魔法科高校の劣等生、劇場化!
うーん、期待していいものか……
続報を待つとしましょう。
週明けの教室は怪事件の話題で持ち切りだった。
昨日の朝、国内二位のニュースサイトに記事が上げられてから、報道界は連続猟奇事件で埋め尽くされた。事件の内容がオカルト的なものだったのも拍車を駆けたのだろう。当然ながら、報道社がそれだけ騒いだことが噂にならないはずがなく、吸血鬼事件と煽り名を付けられた殺人事件は、尾鰭に手足まで加えたような状態になりながら全国へと広まって行った。そして、それは魔法科高校も例外ではない。
「おはようございます。深雪さん、紅夜さん」
教室に入り、ほのかの挨拶に返すと自分の席に座る。俺と深雪の席は近いので、必然的にほのかが俺たちの席に来る形となっていた。
「そういえば、紅夜さんは昨日のニュースは見ました?」
しばらく他愛も無いもない話をしていたが、会話が途切れたタイミングで、ほのが切り出す。本人にとっては何でもない話題のつもりだろうが、俺にとっては今一番気になる話題だった。
「それは吸血鬼事件のことか?」
「なんだか怖いですよね。不可解な点が多いそうですし」
ほのかの言葉に頷き、俺は不可解な点を挙げていく。
「死因は衰弱死。しかし被害者には外傷は見受けられず、暴行の跡もない。なのに被害者に共通して、身体から血液が一割抜かれている。だがそれも、血液を抜き取った痕跡が見つからないって話だったな」
「紅夜さん、詳しいですね」
「少し興味があったからな。世間じゃ魔法師の仕業、なんて言う輩もいるそうだし。これを機に人間主義の活動が活発になったりする可能性もあるから」
人間主義という言葉に、ほのかと、そして深雪も微妙に表情を苦いものに変える。人間主義とは、簡単に言ってしまえば、魔法師排斥運動の一種だ。その中の過激分子が、魔法師の存在そのものを否定するように暴力沙汰に及び、何度か事件を起こしている為に、二人が良い顔をしないのも当然のものだろう。
「そういえば、アメリカでも同じような事件が起きているようなんですけど……紅夜さんは知ってましたか?」
「いや、初耳だな」
首を横に振ってから先を促すと、ほのかは一つ頷いて話し始める。
「昨日、電話で雫に聞いた話なんです。雫のいる西海岸じゃなくて、中南部のダラスを中心とした地域で起きているって言ってました」
「アメリカのニュースは最近よく確認しているんだが、知らないな。報道規制か?」
「はい。雫も向こうの情報通の生徒に聞いたみたいです」
「それは、やっぱり魔法師に対する配慮かしら?」
深雪の言葉に俺も考えを巡らせてみる。流石に原作知識もそこまで詳しく覚えているわけではないが、状況からして、アメリカの事件は確実に日本に来る前のパラサイトが起こしたものだろう。そこで何か魔法師にとって不都合なことでもあったか、そこまで考えてそもそもの前提を思い出す。
確か、パラサイトが憑りついたのはスターズ関係の人物だったか。それに、元々はアメリカの不手際でパラサイトが呼び出されたのだ。そのことに向こうが気が付いているかどうかは分からないが、スターズ関係者が事件に巻き込まれた時点で報道規制を掛けるには十分だろう。
そんな思考の海に浸っていると、ほのかの声が聞こえて慌てて我に返る。少し考えに集中しすぎたか。
「紅夜さんはこの事件は魔法師が起こしたものだと考えてるんですか?」
「いや、どうだろうな? 可能性がないと言うわけではないが、傷をつけずに血液を一割抜く魔法なんて聞いたことも見たこともない」
そもそも唯の衰弱死ならともかく、外傷をつけずに血液を一割抜くなど魔法でも不可能……か? 【爆裂】のような魔法なら一割の血を失くすことも……いや、それだと外傷がつかないようにしても被害者に何かしらの痕跡が残るな。だからといって治癒魔法で外傷を直すのは、兄さんの【再成】でもない限り不可能だ。後は体内の血液を魔法で分離や分解することか? しかし、それこそ兄さんの【分解】でもないと難しい。不可能とは言えないかもしれないが、それにしたって一割と言うのが問題だろう。一定量ならともかく、人によって違う血液を正確に一割抜くなど、一体どれほどの技量が必要になるか……。残るは系統外魔法だが――――
「紅夜?」
「ん? ……ああ、深雪か。ごめん、ちょっと考え込んでて」
俯いた俺の顔を覗き込むようにして訪ねてきた深雪の声で我に返り、思考を中断する。やはり、どうにも一つのことに意識を向けると、周りが見えなくなる。集中していると言えば聞こえはいいが、これは俺の欠点だな。
顔を上げれば、周囲に聞こえる程度の声で話ていた為か、いつの間にか俺は教室の注目を集めていたようだ。
「で、何だったか。確か魔法師の仕業かどうかって話だったかな。まあ俺は、この事件は魔法師の仕業ではないと思ってる。じゃあどんな奴か、なんて俺に聞かれても困るんだが、そうだな」
一拍、
「もしかしたら、本当に妖の仕業だったりするかもな」
――――まあ、もったいぶって言ったが、原作知識からパラサイトの仕業って知ってるんだけどな。ところで、
「リーナが来ないがどうしたんだ?」
訊ねたはいいが、この教室で俺と深雪以上にリーナのことに詳しい人間などおらず、何の答えもかえってこない。
この五分後、チャイムと共に教室に入ってきた先生が、リーナが家の事情で休みだと告げたのだった。
◆
その報せが届いたのは、俺たちが登校する直前のことだった。
学校に行く支度は既に整え、リビングで兄さんたちと一緒にゆったりとした時間を過ごしていた時、兄さんの携帯端末にメールが届いた。端末を手に取り内容を確認した兄さんが、一瞬だけ表情を変えた。表情を変えたとはいっても、それは傍目には分からないようなごく僅かな変化だったが、その変化だけで俺と深雪が気が付くのには十分だった。
「お兄様、良くない知らせなのですか?」
「レオが吸血鬼に襲われて、病院に運び込まれたとエリカから連絡があった」
「……冗談では、無いんですよね?」
深雪が信じられないといったニュアンスの言葉を口にする。マスコミが大袈裟と言えるほどに報道しているオカルト的事件に知り合いが巻き込まれたとなれば、この反応も仕方のないものだろう。かくいう俺も、原作知識がなければ確実に深雪と同じ反応をしていたはずだ。
「事実だ」
しかし、現実感を持てないその事件は、兄さんの断言によって真実味が急激に増す。それが深雪に向けたものとなれば、それは一押しだ。もちろん、兄さんの言葉を疑うということが頭の中でさえあり得ない深雪にとっては、それだけで決定的だった。
「中野の警察病院で治療を受けているようだ。不幸中の幸い、命に別状はないようだから、見舞うのは放課後にしよう」
「――はい」
深雪の返事と同時に俺も無言で頷く。
原作知識から、行動を起こしていれば恐らく助けられたであろうという事実に罪悪感を感じながら。
そして放課後、俺たちは学校を休んでレオについているエリカを除いた何時ものメンバーで、警察病院へレオの見舞いに訪れた。
受付でレオの病室を聞き、皆でぞろぞろとエレベーターに向かう、その少し手前で横から声を掛けられた。
「みんな、来たんだ」
「エリカ、まだいたのか」
声の掛けられた方向に視線を向け、兄さんが少し驚いた様子で問いかける。学校を休んだということからも分かるように、エリカがレオについていたのは朝からであり、既に夕方ともいえる時間帯になっているのだから、この問いかけは妥当なものだった。
「ずっとここにいたわけじゃないよ。一旦家に戻って、一時間前くらいにまた来たトコ。達也くんたちが来るだろうと思ってね」
声にも表情にも、エリカが嘘をついている様子は見受けられなく、とても自然なもの。しかし、その自然さが逆に過ぎていて、返って嘘くさいようにも感じられた。
病室に向かいながらレオの容体などを話している内に、とうとう病室の前まで辿り着く。エリカが扉をノックすると、僅かな間の後、中から女性の声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
「カヤさん、お邪魔するね」
聞き覚えの無い名前に全員が若干の戸惑いを見せながらも、気にした様子もないエリカに続き病室に入る。それなりに広く、相応にグレードが高そうな個室で俺たちを迎えたのは、退屈そうな表情でベッドから上半身を起こしたレオと、その傍らで椅子に腰掛けている灰色の髪の女性だった。恐らくカヤという名前であろうその女性は、見る限り俺たちより五歳ほど上で、レオと血縁を感じさせる程度には顔立ちに面影があった。
「こちら西城花耶さん。レオのお姉さんよ」
レオにお姉さんがいた覚えは無かった為に、内心かなり驚いていると、カヤが立ち上がり俺たちに向かって丁寧に頭を下げてきた。それに対し俺たちも頭を下げ、全員と一通りの挨拶をすると、カヤは花瓶の水を変えて来るといって部屋を退出した。
「優しそうなお姉さんですね」
扉が閉められ、少し時間を置いたところで、美月が呟くように言った。その第一印象は美月だけでなく、俺たちの共通認識だったのだが、レオはその言葉に対し苦い表情を見せる。それは、家庭関係に何かしら思うところがあることが理解できた。
「ひどい目に合ったな」
「みっともないとこ、見せちまったな」
それ以上踏み込まないように話しを切り出した兄さんの言葉に、レオも照れくさそうに答える。そこに先ほどまでの苦々しい表情は無かった。
「見たところ怪我もないようだが」
「そう簡単にやられてたまるかよ。オレだって無抵抗なわけじゃないぜ」
「じゃあ何処をやられたんだ?」
続けられる兄さんの質問に、俺は先ほどのことを忘れレオの言葉に集中した。
レオの話をまとめると、目深の帽子に白の覆面で性別が女らしき相手と殴り合っている最中に、急に身体の力が抜けて倒れてしまったらしい。しかし、何故身体の力が抜けて倒れたのか、検査をしても一切不明ときた。
その話を聞いて反応したのは幹比古。レオの相手は恐らく『
「妖魔、悪霊、ジン、デーモン、それぞれの国で、それぞれの概念で呼ばれていた内、人に寄生して人を人間以外の存在に作り変える魔性のことをこう呼ぶんだよ」
「それが吸血鬼の正体か」
幹比古は兄さんの問いかけには答えず、真剣な表情でレオに向き直ると、幽体を調べさせて欲しいと頼み込んだ。しかし、霊体という言葉は知っているが、幽体という言葉は現代魔法には使われておらず、全員で首を傾げる。俺も名前に聞き覚えくらいはあるが、幽体がどんなものかは理解していない。
「幽体というのは精神と肉体をつなぐ霊質で作られた、肉体と同じ形状の情報体のことだよ。幽体は精気、つまり生命力の塊。人の血肉を喰らう魔物は、血や肉を通じて精気を取り込み己が糧としている、と考えられているんだ」
「つまり吸血鬼は血を吸うけど、本当に必要としているのは一緒に吸い取っている精気だってこと?」
エリカの問に幹比古は緊張した表情で頷いた。
「レオの幽体を調べさせてもらえれば、はっきりとしたことが分かると思う」
「良いぜ、幹比古」
説明を聞いたレオの答えは単純なものだった。
「……いいのかい?」
「ああ。ってかこっちからお願いするぜ。原因が分からねぇと治しようがないからな」
レオの言葉を聞いた幹比古は表情を更に引き締めて、足元に置いた鞄へと手を伸ばした。
取り出したのは墨で書かれた由緒正しい札と、俺でも初めて見るような伝統的な呪法具だ。それを駆使して丁寧に、しかし俺たちには理解できない方法でレオの身体を調べていく。
俺は幹比古の使っている呪法具に少し、いやかなり興味がある為に集中してその様子を見ていたが、その所為か殆ど時間が経つことなく、幹比古がレオの身体を調べ終わった。
身体の状態を確認し終えた幹比古は驚きを隠そうともせず、驚愕の声を上げる。
「何というか……レオ、君って本当に人間かい?」
「おいおい、随分とご挨拶だな」
冗談といった様子ではなく、本当にしみじみと呟かれた言葉に、レオは明らかに気分を害しているようだった。原作知識から予想すると、恐らくレオの出自に関わっているのだろう。しかし、幹比古はそんなレオに気付く様子もない程に驚いていた。
「いや、だってさ……よく起きていられるね? これだけ精気を喰われていたら、並の術者なら昏倒して意識不明のままだよ」
「精気が何かはともかく、失った量まで分かるのか?」
精気という未知の要素に少し興味を引かれた俺は、幹比古に訊ねる。
「幽体は肉体と同じ形状を取るからね。入れ物の大きさが決まっているから、元々どれくらい精気が詰まっていて、それがどれだけ減っているのかというのも、おおよそ検討がつくんだよ」
「へぇ……」
感心しながら何度も頷くと、俺は少しだけ思いつき、深くまで眼を凝らして視た。確かに、レオの形をした情報体が半分近く削られている。これが本当に生命力だとするなら、レオが起きていられるのが不思議なくらいだというのも理解できる。
慣れないことというか、本来とは違った領域を視た所為か、軽い倦怠感と共にいつの間にか面会時間終了が訪れていた為に、俺たちは面会を終えて病院を後にした。
まだ19巻は買ってないんですが、聞いた話によると、USNA関連でもリーナは出なかったらしいですね。てっきりリーナが出て来るかと思って、フラグ構築が楽になるぞ! と喜んでいたのに……。
それと、今週は予定が詰まっていて結構忙しいので、筆記時間があまり取れそうにないです。19巻も購入は金曜日になりそうですし。
そんな訳で、次の更新は今回よりも更に遅くなってしまうかもしれません。