈りで顎髭が濃い筋骨隆々の堕天使────バラキエルが教会の廃跡にやって来たのは、事が済んだ数十分後だった。
「此れは……酷いな」
「俺は悪くない! 部下の管理がキチンと出来てないアザゼルが悪いんだ!」
『オラは親善大使だぞぅ!』
俺の言い訳に、ヴァレリーの蝙蝠型の分体がネタに走る。
ソレぐらいに、レイナーレ達は酷い有り様だった。
しかし鈴蘭に半殺しにされた下級、最下級堕天使達はまだ幸運である。
というか半殺しに済んだのがかなり鈴蘭が配慮した結果でもあるのだが、そもそも鈴蘭が配慮すること自体が堕天使に対しては稀なのだ。
それは、彼女の能力に起因する。
「しかし鈴蘭の『死の宣告』に堕天使が引っ掛からなかっただけで、幸運だったな」
「ぬぅ……」
『神の創ったシステム上の悪徳を一定以上積んでたら、格下には問答無用であの世逝き。いやぁ、これは酷いの一言な能力だものねぇ。堕天使で良く生き残ったよ全く』
そんな凶悪な能力に晒された彼女達はまだマシというのも、問題がレイナーレの惨状だった。
彼女は顔の孔という孔から体液を撒き散らし、失禁しながら白目を剥いて失神していた。
『女としてはかなりヤヴァイね。元が美人だから尚更』
「ソコまで怖いか?」
「前門に最上級二人に、後門の魔王と考えれば中級堕天使にとっては悪夢だろう」
『それに、心のアフターケアは僕らじゃ出来ないもんね』
バラキエルはヴァレリーの言葉に、廃跡にいる唯一の人間に視線を向ける。
「……有り難ね」
「はい。どういたしまして」
そこには寝込んでいた筈のアーシアが、外傷の悉くを治療していた。
その治療に罪悪感を感じるのか、金髪の少女の下級堕天使はバラキエルのことをチラチラ伺いながらアーシアに感謝を述べる。
信仰を根本から否定されながら、しかし彼女の思想は揺るがなかった。
「……強いな」
「あぁ、しかも完全な善人だ。キチンと護ってやってくれ」
バラキエルはアーシアを眩しいものを見るように眼を細める。
「そうだ。私達は人間のこういう面に魅せられたのだ」
堕天使は人間に魅せられ、禁を犯して堕天した天使だ。
アーシアのその姿に、感じ入る物があったのだろう。
「…………………………………………」
『…………………………………………』
「……な、何だその目は」
「別に」
『何でもねーですよー』
「フッ」
しかしバラキエルが己の心情を述べるも、帰ってくるのは猜疑の視線と、実の娘の意味深な失笑。
バラキエルは知らない。
サーゼクスとヴァレリーが、原作知識を持ち、かつ魔力で記憶を保全しているのを。
そしてバラキエルがドの付くマゾであるのを知られている。
そして彼は、己の性癖がバレているのを知らない。
「────部長」
そんな白い目で見られて戸惑うバラキエルや見ているサーゼクスの元に、少し小柄な白髪の美少女がイキナリ出現したように現れる。
サーゼクスの眷属、『兵士』の塔城白音だ。
「ん、どうだった?」
「いえ、その……フリード・セルゼンを見失いました。ごめんなさい」
「そうか……いや、御苦労様。休んでくれ」
猫魈である彼女の白い髪に映える白耳と尻尾は、彼女の感情を現すように力なく垂れ下がる。
「フリード・セルゼン?」
「私が張ったあの結界、堕天使専用なの。だから人間は容易く素通り出来たって訳にゃ。代わりに堕天使だと幹部勢揃いでも簡単には出れないけどね」
「当初はあの程度の雑兵眼中に無かったが────ウチの生徒に手を出してくれてな」
アーシアを保護した後、サーゼクスがアザゼルに連絡などしていた理由がそれだった。
一般人の被害者。
しかもサーゼクスの通う駒王学園の女生徒が、奇しくも正史における兵藤一誠殺害現場の公園で血溜まりを作って倒れていたのだ。
堕天使達に対する尋問の結論として、彼女を害したのはフリード・セルゼンであった。
「堕天使から与えられた装備全部棄てて、更にどうやったか知らないが白音の探知からも逃げ仰せた。転移か何らかの気配遮断か、どちらにせよ俺の判断ミスだ」
女生徒を襲った犯人を、原作知識からの先入観が原因で、無意識に堕天使だと判断したのはサーゼクスのミスである。
しかし探知能力があるものなど、仙術を修める猫魈姉妹とサーゼクスだけ。
それにサーゼクスは追跡に専念などしてられないし、なにより彼の仙術は全て自身に向いており、探知など門外漢。
結果、唯一役割柄で索敵能力がある白音がバックアップとして追跡したのだが。
「伊達に天才と呼ばれるだけはある、か」
「……」
「それで、死者が出たのか?」
「出して堪るか! まぁ死後何分後だろうが、肉体が腐ろうが関係無いがな」
もし仮に生徒が命を喪っていたら、それこそサーゼクスが怒り狂っただろう。
禁手処か、好敵手であるヴァーリに存在すら告げていない
『でぇじょうぶだ。ドラゴンボールがあるぅ』
神滅具『幽世の聖杯』。
魂さえあれば、ソコから肉体を再構築すら出来る、死者を甦らせる事が出来るヴァレリーの回復系最強の神器である。
その生徒は見事蘇生され、今は駒王学園の旧校舎のソファーベッドに寝ているだろう。
「はぁー……。また頭下げないといけないことが増えた」
『ストレスが溜まるねぇ(これでもし老人達がくだらないこと言ったりしたら爆発しそうだなぁ)』
盛大にフラグを建てながら、駒王学園の旧校舎にいるヴァレリー本人は、己のソファーベッドに横になっている女生徒を見やる。
「まぁ、フリード・セルゼンが襲う材料は揃ってたけどね」
その眼鏡を掛けた三つ編みで茶髪の少女のポケットに、悪魔が契約宣伝の為のチラシが入っていた。
*仙術に関する間違った文章を削除