思いついたSS冒頭小ネタ集   作:たけのこの里派

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■■■■■が■■の■殺を観測しました。
ルートが分岐しました。間桐慎二へ■■■■の移行を開始します。


Put Satanachia

 ────────間桐慎二は無能である。

 

 と言っても、それは極めて限られた分野に於いてであり、ソレ以外は大した努力もせずに高い能力を発揮する天才肌の少年であった。

 

 そんな彼が唯一無能だったのは、彼の一族が行使する秘積。

 只人の手でも行える、かつて神に連なる者しか扱うことが許されなかった現象操作術────即ち、魔術である。

 

 間桐の家系はキエフを源流に持つ、600年を優に超える歴史を持つ一族。

 神秘が歴史を重ねることによって強さを増すならば、魔術刻印が代の積み重ねによって力を付けていく研鑽の結晶というのであれば────魔術師の家系である以上彼も優れた魔術師である筈だった。

 

 だが、魔術刻印や血筋は永遠に成長していく訳ではない。

 劣化や磨耗によって、その血筋は衰退し果てに途絶えるのだ。

 

 そんな魔術師の一族の末路の一つに、間桐家も直面していた。

 積み重ねられた代によって裏付けされ培われた、魔術を行使するために必要不可欠の疑似神経────多くの魔術回路。

 彼の持つその全てが、完全に閉じ切っていた。

 

 つまり、彼には魔術の素養が皆無だった。

 

 その事実を自身の邸宅の蔵書によって知った彼は、しかし何らめげることは無かった。

 例え途絶え衰退し切り、かつての魔道の名門が極東の地にて滅びるとしても。

 

 間桐が、魔術の秘跡を伝える一族であることは変わりない。

 例え血筋が途絶えても、蓄積された秘跡の記録や家柄の高貴さは決して損なわれることはないのだと。

 そう、信じて────────

 大抵の事を容易くこなしてしまう彼は、今までに無い情熱と努力を魔術に注いだ。

 年相応の子供らしく、そんな幻想を夢見て。

 そして、彼は見た。

 

 それは、始まりは子供らしい幼い自己顕示欲と、特別に対する憧れによるものであったのは現在も認める処である。

 彼は認めないのかもしれないが、それがいつも暗い顔をしている義理の妹を、笑顔にする為だったのやも知れない。

 例えそれが、自尊から来る憐憫だとしても。

 欠陥品に対して、特別である自身が施さなければという義務感だったとしても。

 正しく時が経ち、育まれれば兄弟愛として花開くものだった。

 

 

 

『────何だ、コレ』

 

 

 

 おぞましい吐き気と嫌悪を齎す、屋敷の地下のほぼ全てを埋め尽くす蟲の大群。

 そんな醜悪極まる悪意によって嬲られ続ける、不器用ながらに大切にしていた義妹。

 

『なんじゃ。見てしもうたのか、慎二』

 

 そんな悪意の根源にして何より醜悪な汚泥を操っていた、秘跡の行使者として慕っていた祖父(ばけもの)

 その日、かつて栄光を夢見た少年は現実のおぞましさを知った。

 

 何故自分で蔵書を用いて魔術を調べていたのか。

 その持ち主である臓硯に聞けば、そもそも調べる必要がないのに。

 なのにそうしなかった理由。

 薄々感じていたのだ。

 魔術師の後継は幼い頃から魔術の教えを受けることは、蔵書から知り得ていた。

 故にこの光景が答えだった。

 

 間桐慎二は、やはり無能で特別などではなかったのだと。

 

 本来あり得たかも知れない並行世界に於いて、彼の努力はその光景により自身が魔道を振るう祖父から『いてもいなくてもいい存在』として扱われるという真実と。

 真の後継者が哀れみさえ向けていた義妹である真実を知り、耐えきれぬ劣等感を植え付けられる結末を迎えるのだが────しかし。

 

『ふむ、お主に桜を犯させるのはもう暫く後にするつもりであったが、何。少しばかり早くとも問題はあるまい。

 寧ろ、間桐の精を呑めば馴染むのも早まるやも────ぬ?』

 

 彼は、その光景に最初に別の感情を覚えた。

 

『桜ッ!?』

『────』

 

 彼は何よりも先に、義妹の安否を心配した。

 その変化は、その差異は。

 彼が調べていた蔵書が、魂が腐り果て外道に堕ちる以前の。

 かつて臓硯が『悪の根絶』を志していた、正義の魔術師の頃の物だったからか。

 

 あるいは十年前、その醜悪さから間桐の魔道を捨て想い人の娘を助けるために自分を犠牲にした叔父との交流が、少しだけ深かった事からか。

 

 あるいは、本来知り合う数年も前に正義を志す少年と出会い、その影響を受けていたからか────。

 どちらにせよ、そんな叔父を彷彿とさせる“間桐らしからぬ善性(忘れ果てた嘗ての理想)”が間桐臓硯の癪に障った。

 

『無能故に見逃しておったが、少し仕置きが必要の様じゃな』

『ヒッ────』

 

 濁流の様に蟲の群れが、地下への階段を走り降りようとした慎二に殺到する。

 殺しはしない。

 だが、絶望と恐怖を植え付ける。

 その身の骨髄まで恐怖を叩き込み、叔父(間桐雁夜)のように反骨心や善性など湧かぬよう、そして自身に口答えができなかった(鶴野)のようにするべく。

 

 しかし、そんな思惑は慎二の知るところに無く。

 ただ言えることは、臓硯は魂の腐敗だけでなく全盛期から程遠かった。

 何より魔術師として完全に無能である慎二に対して、どうしようもなく油断し切っていた。

 それに、魂に干渉する類にも為す術が無かったこともそうだろう。

 要因を上げれば、それは幾つもあった。

 

 だが切っ掛けは。己の死を強烈に意識した事と、臓硯の魂によって操られた蟲の大群が慎二と接触した瞬間であったのだろう。

 

 

 

 

「───全てを知り、全てを嘆け。それが相応しい末路である

 

 

 

 

 慎二の口から、慎二ではない声が響く。

 それは、慎二に対する言葉(呪い)だった。

 

『────ギ、あ?

 

 何が起こったのか。

 それは臓硯は勿論、慎二にさえその場では解らなかった。

 間桐臓硯の意識が、ブレーカーを落としたように途絶える。

 そしてその意識が取り戻されることは、永遠に無い。

 

 変化の始まりは、そんな目も当てられない汚濁と醜悪に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Put Satanachia. ────プロローグ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒空の風が、学園の校舎を打ち付ける音が響く。

 そろそろ雪が降ってもおかしくない季節の中、空を仰げば冬雲と青空が広がっている。

 そんな中、静かな校舎の中を歩いている弓道部部長の美綴綾子は、胴着に身を包みながら朝練の準備を整え終えていた。

 

 美綴綾子。

 とある学園のアイドルほどではないものの、学園では文武両道の美人として有名人である。

 その容姿と姐御肌な性格から運動部の面々には頼りにされており、学園のアイドルと同じく堅物生徒会長の天敵でもあった。

 

「前の大会、ホント衛宮の奴なら新人戦いけてたかもなぁ」

 

 彼女が思い出すのは、大会間近で怪我をした部のエース。

 特に彼を一方的とはいえライバル視していた綾子のムカつきは相当なものだった。

 

 そしてそんな彼に対し、静かにキレて罵倒の限りを浴びせていた弓道部の副部長。

 まぁ怪我の原因がバイトで、加えて副部長本人が散々注意喚起した直後だったのだから、いつもお人好しが過ぎるエースがそんな状態であっても、副部長の罵倒内容が正論過ぎて誰も助け船を出さなかった珍しい話である。

 まぁそんな風に怒られる程度には、エースと称する部員────衛宮士郎はこと弓術の才能が凄まじいのだが。

 

 しかし綾子にしては珍しく、過去に想いを馳せ悔やむのは最近副部長の欠席が目立っているからだろうか。

 

「さむっ」

 

 そんな思考の中、漸く一段落ついた所で吹いた風に身を震わせながら、弓道場近くの自動販売機で温かいものを購入する。

 そんな時、朝練の中でも一際早く来ていた綾子の耳に足音が届く。

 

「あれ、遠坂?」

 

 その音の主は、綾子の馴染み深い人物だった。

 黒い、天然ウェーブの豊かな黒髪の少女が綾子の声に振り向く。

 

「今朝は一段と早いのね」

「……やっぱりそう来たか」

 

 はぁ、と軽く溜め息をついた美少女は頭を抱えて己の不徳を認めた。

 

「おはよ。今日も寒いね、こりゃ」

「おはよう美綴さん」

 

 気さくに声を掛けてやれば、少女は剥き出た皮を即座に被りながら挨拶を返す。

 同じ2年A組のクラスメイトで、学園のアイドルながらも曰くのある人物。

 

 遠坂凛。

 容姿端麗文武両道、才色兼備の優等生を演じ、それを完璧に演じきれるだけの能力を持つ、寺の人間である生徒会長曰く「女怪」。

 無論綾子が親友関係を結んでいる以上善人であるのだが。

 そんな彼女だが、勿論幾つか欠点がある。

 

「つかぬことを聞くけど、今朝は何時だか知ってる?」

「7時前だけど、遠坂寝ぼけてる?」

「……うちの時計壊れてたみたいなの。一時間早かったみたい」

 

 どうやらまたやらかしたらしい。

 彼女は良く、と言うほどではないが比較的うっかりしやすい悪癖がある。

 何故そんな事を知ってるのかと言うと、副部長に聞いたからだ。

 なんと彼女の家とその副部長の家は数百年単位で付き合いがあるらしい。

 その悪癖は血筋によるものだそうだ。

 

「あの宝石……まさか」

 

 ブツブツと何かを呟く彼女を伴いながら、準備を終えた綾子は弓矢を携えて道場に立つ。

 そんな道場に、先客が居た。

 

「あぁ、おはよう美綴────って、遠坂!?」

 

 赤髪の少年が、遠坂の姿を見て顔を赤らめながら驚愕に目を見開く。

 

 衛宮士郎。

 先程述べた弓道部のエースである。

 度が過ぎたお人好しだが、そんな彼の動揺はこの学園ではありふれた反応だ。

 初恋は遠坂凛、というのは彼女の同世代で数多い。

 例外なのは彼女を女怪と毛嫌う生徒会長か、彼女の正体を知る弓道部の副部長ぐらいである。 

 

「おはよう衛宮君。じゃあ私は行くから」

「何よ、見ていかないの?」

「そ、そうだぞ遠坂。折角なんだから……」

 

 そんな二人に嬉しそうに微笑む凛は、しかし華麗に否を返した。

 

「実は前に間桐君に注意されたの。『お前が居たら他の男子が使い物に為らなくなるだろ』って」

「あー、うん。なるほど」

 

 その言葉を聞きながら、綾子は衛宮少年を流し見る。

 酷く納得してしまった。

 何より集中が必要な弓道に於いて、学園のアイドルは男子部員には余りに目に毒である。

 尤も、女子部員にも毒になるかもしれない、と遺憾ながら女子に頻繁に告白される綾子は思った。

 

「そういうことだから。またね、美綴さん。衛宮くん」

 

 そう言って踵を返した彼女は、誰かと鉢合わせる事もなくその場を後にする。

 

「────そういえば桜、最近見ないのだけど。……どうかしたの?」

「あぁ。何でも保護者の御爺さんが亡くなったとかで忙しくて、葬儀やら何やらの準備で慎二と揃って休部届けを出したって、先週連絡があったらしいよ。藤村先生曰く」

「……そう」

 

 そんなやり取りを、最後にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 朝練と午前の授業を終えて、綾子は昼食を食べるため食堂を訪れていた。

 

「よっと」

 

 彼女は非常に食欲旺盛であり、自分の確保した席には体重を気にする女子ならば直視さえ難しい凡そ三食分の品が置かれていた。

 サンドイッチに拉麺、加えてカレーライスに味噌汁と炭水化物と高カロリーの三連弾。

 年頃の娘が食べる昼食ではない。

 そんな食事を食べながら抜群のスタイルを維持している綾子の前に、一人の女生徒がやって来た。

 

「あら、こんにちは美綴先輩。相変わらず女生徒とは思えない男前っぷり、本当に同性か疑わしいですね」

「げっ」

 

 綾子の交遊関係は相当に広い。

 それこそ彼女が毛嫌いする人間など、それこそ大衆が嫌悪するような性根の腐った輩を除けば、そうは居ないだろう。

 だが、そんな彼女が苦手とする数少ない例外が彼女だ。

 

「イキナリ挨拶だねカレン。喧嘩売ってるんだったら素直に買うけど?」

「客観的事実を口にして憤るのは、一般的に図星を指された人間の反応です。己に負い目が無ければ素直に聞き流せばいいでしょうに。

 フフフッ、可愛いですね美綴先輩。嘲笑が止まりません」

「こンのッ……はぁ。相変わらず可愛くない後輩だよ、アンタは」

 

 白い髪を伸ばし金色の瞳を嗜虐的に細めた、容姿だけなら現実離れした儚ささえ感じさせる学園屈指の美少女。

 彼女の名前は間桐可憐。

 美しい唇から飛んでくる猛毒の込められた罵倒と皮肉の嵐は、彼女の外見に惹き寄せられた男子達の悉くを扱き下ろした。まるで火に飛び込む夏の虫か、あるいは蜜に寄せられた虫を食らう食虫植物である。

 そんな彼女の義兄である先の話題の副部長に、男女問わず何とかしてくれと訴えかけに行くものは多かったのは当然だろう。

 結果は、決して芳しいものではなかったが。

 

「……アンタ達、最近お爺さんの葬儀で忙しいんだって? 私なんかに構ってる余裕あるみたいだから、大丈夫そうだけど」

「────えぇ、遺産相続やら大変で。尤も、以前から寝込んでいたので念のため前々から手続きをしたお蔭で、無用な税金やらは発生しませんでしたが」

「……そういうの、慎二の奴抜け目ないからね」

 

 しかしその嗜虐的な笑みが、ほんの僅かに翳りを見せた。

 意外と言うには薄情だが、この少女にも祖父の死を嘆く可愛い一面があったのかと少し驚くも、その翳りが哀しみとは少し違うことに気が付き────

 

「こら、カレン!」

「……口煩いのが来ましたか」

 

 つまらなそうに首を振るカレンの前に、綾子もよく知る女生徒が現れた。

 

 彼女の名は間桐桜。

 カレンの義理の姉であり、先述の間桐慎二の義理の妹である。

 ストレートの紫髪に華奢な体格。にも拘らず女性的な凹凸に富んだ体つき。

 今思えば、この兄妹達はとんと似ていない。

 精々、其々の形で兄に懐いている程度だろうか。

 

 というより、彼女のカレンを見て第一声が叱り付ける言葉であり、カレン自身それを受け入れている時点で彼女の普段の行いが察せられるというものである。

 

「おはようございます美綴先輩。カレンが何か失礼なことを言ってませんでしたか?」

「あら、確証も無しに妹を批難するのは姉としてどうかと────」

「まぁ開幕ボロクソ言われたけど、ホント信用無いのはアンタも分かってるでしょう後輩?」

「もう、カレン!」

 

 どの様な人間にも苦手、或いは強く出れない相手というものは存在する。

 カレンという少女にとって。桜がそれに当たるのだろう。

 弓道部の次期部長最有力候補として定めている綾子にとって、とてもありがたい存在である。

 尤も、そんな彼女は兄にべったりなのだが。

 

 

「────騒がしい」

 

 

 故に当然、彼女の近くには彼がいるだろう。

 というより、彼の傍に桜が愛玩動物のように付いて回るのだが。

 

「何の騒ぎだ」

 

 桜の後ろから現れた男子生徒は、容姿こそ整っているものの、白髪のカレンとも紫髪の桜とも違う────癖の強い青みがかった前髪を、アップバングに撫で付けた少年だった。

 そこに加わるように少し隈の刻まれた感情の無い瞳は、心労によるものか。

 高校生という年齢に不釣り合いな昏い瞳は、部活の主将副主将の間柄である美綴をして、気圧されるものだった。

 

(何時から、こんな眼をするようになったんだよ)

 

 正直、腹立たしかった。

 何らかの問題を抱えているのは、明らかなのに。

 それなのに、相談一つしてきやしないのだ。

 

 去年は、もう少し年相応の眼をしていた。

 ひねくれてはいたものの、気配りや気遣いも出来て、同級生や入部したての下級生にもそれなりに慕われていたのだ。

 それが、まるで苦行僧のような顔をするようになったのは、何時からだったか。

 余りにも深い諦観と、それに隠れた覚悟を秘めた眼である。

 

「美綴、か」

「……おはよ、慎二」

 

 ────彼の名前を、間桐慎二といった。

 

 




ステイナイトss何番煎じな慎二主人公もの。
転生ものではありませんが、とある劇薬によって性格が矯正されております。

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