あけおめ!
2096年2月16日月曜日。
本来授業が行われているであろう時間帯にも関わらず、俺は東京から遠く離れた旧山梨県の四葉本邸に訪れていた。
「……失礼します」
机の上に置かれた紅茶を無言で手に取る。
普段ならば、印象を良くする為にも笑顔でお礼の一言でも添えるのだが、どうにも今はそんな気分にはなれなかった。
場所は四葉本邸の一室。真夜が好んで使う和洋入り乱れた応接間。
普段と変わらぬ暗黙の指定席で、俺と真夜は向き合っていた。そして真夜の斜め後ろには、変わらず葉山が控えている。
暗黙で定型が出来る程度には重ねられてきた対話の時間。常に3人で行われていたその空間に、今日は1つの異物が混入していた。
チラリと、紅茶を置いたメイドに視線を向ける。
盗み見る、とうい行為を行なったのは何時振りだろうか。
この眼があればそんなものは必要ないはずなのに、どうしてか肉眼で確認をしておきたいという気持ちがあった。
「あら、紅夜さんはこの子が気になるの?」
「いえ……はい。すみません、真夜様」
咄嗟に誤魔化そうとして、嘘は意味がないと思い直し、素直に肯定する。
メイドの事を盗み見たのは、対面に座る真夜からは分かりやすかったようだ。
この眼に慣れ過ぎた弊害だな、と内心で苦いため息を吐いた。
意識を切り替え、目の前に座る真夜へと視線を戻す。
「構いませんよ。ちょうどこの子を紹介しようと思っていたのだから。水波さん、挨拶なさい」
「初めまして、紅夜様。わたくし、桜井水波と申します。よろしくお見知り置き願います」
「……ああ、こちらこそよろしく頼む」
真夜の後ろに周って頭を下げたメイド服の少女──桜井水波。そんな彼女に対して、俺はどうにかありきたりな短い言葉だけしか返すことができなかった。
思わず、水波に向けていた視線を真夜に向ける。
「真夜様、彼女は……」
「ええ、桜シリーズの一人。桜井穂波さんの姪に当たるわ」
桜井穂波。母様のガーディアンをしていた彼女は、俺や兄さん、深雪にとっても思い入れのある人だ。
俺たちが子供の頃に巻き込まれた戦闘、沖縄海戦に当たって、マテリアルバースト発動のために兄さんを守り、その際の魔法酷使によって倒れた人。
原作と違い、俺が大半の攻撃を防いでいた為に死には至らなかったが、元々の調整体としての寿命もあり今では床に伏している。
もう長くはないと告げられた桜井穂波。
桜井水波は、そんな彼女をそのまま小さくしたような瓜二つの容姿をしていた。
「そして、彼女が紅夜さんを呼び出した理由よ」
真夜の声に、ハッと意識が引き戻される。
そう。俺が平日にも関わらず四葉家に居るのは、真夜直々の呼び出しがあったからだ。
「……本題はなんでしょう?」
水波を紹介するのが目的というだけで、わざわざ俺を呼び出すとは思えない。
つまり、水波を紹介したのは本当に話したい事と繋がることなのだろう。
そしてそれは、余りにも簡単に予想ができる内容で、真夜もそれをわかっている様子で微笑み口を開いた。
「紅夜さん。制約を解きましたね?」
「……ええ、必要なことだったので」
系統外・精神干渉系魔法【
兄さんに掛けられた【
効果は、魔法力を使った魔法演算領域の制限。つまり、魔法による魔法発動の束縛だ。
これだけ聞けば、魔法師に対して無類の強さを発揮する有用な魔法に思えるが、この魔法には致命的な欠陥が存在する。
それは、この魔法の発動対象にできるのが術者自身だけというもの。つまり、自分で自分自身の魔法演算領域を縛るという全く意味のない魔法だった。
何故そんな魔法を作ったのか。
それは、俺の魔法が暴走しないように。そして、暴走した際の被害を減らす為だ。
つまりこれは、俺による俺の為だけの魔法。
「
「今は2つ目です」
俺が自身に施した封印は3段階に分けられていた。
1つ目は、単純に普段から使用する演算領域に対するもの。これは灼熱のハロウィンにおいて、灼熱劫火の使用時に原作と同様の被害をもたらすには足りないと判断して解除した。
更に、この封印は俺の特異魔法を封じるもので、1段階目の解除によって特異魔法である振動加速がより本来の形に近づき、情報次元への直接干渉を可能とした。
2つ目の封印は、俺の特異魔法に付随する知覚能力への制限だ。これにより、
ここまでが現在使える魔法領域。そして、3つ目の封印を持って、俺の魔法は完全なものとなる。
「あら、まだ最後の封印は解いていないのね」
「……えぇ、まあ」
「まだ、躊躇っているのかしら。今の紅夜さんなら、魔法を暴発させることもないでしょう?」
「いえ、タイミングがなかっただけです。必要になれば枷は外します」
「そう。それなら、約束通り紅夜さんにもガーディアンを付けることになりますけど、構いませんね?」
四葉の血を引く者には必ずガーディアンが付くことになっている。当然、俺もこの例に漏れることはないが、原作との乖離を恐れてガーディアンが付くことを避けてきた。
もちろん本当の理由を言う訳にはいかないため、表向きは兄さんが近くにいること。そして、俺の魔法が暴走した際に巻き込み兼ねないことを理由に拒否をしていた。
事実、俺の魔法が暴走した場合、兄さんしか止められる者がいない為、ここまで俺にガーディアンが付けられることはなかったのだ。
しかし、封印を解くということは魔法を完全に掌握したという事になる為、ガーディアンが付くことを了承する。そういう約束だった。
「という事は、彼女が……?」
「いえ。水波さんは、深雪さんのガーディアンとして働いてもらうつもりです」
「深雪は常に兄さんに守られています。ガーディアンが必要だとは思いませんが?」
「達也さんにはいずれ、それなりの立場について貰うつもりです。深雪さんに付きっ切りという訳にはいかないでしょう」
真夜の話に思わず眉をひそめる。それは、聞きようによっては兄さんと深雪を引き離すとも捉えられる発言だ。それに、深雪に付きっ切りとはいかない立場を与えるということは、間違いなく兄さんを四葉の兵器として利用する気だということになる。
態度があからさま過ぎたのか、俺の表情を見た真夜は苦笑しながら口を開いた。
「安心なさい。少なくとも私は達也さんと深雪さんを引き離そうとまでは考えていません」
「……そうですか」
私は、ということは他の四葉関係者には兄さんと深雪を引き離したい者がいるということだ。心当たりはあるが、それがどの程度のものなのかが問題だ。場合によっては、いずれ一戦交える必要があるかもしれない。……いや、それは今考えても仕方のないことか。
ふぅ、と一息吐いて気持ちを切り替える。
「ところで、結局俺のガーディアンはどうなるんですか?」
「紅夜さんのガーディアンになる予定の子は、現在暗殺の研修を受けて貰っています」
「暗殺ですか? ガーディアンの研修で行われていた記憶はありませんが……?」
四葉で暗殺の研修が行われていることに疑問はない。黒羽やその関係者が必ず受けていることは知っている。
しかし、ガーディアンにはそれ専用の訓練プログラムが用意されていて、そこに暗殺の項目はないはずだ。
「ええ。彼女は桜シリーズなのだけれど、魔法特性が護衛には不向きみたいなのよ」
「珍しいですね」
桜シリーズは障壁魔法を得意とする調整体だ。特に対物耐熱障壁が重点的に強化されていて、俺の特異魔法を防ぐ事までは出来ずとも、並大抵の魔法師では突破することはできない。
桜シリーズは遺伝子操作を受けた調整体の中では完成度が高く、かなり安定している為、例外が現れるのは意外だった。
「彼女の魔法特性上、盾よりも刃として使う方がいいと思いまして」
「それなら、それこそ黒羽に任せれば良いのでは? わざわざガーディアンにする必要もないでしょう」
黒羽は四葉の裏の仕事を受け持っている一家だ。暗殺を含めた裏仕事は殆どを黒羽が行っているため、常に人手は必要なのは間違いない。
「最初はそのつもりだったのだけれど、どうやら性格が暗殺向けじゃないなのよ。けれど、紅夜さんなら上手く使えるでしょう?」
「まあ、普通の盾は必要ないですから、その方が助かるのは事実ですね。ところで、そのガーディアンはいつから来るんですか?」
「ああ、失礼しました。何もプロフィールを紹介していなかったわね」
そう言って真夜が隣にいる葉山に目を向けると、葉山は今時珍しい紙の書類を取り出して机に置いた。
「名前は桜崎奈穂さん。水波さんと一緒に、来年度から第一高校に通って貰います」
◆
午後6時直前。
予定より少し遅れて学校から帰宅した達也は、着替える時間も惜しんで備え付けの電話機へと向かった。普段使っている居間の大型ディスプレイに連動ものではなく、画像処理すら削ってセキュリティに特化させた特別な音声電話だ。
達也が電話の前に立ったタイミングでコール音が響く。時間は6時、指定された時間ピッタリだった。
『もしもし、兄さん?』
「ああ、聞こえている」
受信ボタンを押すと、スピーカーから聞こえてきたのは紅夜の声。メールで連絡されていた通り、受信した電話番号は四葉家本邸からのものだった。
「それで、わざわざ秘匿回線まで使ってなんの用だ?」
『そうだね。先に俺の方の要件を済ませようか』
通常の用事であれば、メールなどで伝えれば問題ない。わざわざ秘匿回線まで使って電話するなど、それ相応に気を付けなければならない要件があるということだ。
それに、今日四葉本邸に呼び出された紅夜だが、遅くとも明日の朝までには帰宅するだろう。その時に口頭で伝えればいいものを、電話をしてまで伝えるということは、それだけ火急の要件であることは間違いない。
『これは葉山さんから聞いた話なんだけど、どうやらパラサイトの件で国防情報部防諜第三課が動いてるみたいなんだ』
「国防の第三課というと……七草の息がかかった面白部隊か」
『そうそれ』
国防情報部防諜第三課は、魔法と科学における最新鋭の技術を取り入れた国防部隊だ。
最新鋭というだけあって高性能な技術や備品が多く備わっているが、その中には実験的な意味も含んだ少々使いづらいものまで取り入れていることがあり、それこそが二人から面白部隊とまで言われる所以でもあった。
最も、二人の所属する独立魔装大隊も同等、もしくは上回る程に面白技術を取り入れいるため、第三課が億が一にでもこの会話を傍受していた場合、心外だと憤るに違いない。
「興味というのは退治や事件の解決という意味ではなく、パラサイトの捕獲ということか?」
『そこまではわかってないけど、多分兄さんの予想で合ってると思うよ』
「厄介だな……」
達也の呟きに、紅夜も電話の向こうで深くうなずく。
現状ですら混み合っているパラサイト包囲網に新たな戦力が加わったのだ。しかも、同じ七草でも真由美とは目的と別とした協力も見込めない団体だ。
『加えて我らが御当主様から、できればパラサイトを確保して欲しいとのことだ』
「それはまたなんとも……」
面倒くさいというのが達也の正直な感想だった。とはいえ、助かるというのも一つの事実。達也達はパラサイトを確保したとしてもその後の手段がないのは確かだ。
とはいえ、達也としてはいずれ対立する可能性のある四葉にわざわざ厄種を渡したくないという迷いもあった。
『まあ四葉に関しては命令ではなかったし、ピクシーのデータでも渡しておけばそれで十分だと思う』
そんな達也の悩みを見抜いたのか紅夜が付け加えた言葉に、少し安堵の息を吐いた。
いずれにせよ、今までとやる事は変わらないということだ。
「そうか。情報助かった」
『ああ。どうせ今からパラサイトを探しに行くんだろ? 気を付けてね』
「お見通しか。お前も気を付けて帰ってこい」
ピクシーから聞いた話は紅夜に共由していた。
それだけの情報があれば紅夜も、今までリンクしていたパラサイトがピクシーを放っておく訳がないという達也の推理と同じ結論に至っていることに不思議はない。
それでも、自身の行動を簡単に当てて見せる紅夜に叶わないなと苦笑して、通話終了のボタンを押したのだった。
最近文章を書いてなかった上に半分以上今日急いで書いたので、あまりにも雑な内容になっているような気がする。
実はまだ31巻と32巻を読んでいないので、原作がどんな結末なのか分からないんですよね。メイジアンカンパニーに至っては買ってすらいないという……。
正月中に32巻までは読んでおきます。
作中に名前だけ登場した桜崎奈穂は「司波達也暗殺計画」の登場人物です。
スピンオフ?番外編?のキャラなら軽率に登場させていいやろ!の精神。
更新は変わらず、期待せずに待っていてください。
ことよろ!!