魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜   作:天兎フウ

47 / 53
 
明けましておめでとうございます。



来訪者編Ⅻ

 

────夢を見た。

 

ペラリと、窓もない部屋で紙をめくる音だけが木霊する。

自然光が全くない中、数少ない光源である天井の電灯は、部屋の中央のベッド、その中で身体を起こしている一人の子供を淡い光で照らし出す。

部屋の中は、彼がめくる本の音がページの数だけただひたすらに響いていた。

 

一見洒落た洋風の大部屋にしか見えないが、この部屋は彼の為だけに作られたものであり、周囲に被害を出さなように徹底した設備が備えられている。それは、この部屋が窓一つない地下に作られたものだということで、十分に理解できるだろう。

更に、飾られた壁紙の裏には厚い耐熱障壁が張って在り、そこらのシェルターにも引けをとらない頑丈性を誇っていた。

 

それだけ厳重な封印処置が施された部屋で、彼はただひたすら無心に本を読み続けている。

紙をめくる音が永遠と重なり、息づかいすら聞こえてきそうな静かな部屋に唐突に雑音が混じった。

コンコン、と扉がノックされた音に、彼は子供に似つかわしくない落ち着いた態度で本を閉じると入室の許可を出す。

 

「失礼します」

 

そんな言葉と共に扉が開かれ、入口に立つ人の姿が見えるようになる。焦げ茶色の髪を短く切り揃えた綺麗な女性。

彼女は小さな微笑を携えながら、手に持ったトレイを傾けないように器用に一礼すると部屋の中へと足を踏み入れた。

 

「紅茶をお持ちしました。■夜様」

「ああ。ありがとう、■波」

 

────懐かしい夢を見た。

 

 

 

 

 

 

『全く、狂信者という輩は度し難いものです』

『ハハハ……あの手の連中は走らせるのは簡単でも手綱を取るのは────』

 

 

『──これは愚痴と思って聞いて頂きたいのですが、せめてあの”グレートボム”の概要だけでも明かして頂ければ、彼らを大人しくさせることもできると思うのです』

『……これも愚痴と思って聞いて頂きたいのですが、朝鮮半島南端で使用された兵器については軍部が情報を握りこんでいるのですよ。いくら機密性が高いとは言っても、シビリアンコントロールは民主主義の基本なのですが……軍というのは何故ああも頑固なのか──』

 

 

『──ああ、話は逸れてしまいますが、戦略級魔法の”灼熱劫火(ゲヘナフレイム)”の名はどういった意図で命名されたのか、個人的な興味ですがとても気になるところです』

『ははは。確かに戦略級魔法ともなれば、興味が惹かれるのも分かります。しかし、命名したのは開発者ですから私には何とも──』

 

 

……………………………

 

……………………

 

……………

 

……

 

 

 

盗聴を再生した機器を止め、対面に座った藤林が顔を上げる。同時に、少し詰まっていた息を気付かれないように小さく吐き出した。深雪が用意してくれた紅茶に口をつけ、再度一息つく。

 

「今、聞いてもらった通りよ。今回はウチの外交官の連中も結構頑張ってるみたい。さすがに『戦略級』の重要性は理解できているんでしょうね」

「まあ、大亜連合とUSNAが手を組んでいた可能性も考えれば意地もあるでしょう」

 

本来であれば大亜連合は、日米同盟を正面から相手取れるほど力があるわけではない。なのに大亜連合は横浜侵攻という暴挙に出た。そんな大博打は最初から結果が見えていない限り行わないだろう。

アメリカは日本の同盟国だが、実際はできれば日本の力が弱くなって欲しいと考えている。

こう考えると、可能性は高いと言わざるを得ないだろう。

 

「手を組んでいるというのは言い過ぎかもしれないが、一種の共謀関係にあった可能性は否定できないな」

 

俺の言葉に対し、兄さんも肯定を示す。

 

「例えば大亜連合の軍事侵攻に対し、USNAは太平洋艦隊の出動を故意に遅らせる、とか」

「実際にあの時のUSNA軍の艦隊は、後から思い出してみれば不自然なほどに動きが鈍かったわ」

 

続けられた兄さんの言葉に、藤林も肯定的な反応を返した。

大亜連合が狙った場所が論文コンペの会場や魔法協会だったことから考えて、恐らく大亜連合は領土の占領や重要施設の破壊ではなく、技術の強奪をしようとしていたのだろう。

結果的に彼らは虎の尾を踏むどころか竜の尾を踏んでしまったのだけれど。

 

 

「さてと、私はそろそろお暇するわね。いくら『青田買い』って名目があっても、軍人が日曜日の一般家庭に長居するのは不自然ですもの」

「今日はわざわざありがとうございました」

 

しばらく話をしていた藤林が時計を見て立ち上がると、兄さんも立ち上がり謝辞を述べた。俺もそれに続いて頭を下げ、藤林を玄関まで見送る。すると、藤林は玄関で靴を履いたところで「あっ、そうそう」と思い出したように言いながら、ハンドバッグからラッピングされた小箱を二つ取り出した。

 

「ハイ、二日早いけど義理チョコよ」

「ありがとうございます」

 

お礼を言って、兄さんと俺で片方ずつ受け取る。義理チョコというにしては包装に力が入っているようにも思えたが、藤林が何事においても手を抜かない性格だと知っているし、清々しいほどに期待を持たせない言葉と共に送られたので、勘違いなど起こりようもなかった。

 

 

 

 

 

 

第三次世界大戦を経て22世紀に突入しようとしている現在でも、日本独自の失われない風習というものがある。その一つとして挙げられるのが、2月14日に行われるバレンタインだろう。

バレンタインは元々聖ウァレンティヌスに由来する記念日とされ、世界では恋人たちが愛を誓う日として認知されている。どちらにせよ爆発して欲しい日ではあるのだが、特に日本ではチョコレートを販売する会社の策略により、親愛の情を込めてチョコレートをプレゼントするという様式が当たり前のものとなった。

つまり、本来のバレンタインはこんなに軽薄なものではないのだ。

 

──なんて力説してみたところで、学校に漂う浮ついた雰囲気がなくなるわけでもなし。ただの徒労に終わるだけだ。

明日にバレンタインを控えた状態でコレとは、明日はどれだけ騒がしくなるのか。想像しただけで、少しげんなりしてしまう。

別にバレンタインが嫌いなわけではないし、寧ろイベントのノリは好きなのだが、同時に疲れるのも事実だ。特にバレンタインは恋愛関係という性質上、精神的疲労が溜まりやすいイベントでもある。

 

昔からの癖というか、四葉の教育の賜物か。俺は外面を保つのは得意であり、関係の浅い相手には良い人と認識されていた。当然自分から演じているのだから、今更イメージを壊すようなことができるはずもなく、毎年大量に送られてくるチョコと告白の言葉に真摯に対応しなければならない。

もちろん嬉しくないわけではないが、数が数だけにうんざりする気持ちの方が勝ってしまう。さて、チョコを貰った時の対応はどうするべきか────

 

そんな風に明日に向けて考えを巡らせていたところで、この日何度目かになるエラー音に思考を遮られた。

 

「……光井さん、今日はもう上がってもらってもいいですよ?」

「そうよ、ホノカ。貴女、今日はもう帰った方がいいわ」

 

放課後の生徒会室。明らかに集中力が欠けているほのかに、あずさとリーナが心配そうに声をかける。

 

「いえ、大丈夫です」

 

ほのかは気丈な答えを返すが、その様子を見ると明らかに無理をしているのが分かった。先輩たちも心配して帰宅を促そうとするが、責任感が強く生真面目なほのかは迷いながらも素直に頷くことができない。そんなほのかの背中を押すように、深雪が不安そうな表情を浮かべながら声をかけた。

 

「ほのか、本当に無理しない方がいいわ。いくら頑張っても、今日は仕事にならないでしょう?」

「今日やらなきゃいけない仕事はもう終わってるし、明日から頑張ってくれればいいからさ」

 

深雪に続いて言葉をつなげ、一緒に困ったような表情をして見せれば、魅せられた生徒会の面々が一斉に首を縦に振った。ここまで言われてようやく決心がついたようで、僅かに逡巡しながらも立ち上がり勢いよく頭を下げた。

 

「誠に申し訳ありません、今日はお先に失礼させてもらいます! 明日からまた頑張りますから!」

「ええ、明日()頑張りましょう」

 

どことなく棘の感じられる深雪の言葉に内心で恐々としながらも、表面では苦笑を浮かべてほのかを見送った。

 

 

 

 

 

「……という事情がありまして、ほのかは先に帰りました」

「ああ、もしかして明日の準備か。ほのかはそういうことに力を入れそうなタイプだからなぁ……」

 

生徒会の仕事が終わった学校の帰り道。いつも通り深雪を待っていた兄さんと合流し、最近生徒会で遅くなると一緒に帰るリーナを加えた四人で、駅までの道を歩いていた。

 

「嬉しいですか、お兄様?」

「嬉しいというより申し訳ない気がするな。肝心なものが返せないんだから」

「……どうかそのようなお気遣いはご無用に願います。ほのかも私も、ただお兄様に喜んでいただきたい一心なのですから」

 

深雪のからかうような言葉に、少し深刻な顔をして答える兄さん。その様子に深雪が励ましの言葉をかけ始め、唐突に始まった桃色空間にリーナと俺はついて行けず顔を見合わせた。

「ちょっと、あなたアレどうにかしてよ!」「嫌だよ。何で俺がそんなことしなきゃいけないんだ」「兄弟でしょ!」「関係ないだろ!」大体そんな感じの押し付け合いを視線で行い、結局先に折れたリーナがやむを得ずといった様子で口をはさむ。

 

「あの~、雰囲気出してるところに申し訳ないのだけれど……」

「雰囲気? 何を言っているんだ、リーナ」

 

本気で理解できていない様子で返された言葉に、リーナが絶句するのが分かった。かく言う俺も、これは処置なしだと呆れて首を振る。リーナは何か言いたげに息を吸い込んだが、これまでの経験で対応を学んだのか、吸い込んだ息を言葉と共に飲み込んだ。

 

「要するに、ほのかの調子が悪かったのは明日タツヤにあげるチョコレートが気になっていたから?」

「よく分かったわね、リーナ。チョコレートをあげるのは日本固有の習慣だと思っていたけど」

 

深雪の問いに、そんなことはないと答えたリーナの声は少しうんざりしたような口ぶりだった。その様子から察するに、どうやらどこの国でもバレンタインの浮ついた雰囲気に変わりはないらしい。

 

「リーナは誰かにチョコレートを渡す予定はある?」

「……ミユキ、貴女までその話をするのね」

 

疲れ切った口調からは、今日何度も同じ質問をされたことが簡単にわかった。何となくリーナが質問攻めに曖昧な笑いで対応しているのが容易に想像できて、苦笑しながら告げる。

 

「まあ、深雪に限らずみんなが気にしてるだろうさ。特に男子は、リーナみたいな可愛い子からのチョコが貰えたら嬉しいだろうし」

「なっ……かわっ!? …………いえ、そうね。誰にもあげる予定は無いわよ」

 

リーナの動揺を見て、特に意識せず可愛いと口に出していた事に気づく。普段から言われ慣れているだろうに、チョロいな。なんて考えが過ったが、少し照れているのを取り繕う彼女の姿は間違いなく可愛かった。

 

「あら、義理チョコも渡すつもりはないの? きっと欲しがってる人はたくさんいるわよ?」

「ミユキにだけは言われたくないわね」

 

そう言ってリーナはため息を吐く。確かに深雪が言うと皮肉にしか聞こえない。リーナは深雪に劣らぬ美貌を持ってるからいいが、他の女子に向かって同じことを言ったら怒られそうだ。

 

「ミユキは誰にあげるの? やっぱり本命はタツヤ?」

「何を言っているのリーナ。お兄様と私は兄弟なのよ? 実の兄に本命チョコなんておかしいでしょう」

「………………」

 

絶句、二の句が継げないとはこのことか。たっぷり5秒も口を開けて停止したリーナを見て、諦めの境地に達した俺は他人事のようにそう思った。

 

 

 




 
今年もよろしくお願いします!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。