思いついたSS冒頭小ネタ集   作:たけのこの里派

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原作:呪術廻戦。
非転生、原作キャラ改変、原作キャラ生存or死亡などの地雷要素有り。


伽藍文楽座1

 ────ある日、気が付いた時から苦痛だった。

 

 身体に何かが足りていない。

 当たり前の事が出来ていないと、当たり前のモノが無いと。

 痛いと叫ぶことさえ困難な苦痛に、延々苛まれ続ける。

 全身の肌が刺すように痛む。

 片腕と足が無く、腰から下の感覚が無い。

 絶えず襲う全身の苦痛と、それ故に鋭敏となった感覚の不可思議な曖昧さが訴えた。

 

 俺は、不具の子であった。

 右腕が肘まで無く、両足も欠けていた。

 そもそも下半身が機能しておらず、全身の肌は僅かな紫外線で容易く焼け、常に痛みを訴えていた。

 

 喉にも問題があったのか、泣き声が出ない。

 代わりに絶叫を上げたのは、分娩室近くの部屋にあった、ぬいぐるみだった。

 否、一つだけではない。

 何等かの生き物の形をした人体模型や、ぬいぐるみなどの玩具が片っ端から絶叫を上げ、苦痛を代弁するようにのたうち回った。

 

 その日以来、人形達は俺の眼となり耳となり、口となった。

 それでも、何も解決しない。

 不足は、不具合は、不全は解消されることは無い。

 苦痛が止まらない。不自由は決して無くならない。

 培養液に満たされた浴室と、何本もの管と両親の愛が辛うじて俺を生かしていた。

 

 人形を操る対価がコレなのだとしたら、これが天与と言うのならば神に唾を吐こう。 

 お前が与えた祝福(ギフト)は、呪い(クソ)であると。

 

 そんな俺を見て母と父は自分達の子の境遇に悲嘆し、天の理不尽とそんな風に産んでしまった自分達を責めた。

 そんな両親からの愛は確かに、心を潤した。

 だからだろうか。

 死んで楽になるのではなく、この身体を治し克服すると誓ったのは。

 

 そもそも不具だとしても限度があり、何より人形を操れるこの力は何か。

 なまじ取得出来る情報量が多かったからか、自然と心は早熟していった。

 故に、原因を、要因を、理由を知ろうとした。

 片腕も無く下半身は無いに等しいが、幸い手足となるモノは溢れかえっていたからだ。

 

 そして時折出没し、ある程度頑丈な人形でしか駆除出来ない醜悪な異形、悍ましき汚物との関係性は? 

 疑問は幾らでもあった。

 ソレの名前が呪い─────呪霊というのを知ったのは、勿論独力ではない。

 単に、それを知る者が現れたからだ。

 きっと、その出会いがターニングポイントだったのだろうと思う。

 金の長髪に涙袋が特徴の、整った容姿で不敵に笑う女だった。

 

『────どんな女が、タイプかな?』

 

 あと、無神経。

 ソイツはまだ小学生にさえなっていない齢の自分の前に突如現れて、これまた極限に無神経な質問を付けてきた。

 当時はただ当たり前に困惑していたが、俺の境遇からして張り倒しても許されるだろう。

 そしてあれよあれよとしている内に、奴の弟子にされていた。

 

 拒絶はしなかった。

 それが自身を健常にする、一番の近道なのだと直感したからか。

 与 幸吉という一人の呪術師は、その時誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伽藍文楽座

第一話 夏油傑の頼もしい後輩

 

 

 

 

 

 

 呪術師・夏油傑にとって、呪術とは非術者を護るためのモノだった。

 弱者救済。

 呪霊という脅威から身を護る術を持たない、見る事さえ不可能な民草を護る為の力なのだと。

 

『私達は、「最強」なんだ』

 

 そして、隣に並び立てる親友に出会えた。

 親友と二人ならば、例え体制側を敵に回したとしても、少女一人守り切れるのも訳ない。

 それに足る実力も、自信もあった。

 私()ならば、出来ない事など無いと思っていた。

 

 ──────死体となった護りたかった少女を前に、笑顔で拍手する非術師達の光景が脳裏から離れない。

 

 妙な護衛任務。

 その任務の枠組みを超えてまで助けようとした、ただの何処にでも居る女の子だった。

 生まれた時から生贄に成る事を定められていた、家族や友人との別れを惜しむただの少女だったのに。

 

『呪術も使えねェ、俺みたいな猿に負けたって事。長生きしたきゃ忘れんな』

 

 そんな最強は、突然現れた非術師に敗北した。

 少女を殺され、己はその能力故に生き恥を晒し────。

 殺されたと思っていた親友は、真の意味で『最強』となった。

 

 同輩に治療されて急いで駆けつけた先で、親友は己が手も足も出せず敗北した相手に勝利し、奪われた少女の遺体だけは取り戻していた。

 そして、その痛ましい姿を満面の笑みで拍手し続ける、何も知らない護るべき弱者達(悍ましい猿共)

 

『コイツ等、殺すか?』

 

 覚醒し、一層浮世離れした雰囲気を纏う親友の提示した選択肢を、自分は否定した。

 其れ等は少女の死を招いた黒幕達とは違い、何も知らない唯の非術師。

 殺した処で意味が無い。親友が無辜の民を殺す事で生じる不利益に釣り合っていないと。

 今までの心情を理由に否定した。

 

 その悍ましい光景が、眼窩から離れない。

 そしてただでさえ呪霊が湧きやすい夏の季節。その年は、蛆の様に大量に湧いた。

 

 夏油傑の生得術式は、『呪霊操術』。

 調伏した呪霊や、二階級以下の格下呪霊を取り込み、従える術式だ。

 準一級以上の呪霊は術式を保有するが、その術式に消費する呪力は全て呪霊持ち。

 理論上、呪霊を取り込めば取り込むほどその総力は向上し、手数は増えていく。

 その夏、夏油は単独で国家転覆可能と判断され、親友と同じ『特級呪術師』の指定を受けた。

 

 先に行かれた親友に、階級だけなら追い付けた訳だが──夏油なそんな事を喜ぶ余裕は欠片もなかった。

 

 極めて優れた術式である呪霊操術、その最大の欠点。

 それは呪霊を取り込む際の、圧倒的精神負担。

 元より呪霊は、人間から漏出した呪いの集合体。

 謂わば人間の負の感情の掃き溜め。

 そんなものを取り込むのに、無味無臭などありえない。

 

『吐瀉物を拭いた雑巾を、丸呑みしているみたいだ』

 

 そんな、自分に経験のない最悪な例えでしか形容出来ない不快感。

 それは、明確な精神汚染と言えた。

 

 これまで夏油は『弱者救済』の信念を掲げ、その矜持故に耐えられた。

 だが、その根幹が揺るがされた状態で短期間に大量の呪霊を取り込めばどうなるか。

 

 ─────猿が。

 

 それでも、夏油傑は呪術師である。

 一種生真面目そのものである彼は、それだけでは誤ちを侵さない。犯せない。

 意味がない。

 その最早障子と化した理論武装で己を繋ぎ止めていた。

 そこに。

 

『呪霊は非術師からしか生まれないんだよ』

 

 大義らしきものが、浮上してしまった。

 

『術師からは呪力が漏出されないからね。理論上、全人類が術師になれば呪霊は生まれない』

 

 九十九由基。

 特級となった夏油と既に特級であった五条に挨拶に来たという、禄に高専の任務を受けず海外を飛び回っている特級呪術師。

 呪霊根絶を目的とする先達は、己の研究の一部を夏油に明かした。

 呪霊根絶。

 夏油にとって余りにも甘い夢。

 そんな真実に。

 

『なら、非術師を皆殺しにすれば良いじゃないですか』

 

 思わず溢れた、悍しき弱音。

 あまりに現実感の無い、最悪のソレを。

 

『──────それはアリだ』

『な』

 

 否定、されなかった。

 自分の口にした妄言が否定されなかった事で、動揺し夏油が客観視する前に─────。

 

「アイタぁ!?」

「何いってんだ阿呆」

 

 飛んできた缶珈琲が、九十九の頭部に命中すると同時に電子音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと。師匠の頭に缶ぶん投げるのは頂けないなー」

「自分の発言を客観視出来ない奴には、丁度良いだろウ」

 

 その姿は、明らかに不審のそれだった。

 高専を思わせる黒一色の服装は兎も角、顔を含め一切肌を見せない人物が、挙げ句合成音声ソフトによるもので会話する何者か。

 

「えっと、彼は……彼?」

「そ、私の愛弟子さ。名前は────」

「いい加減にしロ。自己紹介ぐらい自分で出来ル」

 

 ぐいっ、とマスクとフードを取ると、そこには不出来な改造が施された『マネキン』の顔があった。

 

「初めましてだナ。特級術師、夏油傑。

 オレの名前は与 幸吉(ムタ コウキチ)。そこの特級術師(プー太郎)の弟子ダ」

「人、形────呪骸? いや、『傀儡操術』か!」

「流石に理解が早いね。それとも恩師が同じ術式だと、そういうのは解るのかな? というか太郎は無いだろう。せめてプー子で」

「黙レ」

 

 傀儡操術。

 呪いの込められた人形といった無生物を、遠隔で自由に操ることができる術式。

 夏油の担当教師である一級術師、夜蛾正道が同様の術式を持っている。

 目の前のマネキンから発せられる呪力の流れと感覚が、夜蛾の製作している呪骸(ぬいぐるみ)と酷似していた。

 だが、夜蛾のそれがぬいぐるみを基調とするなら、その人形は正しくヒトガタを目指したロボットそのものである。

 

「ヒトの術式をペラペラト……」

「まぁすぐにバレるって! そもそも君が此処に来たのも、夜蛾一級術師に師事する為なんだから」

「そして自分はまた海外に高飛びカ。両親からオレを引き剥がした上デ。それで良く、オレに師等と名乗れたモノダ」

「夏油君、弟子が辛辣なんだ!」

「いや何やってるんですか貴女」

 

 自分に泣き付く先輩かつ同格の駄目人間に、しかし親友を想起させたのにはさしもの夏油も、先程とは別の理由で目眩がしそうだった。

 

「しかし……何故人形越しで?」

 

 夏油自身、無生物と呪霊という差こそあれ、何かを操る術式を持つ。

 だからこそ、態々傀儡(にんぎょう)越しに指導を受けるのは非効率だと知っているし、そもそも無礼だ。

 術師ではポピュラーである式神使いに重要なのは、式神ではなく式神を操る当人の戦闘能力だ。

 というのは、筋トレや鍛錬が趣味でステゴロ大歓迎の夏油ならではの感想である。

 

「…………」

 

 それに、人形は返答をしなかった。

 返ってきたのは、苛立ちを含んだ沈黙である。

 代わりに口を開いたのは、彼の師である九十九であった。

 

「さっき、禪院甚爾について話しただろう?」

「……えぇ」

 

 親友を一度は倒し、助けたかった少女を殺して自身を一蹴した男。

 九十九曰く、天与呪縛のフィジカル・ギフテッド。

 呪力から完全に脱却した、唯一の超人であると。

 

(コウ)は、その逆だ」

「逆?」

「…………いい加減にしロ」

「いやでも! 彼にも知って貰うのは、有益だと思ったんだけどなぁ!!」

「ア?」

「はいゴメンナサイ」

 

 少しだが呪力を昂ぶらせながら、本気の怒気を漂わせた呪骸に流石に九十九も口を閉じる。

 それに満足したのか、夏油の為に買ったのか缶珈琲を渡しながら隣に座った。

 

 渡された珈琲を礼を言いながら受け取りつつ、僅かに聞こえる機械音に本当に人形なのだと改めて理解する。

 だが、あの忌々しい男の、真逆の天与呪縛とは一体? 

 単純に考えれば呪術的なアドバンテージに対し、肉体的なハンデを負っていると考えるべきだが────問題は、そのハンデの度合いである。

 少なくとも、本人が気軽に外出できる程度ではないのは、初対面の夏油でもよく理解できた。

 

「デ? 何をトチ狂って人類滅亡など口にした、夏油特級術師。そこのノンデリは論外にするとしても、特級とはそこまで追い込まれる程の激務なのカ」

「私そこまでデリカシー無い!?」

「……迂闊な発言をしたのは自覚しているが、別に私は人類滅亡などと言った覚えは無いよ」

「ソレこそ迂闊な発言だろウ。術師の総人口を、オマエは把握していないのカ?」

「術師の、総人口」

 

 思わず、珈琲を持つ手が止まる。

 

「どれだけ術師がマイノリティーなのか、理解していなイ。呪詛師も合わせても一万は先ず居ないだろうナ。千でも足りン。でなければ実戦への学生導入など、公然と行われる訳が無いからナ。

 それデ? 一次産業と最も縁遠い呪術師が非術師を皆殺しにして、どうやって食料生産するつもりダ? 必要なのは食料だけではないし、薬品などの必需品もそうだナ。オマエが作るとして、労働力が呪霊など論外だゾ」

「……っ」

「まぁ、前提として当たり前の話だね。済まない夏油君、言葉が足りなかった。

 先程『アリ』と言ったのは、あくまで『呪霊根絶』という議論上の話だ。机上の空論というヤツね」

「それは───……勿論、理解しています」

「だけど、悩める若人には不適切な発言だった。……よく見たらだいぶ窶れてるじゃないか。先人として、それは認めなきゃならない。ゴメンネ!」

「…………」

 

 ─────術師に農家が務まるかよ。

 

 いつか、呪詛師に言った自分の言葉を思い出した。

 呪術師は万年人手不足。

 夏油は特級という特例に分類される等級だが、そもそも彼はまだ学生である。

 学生を動員しても尚、人材不足は一向に改善されない。

 それは呪術師の適性が完全な先天的なものである事と、何より命懸けの仕事上、人材の損耗率が著しい為だ。

 少しの掛け違いで、術師も容易く呪霊に殺される。

 

 仮に非術師を皆殺しにし呪霊を根絶しても、現実的な話文明を維持できない。

 十万人を下回り文明維持が困難になった時点で、それは事実上の人類滅亡と呼べるだろう。

 

「うん、改めて浅慮だった。非術師の皆殺しは道義(イかれてる)倫理(イカれてない)問題以前の話、生産面で詰んでしまうか。

 日本という一国家の枠組みの時点で、国家の体を為せなくなる。

 それに著しく頻度が低いとは云え、海外でも呪霊が発生しない訳でも無い。となれば海外の非術師も対象となるね」

「少なく見積もっても、追加で間引く数は69億。ソコを省略して『アリ』などと言ったのは九十九、オマエだろうが。

 そもそも非術師の術師化も論外ダ。『非術師を間引いて行き、恐怖による生存戦略で進化を促す』? 阿呆め、呪霊と違って術師には一般兵器が通用すル。その過程で術師側でもどれだけ屍の山が積み上がるか分かったものではなイ。最悪、術師だけの国と成った日本に核や弾道ミサイル辺りを墜とされ終わるだけダ。

 ……其処の馬鹿の言葉を、改めて訂正させて貰ウ。

 ─────短絡的に非術師を皆殺しにするなど、大義も無ければ意義も意味もありはしなイ。つまり『無し』ダ。

 自殺したいのなら、独りで首を括レ」

 

 血迷った戯言を、とことんな理論武装で叩き潰される。

 

「……確かに、これは重症らしい」

 

 九十九の前言撤回と、そんな九十九を扱き下ろす程に重症である事が露呈する自身に、夏油は本格的に頭を抱えた。

 こんな砂上の楼閣に大義など感じ始めていたのだから、本格的に拙いだろう。

 そしてここまで言われながら、非術師への嫌悪が消えてくれない。

 

 ─────傑、少し痩せた? 

 

 そこで漸く、夏油は己の惨状を省みることが出来た。

 最強となった親友の、当時劣等感と虚無感しか感じられなかった気遣いの言葉。

 脳裡には、最早トラウマと呼ぶべき光景が雨水やシャワーの水音に重なり続け、何度もフラッシュバックする。

 そして一年前なら、絶対に口にしなかった戯言さえも譫言のように漏らす始末。

 

「悟に気遣われるのも、おかしくないな」

 

 一つの分岐といえば、この出会いだったかもしれない。

 拍手に聴こえていた雨音は、いつしか止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『そうそう、出来れば君に彼を任せてもいいかな?』

 

 その後、蹴飛ばされる様に出て行った九十九は、しかしその前に夏油に一つお願いをした。

 つまり、同じ術式を持つ夜蛾ではなく夏油に弟子を預けるというもの。

 勿論術式のノウハウや知識などは、夏油が数少ない休暇を取れている間は夜蛾を師事していたようだが、どうやら与という術師は天才の部類であるようだ。

 一カ月も経たず、彼は夏油の任務に同行するようになった。

 

 基礎は既に九十九に教わっていたのだろう。

 彼は呪骸作成のノウハウを覚えた途端、実戦投入しても問題無いレベルの人形を運用した。

 そんな与を己の任務に同行させながら呪術を教えたのは、夏油にも利があったからだ。

 

「数はそれだけで力ダ。その点、俺とお前の術式は似通った部分が多イ」

「呪霊にカメラやマイクを持たせロ。それだけで知覚共有の代わりになるだろウ」

「高専生に呪霊を配置させれバ、取り敢えず肉壁になるし危機を察知できル。事前情報と呪霊の等級の差異は、ままあるんだろウ?」

「呪霊を取り込む時の味がドブカス? なら結界で包むなり何なりすれば良いだろうガ。俺自身点滴オンリーで経口摂取の経験は無いが、アレダ。オブラートの要領デ」

 

 先入観がそごで無い事で溢れ出るアイデアは、精神的に疲弊した夏油にとって天然水を思わせた。

 特に、耐久力や防御面に優れた呪霊を仲間の術師に憑かせる。という発想は本当に助かった。

 出会った日に、夜蛾の元へ案内する最中に発案され。直前に出発した後輩の術師である灰原雄と七海健人の任務にて、事前の不備故に起こった凶事に際し、彼等の命を救う事が出来たからだ。

 

 高専所属の術師への任務は、その等級に合わせたものとなる。

 呪術師の等級は、その術師が問題なく討伐できる呪霊の等級が通常だ。

 必然、二人に割り振られた任務は二級呪霊の討伐であるべきであった。

 だが蓋を開けて見れば、二人には荷が勝ちすぎる産土神の一級呪霊。

 下手をすれば、特級呪霊に相当したかも知れなかったのだから。

 

 よくある話である。

 情報提供者である『窓』からの情報や補助監督官の精査された等級と、実際の呪霊の等級が違うなど。

 二人が助かった要因は、任務地が高専から遠い場所であった事で、夏油が送った呪霊が間に合ったから。

 夏油は、眩しくも戦傷が薄く無い笑みで礼を告げる後輩の顔を、焦燥感で直視できなかった。

 

 もしあの時、与と出会い幸吉が助言をその場でせず、夏油が聞かなかったら。

 夏油は、掛替えの無い仲間の遺体を弔う事さえ出来なかったかもしれない。

 それは明確な恐怖だった。

 護るべき少女が笑顔のまま命を溢していく光景が、今尚忘れられないトラウマになってしまったからか。

 或いは、その少女の死に何も知らず万雷の拍手を送る盤正教信者()達の悍ましさがか。

 

「そういえば、君はいつ頃高専に入学するんだい? 流石に私が在学中は難しいかもしれないが、灰原や七海達が卒業するまでなら何とか──────」

「齢? もうすぐ7歳だガ」

「………………………………せめて、中学生ぐらいかと」

「まぁ、不気味なのは自覚していル。恐らく、耳と目の数(外部情報の取得量)が多かったからだろうナ。早熟というヤツダ」

 

 彼が己より若く、そして一般人出身の術師という似た境遇の者だったからだろうか。

 当初は後輩以上の、未来の呪術師の卵を育てる程度の認識だったが、そんな彼の助言と成長も相俟って頼もしい同胞と認識するようになった。

 

 驚くほど物分かりが良いとはいえ、小学二年生に己の裡を何故話したのだろうか。

 

「……それで、幻聴は聞こえなくなったカ?」

「あぁ……」

 

 現在幸吉は補助監督官こそ同行しているが、単独での任務地への出向中である。

 夏油も未だ、一度も本人に会えていない程の天与呪縛によって、日本全土に及ぶ術式範囲を高く評価。

 更に呪骸に呪骸を作成させることで、夜蛾の指導もありより精度の高い人形の作成に成功。

 小学生年少期である彼は既に二級相当の等級認定を受けていた。*1

 

 無論その年齢で単独任務が振り当てられたのは、今回の任務地は酷く山奥の村。

 加えて万が一失敗しても本来死が待っている術師の末路を、高精度とはいえ呪骸数体の消耗で終わるからだ。

 彼はこのまま成長すれば、夏油同様により多くの術師を護る存在になり得るだろう。

 

 高専で休息を得られた夏油は、任務続行中でも簡易呪骸での会話を行っていた。

 電波に拠らない通信方法。

 隠蔽の為の結界である『帳』が、副次効果で電波を遮断する以上、これだって発展していけば非常に重要なものになるだろう。

 本来戦う事が出来ない補助監督官が、連絡役として帳の中に入る必要も無くなる。

 仲間の死が、どんどん減っていく。

 それは、信念が揺らいだ夏油にとって希望そのものだった。

 

「安定剤なんて初めて飲んだけど、まさか監督役の人達があれほど詳しいとは。おかげで雨音も随分気にならなくなった」

「学生を戦場に送っていると聞くと、大人である彼等の罪悪感も殊更だった訳ダ。

 総監部は九十九も随分酷評していたが、監督官に関しては呪術界には不可欠な人材と明言していたナ」

「それに……。彼等は実戦には耐えられないが、呪力操作は可能だからね」

 

 補助監督官や『窓』などの高専関係者は、(非術師)ではない。

 

 ───非術師は嫌いかい? 

 

 九十九が問い掛けた、夏油の迷いの根幹。

 解らなくなっていた、呪術師として呪霊を祓い続ける意義。

 非術師こそ弱者であり、そんな弱者を呪術師であり強者である自分は、そんな彼等を呪霊という脅威から護らなければならない。

 

 強者故に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)

 それが呪術師の在るべき姿なのだと。

 だが、その護るべき弱者の醜悪を見せ付けられて信念が揺らいでしまった。

 非術師とは、自分達が命を懸けてまで護るべき価値があるのかと。

 その果てが仲間の屍の山だとしたら、夏油が縋っていた意義は───。

 

『……九十九。オマエ、そんな精神状態の奴に呪霊発生メカニズムを語ったのカ。挙句の果てに、非術師の皆殺しを肯定するなド……』

『いやいや! 夏油君とは初対面だよ!? そこまで思い詰めてたなんて判る訳ないじゃないか!』

 

 焦り散らす九十九に、特級術師はどいつもコイツもチャランポランだな、と呆れたのはよく覚えている。

 いや、それ以上にそんな人間に心配される程、血迷っている自分にだろうか。

 

「まだ、非術師は疎ましいカ?」

「護るに足る人達が確実にいるのだと、理解はしているんだけどね」

「……その主義は、五条悟にも言っていたのカ?」

「え? ぁ、あぁ」

「その時点で、矛盾に気付くべきだったナ」

「?」

 

 飛行可能な呪霊の背に乗りながら、夏油は憮然とする幸吉に困惑する。

 確かにその主義を、親友に自身の自負を口にしていた。

 呪術師は非術師を護る為にいるのだと、最早揺らいてしまった信念を。

 

ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ。オッエー

 

 などと、マトモに取り合われなかったが。

 

うわキッツ。いや、話がズレたナ。五条悟の幼稚さは一先ず置ク。

 そもそも、翌々考えろ夏油特級術師。御三家次期当主確定の、五条家の特異体質『六眼』と最高位の相伝術式を生まれ持った、生まれた時から呪術界に頭まで浸かっている生まれながらの呪術師────それが五条悟ダ」

「それは……」

「そんな奴に、非術師家系出身の新参者が呪術師の何たるかを語る────異常な状況と思わないのカ?」

「──────」

 

 それは確かに、異常で歪だった。

 曰く五条家では甘やかし倒された五条悟に、一般常識と良識を語るのであれば何も違和感はない。

 それは非術師から生まれ育ち、去年まで明確に並び立っていた夏油だからこそ出来た事だ。

 だが、五条悟に呪術師とは何かを語るのはあまりに歪だ。

 

 呪霊を祓い取り込むだけで、心的に著しい負担が生じる呪霊操術。

 そんな負担を抑え込む為、一種の選民思想とも言える思想を持つようになったのか。

 あるいはそんなノブレス・オブリージュは、己の力が何なのか教えられず幼少期を過ごした夏油にとって、精神を護る防衛手段だったのかもしれない。

 

「…………っ」

 

 自己分析。

 カウンセリングとまでは言えなくとも、極論に呑まれかけた夏油には必須の行為。

 恐らく、呼吸だけで苦痛を覚える幸吉自身が頻繁に行っているのだろう。

 初心を思い出す事は、非常に困難だが重要な事であった。

 

「……まァ、オレは術師も非術師もそこまで区別する必要は無いと考えていル」

「……非術師は呪霊を生むのにかい?」

「その呪霊を祓って、金銭という報酬を貰っているだろウ。処理業者を馬鹿にするのは、感心出来んナ」

 

 呪術師が非術師を護り、呪霊を祓うのは決してボランティアではない。

 極めて直接的に、国家存続に不可欠な職業だ。

 命の危険に対し釣り合っているかは兎も角、多くの越権と高額な収入を得ている。

 事実、二年時点で一級。三年生以降で特級に認定され多くの任務を熟し続けた夏油の口座は、驚くほどの財産が程蓄積されている。

 問題があるとすれば、使う時間が無い事ぐらいか。

 

「呪術師を一職業と、仕事と断じろと?」

 

 そんな呪術師が居ない訳ではない。

 一級術師、冥々。

 彼女はフリーの術師として、総監部などに交渉し任務に際し多くの報酬を得ている守銭奴だ。

 金銭を蓄財する事自体をゲームの様に認識し、楽しんでいるのはさておき、冥々は明確に金銭のみを目的に呪術師をやっている。

 ちなみに「呪術を自己満足の為に行使する」と後輩から断じられた、手段が目的化している五条悟は論外である────が。

 あるいは理由など、そんなモノで良いのではないか? 

 

「それをプロ意識というのだろウ? 冷徹に成れとは言わないが、過剰に高尚さを呪術師に求めるのは呪術界の醜悪さを棚に上げ過ぎダ。呪詛師を筆頭に嫌悪する人種は、術師にも多く存在するだろウ」

「……」

「話に聞く上層部の腐敗や、御三家の時代遅れ故の悪習。そして言わずもがな呪詛師。非術師だけの負の面を見て、呪術師の負の面を見ないのは道理が通らなイ」

 

 周知の筈の醜悪。

 確かに夏油は非術師のそれを目にして、主義が揺れた。

 だがそれだけで結論を出すには、夏油は情報不足と言わざるを得ない。

 何故なら夏油傑が知らず、五条悟が知っている呪術師の醜悪は確実に存在するのだ。

 特別な眼を持って生まれただけで、幼少期より億を超える懸賞金を掛けられた彼だからこそ知る、呪術師の醜悪を。

 というより、自分の半生にも満たない少年に諭されれば、短絡に非術師を皆殺しにするのは余りにみっともない。

 というか、格好悪い。

 

「……まァ何だ、困るんだヨ。そんな選民思想を持ったまま、呪詛師辺りになられちャ」

「それはそうだろうが……」

「そもそも俺の両親は非術師ダ。そして、俺の有様にも拘らず俺を心から愛し、天与呪縛の原因を自分達に向けてしまっていル。大切な、大切な家族ダ」

「───」

「お前に非術師が皆殺しにされる場合、俺の両親は勿論殺されるだろうからナ」

「……困るね、それは」

 

 夏油の両親も、漏れなく非術師である。

 彼の理屈を通すなら、彼等も殺さなければならない事を意味する。

 少なくとも今の夏油に、両親を醜悪として間引く事は出来なかった。

 

「それに身体が治るのに必要なら、俺は喜んで非術師になるだろウ。いい機会だハッキリ言っておくが───俺は呪いなんぞこの世に無い方が良いと思ってすら居ル。九十九の言う処の『呪力からの脱却』支持者だナ。俺は、俺の当たり前を奪った呪術が大嫌いダ」

 

 最早、夏油が呪詛師になる可能性は無かった。

 少なくとも、決定的な場面で彼が足を止めるだけの要因は揃っている。

 傍にその幼い後輩が存在したのは、彼を留まらせるのに重要な楔だったと断言出来た。

 

「────ア?」

「? どうかしたかい」

「………………………………イヤ、悪いが少し集中する」

 

 夏油とのその日の通話は、それで終わりだった。

 ─────某日某村。呪霊による被害を術師の幼い双子が原因と思い込み、村ぐるみで暴行と監禁のコンボをキメていた彼等。

 本来、あるいは有り得たかもしれない可能性に於いて、そんな彼等百を超える非術師が夏油傑に殺される筈だった一件。

 それに立ち会った少年は、激昂しつつもより長い苦痛を愚か者達に与える為、極めて法的な措置を選んだ。

 閉鎖環境故に罷り通っていた蛮行を、多くの機械の目は捉えていた。

 

『未成年略取誘拐、及び拉致監禁に集団暴行容疑による、警察への通報』

 

 高専はその職業柄、警察上層部と深いパイプを持つ。

 夏油特級術師と複数の監督役、そして多くの警察官の捜査の後、一つの山村がひっそりと事実上消滅した。

 そして同時期、呪術高専に一組の双子が保護される事となる。

 

 幼子は、時に驚くほど残酷である。

 その山村の人間の未来は、死よりも苦痛に溢れるだろう。

 衆生こそが真なる地獄なのだと、与 幸吉は身を以て知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 2010年、某日。

 高専訓練場にて、特級呪術師同士が激突した。

 原因は夏油傑の海外留学を、特級呪術師・五条悟だけがその直前になって知らされた事であると明記する。

 

 結果として夏油傑は、呪術師の芽を護る路を選んだ。

 二年後に帰国した彼は卒業と同時に、フリーの術師としての先達、冥々に倣うように高専に所属し続けるのではなく、個人として活動を開始。

 特級として積極的に任務を熟し、成人と共に宗教法人を設立。

 その宗教法人が、四年前に取り潰された筈のとある絶対的一神教を乗っ取る形であったのは、誰もが承知の上だったのは語るまでも無い。

 それを合法的に行うに必要な証拠を、ある後輩の協力で得たという事だ。

 

 その後は彼の術式の特性から宗教相談と称し、一般被呪者の解呪を行いながら資金を集め、無知故に迫害されている呪術師の保護を開始する。

 術師支援。

 非術師殲滅では無く、より確実に仲間を護るために。

 しかし、本来誰にも阻まれる事の無いその大義は、老人達に阻まれる。

 

 保守派の巣窟となり、五条悟から「腐ったミカン」と称される呪術界の上層部─────『呪術総監部』。

 彼等は、高専以外の呪術組織の拡大を嫌ったのだ。

 その互助組織が非術師だけでなく、まさにその上層部の過干渉から術師を護る為のものであったというのも理由の一つだろう。

 

 日本内部にはいくつか呪術的組織が存在する。

 呪術界の名家、五条・禪院・加茂の御三家。

 加えて北海道のアイヌの末裔達による呪術連が、コレに該当する。

 だが最大勢力は間違いなく、呪術高専と言えた。

 総監部への指名権を有する以上、御三家も高専の一部であり、本州の呪術組織は高専のみといっても過言ではない。

 特に加茂家は、上層部の過半を占める保守派の母体である。

 

 特級呪術師という、ただでさえ制御困難とされる力を持ち。

 そんな人物が高専以外の呪術組織を作り、挙げ句『保護』や『互助』という余りに解釈の幅が広い謳い文句で人材を集めている。

 保守派にとって、これほど目障りな存在は居ないだろう。

 

 呪術師とは、質は勿論数も非常に重要である。

 この質と数を両立している禪院家は、保守派の母体である加茂家と純粋な実力主義で拮抗し、御三家となっている程である。

 

 そんな一強状況に、互助とはいえ新たな組織を立ち上げようとしている。

 その設立者は呪霊操術という、異形の軍隊を保有する特級術師。

 事実上術師保護を名目に、質さえ補おうとしている。

 そう見られてもおかしくないのだ。

 特に、一時疎遠になっていたものの現代最強と名高い術師、五条家当主である五条悟と最も親しい友人というのも非常に大きい。

 国家転覆可能な、呪術界を引っ繰り返すだけなら二人で十分な戦力が揃っているのも同然である。

 腐敗が横行して久しい保守派にとって、目の上のたん瘤程度では収まらない『脅威』であった。

 

 妨害は執拗に行われた。

 過干渉な嫌がらせから、夏油と彼が保護した術師を呪詛師にしようとする動きまで。

 夏油傑は、ここで漸く呪術界の醜悪を見せ付けられる。

 

 事実、呪術規定に於いて全ての呪術師は総監部の指揮に服さなければならず、逆説指揮に服さない者に処罰を与えることが可能である。

 無論この指揮とは規定遵守や、命令系統の統一。そして呪霊や呪詛師への対応が主であるが、総監部がこの規定を濫用した場合は話は変わる。

 理不尽な『指揮』を行い、当たり前に拒否した事を『違反』とすることで、夏油達を呪詛師に認定することさえ可能なのだ。

 

 当然だが、そうはならなかった。

 一つは総監部の腐敗は、あくまで一部。

 マトモな者達が規定を敷く側として当たり前の行動を取ったこと。

 二つ目は、そもそも夏油が設立した高専以外による互助組織は、あくまで相応の実力や知識を持たない術師の保護を目的とするものだ。

 つまり人手不足な術師業界の人員拡充に繋がるものである。

 自分達の保身の為だけに完全排除するには、呪術界の人手不足は余りに深刻であった。

 

 また、特級を全面的に敵に回す事を避けたのもある。

 特に自他共に現代最強と名高い五条悟が、親友を理不尽に貶めた総監部へ牙を剥くの様な、様々な暴走の抑制も大きかった。

 無論、それが解らぬ愚か者が一定数存在するからこそ、排除案が無くなる事が無く妨害工作も行われたのだが。

 事態は必然、膠着状態となり睨み合いの攻防が続いていく。

 だが呪術界の上層を敵に回している状況は、決して夏油の望む物ではなかった。

 

 均衡が崩れたのは、思わぬ方向からだった。

 当時中学生に成り立ての与幸吉、彼の特級呪術師認定。

 そして彼が接触した総理大臣主導による、呪術総監部の一斉検挙である。

 

 

*1
あくまで『相当』なのは、高専所属基準に年齢が足りないから。なので特別でもない。




分岐点:九十九由基のスカウトと、当人のほんの僅かな積極性の多さ。

Q:夏油の呪詛師堕ちをどうやったら防げますか?
A:大義を理論武装で叩き潰した後、精神安定剤を処方し休養を与えましょう。

Q:呪術総監部の癒着・腐敗問題はどうすれば解決しますか?
A:その上の、総監部の任命権を持つ総理大臣にチクりましょう。

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