魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜   作:天兎フウ

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お待たせしました。しかし、本編を期待していた皆さまにはこう言っておきましょう。

一体いつから――――本編が投稿されると錯覚していた?

……はい、すみません。スランプ気味で本編が書けないだけです。それなのに閑話は書けちゃう不思議。まあ、内容は酷いものですが。
それにしても、誤字報告機能というのは便利ですね。これで心置きなく間違えられます(ォィ

ちなみに時系列は追憶編で、深雪視点。超ダイジェストでお送りします。




閑話 わたしの弟

 

 

 

――――わたしは紅夜が苦手だ。

 

別に嫌いという訳ではない。ただ好きではないだけだ。病気の所為であまり会えないというのもあるだろう。けれど、それ以外でもわたしは弟が苦手だ。何を考えているのか分からない。まるでわたしでも知らないような奥底まで自分を見られているような感覚がする。そう、言うなればお母様や叔母様と同じ大人と話しているような気分になるのだ。今だって――――

 

「ん? どうしたんだ深雪」

「……なんでもありません」

 

チラリと盗みみるように視線を向けると、偶然紅夜と視線があった。わたしは咄嗟にそっけない態度をとってしまったけれど、こんな何気ない時でも、紅夜は微笑みを浮かべてそれ以外の感情を見せない。……本当に叔母様みたいな反応。

後ろを無言で付いてくる兄に対しても何も言わず、それが当たり前のように行動していた。その兄に対してチラチラ視線を送っていたのがいけなかったのだろう。兄も此方へと視線を向けてきた。何となくこのままでは不味いと思って視線を逸らす。兄はそれに疑問の声を上げることもなく、無表情でわたしの後ろに付いた。

 

――――やはり、わたしは兄のことも苦手だ。

 

 

 

 

 

別荘に着いたわたしたちは桜井さんに出迎えられ、しばらく休憩をとる。そうして一息ついたところで別荘に居るのももったいない気がしたので周囲を散歩することにする。お母様から兄を連れて行けと言われたのは不満だったがその言葉に逆らう気は無い。予想外だったのは桜井さんの一言。

 

「紅夜くんも散歩に行ってきたらどうですか?」

 

別に嫌というわけではない。少なくとも兄と二人きりでいるよりはずっとマシだ。だからわたしも何も言わず紅夜の答えを待つ。

桜井さんの言葉に少し驚いた様子を見せた紅夜は、宙に視線をさまよわせてじっくりと考え込む。その紅夜の瞳を見て、わたしは嫌な感覚に襲われた。

 

――――あの目だ。

 

何を見てるか分からない、何を考えているか理解できない、まるで深淵でも覗き込んでいるかのような暗い瞳。わたしは弟のあの目が苦手だ。世界を外側から視ているような兄よりも無感情な目。あの深紅の瞳で見られると、まるで自分が人形のように思えてくる。

しかし、今回その視線がわたしに向けられることはなく、その目をしていたのも少しの間。ゆっくりと目を閉じ、もう一度開いた紅夜は首を横に振った。

 

「体調が不安ですし、この後のパーティーに出られなくなったら大変ですからね。俺は遠慮させてもらいます」

 

微笑と共に発せられた言葉に、わたしは先ほどのことも忘れ憂鬱な気分になる。そういえばこの後パーティーがあるのをすっかり忘れていた。憂鬱な気分を忘れる気分転換の為にも、わたしは早く散歩に出かけることにした。

 

 

 

 

 

 

散歩が思わぬ形の気分転換になってしまったが何とかパーティーも終わらせて、スッキリとはいかないものの十分に疲れがとれた状態で朝を迎えた。カーテンを開け、窓も開き空気を入れ替える。潮の香りがする風を胸いっぱいにして大きく伸びをすると深呼吸をする。

ふと視線を下に向けると兄と紅夜が向かい合って構えていた。格闘術のトレーニングだろうか。兄はガーディアンとして仕込まれているのは分かっていたけれど、紅夜までやっているとは知らなかった。

あまり体調の良くない紅夜が運動などして大丈夫なのかと不安になったが、そんな考えは二人が動いた時には吹き飛ばされていた。

 

目にも追えぬ速さで跳び出した紅夜が、兄にめがけて拳を振う。その速度は通常ではあり得ないもので、恐らく加速魔法を使っているのだろう。そんな紅夜の拳を兄は魔法を使う様子もなく身をかがめて躱すと、下からボディに向けて掌底を放った。しかしその攻撃は紅夜に軽く避けられカウンターを撃ち込まれていた。それを更に防いだ兄が突きを放つ。

何度も打ち合わせられる拳、目まぐるしく変わる立ち位置、繰り出される足技。そのどれをとっても素人目で分かるほどに洗練されていた。どれだけ時間が経ったのか、距離をとった二人が再び飛び出すと、わたしが気が付いた時には二人の拳がお互いの目の前で止まった状態で交差していた。そこで二人は大きく息を吐くと拳を下ろし息を整える。

 

――えっ、もう終わり……?

 

そこまで考えて自分が二人に見惚れていたことに気が付く。慌ててカーテンを引き窓際から離れる。

 

――気づかれてなかった、よね?

 

二人は一度も顔を上げなかった。お互いに集中していたし窓際の私の姿は見えていなかったはずだ。それなのにわたしは、兄と紅夜に見惚れていた自分を二人に気が付かれたような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

時間は経過し、夕方と言ってもいい時間に差し掛かったころ。予定通り桜井さんが手配したクルーザーに乗ってセーリングする。体全体で風を感じながら何気なく紅夜を盗み見ると、紅夜は気持ちよさそうに目を閉じていた。男性にしては長い髪が風になびく姿は何処か神秘的で、年齢にそぐわぬ大人びた雰囲気が拍車をかけて私でも思わず見惚れるほどだ。しかし、それは突如として終わることになった。いきなり目を開いた紅夜が冷たい視線を海に向けた。その紅夜の瞳を見てわたしの背筋をゾッと冷たい感覚が撫でる。

 

――――また、あの目だ。

 

それも、心なしか今までよりもっと嫌な感じがする。

炎を思わせる神秘的な深紅の瞳。それなのに、その奥には全ての熱が奪われて燃え尽きてしまったような灰色。

兄がわたしたちを庇うように前に出て、発射された魚雷をわけのわからない魔法でバラバラにしても兄の事を何も知らなかったことを理解して衝撃を受けても、わたしの脳裏から紅夜の紅い瞳が離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

その紅い瞳がわたしたちの目の前で揺らめいていた。それは錯覚なのだろう。しかし、わたしは確かに紅夜の目の中で炎が燃え盛っているのを幻視していた。

 

「敵を、殺し尽くす」

 

放たれた言葉は殺意にまみれ、憎しみを抱いているような激烈なもの。それなのに、紅夜の瞳に映る感情は何処までも冷めていて何も読み取ることができない。お兄様の目が虚空を映しているとすれば、紅夜の瞳は全てが混ざり漆黒に塗りつぶされた混沌を覗き込んでいるようだった。

 

 

 

そのまま流れるように戦闘員に加えられたお兄様と紅夜を見て急に不安が襲ってきた。いくらお兄様でも戦争に加わるなんて危険すぎる。そして紅夜も……

気が付けばわたしは駆け出していた。背後から呼び止める桜井さんの声が聞こえるけど、お母様から離れることはできないから追ってこられない。心の中で桜井さんにあやまりながらも、わたしはお兄様と紅夜を止めなければという一心で走り続けた。

 

「お兄様、紅夜!」

 

もしかしたら振り向いてくれないかもしれない。そんな心配に駆られながらも叫んだが杞憂だったようだ。何かあったのかとお兄様に尋ねられて、わたしは行かないで欲しいと正直に告げた。しかし返って来た言葉は否。

 

「さっきも言った通り、俺は、お前を傷つけられた報復に行くんだ。お前の為じゃなくて、自分の感情の為に。そうしなければ、俺の気がすまない。俺にとって本当に大切だと思えるのは深雪、お前だけだから」

 

お兄様は困ったように笑いながら言った。

 

「わがままな兄貴でごめんな」

 

でも、わたしはすぐに違和感に気が付いた。

 

「大切だと思えるのは私だけ?」

 

何故「大切なもの」じゃなくて、「大切だと思えるもの」なのか、そして何故、お母様や紅夜ではなく「わたしだけ」なのか。

その答えは聞けなかった。お兄様はお母様に聞くようにと言って「大丈夫」と告げた後、前を向いてしまった。

 

そこでわたしは紅夜のことも思い出す。ハッとなって視線を向けると、紅夜と目が合う。その瞳はわたしが苦手なあの目だ。それに気圧されたというわけではないけれど、わたしが口を開いてもそこから先の声が出なかった。とにかく言いようもない不安に襲われたのだ。それと同時にわたしはなんであの目が苦手だったか理解した。

まるで別の世界を見ているような目。その目を見ていると、紅夜がこのままでは何処か遠くに消えてしまいそうな、そんな気がしたのだ。

けれど、わたしを見た紅夜は、ふと表情を和らげると、しっかりとわたしを見て一言だけ強く呟いた。

 

「大丈夫」

 

それだけで、わたしは安心してしまった。それはきっと、紅夜の瞳があの目ではなかったからだろう。しっかりとわたしと目を合わせて大丈夫だと言っていた。まるで別の世界を見ているような瞳ではなく、わたしを見ていた。だからきっと大丈夫だろう。何の根拠もない勘だけれど、何となくそう思った。だから信じることにする。紅夜は私の弟なのだから。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ったわたしを迎えたのは、かなりお怒りになっているお母様だった。本当に申し訳なく感じて謝ったあと、わたしたちは指令室に通される。そこのモニターでお兄様の状況を見ながら、わたしはお兄様のことについてお母様に尋ねた。そうしてお母様から話されたのは、お兄様は魔法の手術により衝動が欠落していること。その手術をお母様が行ったこと。そしてお兄様に残った最後の感情が兄妹愛だけだという衝撃的なもの。

 

「まだ何か、訊きたいことはありますか」

 

話し終えたお母様にそう訊ねられ、いいえ、と答えようとしたけれど、モニターを見ていくつか疑問点が思い浮かんだ。

 

「それでは、お兄様は紅夜に対して兄弟愛は持っていないのですか?」

「ええ、そうよ」

 

淡々と返された言葉に、わたしは少なからず衝撃を覚える。紅夜の反応から紅夜はこの話について知っていたのだと思う。お兄様と紅夜は、わたしよりも仲がよさそうだったのに。

 

「それは何故ですか?」

「先ほども言ったように、キャパシティの関係で残せる感情が一つだけだったのなら、一番長く達也といる貴女に向ける愛情が残るようにした為です」

「……そうですか」

 

わたしは色々な気持ちが混ざり合い、何とも言えない気分になる。

モニターに視線を移せば、そこでは蹂躙が行われていた。もはや戦争ともいえない一方的な虐殺。お兄様の右手が向けられれば全てが一瞬で塵となる。撃たれた兵士に左手を向けると、そこには無傷の姿の兵士がいた。

お兄様の隣では片手をポケットに突っ込んで戦場とは思えない足取りで悠々と歩く紅夜の姿。紅夜の指が引かれる度に紅蓮の炎が舞い踊り、敵は跡形もなく灰になる。さらに竜巻が巻き起こり炎を呑み込み巨大な火災旋風へと姿を変える。炎の竜巻は敵兵を焼きながら進み、時には巻き込んだ瓦礫や武器が溶け、熱弾となって敵兵に降り注ぐ。それだけの規模の攻撃をすれば味方が巻き込まれるはずなのに、紅夜の周囲は暑さを感じた様子がない。それどころか、敵や竜巻から放たれた弾丸は紅夜の手前で止まり、倍速になって跳ね返される。

それだけの惨劇を起こしているのにお兄様も紅夜も無表情。まるで作業をしているかのように淡々と虐殺を繰り返していく。その様子を見て思う。お兄様だけでなく何故紅夜まであんなことができるのか。恐る恐るお母様に訪ねてみれば、返って来たのは予想外のものだった。

 

「紅夜さんは殺人には慣れていますから」

「どういうことですか?」

「昔、病気で魔法の制御が効かなかった時、よく周囲を巻き込んで魔法を暴走させていたそうですよ」

 

それは、わたしにとっては無関係ではないもの。もしも、わたしが魔法を暴走させてしまったら紅夜と同じことが起きてしまう。わたしは自分の持つ魔法という力に恐怖を覚える。それと同時に紅夜のことを何も知らないということも思い知らされた。そんなことを考えていると、お母様が――それに、と続けた。

 

「あの子は、自分のガーディアンを手に掛けたこともありますから」

「……え?」

 

独白のように呟かれたお母様の言葉に、今日何度目かも分からない衝撃を覚える。思わず上げた疑問の声はしかし、お母様は話す気がないようでそれきり口を閉じてしまった。

 

――これでは、わたしは何も知らない無知な子供だ。

 

いえ、知らなかったのではない。知ろうとしていなかったんだ。これでは紅夜より子供っぽいと思われても仕方がないのかもしれない。わたしは、これからどうすればいいのだろうか。一度知ったからには知らなかったとはもう言えない。お兄様のことも、紅夜のことも何一つ知らない状態でいることなど、今のわたしにはできそうもなかった。

 

 

 

 




 


何時か紅夜にオサレな戦闘をさせよかと考えている今日のこのころ。黒棺をやらせたいんですが、魔法科には詠唱がないという……

しかしスランプって辛いですね。読んでるときは、そんなに大変なのか? なんて思ってましたけど、書く側になってみると苦労が分かります。
二月中には投稿できると思うのでもう少しだけお待ちください。




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