思いついたSS冒頭小ネタ集   作:たけのこの里派

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Put Satanachia 2

 衛宮士郎が間桐慎二と出会ったのは、まだ士郎が小学生で養父の衛宮切嗣が存命していた頃だった。

 当時の間桐慎二は幼いながらも物覚えが良く優秀だが、それ故に調子に乗りやすいひねくれた────しかし特別珍しい訳でもない、ただの少年だった。

 

『馬鹿だなぁお前』

 

 当時、よく掃除当番を押し付けられていた士郎への辛辣な慎二の言葉は、衛宮士郎の在り方を端的に示していた。

 ────誰かのために為らなければならない。

 そんな強迫観念に取り付かれ、しかし何かに為らなければならないと思いながら目標が決まらない。

 だって、自分だけ助けられたのだ。

 あれだけ助けを求めている人を無視して、一人だけ助けられたのだから。

 

 衛宮士郎は孤児である。

 冬木新都に起きた大火災で、両親も記憶も燃やし尽くされた。

 残ったのは、自分だけ助け出されたという事実だけ。

 忘れてはならない。

 正義の味方を志す前、衛宮士郎は道標を持たない迷子同然だった。

 そんな頃の士郎を導いていたのが、慎二である。

 

 曰くロシア系の血筋を感じさせる容姿に、有り体に言えば高飛車で皮肉げな笑みをしていた慎二の表情が─────ある日、凍り付いていた。

 瞳は自我を抑え込んでいるように暗く、感情の変化が極端に無い。

 まるで鉄仮面を被ってしまった様に。

 そんな彼に周囲は戸惑いと共に離れていったが、そんな事は士郎には関係無かった。

 

 事実士郎がお人好しを拗らせれば、そんな鉄仮面を被っていても慎二は何時ものように悪態をつきながら付き合っていた。

 彼は変わらず、士郎を助け続けてくれていたのだから。

 

 そんな士郎の傍に居る時だけは、鉄仮面と揶揄されていた慎二の表情も幾分か明るかったのも、士郎が慎二と付き合い続けた一因でもあった。

 見下すような言葉を口にしながら無理矢理遊びに連れていき、周囲に利用されようとすれば利用しようとするものを排除する。

 悪態をつきながら、明確な病名の存在する士郎の度を過ぎたお人好しを巧く諌めていた。

 養父が死に、正義の味方を志す(囚われる)様になっても、彼は変わらず断言するだろう。

 

 衛宮士郎にとって間桐慎二は、藤村大河や養父の衛宮切嗣に並ぶ『特別』なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一夜 トモダチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな慎二との友人関係に変化が出始めたのは、高校に進学して弓道部に入った後。

 友人となった柳堂寺の息子である柳堂一成を加えた三人で昼食を取っている時。

 

「慎二って何時もコンビニ弁当食べてるけど、そういえば食事ってどうしているんだ?」

「なんだよ、突然藪から棒に」

 

 小学生からの付き合いで、幼馴染みと形容しても何ら問題の無い慎二であったが、その家庭事情を士郎は余り知らない。

 ただ知っているのは、妹が二人居ること。

 そして両親が死んで、保護者である祖父もかなりの高齢であること。

 

「僕が料理するように見えるのか? 栄養が取れればソレでいいのさ」

「うむ、見えんな」

 

 一成が慎二の言葉に肯定するように頷く。

 間桐家は冬木一の大地主だ。

 仮に慎二が一生就職せずともキチンと管理していれば、遊んで暮らせる資産はある。

 出前などのサービスは現代では沢山あるのだ。

 自分で料理をせずとも食事に困らないのに進んで料理をするような性格を慎二はしていない。

 

 だけれどソレは、士郎にとって寂しく映った。

 慎二の言葉に、食事事情が壊滅的であった養父の姿を想起したのだ。

 

「────じゃあ俺が昼飯作ってくるよ」

「……はぁ」

「何ッ」

 

 慎二の疲れたようなため息と、一成の鋭い反応に士郎が笑う。

 放っておけばバーガー系のジャンクフードしか食べない切嗣の為に料理を覚え、加えて頻繁に遊びに来る保護者の孫娘もその腕前をメキメキと上げる一因だった。

 そんな士郎の悪癖が、ここで炸裂した。

 

「……何でそんなことを、っていうのは愚問か」

「俺がどういう性格してるか知ってるだろう?」

「病気だよ、ソレは」

「間桐────」

「美徳だと思うなよ柳洞。衛宮のこれは矯正すべき点だ。寺の息子が人間の悪徳を肯定するなよ。その後始末に僕がどれだけ苦労しているか知らないだろうが」

「むっ」

 

 慎二は士郎の言葉に手を口元に当ててたっぷり考える。

 言い出したら聞かないのは、彼とて重々承知している。

 なら、そんな彼の善意を利用しようとする輩が存在しない訳がない。

 それらを排除するのは、当の本人が自重をしないことも相俟って相当の負担だったろう。

 

 口では歯に衣着せない言葉が多い慎二と生真面目な一成が交遊しているのは、大地主と寺の息子という関係以上に、慎二自身に一成が好感を覚える部分が存在するからに他ならないからだ。

 

「で、本当に弁当作ってくるつもりか?」

「勿論、冗談を言うつもりは無いぞ」

「…………」

 

 すると慎二は財布から万札を数枚取り出して士郎に投げる。

 

「うおっ!? 何だよ慎二、俺は別にお金なんて────」

「妹」

 

 その言葉に、士郎がかたまる。

 

「僕は別に良い、ただ二人分にしてくれ。材料費が嵩むなら上乗せする」

「……全然構わないけど、だから別にお金なんて」

「僕を一人暮らしのヤツに飯をせびる時、一銭も出さない様な小さい奴にするつもりか?」

「……判った」

 

 そう言われれば、渡された物を士郎は返すわけにはいかない。

 仕方無く渡された金を懐に入れ、その分やる気を滾らせる。

 

「三人分、作ってやるさ!」

 

 そんな姿に溜め息をつく慎二と、そのやり取りが愉しかったのか笑みを見せる一成。

 尤も、少し羨ましそうだったが。

 

 切っ掛けは、そんな士郎の大きなお世話、余計なお節介、ありがた迷惑を、慎二の珍しい兄としての一面を見せた出来事。

 それから間桐家が士郎と関わり始めるのは、後に士郎がバイトの最中に怪我を負ってしまった時。

 間桐慎二の妹────間桐桜と間桐可憐の二人が、士郎に料理の教えを求めに来たのだ。

 

「えっと……」

「こんばんは、間桐桜です」

「妹の間桐カレンです」

 

 怪我で新人戦に出られなくなり、慎二にしこたま襤褸糞の如く扱き下ろされた日の放課後。

 二人の女子中学生が、親友の妹を名乗って押し掛けてきたのだ。

 何でも、独り暮らしであることから怪我で不自由するだろう事を兄の慎二から聞いて、手伝いに来たのだと言う。

 

 そんな善意の動機にしては桜と名乗った少女は、複雑そうな、しかし鬼気迫る眼をしていた上、カレンと名乗った少女の表情はそんな桜に視線を向けながら嗜虐に染まっていた。

 

「助けてくれ慎二」

 

 士郎は迷わず友人へ電話を掛けた。

 元より女性への対処が下手なのだ。一人なら兎も角、二人もやって来たら幾ら士郎でも助けを求めるのは必然だった。

 無論、連絡を受けた慎二は速やかに衛宮邸を訪れるのだが。

 

「なんでずぶ濡れなんだ。傘くらい持ってるだろうが」

「ご、ごめんなさい兄さん」

「フフフ、何ででしょうね」

 

 タクシーでやって来た慎二に二人の少女が対面する。

 おぉ、兄貴やってんだなぁと感心した視線を向ける士郎に、苦虫を噛み潰した様な顔の彼は妹達を連れて帰ろうと一悶着したのだが。

 直後衛宮邸に訪れた、士郎の保護者である冬木の虎によって後門を塞がれた慎二の顔は、本当に見物だったと士郎は今でも思い出す。

 理屈の通じないタイプが、慎二にとって一番苦手なのだと知った時だった。

 

 それから桜とカレンが、頻繁に衛宮家に訪れることになった。

 料理だけでなく家事全般を習い始め、結果引き摺られるように慎二とも食事をするようになった。

 そんな賑やかな、でもきっと幸せな時間が続くことはなかった。

 

 ──────────それでも、運命の夜はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────衛宮か」

 

 冬空で、いつ雪が降ってきてもおかしくない時季。

 生徒会から受けた備品整備の依頼が終わって教室に戻る途中、士郎は最近疎遠になった友人と会った。

 

「久し振りだな」

「毎日教室で顔を会わせてるだろ。何言ってんだよお前」

「そうじゃなくて……こうして話すの自体、久し振りだなって」

「……どうだっていいだろう、そんな事」

 

 その瞳は表情の様に凍り付き、無機質に自分を映す。

 かつての鉄仮面を、彼はいつの間にか再び被っていた。

 何かあったのか、と士郎は問い掛けることも出来ない。

 そこには、強い拒絶があったから。

 

「お前、今日何か用事があるのか?」

「え? いや、今日は弓道部以外用事は無いけど……。一成の頼まれ事もさっき終わったし」

 

 故に士郎は何も聞かずに、しかし態度を変えることもなかった。

 その仮面が他者を拒絶すること以上に、苦しむ心を隠すものであることだと知っているから。

 そしてその問題はきっと自分ではどうしようもない問題だと知っているから。

 

 それを何とかしようと足搔いた結果が中学の時のように()()()()だった場合のように、過度な干渉は悪手であることぐらい、士郎にだって分かるのだ。

 何より欠片も笑みが存在しないその貌は、()()()()()()()覚えたから────

 

「なら、二週間くらい真っ直ぐ帰れ。……お前みたいに間の抜けた奴、噂の猟奇殺人犯の獲物にされかねないからな」

 

 そう言って、慎二はそのまま廊下を後にする。

 もっとも、それが士郎の目を誤魔化す為の体の良いフェイクであることを、彼は無論知ることはない。

 事実最近では桜とカレンは衛宮邸に訪れることがなくなり、慎二自身が生徒会に訪れ共に食事を取る事も無くなっていた。

 

「そういえば、慎二達の弁当も作らなくなったな……」

 

 単純に桜やカレンの腕が上がった、というだけなのかもしれない。

 

 そう断じる彼は、なにも気付かない。

 この街に致命的な変化が10年ぶりに起こっていることを。

 自分の手の甲に、赤色の痣が染み出るように浮かんでいることを。

 

「士郎―! 弓道部の掃除、任せてもいい―?」

 

 慎二が後にした廊下を歩く士郎に、そんな声を掛けたのは士郎の担任の教師で弓道部顧問。

 それ以上に10年来の姉替わりである、藤村大河である。

 

「あぁ、わかったよ藤ねえ」

 

 士郎は他人の頼み事を受ければ、それを早々断ることはない。

 誰かの助けに成らなければ、彼は呼吸さえ儘ならないのだから。

 

 だが頼みごとがあろうがなかろうが、他人の嫌がる事を率先して行う。

 そんな士郎が弓道部で最も後片づけが得意なのは当たり前のことだった。

 何故士郎だけに負担の掛かることを、家族同然の彼女が頼んだのか。

 

「最近物騒だからな。美綴も女子だし、手伝ってもらうわけにはいかないか」

 

 現在冬木市を騒がしている猟奇殺人事件。

 それを警戒した学園が部活動を一時中止させたのだ。

 

「ホントは慎二君と桜ちゃんに任せようと思ってたんだけど……」

「いろいろと忙しそうだし、仕方ないさ。寧ろ慎二に頼んでたら普通に断ってるだろ、アイツならさ」

 

 間桐家の翁、PTA会長で慎二たちの保護者にして冬木の大地主────間桐臓硯。

 両親と叔父が既に亡くなっている慎二たちにとって、寄るべき親戚がいないのだ。

 その為遺産相続を含めた名義変更の手続きなど、特に慎二のやるべきことは多い。如何に弓道部の副部長といえども、優先するべきなのはどちらかなどは瞭然である。

 士郎も保護者の養父を失ったことがあるものの、それらの手続きを行ってくれたのは大河の実家の藤村組の組長の藤村雷画である。

 それら手続きをすべて行わなければならない慎二の負担を士郎が想像することはできない。というか大河もできない。

 

「ホントは、二人と───特に慎二君と話がしたかったんだけど。彼、ここ最近随分変わったでしょ? 無理してないといいんだけど」

「……大丈夫さ。もし手が足りないなら、『衛宮、ちょっと手伝え』って言いに来るだろうからさ」

「そうかな……。じゃあ士郎、お願いね。後、士郎も早く帰るのよ!」

「はは、解ってるよ」

 

 ──────その時、士郎に慎二の忠告は頭に残っていなかった。

 また、士郎はやってしまったのだ。

 猟奇殺人事件の影響で部活動が自粛されるから、暫く来れない分掃除に気合を入れてしまった。

 夕焼けはとっくに沈み、夜の帳が空を覆っていた。

 

「参ったな……、慎二にまたどやされかねない」

 

 掃除で固まった身体をほぐしながら、弓道場を後にしようとした瞬間。

 何かがぶつかり合ったような衝撃と、金属が打ち合ったような音が校庭から響いた。

 

「な──────」

 

 何だ今のは。

 とっくに夜だというのに、誰も居ない校舎での轟音。

 加えて思わず倒れそうになる程の衝撃波。

 士郎は、そんな得体のしれない者がいるであろう校庭に()()()向かおうとして──────

 

『─────全く、困った坊やね』

 

 綺麗な女性の声が、頭の奥で響いたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ衛宮。もし───過去を無かったことに出来るとしたら、お前はどうする?』

 

 そんな問い掛けがあった。

 養父の衛宮切嗣の葬式に、慎二が参列した時のもの。

 慎二自身何度か士郎の屋敷に遊びに来た事もあってか、養父の死に思う処のある士郎に彼の存在は有り難かった。

 ただ、その頃の慎二は鉄仮面を被った直後であり、とても危うい様にも見えていた事を、士郎は覚えている。

 きっと彼は養父のことだけではなく、士郎達を襲った大火災の事もいっているのだろうと。

 

『───何もしない。そんな事は、望めない。俺は、置き去りにしてきた物の為にも自分を曲げる事なんて、出来ない』

『……ハ』

 

 迷わず、そう返答できたことも。

 答えを聞いた慎二は、手で顔を押さえ絞り出すように笑った。

 

『……そうかよ。衛宮……お前がソレを選ばないなら、僕がソレに逃げるわけにはいかないよな』

 

 その言葉の意味は、今も解らない。

 生涯、知る事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 気が付けば、士郎は家に帰宅していた。

 周囲を見渡せば、彼の過ごした屋敷の門の向こう側。

 先程走り出して見える筈の穂群原高校の校庭は何処にもなかった。

 

「あ……れ? さっきまで、学校に────」

 

 頭がぼんやりする。

 早く今夜は寝ないといけないと、誰かに 叱り付けられたような罪悪感と夢遊感が士郎を包む。

 校庭の方からのナニカは確かに記憶に残っているのに、全く気にならない。

 そんなことは些事だと、誰かが囁いて────運命は転変する。

 彼は命を失うことも救われることも、それ故にその後を追われることもなくなった。

 

 

「────遅かったのね。待ちくたびれちゃったわ」

 

 

 しかし因果は廻る。

 運命の夜は、今夜である。

 例え時を燃やし尽くす者が居たとしても、これを覆すことはない。

 玄関の扉を開こうとした士郎を、出迎えるように背後から呼び止める言葉が投げ掛けられた。

 

 其処には、雪のような白い少女が居た。

 髪も肌も白く人形のように整った造形。

 高そうなドイツ系の冬服を身に纏い、紅の瞳は残念そうに、しかし待ち侘びた時を思わせるように喜悦に歪んでいた。

 

「え、と。確か君は───」

 

 知っている。

 士郎が、昨夜帰りですれ違った少女だ。

 そして確か、何か言っていたような──────────

 

「早く喚ばないと、死んじゃうよって。────言ったよね」

 

 衝撃と浮遊感が、士郎を揺らす。

 腹部がとても熱くて、視界が揺れる。

 少女が何かを話しているけれど、何も聞こえない。

 

 息が苦しく、ただ自分が死にそうだと理解した。

 

「だめ、だ──────」

 

 口元に溢れ返る血潮が、まともな言葉を紡がせることを許さない。

 だけれど、這いつくばりながら体は勝手に動き出す。

 ─────まだ死ねない。

 この身は誰かの為にならなければならないのだから。

 士郎に残っていたのは、義務感に近い強迫観念だけだった。

 

 その祈りを、黒い聖杯(人類悪)は聞き届ける。

 

 吹き飛ばされた先がたまたま土倉であったこと。

 そこに設置されていた魔法陣が彼の跳び散った血でなぞられたこと。

 彼が最後の一人だということ。

 汚れた聖杯は己が生まれ(いず)る為に、強引にでも最後の一人の召喚を望んでいたのだから。

 閉じられた四方の門から、天秤の守り手が降り立つ。この世すべての悪を敷く、始まりの三人の祈りと共に。

 

「──────問おう。貴方が私のマスターか」

 

 運命の夜は廻り始めた。

 その結末が例え、少年にとって望むものには程遠いとしても────

 

 

 

 

 




士郎視点。

シンジ君、ブラウニーがハッスルすることは予想してもアインツベルンが家凸してくるまでは予想してなかったり。
今作でシンジ君が焦ったランキング一位は、恐らく此処。

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