魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜   作:天兎フウ

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何か文字数が凄いことになった……
本来なら二話に分けるところなんですが、最後の一話と言ったし分けるの面倒だからいっか、ってことでそのまま投稿。




横浜騒乱編Ⅷ

 

 

 

真由美や鈴音を乗せて立ったヘリは途中、敵の足止めをしている深雪たちを拾い、今度は別の場所で戦闘中の摩利たちを迎えに来たところであった。

そんな真由美たちが目にしたのは最後の悪足掻きとばかりに歩兵部隊からの猛攻を受けている摩利たち。そんな様子に慌てながらも真由美たちはすぐさま五人の援護に当たった。いや、「真由美たち」というのは間違いか。正確には魔法を放ったのは真由美一人だったのだから。

敵兵の上から雹が降り注いだ。氷ではなくドライアイスで出来た弾丸が、亜音速で襲い掛かり防護服を貫く。真由美の得意魔法【魔弾の射手】によって頭上、背後、側面と様々な方向から十字砲火を受けた敵はその魔法が何処から放たれているかも理解できず、次々と倒れていく。

空中から地上への攻撃、しかも、ほのかの光学迷彩によってヘリが敵から見えていないとあって、真由美の魔法は五分とかからずその場を制圧した。

 

『お待たせ、摩利。ロープを垂らすから上がってきて』

「ああ、頼む」

 

今まで苦戦していた相手が一瞬で倒されたことに何処か釈然としない気持ちを覚えながらも摩利は他の二年生に声を掛けた。五十里と花音、桐原と紗耶香ペアになって歩いてくる。

彼らが周囲の警戒を怠ってしまったのは仕方のないことだろう。つい今しがたまでは激戦の渦中にいたのだ。戦闘経験の薄い彼らに戦闘が終わってきを抜くなというのは気の毒というものだ。だが、ゲリラの真骨頂はこういう状況の不意打ちにある。

 

「危ない!」

 

叫んだのは摩利だった。その声に合わせて咄嗟に動いたのは桐原と五十里の男子二人。桐原は紗耶香を突き飛ばして刀を振るう。そのおかげで敵の放った心臓に向かう弾は弾くことができた。しかし下半身を守る余裕などなく、太ももに突き刺さった弾丸が、桐原の足を吹き飛ばした。

五十里は刀など持っておらず防御の手段がない。反射的にできたのは花音に覆いかぶさり庇うことだけだった。五十里の背中に榴弾の破片が深々と突き刺さり、明らかに致命傷だと思われる傷を負わせていた。

 

「啓! 啓!!」

「桐原君! しっかりして!!」

 

悲鳴を上げ泣き縋る少女二人。

摩利が奇襲をかけたゲリラに魔法を発動しようとした。深雪がヘリから飛び降りようとした。しかし、それは行動に移す前に終わる。

 

 

断罪の業火が敵兵をなめた。

 

 

後には何も残らない。残った結果は異臭を漂わせ焼け爛れるアスファルトと血肉の欠片も残さず消え去った敵。

深雪を除いた誰もがその結果に息を詰めた。そんな彼らの見つめる先で、夜を思わせる漆黒のCADを構えた紅夜が重力をまるで感じさせない動きで着地した。

 

「ギリギリか……」

 

その呟きはフルフェイスのヘルメットに籠り、誰にも聞こえることなく消える。ヘルメットを外した紅夜は視線を上に上げると大きな声を上げた。

 

「兄さん!」

 

その声に誰もが紅夜の視線の先を見上げる。そこには紅夜と同じく黒尽くめの兵士の姿があった。紅夜の隣に降り立った達也に紅夜は一言、頼むと告げる。達也は小さく頷くと厳しい顔で五十里の側へ駆け寄り、左手にCADを構えた。

 

「何するの!?」

 

五十里に向けられた銀色のCAD。止める時間はなかった。引き金が引かれ、花音は反射的に目を瞑る。

 

【エイドスの変更履歴の遡及を開始】

 

達也の表情に変化はない。

 

【復元時点を確認】

 

紅夜は達也の奥歯が軋る音を確かに聞き取り、思わず自身も奥歯を噛み締める。

 

【復元開始】

 

達也に使えるもう一つの魔法【再成】が発動した。

エイドスの変更履歴を遡り、負傷する前のエイドスを復元し複写する。複写した情報体を魔法式としてエイドスに貼り付け、怪我をした状態を新たな情報で上書きする。

 

世界の持つ修正力が、五十里の肉体に加えられた改変に辻褄をするべく作用する。

 

榴弾の破片は五十里の身体に食い込まなかったことになった。

 

ボウッ、と五十里の身体が霞んだように見えた。

次の瞬間、彼の身体には怪我の跡どころか、事象の痕跡すら一切残っていなかった。

 

【復元完了】

 

五十里の身体は榴弾の破片で傷を負わなかった状態で世界に定着した。ここまで掛かった時間は一秒にも満たない。

 

達也は五十里に施した【再成】の効果を確認する間も惜しんで桐原に向けてもう一度引き金を引いた。

千切れた足が元の位置に引き寄せられ、接触したと見るや、桐原の身体が霞み、次の瞬間には傷一つ追っていない状態で横たわっていた。

 

達也はCADを左腰に収めると一度だけ、見えない筈のヘリに、深雪へと視線を向け小さく笑いかけるとマスクを上げ、バイザーを下ろす。紅夜も深雪に向けて軽く手を振るとヘルメットを被り飛行魔法を発動して二人で空へと舞いあがった。

 

 

 

 

 

魔法協会支部のある丘の北側で攻勢を押し返された侵攻軍は兵力を南側に迂回させて最後の攻撃を試みた。人質の確保は断念している。長期の占領が可能な戦力でもない。このままではなんの成果もなく撤退ということになってしまう。せめて協会支部に蓄積された現代魔法技術に関するデータを奪取し、その上で魔法師を一人でも多く殺害してこの国の戦力を削いでおこうというのが侵攻軍の決断だった。そんな時だった。装甲車の後部ハッチから上半身を出して警戒に当たっていた兵士は頭上を過ぎる黒い影に顔を上げた。次の瞬間、頭上から放たれた弾丸が兵士の頭を貫いた。侵攻軍車両の間で慌てて通信が交わされ、機銃が空へと向けられる。

その対応を嘲笑うかのように上空から飛来した無数の黒い影――――独立魔装大隊の飛行部隊は、道路沿いのビルの屋上に降り立ち、上方側面から一斉射撃を浴びせた。貫通力を増幅したライフル弾が豪雨のように降り注ぎ、魔法防御を緩和して直立戦車のコクピットを貫く。爆発力を集中した擲弾が装甲車両を吹き飛ばす。

侵攻軍も無抵抗ではない。榴弾を撃ち込みビルを瓦礫に変える。重機関砲で壁面を削り、飛行兵を吹き飛ばす。

だが、黒い部隊の火力は少しも衰えることはない。炎に巻かれた瓦礫の中からよりいっそう激しい銃撃が繰り出される。

侵攻軍はまるで不死身の怪物を相手にしているような恐怖に捕らわれながらも攻撃を繰り返す。

足元の瓦礫が崩れ落下した飛行兵を弾丸が貫通した。ムーバルスーツの防弾性により即死には至らなかったが間違いなく致命傷だった。ところが、その隣に舞い降りた銀色のCADを持つ魔人が左手をその兵士に向けた途端、兵士の傷が消えた。そして右手が直立戦車に狙いを定めた瞬間、全高三メートル半の機体が塵となって消えた。

 

『……摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)!』

 

その声が電波に乗って広がった。途端、恐怖に駆られた侵攻軍は無謀な逃走や突撃によって混乱が生じる。

そんな中、ムーバルスーツを着た一人の兵士が逃走する直立戦車の目の前に立つ。無謀とも思えるその状況に、好機と考えた操縦者は狙いを定め、機関銃を掃射した。ばら撒かれた殺意の塊が黒い兵士を貫かんとした――――瞬間、ジュッ! と小さな音を立て、銃弾全てが消え去った。あり得ない光景に操縦者は思わず動きを止め、目の前を凝視する。そこには陽炎揺らめく炎の衣に身を包み、黒いCADを此方に向ける魔人の姿。それが操縦者の見た最後の景色だった。

猛火が舞い踊った。闇が訪れ閃光が走り、紅蓮が吹き荒れ熱波が広がる。まるで灼熱の地獄を体現したような惨状に混乱がよりいっそう大きくなる。

 

『まさか……烏枢沙摩(ウィチシュマ)!?』

 

摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)烏枢沙摩(ウィチシュマ)、それは三年前の沖縄で大亜連合に破壊と絶望をもたらした魔人。上層部が存在を否定しタブーになった存在。葬り去ったはずの悪夢。しかしいくら否定しようとも、その悪夢は現実となって彼らに牙を向けていた。

 

 

 

接触から十五分。

 

それが敵の限界だった。

 

兵力の損耗と、何より士気の喪失に耐えきれず、侵攻軍は潰走を始めた。

 

 

 

 

 

 

北側からは鶴見の部隊、南からはようやく着いた藤沢の部隊、西からは保土ヶ谷の常駐部隊とこれに合流した藤沢の部隊。三方からの圧力に耐えきれず、敵は上陸部隊の収容を諦め撤退に掛かった。

敵艦が慌てて出航しているのをわざわざ逃がす必要はない。柳は部隊に追撃の命令を下した。

 

「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は直接敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

「藤林、どういうことだ」

 

今まさに飛び立とうとしていたところに藤林が通信に割って入り静止が掛けられる。

 

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大きすぎます』

「ではどうする」

『退け、柳』

「隊長?」

 

小さく舌打ちをした後に柳が尋ねると答えたのは藤林ではなく風間であった。柳は風間からの命令に訝し気な声をだす。

 

『勘違いするな。作戦が終了したという意味ではない。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ一旦帰還しろ』

 

話を聞いている内に考えをまとめたのか、今度の返事は迅速で躊躇いがない。柳は部下に対し、移動本部への帰還を命じた。

 

 

 

 

帰還した柳に指揮を委ね、風間は真田、藤林、そして紅夜を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。

 

「敵艦は相模灘を時速30ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないと思われます」

 

携帯を見ながら告げた藤林の言葉に頷いた風間は真田へと顔を向けた。

 

「ガンディーヴァの封印を解除」

「了解」

 

風間からカードキーを受け取ると、不謹慎なほど嬉しそうな顔で真田が傍らの大きなケースを開いた。鍵はサード・アイと同じく、カードキーと静脈認証と暗唱ワードと声紋照合の複合キー。

 

「オン・アギャナウェイ・ソワカ」

 

真田が呟くと同時にガチャリと音を立てて開く鍵。音声の応答は入れなかったんだな、などと紅夜は考えたが、後から聞いた話によると入れる時間がなかっただけらしかった。

厳重な封印が解かれ、中に入っていたのは大型ライフルの形状をしたCAD。このCADは縦に構えると何処か弓のようにも見える形状をしているが、実はこれは設計をした紅夜の趣味的なこだわりだ。

真田からCADを受け取った紅夜は少しだけ嬉しそうに笑ったが、フルフェイスのヘルメットを被ったままなので見られることはなかった。

 

「氷雨特尉。ゲヘナフレイムを以て、敵艦を撃沈せよ」

「了解」

 

答えた紅夜の声は隠しきれないほどに震えていた。緊張に、ではない。久しぶりに使う本気の魔法に精神が高揚し、武者震いのような感覚を覚えていたのだ。

紅夜は南を向きガンディーヴァを構える。

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確立」

 

藤林の声を聴きながら、紅夜はバイザーに映った敵艦の赤外線映像に意識を集中させる。前に使った時は確実性を上げる為に達也の手を借りたが、別にこの魔法はエレメンタル・サイトやソフィア・サイトが必ず必要なわけではない。対象の位置情報さえ掴んでいればそれだけで十分だ。正確性は損なわれてしまうがズレたとしても誤差は精々五十メートルだ。この魔法は領域魔法なのだから、その程度の誤差など問題にならない。

船体の映像から座標を見分けると、ガンディーヴァの遠距離照準補助システムの力を借りて、情報体(エイドス)知覚の視力によって照準を合わせ、エリアを指定する。

 

灼熱劫火(ゲヘナ・フレイム)、発動」

 

紅夜はそう呟くと、引き金を引いた。

 

 

 

灼熱が降り注ぐ。

空気が加熱され、艦隊が昇華し、ヒドラジンを含めた全ての可燃物を一瞬で完全燃焼させ、劫火に巻かれて艦は消え去った。

 

 

 

「敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気爆発により状況を確認できませんが、撃沈したものと思われます」

「撃沈しました。津波の心配は?」

「大丈夫です。津波の心配はありません」

「約八十キロの距離で百立方メートルの領域を精密照準……ガンディーヴァは所定の性能を発揮しました」

 

真田が風間に対し自慢げに説明する。

風間は無言で頷くと、紅夜に労いのことばを掛けた。

 

「ご苦労だった」

「ハ!」

 

敬礼で答えた紅夜に頷き、風間は作戦終了を宣言した。

 

 

 

 

 

 

西暦二千九十五年 十月三十一日。

今日はハロウィンだが、クリスマスなどを含めこういったイベントには前世から興味が薄かった紅夜には大した感慨もなかった。

紅夜は今、対馬要塞の屋上にいた。何気なく海を眺めるが、太陽が落ちた夜闇の中では特に景色が見えるのでもなく、唯一見えるのは海の向こうに浮かぶ朝鮮半島の影。

十一月になろうとしているこの時期の空気は冷え込んでいて制服だけでは中々つらいものがある。ムーバルスーツを着たままでいれば寒さは凌げただろうが、個人的にあのスーツをずっと着ているのは気が進まなかった。念の為にヘルメットは持っているので問題はないだろう。

そろそろ中に入るかと考えた時、タイミングを見計らったようにポケットの中の情報端末からコール音が鳴った。

 

「……真夜から?」

 

取り出して画面を確認してみれば、そこに表示されていたのは四葉真夜という文字。何の電話だろうかと考えるが、特に思い当たる節はない。

だがまあ、タイミング的に真夜と話ができるのは好都合でもあった。ここでは電話の内容を傍受される可能性もあるが、真夜がそんなことを考えていないはずがないと、丁度五回目のコールが鳴り終わったところで通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

『こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません、紅夜さん』

 

鈴の音が鳴るような実年齢に似合わない若々しい声がスピーカーから流れ出す。

 

「滅相もありません、真夜様。何か御用ですか?」

『いいえ、特に用があるわけではないのよ。ただ今日は大変な目に会ったようですし、可愛い親族の声を聞きたいと思うのはダメなのかしら?』

「それはご心配をおかけしました。ですが、これからちょっと戦略級魔法師としての面倒な仕事があるので」

『あら、それは大変ね。頑張ってちょうだい』

 

真夜のどう考えても白々しい言葉に紅夜は仕返しのつもりで、戦略級魔法師とか面倒だと言うが、軽く流された上に頑張ってなどと釘を刺される。

 

『そうそう、今日の日曜日にでも三人で遊びにいらっしゃいな。久しぶりに貴方たちに会いたいわ』

「恐縮です。帰ったら二人にも伝えておきます」

『楽しみにしているわ』

 

言いたいことは言い終わったのか、通話が終了しそうな流れの中、紅夜が思い出したように言った。

 

「そういえば真夜様。そろそろ誓約を解きたいんですが、こちらで勝手に解いてもいいですか?」

 

その言葉に通話越しに真夜の驚く気配がした。紅夜はしてやったりと小さく笑う。

 

『……ええ、構いません。深夜には私から言っておきます』

「ありがとうございます」

 

本来はこんな頼みはしたくなかったのだが、これから始まる来訪者を考えると念の為にも、このタイミングで封印を解くのが最適だと判断した結果だ。だから、次に続く真夜の言葉も覚悟をしていたものだった。

 

『では紅夜さん。ガーディアンを付けるということでいいわね?』

「はい。お手数をおかけします」

『いえ、紅夜さんに何かあっては心配ですから』

「ありがとうございます。それではお休みなさい、真夜様」

『お休みなさい、紅夜さん』

 

通話が着れたのを確認した紅夜は小さく息を吐く。真夜との会話は毎回精神を使うのだ。

しばらくの間、ボーっと海を眺めていると、ヘルメットの通信ユニットからコール音が鳴った。

 

『特尉、作戦室に来てくれ』

「了解」

 

風間からの指令にいよいよかと少し緩んでいた気を引き締め、紅夜は屋上から要塞に入った。

途中、気が付く。

 

(そういえば真夜の用事ってあれだけだったのか?)

 

今の紅夜の状況を知っているのなら、用事を告げる為には家にいる深雪に電話した方が確実だ。原作でも深雪に電話をしていたことを思い出した紅夜は何か意図があったのだろうかと首を傾げる。

 

(本当に俺の声を聞きたいだけだったとか)

 

そんなことを考えた紅夜だったが、自分の考えを突拍子のないものだと切り捨て頭をひねる。結局、作戦指令室に到着するまで何も思い浮かぶことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

作戦指令室に入った紅夜の敬礼に対し風間はぞんざいに答えると座るように指示した。

紅夜が座ってしばらくすると遅れて柳と山中が顔を見せる。全員が揃ったと見るや否や風間は前置きもなく本題を切り出した。

 

「予想通り敵海軍が出撃に入っている。この映像を見てくれ」

 

そう言って壁一面を使ったディスプレイに映し出される映像を見ながら風間が説明を始める。その内容は紅夜が事前に予想していたものと大差なく、自分の出番より先の話は聞く意味もないので、紅夜はこれからに精神を集中させていった。

 

 

紅夜は制服姿にムーバルスーツのヘルメットという奇怪な姿でガンディーヴァを持ち、第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。このスクリーンは衛星の映像を三次元的に処理して、任意の確度から敵陣の様子を観察できるようにしたものだ。

 

「氷雨特尉、準備はいいですか?」

『準備完了。衛星とのリンクも問題ないです』

 

真田の問に紅夜はスタンバイ完了の答えを返す。

 

「ゲヘナ・フレイム、発動準備」

 

風間の声に紅夜はガンディーヴァを構えた。

鎮海軍港。

巨済要塞の向こう側に集結した大亜連合艦隊。

三次元処理をされた画像を元にエイドスを読み取り、艦隊全体を覆うように領域を展開する。

 

『発動準備完了』

 

紅夜の小さな呟きは静まり返った室内でやけに大きく響いた。

しかし、紅夜の本当の準備はここからだ。その場にいた者は誰にも気が付かれることなく、紅夜の中で決定的な変化が生まれる。

自身の魔法演算領域を縛る枷を内側から無理やり焼却し、封印を緩める。とは言っても完全に壊すことはしない。解除したのは大体三分の一といったところか。いきなり全開にしてしまっても慣れない所為で制御しきれない可能性がある為だ。

解放と同時にあふれ出した膨大な量のサイオンが予想通り紅夜の制御を離れ、室内にあふれ出し空気の温度を上昇させる。その感覚に紅夜の胸の奥が痛んだが、すぐに振り払い集中力を取り戻すと、あふれ出すサイオンの制御を取り戻し掌握した。

紅夜の中ので起きた変化に気が付いたのは唯一人。紅夜の願いを叶え、誓約を施した深夜だけ。

掌握したサイオンと魔法演算領域を用い、魔法に自身の力を込める。

 

灼熱劫火(ゲヘナ・フレイム)、発動」

『灼熱劫火、発動します」

 

確認に風間の言葉を復唱し、紅夜はガンディーヴァの引き金を引いた。

 

 

世界を焼き尽くす破壊の劫火が放たれた。

計測不能な高熱は、船体の金属を昇華させた。

急激に膨張した空気は音速の壁を突き破った。

衝撃波と金属の噴流が襲い掛かる前に、効果領域内の熱が全てを消し尽くした。

人も物も、その熱すら感じ取ることなく、一瞬で焼滅した。

少し離れた人物や物は、爆発し焼失した。

海面は高熱に炙られ、水蒸気爆発を起こした。

竜巻と津波が生じて、対岸の巨済要塞を呑み込んだ。

破壊は鎮海軍港だけには止まらず、衝撃波が周囲の軍事施設に及んだ。不幸中の幸いだったのは、鎮海軍港周辺に民間人の居住する都市が存在しなかったことだろうか。

灼熱の暴虐が収まった時、そこには何も残っていなかった。

 

 

過剰な光量にスクリーンがブラックアウトし、それが回復したとき、対馬要塞のスタッフ全員が息を呑んだ。誰もが顔を青ざめさせ、中にはトイレに駆け込み胃の中身を戻した者もいた。無様と笑うことはできないだろう。独立魔装大隊の面々ですら顔を青ざめさせていたのだから。

彼らは本当の意味での戦略級魔法をその目で確かめたのだ。

 

「敵の状況は?」

 

風間に問われて藤林が慌ててモニターを確認する。

 

「敵艦隊は全滅……いえ、焼滅しました。攻勢を掛けますか?」

「不要だ。以後の予定を省略し、作戦を終了する」

「全員、帰投の準備に入れ!」

 

風間の言葉を受け柳が撤収を命ずる。

紅夜はガンディーヴァを下ろし、ヘルメットを外すとモニターを確認する。画面に映る惨状を見る眼は、ただ自分の起こした結果に関心を持っているだけだった。

 

 

 

 

 

 

灼熱のハロウィン。

 

後世の歴史家はこの日のことをそう呼ぶ。

それは軍事史の転換期であり、歴史の転換期ともみなされる。

それは機械兵器とABC兵器に対する魔法の優越を決定づけた事件。

魔法こそが勝敗を決する力だと明らかにした出来事。

戦略級魔法師、氷雨夜光の名を畏怖と共に世界に知らしめた騒動。

それは魔法師という種族の栄光と苦難の歴史の真の始まりでもあった。

 

 

 




 
これで横浜騒乱編は終了です。
次回からは追憶編を飛ばして来訪者編に入ろうと思っています。ついにヒロインの出番です!
来訪者編は、上、中、下の三部構成ですしヒロイン登場ということもあるので、しっかりと全体の流れを構成してから投稿をしたいと思っています。そんなわけで何時もよりも更に投稿が遅くなるかもしれませんがご了承ください。

それから前回、氷雨という名の元になった神を推察してみて下さいなんて言いましたが、早速当てちゃった人がいました。なので答えと理由みたいなものを活動報告に上げておくので、よかったら見てください。

では、皆さんよいお年を!

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