天使と悪魔と堕天使。
聖書三大勢力は現在三つ巴の形を為して冷戦状態に近いソレで均衡を保っている。
だがその内情はボロボロだ。
聖書の神の死。
世界最強クラスの化け物を人知れず封印、満身創痍で何とか封印した直後に三大勢力の戦争に陥り、果てに二天竜の乱入。
数多くの問題に取り組み、しかし全能の神とはいえ自身の配下である熾天使と同レベルの四大魔王と相討つ位には過労していた。
かつて他神話を蹂躙し、呑み込んできた聖書勢力は多くの敵を作りながら、しかし目も当てられない程に弱体化した。
まず悪魔は実力重視で新たな四大魔王を建てた。
特に内二人の魔王は超越者と呼ばれるほど、ソレこそ二人がかりならば世界最強の神にすら食らい付けるほどの実力を有している。
しかしそれは個体戦力に過ぎず、勢力としての弱体化は著しい。
二人の超越者の対処できない規模でゲリラ戦でも仕掛けられれば、被害は抑えられないだろう。
聖書の神が死んだことにより、神話システムが劣化。
新しい天使は増えることはなく、悪魔も四大魔王を筆頭に数を減らし、今や絶滅危惧種。
堕天使はトップが生き残っている分にはマシだったものの、同様に多くの幹部を失った。
にも拘らず、大半の上級悪魔達は過去の栄華に浸っている。
自分達が至高なのだと、信じて疑わない。
それがありもしない空想だというのに。
天使は信者に神の死を隠し、結果的に騙している。信仰を喪わない為もあるが、狂信的とも呼べる信者達に神の死を教えれば自殺する者すら出るだろう。
そして神の死に辿り着いた者を異端として排し、辿り着く材料を持っているだけでも同様に排除した。
そんな組織上の理由で異端とされた被害者の中に、一人の優しい少女が居た。
アーシア・アルジェント。
信心深く心優しく善性に溢れた、かつて聖女と呼ばれた美しい少女だ。
彼女が聖女と呼ばれた理由は、亡き聖書の神の遺産が理由である。
人にのみ宿り、所有者が死してまた全く関係のない人に転生を繰り返す、人に様々な異能を与える聖書の神が創りしシステムの一つだ。
彼女が宿した神器は、『
それは世界でも稀少の部類に入る、傷を癒す回復系神器だった。
彼女はその神器を用い、人々の傷を癒していった後に、人々から聖女と謳われた。
人は力を得ると変わっていく。
それは地位でも権力でも変わらないが、しかし彼女はその様な名誉も権力にも惑わされずに、傷を癒した際の人々の笑顔のみを求めた。
彼女のあり方はまさしく聖女の様だった。
そんな彼女が魔女と呼ばれ始めたのは、彼女が悪魔をも癒したからだ。
隣人を愛せ。
その十戒の通り、彼女は傷付いた悪魔を慈愛と善性を以て癒したのだ。
敵にすら向ける善性は、しかし組織として彼女の行動は悪だった。
更に彼女の神器で悪魔を治せてしまった事も問題であった。
当時の彼女の周囲に、神器に理解がある人間は居らず。
彼女の奇跡は悪魔を癒したことで奇跡ではなくなり、祭り上げられた聖女は魔女に貶められた。
異端として追放された彼女は、しかしその善性は健在で。
今尚人々をその力で癒したいと、自らの信心で誰かを救いたいと動いていた。
悪魔を癒した事に後悔など無いと、そう胸を張って言えるほどに。
そこに様々な利己的な思惑が有ったことを、彼女は知らない。
そして現実は彼女をまたも苛む。
天使の寄辺から追放され、修道女故に悪魔に頼るのは不可能。
故に、彼女が頼ったのは堕天使。
非合法ながら、教会を自称する者達だった。
彼等が裏でどの様な事をしているのも、それらが彼女自身を食い潰そうとしているとも知らずに。
しかし不幸中の幸いか。
彼女にとっての救いは、彼女は彼女の全ての事情を知り、かつ救うことの出来る人物のいる町にやって来たことだろう。
三話 慈愛の魔女
「─────初めまして、駒王学園三年サーゼクス・グレモリーだ」
駒王学園旧校舎の部室にやって来た金髪の少女─────アーシア・アルジェントは、困惑した表情で周囲を見渡すという、これまた分かりやすく混乱していた。
まぁイキナリ悪魔の巣窟に連れてこられたのだ。
当然と言えば当然である。
サーゼクス達は鈴蘭の報告を受けた後、直ぐ様空港に手を伸ばしてアーシアの来日日時の情報を得て、堕天使連中より先に保護することに成功した。
「あ、アーシア・アルジェントです!」
「イキナリ呼びつけて済まなかったな。鈴蘭も有り難う」
「勿体無いお言葉です」
恐縮したように鈴蘭が頭を下げる。
そんな鈴蘭と入れ替わるように、師譲りの完璧な所作で紅茶を出す美女がアーシアの前に出る。
「紅茶は宜しいですか?」
「はっ、はい! ありがとうございます!!」
胸部装甲が最強の、ポニーテールの黒髪のクール美少女─────朱乃の出した紅茶を受け取りつつ、アーシアは部屋を見渡す。
お菓子をかじっている白髪の少女に、彼女に絡んでいる黒猫。
そしてニコニコと優しそうな金髪の美少年が。
即ちサーゼクスの眷属である転生悪魔が、幾らか欠員が出ているものの、揃っていた。
ちなみに欠員は、当然ヴァレリーである。
「まぁ他の皆の自己紹介は後にして、早速本題を話そうか」
ソファーに座っていたサーゼクスが立ち上がり、それにアーシアが身構える。
そして次の行為に、驚愕に目を見開いた。
「元72柱グレモリー次期当主として、君に謝罪させて欲しい。済まなかった」
「えぇっ!?」
修道女に自ら頭を下げる悪魔の構図だ。それもサーゼクスの様な上級悪魔がだ。
裏の人間ならば己の目を疑うだろう。
悪魔に謝罪されるなど想像すらしていなかった彼女は、ただ混乱するしかなかった。
「部長、流石にそれでは言葉が足りないかと」
「あぁ、悪い。いや、兎に角謝りたくてな」
人間の感情とは、自身より大きく変動している様を見ると不思議と落ち着くもので。
何処か焦りすら滲ませるサーゼクスの態度に、アーシアは落ち着きを取り戻していった。
「謝罪したかった理由は勿論あるが……余り気分のいい話じゃない。ハッキリ言って胸糞悪い話だ。加えて言うと、教会側の追放理由は君の信仰心を根本から覆す事になりかねない。それでも聞くかい?」
「えっ」
突然の言葉に、アーシアは言葉を返せない。
「ほんの少しでも恐ろしいと感じたのなら、幾らでもオブラートに包もう。だがアーシア、君は自分が追放された件の真実を全て知っているか?」
辛い過去の話を持ち出され、暗い気持ちになるもサーゼクスの言葉の意味が解らなかった。
「真実、ですか? あの件は、私が悪魔の方を癒したのが原因では……」
「勿論切っ掛けはそうかもしれない。だが、元凶は違う。君が追放された理由は極めて組織的な理由だ。そこまで教義的な理由ではなく、そんな理由で追放するほど天使長も馬鹿じゃない……筈だ」
語尾が弱くなったのは正史に於ける聖剣事件を知るが故なのだが、今話すことでもないのでサーゼクスは話を進めた。
「そもそも、当時聖女と崇められていた君の目の前に、悪魔が近付けること自体おかしい。しかも治療してくださいと言わんばかりに傷を負った悪魔が、だ」
都合が良すぎる、と断言するサーゼクスに、アーシアは呆然とする他なかった。
自身の追放理由に、今まで疑問など抱かなかったからだ。
「しかもただの悪魔じゃない。俺と同じ元72柱の次期当主にして、現ベルゼブの実の弟だ。名前はディオドラ・アスタロト」
まさか魔王の肉親だとは、流石にアーシアも想像していなかった。
だがそうなると、益々疑問が浮上する。
「なら、どうして─────?」
「あの糞は聖女を堕落させて弄び、自分の眷属にする屑だ。君もその標的にされたんだ」
「─────ッッ!!!!?」
ディオドラ・アスタロト。
サーゼクスの述べた通り、マッチポンプによって聖女達を嵌め、最高のタイミングで自ら掬い上げることによってその心をも蹂躙する。
正史に於いては、現政権を裏切りテロリストに加担した裏切り者。
正史とは違い旧魔王の子孫が
「故に、個人として。そしてクソ忌々しい事極まりないが、この場にいるあの下種と同じ純血悪魔として謝罪させて欲しい」
再びサーゼクスは頭を下げる。
それこそ、テーブルに額が付くほどに。
「……私は、間違っていたんでしょうか」
「ソレだけは断じて無い」
震えるアーシアの言葉に、サーゼクスは即答した。
「君を謀った屑と同じ悪魔の俺が言うことではないが、君の行為と善性は極めて尊いモノだ。『隣人を愛せ』────正しく聖書の神の十戒の通り、例え悪魔と言えど傷付いた者を癒した。その善性は尊ばれるモノであり、間違いであってたまるものか。君は何一つ間違っていない」
「で、でも! 私は魔女として追放されました!!」
「ソレは────それは、教会の組織的な事情に過ぎない。教会上層部は君の正否問わず君を異端扱いしなければならない理由があった」
「り、理由……?」
躊躇うように口にした言葉に、アーシアの声色が更に震える。
顔色も青く染まり、次はどんな事実が明らかになるか恐怖していた。
「君にその理由を教えるのは気が引ける。俺は何一つ問題が無い、ただ事実として容易く受け止めることが出来るが、君の場合は下手をすればアイデンティティークライシスが起きかねない」
念には念を入れる。
サーゼクスはしかし、彼女にその事実を伝えなければならない。
「だが断言するのは、信心とは信じる心、という事だ」
宗教という言葉が組織や制度までも含めて指す包括的な語であるのに対し、信仰や信心は人々の意識に焦点を当てた言葉である。
「重要なのは、君の心の持ち様だ。真実がどうあれ、君が尊ぶ教えは決して揺らがない。いいね?」
アーシアはサーゼクスを見る。
その顔はどう見ても必死であり、彼女の心を励まそうと頑張っていた。
悪魔なのに、信仰を語る。
教会の人間が見たらどう反応するだろうか。
アーシアは周囲を見渡す。
サーゼクスの眷属である彼等。
金髪の少年はサーゼクスを見て苦笑していた。
白髪の少女はサーゼクスを見て心配そうに、菓子を食べる手を止めていた。
金と黒の髪の二人の美女は、そんなサーゼクスを見てうっとりと頬を染めていた。
アーシアは再びサーゼクスを見る。
そんなある種滑稽な姿に、彼女は笑いそうになるのを堪えた。
淡々と、それも嫌悪を込めて己を異端と呼んだ者達と比べ、なんと暖かいことか。
顔色を治し、心持ちを整え、アーシアはサーゼクスに促した。
「様々な理由があるが────四大魔王と共に
その言葉を理解して、アーシアは意識を失った。
◆◆◆
『駄目じゃねぇか』
「うるせぇ厨二病。ミカエル大天使長と組んでお前の黒歴史全世界にバラすぞ」
『ごめんなさいでした!!』
アーシアが気絶した後、彼女を別室に運び仙術で看護するよう白音と黒歌に任せ、俺は魔方陣から映し出されているチョイ悪オヤジ全開の男に、口調をかなぐり捨ててメンチ切っていた。
前髪だけが金髪に染まっている黒髪のこの男こそ、聖書三大勢力『
『アーシア・アルジェントか……、コッチも複雑だぜ全く。そんな人材を部下が台無しにしようとしてる可能性が高いとかよ』
「そうだよ(便乗) てかお前の部下の管理はどうなっている。暴走した神器保持者が危険なのは解るが、お前なら軽挙妄動を幾らでも止められたろう」
『俺も忙しいんだよ』
「殺された被害者の遺族の前で、同じ台詞が吐けるか?」
『……全く以てその通りだよ、チクショウ』
こうして三大勢力の一角のトップの一人と軽口を叩けるようになったのは、彼が神器研究の
悪魔でありながら赤龍帝であること。
そして神器内に巣食う歴代の赤龍帝保有者の怨念をヴァレリーの聖杯で摘出、成仏させたことによる
案の定食い付き、その後ヴァレリーの聖杯についても合わせて研究を続けて交友を結んできた。
俺も戦争回避を望んでいる為か、はたまた彼の養子の少年と仲良くさせて(白目)貰っているからか、中々良い関係を続けている。
「一応、あの後すぐに鈴蘭が駒王町に目を光らせて無用な犠牲者がでないよう、出ても直ぐ様対応できるよう監視してもらってるが……」
『鈴蘭か……』
「そんなことより、アーシアはグリゴリで保護して貰いたい。だから部下の管理はキッチリして貰わないと困る」
『あん? お前自分の眷属にしないのか?』
画面上のアザゼルが眉を潜める。
成る程彼女の『
今発見されている回復系の神器はコレと、精々神滅具の聖杯のみ。
普通なら眷属にしようと考えるのは当然だ。
「魔女だなんだと迫害され。果てに信仰が根本からグラついてる所へ悪魔に成れとか、流石に外道が過ぎるだろう?」
『……確かにな』
この状況で彼女を転生させれば、俺はあのウンコ細目と同じレベルに墜ちてしまう。
ソレは御免だ。
「それに彼女、アルジェントは根本的に戦いには向かない。なら、三大勢力の休戦が成ってから後方支援要員とするのが良いだろう。勿論、彼女が望めばだが」
『成る程な。じゃあ、明日にでもバラキエルを寄越す。バカやらかした部下の回収を含めてな』
「借り一つだな。後、一応ミカエル殿にも連絡しておいてくれ」
『わーってるよ』
そう言って、魔方陣が消えてアザゼルとの通信を終える。
「……はぁ。堕天使陣営は戦争狂を除けば、上層部の何と綺麗な事か」
堕天使陣営の弱みは人員の無さだが、その反面抱えている問題の少なさは間違いなく強みだろう。
確かに筋肉バカや研究バカに神器バカと馬鹿ばっかりだが、それでもウチの老害共に比べればお人好し集団と言える。
「原作知識なかったら、間違いなく詰んでいたな……」
天使陣営も中々だが、それでも内部に抱える問題の多さなら悪魔陣営がぶっちぎりである。
それでも原作と比べれば一番デカイ問題である旧魔王派の問題が行方不明のリゼヴィムだけなのが幸いではあるが。
それに俺が今までに解決に動けるモノは動けた。
黒歌や
「後はレーティングゲームと四大魔王制の廃止。それに伴う軍隊の設立……道のりは険しすぎるなぁ」
溜め息しか出ない。
少なくとも軍の設立だけは達成したいが。
「まぁ取り敢えず、目の前の問題を解決するとしようか」
先ずは、この町に潜伏している阿呆を片付けるかね。
fateの二次が中々進まぬので此方を更新。
残りの短編ストックはfate憑依もの二話だけ……大丈夫だろうか。