魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜   作:天兎フウ

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突然ですが、紅夜の戦略級魔法師としての名前を、大黒夜光から、氷雨夜光(ひさめ やこう)に変更しました。
かなり前に達也と紅夜の関係を秘匿するなら名字を変えた方がいいのではないかとの意見をいただいたのですが、ストーリーに大きく影響することもなさそうでしたし、ぶっちゃけ面倒だったので保留とさせてもらいました。
しかし、今回の話しを書くにあたり、大黒と言う名字だと紅夜と達也との呼び分けが難しいということで名字を変更させていただきます。
お手数をかけて申し訳ありませんが、記憶にとどめておいてください。




横浜騒乱編Ⅶ

 

 

 

突如として野戦用の軍服を着て現れた藤林。しかし部屋に入って来たのは藤林一人ではなかった。藤林の後ろから、同じく国防軍の軍服を身に着けた少佐であることを示す階級章を付けた壮年の男性、風間少佐が入って来る。

 

「特尉方、情報統制は一時的に解除されます」

 

風間の言葉に、原作知識を持つ俺はついに来たかと表情を引き締めると、兄さんと共に姿勢を正して敬礼をした。

その時丁度部屋に入って来た克人も含め、全員が驚愕して俺たちに視線を向けて来るのがはっきりと感じ取れる。

俺たちの敬礼に敬礼で答えた風間は、今入って来たばかりの克人に身体を向けた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

風間の自己紹介に対して克人も魔法師としての公的な肩書を名乗る。

風間は小さく一礼して俺たちと克人が同時に視界に入るように立ちなおした。

 

「藤林、現在の状況をご説明してさしあげろ」

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より、各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

「ご苦労。さて、特尉。現下の状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が部隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官等にも出動を命じる」

 

風間の言葉に真由美と摩利が口を開く。しかし、風間の視線に口を封じ、結局何を言うつもりだったのかは分からなくなった。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉方の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であることをご理解いただきたい」

 

そう言って向けた力強い視線に、まだ何か言い募ろうとしていた真由美や摩利たちも抵抗を断念した。

 

「特尉、君たちの考案したムーバルスーツをトレーラーに用意してあります。急ぎましょう」

「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと一緒に避難していてくれ」

「特尉、皆さんには私と私の隊がお供します」

「少尉、よろしくお願いします」

「了解です。特尉方も頑張ってくださいね」

 

兄さんに続いて藤林のありがたい提案のことも含めて一礼する。

 

「それじゃあ、行って来る。また無事に会おう」

 

この言葉は深雪に向けたもの。ここで大きく出て来る原作との違い。それはお母様が生きていることにより、兄さんの封印の鍵を深雪が持っていないということ。だから必ず帰って来ると言外に告げ、少しでも深雪の不安を取り除く狙いがあった。

深雪も俺の言葉に気が付いたのだろう。小さく頷いたのを確認して、俺は無言で風間に続いて部屋を出る兄さんの後を追った。

 

 

 

 

 

独立魔装大隊は独立した作戦単位として「大隊」と位置付けられてはいるが、人数面では二個中隊の規模しかない。今回、元々は本来の任務である魔法技術を運用した兵器のテストの為に出動していた人数は、俺たちを含めて五十人。大型装甲のトレーラー二台に、その人数分の新装備が搭載されていた。

 

「――――どうかな、特尉」

「流石です。脱帽しました」

「設計通りですね」

 

ハンガーに掛かったプロテクター付きのライダースーツのような外観のツナギを前に真田と一緒に何度も頷く。最も、俺が頷いている理由は真田とは違い、ムーバルスーツのできではなく、外観のビジュアル面についてだが。原作のムーバルスーツは実用性の重視ばかりで見た目はあまり気にしていなかったので、設計段階で俺が手を加えておいたのだ。

 

「サイズは合っているはずだから、早速着替えてみてくれたまえ」

 

正直、このムーバルスーツを俺が着る必要はほとんどないのだが、安全性とテストを兼ねている為に文句を言えるはずもなく、さっさと着替えることにする。服を脱ぎ捨てムーバルスーツを着るとベルトをつけてフルフェイスのヘルメットを被る。そして最後に、制服のポケットから汎用型CADを抜き出し、念の為に用意しておいた二丁のCADを腰のホルスターに仕舞った。

 

「問題はないようだね」

『ええ、誤差は許容範囲内です』

 

答える兄さんの声が耳元から聞こえる。どうやら通信機がオンになっていたようだ。確認すると俺の通信機能もオンになっていたので、ヘルメットを操作してマスクを外す。

 

「防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器は元より、簡単なパワーアシスト機能も設計通りつけておいたよ。そして無論のこと飛行ユニットはベルトに仕込んである。緩衝機能と組み合わせて射撃時の反動相殺としても機能するように作ってあるから、空中での射撃も可能だ」

「お見事としか言いようがありません。自分たちが設計した以上の性能ですね」

「いや、僕も良い仕事をさせてもらったよ」

 

確かに真田の技術には感心するしかないのだが、正直な話、防弾、耐熱、緩衝、などの機能は全て魔法でどうにかできてしまい、俺が使うのは精々、飛行ユニットの機能くらいのものだ。

 

「真田、そろそろ気はすんだか」

 

今まで傍観に徹していた風間だが、そろそろ我慢できなかったのか、敬礼を返す真田をジロリと睨んでから話を本題に持っていく。

 

「では早速だが、特尉二人は柳の部隊と合流してくれ。柳の部隊は瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で敵部隊の足止めをしている」

「柳大尉の現在位置はバイザーに表示可能だよ」

「了解です」

「了解しました」

 

柳との相対位置を確認した俺と兄さんはトレーラーからでると、飛行魔法を発動して地面を蹴り、そのまま空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行魔法の出せる速度は熟練度によって決まる。当然だが、この魔法の製作者である紅夜と達也の二人の習熟が遅いわけがなく、空という障害物のない空間において、二人は車などよりもずっと早く柳の部隊のいる場所まで向かっていた。

しかし、障害物がないからといって油断は禁物というもので、紅夜と達也は空に飛び立ってから常に知覚魔法を展開し続けていた。それが今回は功を奏した形となった。障害物が存在しないはずの空で知覚範囲に一つの物体を捉えたのだ。

 

(あれは……)

 

紅夜が詳しく意識を向けて見れば、それは空から状況を確認する為の無人偵察機であった。さて、どうするかと考えていると、達也からのプライベートチャンネルでの通信が入る。

 

『上に回るぞ』

『了解』

 

達也の言葉からどのような対応をとるか察した紅夜は重力を制御して無人機の死角範囲である上空に上がる。そして達也と一瞬視線を合わせた紅夜は、ホルスターからCADを抜き取ると無人偵察機に照準を合わせ、引き金を引いた。

一拍の間もなく、刹那とも呼べる速さで無人偵察機が昇華したことを確認した紅夜は達也との通信を繋げる。

 

『何だ?』

『この偵察機、多分他にもあるだろうから一旦別れて潰してきていいか?』

 

こういった時に達也が無駄な時間を取られるのが嫌いなことを知っている紅夜は、無愛想と取ることができる返事に対して簡単に用件だけを伝える。こういった索敵面では紅夜よりも達也の【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】の方が効率が良いのだが、柳のいる戦場で負傷者が出た場合達也の【再成】が必要になると考えた為に紅夜自らが無人偵察機を潰しに回ると言ったのだ。

 

『……風間少佐に連絡はしておけよ』

『了解』

 

ほんの僅かな間の後紅夜と同じ結論に至ったのか、告げられた了承の言葉に紅夜は短く返事をすると、風間との通信をい立ち上げながら二人は別の方向へと飛翔した。

 

 

 

「――――つまり柳大尉が率いる隊の戦闘は終わっていると?」

 

紅夜は風間から告げられた「無人偵察機を撃墜した後は駅へと向かい避難民の脱出を護衛せよ」という命令に問い返す。しかし通信機の奥から響いた声は否定を示した。

 

『いや、未だ柳の隊は敵兵力との戦闘を継続している。だが、大黒特尉が合流したことにより戦況はこちらが押し返している為、すぐに戦闘は終わるだろう』

 

風間の言葉を聞きながらCADの照準を百メートル先の物体に定めると即座に魔法を行使する。

 

『そこで氷雨特尉には敵兵力を削りながら駅へと向かい、そこで柳たちと合流してもらいたい』

「成る程、了解しました」

 

既に五機目になる無人偵察機が焼失したことを視野で捉えると、紅夜は承諾の言葉を返して通信を切った。そして即座にCADを持った右手を真下へと向けると引き金を引いた。同時に下界の範囲百メートルから敵の姿が消滅する。既に周囲の状況は確認済みだった為に味方が巻き込まれている心配は万に一つもない。

 

「さて、ここから十分くらいかな?」

 

確認するように呟くと飛行デバイスへとサイオンを注ぎ、方向転換をすると駅へと向かって進みだした。

 

 

 

 

 

駅前ではいつ現れるか分からない敵に怯える民間人たちが小さな歓声を上げていた。それは彼らの不安をかき消すように大きな音を立てて一機の輸送ヘリが上空に現れたことが要因だった。雫の呼んだそのヘリは着陸しようと高度を落とし始める。そんな時にそれは起きた。

突如として飛来した黒い雲。空中から湧いて出た、としか言いようのない唐突な現れ方をしたのは、季節外れのイナゴの大群だった。

たかがイナゴといってもエンジンの吸気口に吸い込まれてしまっては大変なことになる。それに、こんな不自然な出現の仕方をしたモノが、自然の生物とは思えない。ヘリの迎えに来ていた雫は咄嗟の判断でCADを取り出していた。

空に向かって引き金を引く。

【フォノン・メーザー】による音の熱戦がイナゴの群れを薙いだ。

 

「数が、多い……っ!」

 

焼け死ぬのではなく、幻影のように消えていくイナゴの群れ。しかしそれは、黒い雲の一部をかき消しているに過ぎなく、ループ・キャストによって次々放たれる【フォノン・メーザー】は確かにイナゴの群れを焼いてはいるが、空を斬るように一時的なものでしかなく、少し見えた青空も端から黒く埋まっていく。

ほのかもそれに気が付いていたが、彼女の魔法はこういった迎撃には向いてない上に、雫の魔法と相克を起こす可能性もあり迂闊に手が出せない。

イナゴの群れがヘリに取り付く、と見えたその時、

 

 

全てを焼きつくす、灼熱の劫火が舞った。

 

 

黒い雲を成す大群が一瞬で燃え尽され、跡形もなく消え去った。

空を仰ぐ雫とほのか。遅れて異変に気が付いた真由美たちも同じように視線を上へと向ける。

そこには黒尽くめの人影が、漆黒の中で鈍く輝く紅いラインが刻まれたCADを右手に構え空に浮いていた。

 

「紅夜くん……?」

 

そう呟いたのは一体誰だったのか。

同じく黒尽くめのスーツに身を包んだ集団が飛来し、ヘリを守るように陣を組む。

ヘリは再び降下を開始した。

 

 

 

 

 

「化生体による攻撃を撃退しました。術者はどうしますか?」

『術者の探索には大黒特尉を向かわせる。氷雨特尉は他の者とヘリを護衛せよ』

「了解」

 

柳の指示を受けた紅夜は飛行魔法を操り陣形に加わりながら【叡智の眼(ソフィア・サイト)】で周囲を警戒する。

紅夜が化生体の術者について尋ねたのは、既に術式を見つけていた為にすぐにでも位置を割り出すことが可能だったからなのが、達也ならば術式を視たであろうから任せておけば問題はないだろうと判断した。

 

 

それから暫くして、雫たちを乗せたヘリが無事に飛び立ち、周囲を警戒していた独立魔装大隊も近辺のビルへと散らばった。残された市民たちにも安堵感が漂っている。そんな中、真由美の呼んだ新なヘリの到来を告げるローター音が鳴り響いた。

到着したのは軍用の双発ヘリ。雫が手配したヘリよりも一回り大きく、残りの市民全員が無事に避難できるだけの容量を持っていた。それにやって来たのは一機だけではない。双発ヘリに追従して、もう一機、戦闘ヘリが現れた。ようやくかと全員が安堵の息を吐いた時にそれは起きた。

 

「動くな!」

 

市民の中から一気に飛び出たかと思うと鈴音の首に腕をまき、もう片方の手でナイフを突きつける男。ビルの上からライフルが向けられたが別の男が前に出て手榴弾を持った手を突き出す。

 

「……成る程、この為の布石だったのですか」

「頭の回転がはや――――」

 

鈴音の言葉に僅かに優越感を滲ませながら答える男。しかし、その台詞を最後まで喋りきることはできなかった。

突如として舞い降りた夜。驚愕に声を発する間もなく闇を閃光が穿つ。そして重たいものが崩れ落ちるような音が聞こえると共に闇が引き、開いた視界に飛び込んだのは頭に小さな穴を空けて倒れ伏した男たちだった。

 

「何がっ……!?」

「……これは」

 

一瞬の間に起きた出来事に全員が混乱する。しかし、少しの混乱が過ぎ去った後冷静になった頭で先ほどの状況を思い返し、もう一度、今度は別の意味で驚愕した。

 

「この魔法は……」

「――――紅夜くん?」

 

真由美がこの魔法に思い当たり思わず呟くと、同じく気が付いた鈴音が反射的にその人物の名を呼びながら周囲を見渡す。だが、見渡した範囲では紅夜の姿を見つけることができない。一体どうやったのかと考え思い出す。紅夜が何かしらの知覚魔法を有していたことを。

 

「ありがとうございます」

 

だから鈴音は呟いた。知覚魔法とて万能ではない。例えこの状況を把握できたとしても、言葉を読み取ることができるかなど分からない。しかしそれでも感謝の気持ちが届けばと少しの希望を持って。

自分でどうにかできたなど野暮なことは言わない。いかにCAD無しでの魔法が優れているからといっても効力を発揮するのには時間が掛かるのだ。故に、精一杯の感謝を込めて呟いた。

 

 

 

「――――どういたしまして」

 

百メートル以上離れたビルの屋上で、そう言った人物がいたとかいないとか。

 

 

 




 
何だか書いてるうちに最後、鈴音からヒロイン感がでてましたが、この作品のヒロインは未だ一度も出ていないリーナです。間違えないで下さい(笑)

ちなみに氷雨という名字ですが、紅夜の使う魔法に対して捻くれている感じが個人的に気に入っています。
この名前の決め方は達也の、大黒→大黒天→シヴァ神というのと同じような決め方をしているので、よければ元となった神様を予想してみて下さい。

次回の更新は28日です。
この話が今年最後の、そして横浜騒乱編最後のものとなる予定です。

――――ヒロイン登場まで、あと少し!


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