ランスが征く   作:アランドロン

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第六話 ランス二日目

『ランスの自室』

 

「はっ!!」

 明るい朝日の下、ランスは自分の部屋で目を覚ました。

 

「うーん、寝てしまったのか…」

 ランスはあくびをすると自分の側を見る。

 

「うーん……」

「……くー」

 ランスの隣ではシィルとかなみが手をつないで寝ていた、全裸で。

 

「……」

 ランスは二人が寒そうに顔をしかめている姿を見、不意に心に得体の知れない温かみを感じた。

 ランスはそっと二人に布団をかけると起こさないように静かにベットから出た。

 窓の前に立ち、全身で朝日を浴びる。

 

「ふわぁ~ぁ」

 ランスは自分の服をベットの下に見つけるともぞもぞと着替え始める。

 

「ん…?ランス?」

 かなみは寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こしランスを見る。

 

(……まぶしい)

 窓からさす光にかなみは目を細める。

 

「……よぅ、おはようかなみ」

「ん…」

「眠たいならまだ寝てていいぞ?」

「んぅ……」

 かなみは再び毛布に潜り込むとシィルに向かい合い、すぐに寝息を立て始めた。

 

「さて……、何をしようかな」

 ランスは頭だけ毛布から出しているシィルの顔を眺めると、くすりと笑い部屋の外へ出た。

 

 

 

 

『ランス城 廊下』

 

「あ!ご主人様!」

 廊下を散歩しているとあてな2号が宝物庫の前からてててと音を立てながらランスに寄って来た。

 

「…ああ、おはよう」

「おはようれすー」

 あてな2号は頭を下げた。

 

「今日もがんばって宝物庫の警備をしてるのれす!」

 びしっ!と擬音付きで敬礼をする、もの凄い笑顔だ。

 

「そうか、えらいな、」

 と、ランスはあてな2号の頭をなでる。

 

「えへへー、あてなえらいれすかー、そうれすかー」

 あてな2号は笑顔で喜んでいる。

 

「まぁ、がんばれよ」

 ランスはあてな2号に声をかけつつ、歩きだす。

 

「はいれす!ありんこ一匹いれませんれすよ!」

 あてな2号はフンスと鼻息を漏らし宝物庫の警備に戻った。

 ただ立っているだけだが。

 

 

 

「ん?」

 しばらく歩くと廊下で遊ぶピグとナギ、それを見ている志津香が見えてきた。

 

ピグ1「ずばーん」ピグ2「どどーん」ピグ3「しょうたいちょーーーー」ピグ4「早く衛生兵を!」

「きゃー!!」

 ピグがピグを追いかけナギがピグを庇うという意味不明の空間ができていた。

 子供の遊びは高度でランスには理解出来そうもない。

 

「…よーぅ」

 ランスが気怠く声をかけると、ピグもナギも志津香もランスに振り向く。

ピグ1「たいちょーきたー」ピグ2「ぼすー」ピグ3「ぼすー」ピグ4「空挺部隊、整っております!」

「らーんすー」

 ピグ達とナギが新しい遊び相手を見つけたと言わんばかりに、走り寄ってくる。

 

「……はぁ」

 それとは逆に志津香は目を伏せ、ため息をもらす。

 

「どーん!!」

 ナギがランスにタックルをかます。

 

「うおっと!!」

 ランスはナギを受け止めると、

 

「そーれ!!」

 ナギを抱き上げくるくると回し始めた。

 

「きゃー!きゃー!!」

 笑いながら回されるナギにピグ達がくっつく。

 

ピグ1「まわるー」ピグ2「ぐるぐるー」ピグ3「うっほーい」ピグ4「錐揉み回転に突入してしまったのか!!」

「あはははー」

 ランスもそんな楽しそうなナギとピグ達を見、一緒になって笑った。

 一通り回すとランスはナギを下ろした。

 

「ピグと遊んでたのか?」

 ナギはふらふらとふらつく体を楽しみながら、

 

「うん!なぜかおままごとから軍隊式訓練になったけどー!」

「なんだそりゃ……」

 ランスは目を回し縦横無尽に飛ぶピグ達を見た。

 

「こっちまで酔いそうだ、ピグ、合体!」

ピグ1「あいー」ピグ2「うえっぷ」ピグ3「いえっさー」ピグ4「合体兵器は素晴しい!!」

 ピグ達がお互いに抱き合うと光に包まれ元の少女サイズに戻った。

 

「めーがまわるー」

 そのままピグはフラフラとランスに抱きついた。

 

「はははー」

 ランスはピグの頭を優しくなでた。

 

「楽しかったか?」

「うんー、世界がまわるー」

「も一回!」

 と今度はナギも飛びついて来た。

 ランスはナギとピグを両脇に抱えると、

 

「どりゃああああああああ!!!」

「きゃはは!はやいー!!」

 と、気合と共に走って行った。

 

「……は?」

 一人取り残された志津香は、まるで父親の様に子供と遊ぶランスを見て茫然としていた。

 

 

 

 

 

『ランス城 廊下 昼』

 

「ぜーはー、ぜーはー」

「きゃほーい!」

「うぇーい!」

 ナギとピグと全力で遊び続けたランスは廊下に手を付き息を整えていた。

 まだまだ遊び足りないピグとナギはランスにくっついて離れない。

 

「ランス様」

 そこへビスケッタが足音を立てず、すっと現れた。

 

「なー、はぁはぁ…なんだ」

 ランスは息を整えると、ゆっくりとナギとピグをぶら下げて立ち上がった。

 

「お昼ごはんの準備が整いました」

「めしー!」

「お腹すいたね」

「ああ、もうそんな時間か、わかったすぐに行く、ありがとう」

 と、ランスは笑顔をビスケッタに向ける。

 何時もと違う対応にビスケッタは少し困った表情を浮かべたが、眼鏡と共に表情も整え、何時もの通りに返事をした。

 

「…はい、私はシィルさんに伝えに行きますのでお先にどうぞ」

「ああ、シィルなら俺の部屋でまだ寝てるかもな、かなみも一緒だったが」

「わかりました、行ってみます」

「いつもありがとうな、よろしくー」

 と、ランスは手を挙げるとピグとナギを連れて先に食堂に向かった。

 

「……いえ」

 ビスケッタは無表情に再びメガネの位置を直すとランスの部屋に向かった。

 

 

 

『ランス城 食堂』

 

 ランスは食後のお茶を飲んでいた。

 

「ふぃー」

 一杯になったお腹をさすりながらランスは食卓を眺める。

 シィル、かなみ、キバ子、ピグ、ナギ、志津香が食後のお茶を楽しんでいた。

 

「ふんふん!」

 キバ子はピグの匂いをかいでいる。

 

「おいしくないよー?」

 ピグはキバ子を手でけん制していた。キャッキャと笑っている。

 

「おねーちゃん、あそぼー?」

「ダメ、お昼からは一緒に勉強するって言ったでしょ?」

 ナギは頬を膨らませ反抗しているが、志津香はダメと言い聞かせている。

 

「シィルさん後で一緒に買い物にいかない?」

「いいですよ、何か欲しいものでもあるんですか?」

 かなみとシィルは楽しそうにこの後の事を話ている。

 ランスはのんびりと皆を眺めながら、

 

「…あー、ビスケッタさん、キャロリは?」

「キャロリ様は朝、薬草を取りに行くとかで飛龍山へ向かわれました。」

「ん?そうか、ひとりで大丈夫か?」

 ランスはお茶をすする。

 何事も無いようだが、ビスケッタはランスを注視していた。

 

「サーナキア様もついて行きましたので大丈夫かと」

「そうか、それは心配だな、ついて行けばよかったか?」

 ランスの気遣いの言葉にシィルが恐る恐る振り向く。

 

「ランス様…?」

「飛龍山の麓だと聞いておりますので、大丈夫かと思います」

「そうか、ならいいか」

 ふぅと一口お茶を飲むランス。

 

「…かなみさん、ランス様に何か違和感がありませんか?」

 小声でシィルはかなみに質問をした。

 

「ん?そうかなぁ…」

 かなみはランスを凝視する。

 そんなかなみの視線にランスが気づき、

 

「どうした?俺の顔に何か付いているか?」

「……べつに、」

 ランスは自分の服装のチェックを始めた。

 かなみはランスを見つつ、自分のお茶を飲もうと手を伸ばし、誤ってシィルのお茶に手が当たる。

 

「あ!!」

「きゃ!!」

 こぼれたお茶がシィルの膝に掛かった。

 

「ご!ごめんなさい!」

 かなみは慌ててあやまりつつあたふたしていた。

 

「シィル!大丈夫か!?」

 そこにランスが必死の形相で割り込んできた。

 

「ビスケッタさん!水とタオルを!」

「はい!!!」

 ビスケッタはあらかじめ用意していたのか、直ぐに持ってきた。

 

「大丈夫か?少しめくるぞ?」

 とランスはシィルのスカートの裾をめくるとシィルの足に水で濡らしたタオルを当てる。

 

「…あまりひどくはなさそうだな……、シィル、ヒールを」

 シィルは突然の出来事に戸惑いながら、

 

「は、はい、いたいのいたいのとんでいけー!」

 自分の足にヒールをかけた。

 

「どうだ?大丈夫か?」

 ランスはタオルを離すと自分の服の裾を使い、シィルの濡れた足をぬぐった。

 

「は、はい…、大丈夫、です」

「よかった、やけどなんかしたら痛いからなぁ」

 とランスは額に浮かんだ冷汗を拭うと、ふぅと息を抜き自分の席に戻り、お茶を一口飲んだ。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ん?どうしたんだ?」

 みんなが(ピグとキバ子はまだじゃれている)ランスを不思議そうにじーっと見ていた。

 

「ん?」

 ランスは湯呑の底の最後のお茶を飲み干すと立ち上がり、

 

「…一体なんなのだ?」

 と呟き、みんなの視線から逃げるように食堂から出て行った。

 ランスの席に残されたお茶の湯呑をビスケッタが無言でかたずける。

 

「ねぇ…あれ、なに?」

 志津香の怪訝な一言にみんなが(ピグとキバ子を除く)振り向く。

 

「やさしかったね」

「うん…、いつもなら笑いながら馬鹿にしそうなのに……」

「…あれが呪いなのかな?」

 シィルの一言に志津香はため息をつく。

 

「はぁ?優しくなる呪い?」

「…どんな呪いよ、」

(ちょっと、シィルちゃんがうらやましいな…)

 みんなが一様に無言になり、

 

「っぎゃーーー!!」

「はぐはぐ、あまあま、」

 ピグがキバ子に齧られていた。

 

 

『ランス城 廊下』

 

「…うーむ、」

 ランスは逃げる様に食卓を後にすると、気を取り直し何をしようかと廊下を歩いていた。

 とぼとぼと歩いているとランスはふと思いついた。

(…久々に剣の練習でもするか、そういやミネバの時ちょっとだけ苦戦したしなぁ)

 と、ヘルマン城でのミネバ戦でかなり追い込まれたのを思い出していた。

 ランスはそのまま自室から離れたカオスの置いてある部屋に向かった。

 

「おぅーぃ、カオス」

 ランスはカオスの部屋に入る。

 するとカオスはカフェと机を挟んで話をしていた。

 

「おーぅ、親友、どしたー」

「あ、こんにちわランス君」

 ランスと似たような返事をするカオスと頭をチョコンと下げるカフェ。

 ランスはづかづかとカオスに近寄り無言でカオスを掴むと、

 

「ちょっと修行に付き合え」

「へ?修行?なにそれ」

「良いんだよ、ちょっと来い」

 ランスはカオスを何時もの様に肩に担ぐ。

 

「あ、あの」

「おぅカフェちゃん、すまんな、カオス借りるぞ」

「いえ、それは構いんだけど…」

 ランスは手のひらをひらひらと振ると部屋から出て行った。

 

「俺の意思はー?」

 カオスの情けない声をランスは無視した。

 

 

『ランス城 庭』

 

 ぶん、ぶん、

「ぬぅ…思った以上に鈍ってるな…」

 ランスは城門内でカオスを振るっていた。

 

「そうか?たいして変わらんと思うが?」

 カオスがしゃべってはいるが正眼から唐竹にと、色々な向きにブンブンと振り続ける。

 

「まぁ、気晴らしにもなるか…」

 と、ランスが暫らくカオスを適当に振っていると、

 

「ら、ランス様?」

 と城の中から驚きの表情でシィルが出てきた。

 ランスが素振りなどしているのを見たことが無いシィルは当惑していた。

 

「おー、どーしたー」

 ランスはカオスを地面に突き立てると杖代わりにした。

 

「いよー、嬢ちゃん、」

「いえ、特に用事があるわけじゃないんですが…、何をしていたんですか?」

「ん?少し剣の鍛練をな、」

 シィルに用事がないのがわかるとランスは剣を構え、再び降り始めた。

 

「しかし、急にどうしたんだ、親友」

「なにがだ?」

「いやー、今まで鍛練なんかしてなかったじゃないかー」

「ん、この間、ミネバなんぞに後れをとったからな、少しは鍛えようかと思ってな」

「へー、世界がおわるなー」

 カオスはランスに聞こえないくらいの声量でぶつぶつと愚痴をつぶやいた。

 シィルは近くの石に腰かけるとランスをポケーと眺めていた。

 しばらくして、ランスが汗を袖で拭い、

 

「少しきゅーけー、結構しんどいなー」

「あ、はい、ランス様」

 とシィルは近寄るといつの間にか準備した水筒を渡した。

 

「ん」

 ランスは水筒を受け取るとがぶ飲みする。

 

「ぷはー、サンキュー」

 水筒をシィルに返すと、その手をそのままシィルの頭に置き、優しくなでた。

 

「え、いえ、あ、あの…」

 シィルは突然の事に顔を真っ赤にし、俯いた。

 ランスがシィルの様子に小首を掲げていると城門の外から中に入る足音が聞こえて来る。

 

「あら、ランス様とシィルさんじゃありませんか」

 声の聞こえる方にランスとシィルが顔を向けるとそこにチルディとリックがこちらに手を振り、歩いてきていた。

 

「よー、二人してどうしたんだー」

ランスが軽く手で挨拶をするとリックが会釈した。

二人はランスの所まで近寄ると、

 

「ご機嫌麗しく、ランス様、シィルさんの快気祝いに来ました」

「お久しぶりです、ランス殿。僕も祝い来ようと思ってる所にチルディからお誘いを受けて一緒に来ました」

チルディはスカートのすそをつまみ一礼、リックは左手の掌に右手のこぶしを当てるリーザス式の敬礼をする。

 

「そうか、二人ともありがとうな、ほれ」

ランスはシィルの肩を押し、二人の前に出した。

 

「あの、お二人ともありがとうございます、こんな私の心配をしてくれてうれしいです」

ぺこりと頭を下げるシィル。

それをみて二人は笑顔になる。

 

「お元気そうでよかったですわ、」

「そうですね、ランス殿のためにも元気でいてくださいね」

二人の心からの言葉にシィルは笑顔で、少し涙目になる。

 

「…あ、そうだ、二人とも時間はあるか?」

「私達は今日はオフですので、今日の夜にでもうし車で帰れば大丈夫ですわ」

リックも同意と頷く。

 

「なら、ちょっと俺の剣の稽古に付き合ってくれないか?ビスケッタさん」

「はい」

といつの間にかランスの後ろにビスケッタが控えていた。

 

「いつのまに…」

「メイドの基礎でございます」

「木刀を二つ用意してくれるか?」

シィルの驚きを余所にビスケッタは後ろ手から木刀を二つ出した。

 

「用意できております」

「…用意がいいな」

「ランス様が稽古をなされていたので必要になるかと思い、用意しておりました」

ビスケッタはランスに木刀を二振りを渡す。

 

「…まぁいいか、ありがとう、ビスケッタさん」

いえ、と言いながらビスケッタは3歩下がった。

 

「ほれ、リック」

と、ランスはリックに木刀を投げ渡す。

リックは受け取ると、

 

「僕と、ですか?」

「うむ、自前の武器でやりあうと城門に被害がでるかもしれんからな」

ランスは笑顔で冗談交じりに言った。

 

「いえ、ランス殿と稽古できるなど光栄です」

リックは言いながらランスと距離を取る。

 

「チルディ、審判をしてくれるか?先に一撃入れた方の勝ちだ」

ちらっとチルディを見る。

 

「はい!わかりましたわ!」

(まさか、ランス様とリック将軍の剣技が同時に見られるなんて、今日は来てよかったですわ)

「ささ、こちらに」

シィルの手を引き二人の間の少し離れた所に立つ。

 

「ランス様、大丈夫でしょうか…」

「大丈夫ですわよ、ランス様なら死ぬことはないですわ、」

チルディはこほんと咳払いし、右手を上げ、

 

「それでは!!一本試合……はじめ!!」

と、勢いよく、真剣な眼差しで手を振りおろした。

 

 

「ふー…」

「……」

二人とも動かない。

(正眼の構えか…、ランス殿が構えた所なんて初めて見るが…あれが本気の構えなのだろうか…)

リックはランスが構えている姿勢を見、ランスを睨む。

(リックは相変わらずの剣を全面の攻めの構え、あの剣を一撃捌き、カウンターを狙う方がいいか…)

ランスは木刀を握る両手を少し緩めた。

(お二方とも隙を探っていますわね…)

チルディはごくりと息を飲む。

(お二方の戦い方を考えるに、決まるのは一瞬、見逃せないですわ)

 

じりじりと二人ともにすり足で距離を縮め、ついに二人は剣の間合いに入った。

先に仕掛けたのはリックだ。

 

「でぇりゃああああ!!」

リックは前に突き出していた剣をさらに突き出しフェンシングの突きの要領でランスの手首を狙った。

低い軌道から飛び出してきた剣をランスは左に体制をずらしつつ上から迎撃する。

 

「ふん!!!」

ランスの馬鹿力で剣の腹を当てられたリックは左に逸れていく自分の木刀の勢いを左足の踏ん張りで相殺し、木刀を下から上への斬撃に変える。

 

「ふっ!!!!」

それを見越していたランスは右足に力をいれスウェー気味に交わすと自分の右腕をかするリックの木刀をさらに下から自分の木刀を当てる。

 

「りゃー!!!」

そのままリックの木刀をはね上げようとするがリックの木刀はするりとランスの木刀をかわし必殺の勢いをこめランスの頭上から振り下ろす。

 

「うらららぁぁぁぁ!!!!」

ランスは体制を直せずそのままリックの木刀を自分の木刀の柄で受けるが勢いを殺せずそのままリックの木刀を頭に受ける。

 

すかーーーーん!!

 

快音と共にランスが倒れた。

「う!うがーーー!!」

ランスは頭を押さえごろごろと転がる。

 

「勝者!リック将軍!!!」

チルディが右手を挙げるとリックは息を漏らし木刀を下ろし礼をした。

 

「ランス様!!ヒール!」

シィルが駆け寄りヒールをかける。

(……なんか拍子ぬけですわね)

チルディは自分の木刀をじっと眺めるリックに近寄る。

 

「どうでしたか?ランス様の剣は」

「……やはり膂力は半端な物じゃないね、普通に力技でこられたら抑え込まれたのは僕かもしれない……」

リックが何か言い淀んでいる。

 

「どうかしまして?」

「いや、…ランス殿の剣筋が正直なのが引っ掛かるんだ、いつものランス殿なら僕なんか予想もしない剣撃を撃ってくると考えて構えていたんだけどね…」

チルディは先ほどの打ち合いを思い出す。

 

「……たしかに、いつものランス様らしくは…ないですわね」

と、チルディとリックはランスを見る。

ランスはシィルに頭を撫でられていた。

 

「やっぱりこうなるかなとは思ってたけど…」

とそこにリックとチルディの後ろから、かなみは声をかけた。

 

「かなみさん、お久しぶりですわ」

「かなみ殿、お久しぶりです、見ておられたのですか?」

二人が振り返ると腕を組んで難しい顔をしているかなみがいた。

 

「リック様、チルディさん、お久しぶりです」

かなみは二人に頭を下げた。

 

「それで、やっぱりとはどういうことですか?」

「……気になる、わよね、ちょっと此方へ」

かなみは二人をランスから遠ざけると一連の呪いの薬の話をした。

 

 

リックはちらりと少し離れた所にいるランスを見る。

ランスはあーでもない、こーでもないと言いながら少年のように木刀を振り回している。

シィルはそれを眺めている。

 

「呪いですか、」

「しかも優しくなるなんて…、にわかには信じにくいですわね」

「そうですよね、でも事実、今日のランスいつもからは考えられないくらい普通の人って感じなの、しかもどこか優しいおまけ付き」

かなみはランスを見ながらため息をついた。

 

「だからいつもの反則染みた動きがなかったのですのね…」

「ランス殿の普通って言うのも想像がつかないのだけど、、、」

「でも、ほら、みてくださいよ…」

かなみが指をさす先ではランスが真面目に先ほどの戦いを振り返り、反復練習をしていた。

 

「……確かに、あれほど頑なにしなかった練習をしていますわね」

「でもランス殿ならば、練習していれば前より強くなる可能性が高いですよ」

「どうでしょう…?ランスの強さってあの狡賢さや卑怯さがあったからに見えますし…」

「でも筋力や体力は元のまま凄いね、」

先ほどから一回も休まないランスを見てリックはつぶやく。

 

「確かにあのままでも一級物ですわね…」

(ハンデがあってもまだ強いなんてそれはそれで化け物ですわね)

チルディはため息をつくと、

 

「リック将軍、今は考えずとも良いかと、クルックー様が調べてるとなるとすぐにでも解呪はできると思いますわ」

リックはあごをなでる。

 

「そうだね、早く本調子のランス殿と手合わせしてみたいよ」

「…でも、元に戻ったら面倒臭がってしてくれないと思いますよ?」

かなみの言葉にリックは困った顔をしながら苦笑いしていた。

そこにランスから声がかかる。

 

「おーぃ、もう一回勝負しよーぜー」

3人は顔を合わせると苦笑いしながらランスのもとへ歩いて行った。

 

 

『CITY』

 

日が傾き始めた時刻、ランスはリック達と剣の稽古を終えるとリック、チルディ、シィル、を連れてアタゴ亭の前に来た。

店の中からは冒険者達と思われる楽しげな会話が聞こえてくる。

 

「賑やかですね、」

「ここは俺のお気に入りの酒場だからな」

ランスを先頭にドアを開き中に入る。

 

「おーっす、アタゴちゃーん、」

奥のカウンター内でジョッキを磨いているアタゴに声をかける。

その瞬間、店内の笑い声がぴたりと止まった。

 

「…なんですの?」

「あはは…」

チルディとリックが不振に思い周囲を見渡すと、中にいた冒険者と思われる人達はこちらに視線を合わせまいと下を向いている。

 

「…」

リックが少し警戒する中、ランスはずんずんとカウンターに向い、三人もそれについて行く。

 

「…はぁ、平和な一時だったわ」

とアタゴがため息を漏らすと同時に冒険者たちは息を合わしたかのように立ち上がり懐に手を入れる。

リックとチルディが警戒し、剣に手をかけるなかシィルは苦笑いをする。

 

「あははは・・・」

冒険者たちは皆、お金を取り出すと机の上に置きこちらを見ないように出て行った。

 

「……またきてねー」

アタゴはジョッキを置くと溜息をついた。

 

「…どうしたのでしょうか?」

リックとチルディは脅威は無いと感じ、手を剣から離す。

 

「アタゴちゃん、いつもの一杯、ほら、そんなとこ立ってないで座れよ」

とランスは先にカウンターに座ると三人を促した。

ランスの隣にシィルが座り、その反対側にリックが座る、その奥にチルディが座る。

 

「俺の奢りだから好きなの頼め」

とリックとチルディにお酒を勧める。

 

「では遠慮なく、軽めのを一杯ください」

「わたくしはカクテルを頂けますでしょうか、」

とアタゴに声をかける。

 

「……奢りは良いけど、あんた、着け払ってよね」

アタゴは言われた酒を用意しながらランスに言う。

 

「ん?ああー、そっか、シィル、ちょっと城まで行って取って来い」

「ええ!?あ、ハイ…」

ランスの言葉にアタゴは目を見開く。

シィルは小走りで出て行った。

 

「…どうしたんだい?なんか大金でも手に入れた?」

と、ランスの前に酒を置く。

 

「いや、溜めたつもりはなかったんだが払って置こうかとなと、すまんな」

と、お酒を手に取ると口をつける。

アタゴは言葉を失ったままチルディとリックの前にもお酒を置く。

 

「…えっと、あんたら見ない顔だね、私はここの娘でアタゴってんだ、よろしくね」

「ありがとうございます、わたくしはチルディと申しますわ」

「僕はリック、よろしく」

アタゴは眉間にしわを寄せリックを見つめる。

 

「仮面…リック…」

リックは苦笑いで顔を後ろに下げる。

「ランスさぁ、この人まさかリーザスの赤の将軍?」

「あー、そーだぞ、」

アタゴはフムと一歩下がると頭を掻きながらため息。

「はぁ、まーランスが連れてくる客となるとなぜか雲の上のお方ばかりだよねー」

と、アタゴはリックに頭を下げる。

 

「礼儀作法なんて上品なもの知りませんが、どうぞ当店を御贔屓に」

リックは手で返礼をしながら、

 

「いえ、今日は非番で来ているので気にしないでください、ランス殿の贔屓にしているお店ならまた来る機会もあるでしょうし、仲良くしていただけたら嬉しいですよ、」

アタゴはにかっと笑うとおまけのつまみをテーブルに並べた。

 

「ゆっくりしていって下さいよ、チルディさんも、」

と、チルディに笑顔を向けるとカウンターに置かれたジョッキを磨き始めた。

チルディはカクテルをゆっくりと味わいながら、

 

「それにしても、先ほどの冒険者方達、どうしたのでしょう?」

とアタゴに問いかける。

 

「あー、ランスが来たからね」

「…流石ですわね」

「ランス殿らしいですね」

 チルディは呆れたように、リックはクスリと笑った。

 

「こらこら、俺を悪者みたいに言うんじゃない」

 ランスの話をつまみに三人はお酒を飲む。

 

「…あんた以上の悪者に出会う方が難しいわよ」

 アタゴは目線を合わさずつぶやくがランスには聞こえなかった。

 

「リックは、帰ったらなにするんだ?」

 と、ランスは何気なく質問をする。

 

「そうですね、私はヘルマン国境へ1週間ほど逗留したのち、城へ帰還します」

「ん?まだ戦争してるのか?」

「いえ、ランス殿のおかげで戦争はなくなりましたが、元々あの辺はならずものが多く、主な目的は当面の治安維持ですね」

「ふーん」

(ランスのおかげで…?)

 リックの言葉に要領を得ないと言った顔でアタゴはランスを見る。

 

「ぷは、チルディは?」

「わたくしですか?わたくしはヘルマンに行きロレックス様のもとで修行ですわ」

「親衛隊はいいのか?」

「レイラ様に許可をいただいてますわ、この機会にもっと強くならないと」

「ほー、もう充分強いと思うがなぁ」

「そ、そうでしょうか?」

 思わぬ褒め言葉にチルディは目を輝かせる。

 

「おう、間違いない、なぁリック」

「ええ、チルディは僕の知る限りではかなりの上位だと思うよ」

「お、お世辞といえどもうれしいですわ、ありがとうございます」

(り…リック将軍に褒めてもらえる日が来るなんて…でも、まだまだ精進ですわ!でもうれしい!)

 チルディが頬を少し緩めているとランスが近寄り頭に手を置いた。

 

「謙虚なところも素敵だぞ」

 と、何気なくチルディの頭をなでる。

 

「あ、え、ちょっと…」

(な…なんですのこの状況…それに少し胸が熱く…不味いですわ…、抵抗できません…)

 とチルディがうつむき足をもじもじさせていた。

 ランスはチルディの様子に気付かず「ははは」と頭を撫で続けていた。

 

 

 

 『ランス城 玄関ホール』

 

「ただいまです」

 シィルが財布を取りに玄関の扉を開けるとそこで立ち話をしていたかなみと志津香と目が合う。

 

「あ、シィルちゃん、お帰り」

「おかえりなさい、バカのお守り、お疲れ様」

「あ、かなみさん、志津香さん、なんのお話ですか?」

 とシィルは話の輪に加わる。

 

「いえ、あの馬鹿の話よ、」

「ランス様がどうかしましたか?」

「んー、どうしたもんかなって話してたの」

「どうって?」

 ため息交じりに志津香が答える。

 

「馬鹿が優しくなったってのは良い事なんだけどね、正直気持ち悪くて、」

「うーん、なんか呪い、解かない方がいいのかなって…、いや、世界の為には良いんだろうけどさ…」

「…そう、ですね、正直優しいランス様って…その…、素敵ですし…」

 と、言葉が尻すぼみになり顔を赤くし俯く。

 

「はぁ…、でも元があの馬鹿よ、私は優しくされても近づきたくないわ」

 志津香は小さくなった頭を押さえながら、今までの事を考える。

 

「でも、効果が優しくなるって決まった訳じゃないしね」

「それで、お二人は戻した方がいいと思いますか?」

「うーん…」

 かなみは腕を組み考える。

 

(朝、毛布掛けてくれたのランス、だよね…正直、起きたときすっごく嬉しかったのは本当だし…)

 

「私わ…もうしばらく様子見ね、志津香さんは?」

「ナギに悪影響ないならこのままでも良いとは思うけど」

 志津香はお昼にナギと遊んでいたランスを思い出す。

(ナギも喜んでたし、ああいう時間は素敵だと思ったのも…、誤魔化してもしかたないわよね)

 ふと志津香は笑顔になった。

 

「そういうシィルさんは…、って、聞くまでもないわよね、あなたが今まで一番被害あったわけだし」

「あの…、ちょっと拍子抜けすることはありますが、私もこのままがいいかなー、って思います」

 志津香はシィルとかなみの二人の幸せそうな顔を見ると、

 

「はぁ、ま、どちらにしろ暫くは何もしようがないし、このままの方が確かに、世界が平和になるわね」

 三人は苦笑しあっていた。

 




少し大味になった感は有りますがこんな感じです。
次回も出来るだけ早めに投稿しますのでどうぞよろしく。

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