職業:高校生兼死神代行
名称:黒崎一護
その女は、まさしく幸せの絶頂だった。
両親を喪いながら親戚に養われ、とある事件にて後の夫となる男に命を救われた。
正しく、運命の出会いだった。
その後事件の後遺症から親戚の家を出ることになったが、生活自体の援助は続き大学に進学。
時期を同じく小さな個人病院を開院した彼を、からかいながら親しくなっていき────思いが結実し結婚。
男児を授かり、後に双子の女児を出産するに至った。
現在は最愛の子供に囲まれ、夫婦仲は円満そのもの。
子供たちはすくすくと成長し、長男は現在は9歳。
そんな彼女には、周囲との違いがあった。
霊的素養。幽霊とさえ表現できる存在を知覚し、剰えそれを滅却できる力。
そんな資質を、彼女の家系は代々受け継いでいた。
息子は、恐らく両親の才能を最も色濃く受け継いでいる。
だからだろうか。年齢に不釣り合いな程思慮深く、大人びた反応を取る。
例えば、一年前から彼が通い始めた空手道場で同い年の少女に、漸く一本を取れるようになった。
逆に言えばその少女の才能がピカ一であっても、一年間一本も取ることが出来なかったことを意味する。
しかもその漸く取れた一本でさえ、空手道場としては一本と表現するのに窮したのだ。
その息子が空手の才能が無いから、と言うわけではない。
実際、息子は既に年上の男子を次々と勝利をもぎ取っている。
母となった女は息子に問い掛けた。
何故、彼女にはそもそも空手技を使わないのか? と。
『スポーツとはいえ女児を殴る蹴るは、正直キツい。顔は勿論、女児の腹を殴るのは倫理的にアカンて』
なので選んだ技は突き技ではなく、投げ技であった。
その名を一本背負い。完全に柔道の投げ技である。
同輩の少女がキレ散らかしながら、それでも息子の勝利と判断したのは師範代の配慮故だろう。
女の子を殴りたくない、という息子の優しさへの配慮だ。
それはそれとして、そんなある意味己を侮られたともいえる行動にキレ散らかした少女により、防戦を自身に強いた息子はこれまたボコボコにされたのだと。
苦虫を嚙み潰した様な顔で答えた。
そんな彼に、母は嬉しそうに笑った。
息子は優しい子に育ったのだと。
きっと、そんな長男を見て育つ妹達も、優しい子に育つのだろうと期待して。
そんな平凡で幸せな時間が、決して永遠に続かないと知りながら。
─────それは、ある雨のよく降る日だった。
前日も、前々日も雨が降り続けていた夏の日。
母は何時ものように空手道場に通う息子を迎え、共に帰宅の途についていた最中。
大小様々だが、いつも和やかな笑みを浮かべる息子の顔が強張った。
立ち止まった彼の視線をなぞれば、そこには雨合羽を着たオカッパ少女が、傘もフードも被らず一人佇んでいた。
一目見るだけなら、高所から飛び降りそうな少女に気を取られる。
だが長男が真に見詰めていたのは、その少女の背後。
白い仮面と胸の孔が目を引く、巨躯を薄気味悪い体毛で覆った獣がいた。
あらゆる地球上の生物にも該当しないその存在。それは、一部の人々に
虚は単的に表現するならば、一般的に『悪霊』と呼ばれる存在である。
人間が死んだ際に、肉体から露出した魂魄が放置され続けることで成り果てる姿。
そんな虚は、他の人間を襲い、魂を喰らう。
その胸に空いた孔を、埋めるために。
通常の魂魄──
そのため、虚がどれだけ暴れまわっても、普通の生物には勝手に町が壊れていくようにしか見えないのだが───。
息子は、通常の人間を見るように魂魄を見ることが出来た。
それを彼は異常な事だと理解していたのか、『見えること』を他者に隠し続けていた。
聡い子だと、内心自慢げに心が揺れる。
そんな緩みを、母はキツく絞めた。
あの少女は、撒き餌なのだろう。
息子のような霊的資質の高い者を誘い、選別する。
より良い獲物を喰らう為に。
そんな虚に、息子は何か考えているのか。
単純にその害意を漲らせる姿に恐怖を覚えたか、あるいは撒き餌の真意に気付いてしまったか。
硬直する息子のその視線を受け、その虚は醜悪に仮面を笑みに歪めていた。
それが何かを口にする前に、母────黒崎真咲は息子の前に出る。
「大丈夫。お母さんの後ろに居てね」
真咲の顔に恐怖は無く。まるで慣れた手つきの様に、獣を見据える。
息子の霊的資質は、両親の遺伝である。
そしてそれは精錬され、この程度の虚など敵ではなかった。
虚はそれに気分を害したか、身体の表皮に纏う体毛を蠢かせながら、その巨躯を軋ませる。
まるで今にも襲い掛からんとする、猛獣の予備動作だ。
真咲はその虚の名が、グランドフィッシャーということを知らない。
「ち、がう。違うんだ。待って母さん……!
でも、何で。日にちはズラした、何カ月も。なのに何で────」
真咲の行動に、ハッと正気に戻った息子は慌てて真咲を引き留める。
そんな息子の心配を嬉しく思いながら、緩みかけた口元を引き締めて襲い掛かる怪物を受け止めんと片腕を掲げる。
彼女の血に宿る力は、怪物の牙など容易く弾き返すだろう。
その怪物は、真咲に傷一つだろうと付ける事は無い。
その異形と、華奢な女性としての姿の両者には、それほどまでに隔絶した力の差が存在していた。
────故に、それを油断というのはあまりに理不尽だろう。
実際どれだけ油断しようとも、真咲がグランドフィッシャーに負ける要素は無かったのだから。
そういった事情を何も教えていない息子が、慌てふためいても何も不思議ではなかった。
彼女の思考は、目の前の障害から息子を護る事のみに向けられていたのだから。
だからこそ、息子の真意を理解する事が遅れてしまった。
「ユーハバッハの『
その言葉に、真咲は理解も反応もすることが出来ずに。
同時に、曇天から一条の光が彼女を呑み込んだ。
「────」
衝撃と共に真咲に訪れたのは、虚脱感と喪失感であった。
生まれつき持っていた彼女の力が、霊的資質が失われた感覚。
息子の言葉を脳で反復していた真咲には、その情報に対しての疑問と驚愕で思考を占めてしまう。
自らが戦地に立っていたことを。
そして今、そこが死地に変貌してしまったことに、一瞬遅れてしまった。
その一瞬が、自分達にどれだけ致命的だったのかを。
(一護……!!)
それを好機に捉えたグランドフィッシャーが、弾かれるように真咲へ襲い掛かった。
彼女に出来たのは、息子を護るため咄嗟に彼の盾に成る事だけ。
何もかも後手に回った真咲は、だからこそ気づくのがまたしても遅れてしまった。
「え?」
ドン、と。
抱きしめ身を挺して護るべき小さいものが、自身を横に押し退けたことに。
力を失った直後の、脱力した真咲にソレを抗うすべは無く。
息子が自分を庇うために押し退けた光景を、ただ見ることしか出来なかった。
「キレそう」
それは、誰に対する言葉だろうか。
あまりに小さく呟かれた言葉を、真咲は聞き取ることが出来なかった。
瞬間、息子の右半身が喰い千切られる。
『────』
幼い子供の身体が、衝撃に宙を舞う。
右半身は大きく抉られ、まるで大きく穴を開けられた様に血が噴き出し雨を深紅に染め上げる。
臓腑の大部分を喰われた、最早即死は免れない致命の傷だ。
今こそ宙を舞っているが、次の瞬間にその亡骸は無体な姿を地面に転がすだろう。
真咲は絶望に表情を染め上げ、グランドフィッシャーは愉悦に仮面を軋ませる。
片や悲痛に、片や歓喜に声を上げただろう。
嗤いと悲鳴が雨模様を彩る、その直前。
『────────────ぉあアアアアアアあああああああああああああああアアアァッ!!!!! 』
黒崎一護に宿る二つの力が、誰よりも深い激憤と共に絶叫した。
本来地面に叩き付けられる筈の身体は、しかし両の足で虚空を踏みしめ。
天地を揺るがす程の力と共に君臨する息子の、いつの間にか変わり果てた姿に真咲は呆然とした。
同時に怪物────グランドフィッシャーは、その超然という言葉すら生温い霊圧に己の死期を悟る。
自分が手を出した獲物が、虎の尾などとさえ表現するのが生易しい存在なのだと。
整った顔を頭ごと覆う様に出現した、二本角の仮面。
少年らしく短かった橙色の髪は、背中まで伸びて雨風と溢れ出す霊圧に靡いている。
いつの間にか復元した肉体は、死人の様に白く染まり。まるで虚の様に空いた胸の孔へとなぞる様に。赤黒い
その恐ろしい怪物の姿に、真咲は見覚えがあった。
かつて己を喰らわんとし、夫となってくれた男が自分の人生を掛けて封じ続けていた、真咲に巣食う虚。
その怪物は、いつの間にか息子に宿っていたのだ。
────こうなった以上、この悲劇の結果は見えていた。
意趣返しと言わんばかり、空間を捩じ切るが如き突進によりグランドフィッシャーの身体は削ぎ落される。
そのまま四肢を捥がれ、皮膚を引き裂かれ、悲鳴を上げる間も無く蹂躙される。
怪物と成り果てた少年の存在に、憐れな虚は磨り潰されて掃き捨てられた。
宙を舞うグランドフィッシャーへ、大地に降り立った少年は一対の角を、空を仰ぎ見る様に天へと掲げた。
瞬間、時空が歪む程の霊圧が角の先端に渦を巻くように集束、圧縮され。
呆然とする真咲は、その技の名を心の中で反復する。
「(
それは深紅の極光となり、即座に雲を吹き飛ばしながらグランドフィッシャーを跡形も無く消滅させた。
「一、護……」
雨雲が消え、満天の夜の帳が空を覆う。
真咲が、最愛の息子の名を絞り出すように叫ぶも、怨敵を消し去った怪物となった少年の変化は終わらない。
暫く、内なる力達の動揺を現すように暴走は続くだろう。
それは、蛇口の栓を壊された様なもの。
栓を直せる者がいなければ、溢れる水は止まれない。
「────────すいません真咲サン、遅れました」
故に、相応の者達が相応に動く。
帽子を被った着流しと下駄が特徴の男に、筋骨隆々の肉体に眼鏡とエプロンを纏った巨漢。絶世と呼ぶに値する、褐色肌に長い黒髪の美女が現れた。
「真咲ッ!!!」
そんな三人に続いて聞こえた、夫の自らの名を呼ぶ声。
何より力を失った事からの虚脱感から、彼女は意識を失った。
それは些細な、何より大きな変化。
ほんの少しの歩み寄りと、ほんの少しの勇気の一歩が変えた物語。
本来七年後に解かれる鎖はこうして砕かれ、内なる力達は宿主の死の恐怖に応じ覚醒した。
斯くして、少年は運命を知るだろう。
振るう刃を、握り締める為に。
『原作で虚化したシーン、中でこんなパニック起きてたと思うと和むわ』
そんな呟きを、誰にも聞こえない内心に添えて。
黒崎一護、というキャラクターをご存知だろうか。
集英社の少年誌、週刊少年ジャンプにおいて、十五年連載された商業作品。
タイトルに『漂白』を意味する『BLEACH』と名付けられた、少年漫画の主人公である。
家族を守るために、悪霊に位置付けられる存在───虚を退治する死神となってしまった彼と、その仲間達の活躍を描くバトル漫画。
自身に死神の力を与えた死神の少女・朽木ルキアを相棒に、黒崎一護が騒動に巻き込まれていきながらも敵対勢力とのバトル中心のストーリーを展開する物語だ。
さて、そんな世界累計発行部数一億二千万部を超える超大作だが。
諸君はそんな主人公─────黒崎一護になりたいだろうか?
ハッキリ言って、なりたいとは思わない。
例えば同じ少年ジャンプの代表作である『NARUTO』。その主人公うずまきナルト────こちらに至っては幼少期は迫害さえされており、それこそ周囲の掌返しはアンチ系の二次創作が作られる温床となっている。
つまり何が言いたいかというと、バトル物の主人公など地獄であるということだ。
無論そんな想定など妄想の域を出る事は無いし、出てはいけないものである。
────そんな人物に成り果てた自分を認識しなければ。
そしてそんな『BLEACH』の主人公である黒崎一護に、ジャンプ作品の主人公らしく波乱万丈である人物に、自分はなってしまった。
それを正しく理解してしまった時の悲哀と絶望は、正直語る事を憚るレベルの醜態であった為、省略させてもらう。
兎に角、これまで
黒崎一護は、まさしく『BLEACH』作中世界に於ける霊的素養の特異点。生と死の区別が存在しなかった原初の世界に於いて誕生した英雄以来の、『特別』な存在ではある。
が、そんなかつての英雄同様に
先ず問題として、その
各章に於ける、所謂「章ボス」と位置付けられているキャラクターは三人。
藍染惣右介、銀城空吾、そして作中のラスボスであるユーハバッハ。
彼等はそれぞれの理由で、主人公の力を高め、そして奪おうとする者達である。
それほどまでに黒崎一護の霊的素養は奇跡的でさえあり、魅力的だったのだ。
そして問題なのがこの三人の内二人は、それこそ世界を滅ぼしかねない目的を有している。
藍染惣右介は結果として。ユーハバッハは世界と自身を唯一とする為に。
前者は物語序盤である『
挙句後者は原作に於いて主人公の母の仇であり、その目的を果たせば確実に現代社会が崩壊する。
阻止するには主人公が度重なる戦いの果てに得た力が不可欠。
その為に「力を放棄する」という選択を取ることは不可能だった。
故に、そんな黒崎一護になった自分が取るべき方策は、「自らの素養を高める」一択だった。
他を圧倒し、圧殺する力を。
自身は勿論、周囲の者達に傷付ける事を考えられなくなる程の脅威と成って、自らの
原作では黒崎一護は主人公にあるまじき修行期間の短さが目立ち、某国民的竜玉物語の戦闘民族顔負けの急成長を遂げている。
敵本拠地侵入から幹部打倒。止めに敵首領撃破まで一日で終えている。それまでの巻数は二十近い。
勿論、それまでに二度死亡寸前、戦意喪失からの敗北を経験しなければならないが。
逆に言えば、正当な準備期間という名の修行パートを行えば、物語終盤で漸く得た力を物語当初から振るえるのだ。
寧ろ己に降り掛かる脅威と災厄を知りながら、何の対策も取らない者は愚かしいとさえ言える。
『絶望とかしてる暇が有ったら、先ず目の前のクソ野郎を殴るんだよ』
そう傲慢にも、高らかに謳い上げるのだ。
持てる智と力の全てを用いて。
【BLEACH】一護憑依もの? 原作知識あり。独自解釈、改変大匙。
ハーレム要素はまぁ原作からあるから良いか。
修正点は随時直します。