追憶編です。
……追憶編、ストーリーを変えにくいので、書くのが難しいです。
追憶編Ⅰ
沖縄行きの飛行機の中、到着前のアナウンスが流れた為、弄っていた情報端末の電源を落とすとシートベルトを着用する。科学が進歩しているこの世界で着陸時に端末の電源を切る必要はない筈だが、これはマナーというものだろう。
さて、沖縄行きということで分かったかと思うが、ついに原作の追憶編に突入する。
幸いなことに10歳のころには体調がかなり改善してきて、今ではほぼ問題ないといえる程度まで回復している。
追憶編はこれからの兄さんの位置付けが決まるかなり重要な物語だ。それに原作通りだと桜井さんが死んでしまうだろう。そんなことは絶対にさせるつもりはない。病気の時に桜井さんにはお世話になったし、彼女の為にも原作を変えなければ。
回復が間に合って本当によかった。
そんなことを考えているうちに、着陸が終わっていた。
シートベルトを外すと隣に座っていた深雪と共に立ち上がり、母様―――深夜について飛行機から降りる。
母親のことを母様と呼ぶあたり、俺も四葉に染まってきたなぁ、などとくだらないことを考える。
兄さんがいないのは、俺たちがエグゼクティブクラスで、兄さんはノーマルクラスだからだ。
飛行機から降りると荷物を持って待っていた兄さんと合流する。
ちなみに深雪は原作よりは兄さんへの態度が優しい。理由は俺が兄さんに対して普通に接しているからだろう。
原作に影響がないか心配だが……まぁ、仲が悪いよりはいいか。
別荘に着くと先に来ていた桜井さんにお茶を入れてもらい、のんびりと休憩をとる。途中で深雪が兄さんと散歩に行ったが、俺は辞退させてもらった。
体調がよくなったといっても完治したわけではないので、あまり疲れるような真似はしない方がいいのだ。
それに、この後面倒なことがあるからな。
時間はもうすぐ6時。
今日はもうすぐ黒羽貢主催のパーティーがあるので、俺は自分の部屋で用意されていた服に着替えていた。深雪と兄さんもとっくに帰ってきていて二人もパーティーの支度をしている。
俺は着替えを済ませるとこれから始まるパーティーのことを考えて、一度だけ大きなため息を吐いた。
いくら四葉に慣れたとはいえ、元は普通の一般人なんだから、こういったパーティーはあまり気が進まない。ため息も吐きたくなるというものだ。
「叔父様、本日はお招き、ありがとうございます」
「ありがとうございます、貢さん」
パーティー会場に入ると、深雪と一緒に招待者である黒羽貢に挨拶する。まったくありがたいとは思っていないが、やはり建前というのは大事だろう。
「よく来てくれたね。深雪ちゃん、紅夜君。紅夜君は体の方は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。もうこのように出歩いても問題がない程には回復しましたから」
「そうかい、それはよかった。おっと、こんなところで立ち話もなんだな。ささ、奥へどうぞ。亜夜子も文弥も、深雪ちゃんと紅夜くんに会うのを楽しみにしていたんだよ」
ガーディアンの兄さんは入口で待たせ、俺と深雪は奥へと案内される。
「亜夜子ちゃん、文弥も、元気してたかい?」
奥へと入った途端、待ち構えるようにしていた二人に声を掛けてやると、嬉しそうに顔を輝かせこちらに駆け寄ってきた。
「深雪姉さま、紅夜兄さま! お久しぶりです」
「お姉さま、お変わりないようで。紅夜兄さまも御体の具合は如何でしょうか?」
「体の調子は最近かなり良くなってきたよ。心配してくれてありがとう、亜夜子ちゃん」
パーティーにしても少し気合いが入りすぎているのではないか、と言いたくなるような二人の服装に笑顔が苦笑いになりそうなのを抑える。
亜夜子ちゃんは深雪に対抗意識を持っているのだが、俺に対しては何故かそのような意識はないようで、本当に心配そうな様子で俺の具合を聞いてくる。それに対して精一杯の笑顔で答えてあげると、亜夜子ちゃんは顔を真っ赤にして照れていた。実に可愛らしい。
その後、貢さんの話に付き合わされる。内容としては亜夜子ちゃんと文弥の自慢話ばかり、親馬鹿も大概にしてほしい。
だが、それも長くは続かなかった。
「ところで深雪姉さま……達也兄さまはどちらに?」
文弥がそう質問すると深雪が指で示して兄さんの場所を教える。すると亜夜子ちゃんも目に見えてそわそわとし始めた。
まあ、二人とも兄さんのことを尊敬しているようだから仕方がないか。
「……えっと、どちらでしょうか?」
「あそこだよ」
どうやら亜夜子ちゃんは深雪のそれが文弥に向けられたものだと思ったようだ。そんな亜夜子ちゃんに俺が兄さんを指し示してあげる。
「達也兄さま!」
文弥は我慢できなかったようで笑顔で兄さんに向けて駆け出した。亜夜子はしょうがないといったような顔をしながらも、弾んだ足取りで追いかける。貢さんはその様子を微笑ましそうな表情で見ているが、内心は不満なんだろう。そのことをわかっていた兄さんが二人を上手く納得させて会場の外に出ていった。
その後は特に何があるわけでもなく、その日のパーティーは終了した。
パーティーが終わった翌日の朝。
俺はいつも通り早起きをすると部屋のカーテンを開ける。
前世ではあまり規則正しい生活をしていたとは言えなかったが、転生してからはずっと部屋に籠っている日々だったので、昼夜逆転しないように意識してやっていたことが今となってはすっかり習慣となっていた。
窓を開けて籠っていた空気を入れ替えると、大きく深呼吸をして自分の体調を『視た』。一通りチェックして問題がないことを確認すると、安堵から小さく息を吐く。
それにしても今日は随分と意識が冴えている気がする。……まあ、それも仕方ないかもしれない。何しろ今日は大亜連合の潜水艦が攻撃して来る日なのだから。
窓の外に見える海を眺める。
今も大亜連合の艦隊がこっちに向かって来ているのだろうと考えると、気が引き締まるように感じた。
朝からこんなことを考えても仕方がないと頭を振って意識を切り替えると、ふと庭に気配を感じた。
窓から覗き込むと兄さんが庭に出て身体を解していた。多分これから鍛錬を始めるのだろう。俺が見ていることに気づいていて無視しているのか、そもそも気づいていないのか。いや、兄さんに限って気づいていないなんてことはないだろうから、気づいていて無視しているのだろう。
……そう考えると何故だか無性に腹が立って来た。俺はその気持ちに逆らうことなく、兄さんの顏を驚きに染めようと一策案じることにした。
俺は一旦部屋の中に戻ると、荷物の中からブレスレット型の汎用型CADを一機取り出す。この汎用型CADは市販の物に俺が少し手を加えたものだ。
CADを右腕に装着すると想子サイオンを流し、開いたままの窓から身を踊らせた。そして空中で待機させていた魔法を発動して重力を操作すると、音もなく地面に着地する。
兄さんは『視て』俺が来たことに気がついたようで体をこっちに向ける。が、俺はその前に行動を開始していた。
着地と同時に新たに魔法を発動させ、ほとんどタイムラグをなしに発動した加速魔法により、兄さんが体を向けると同時に兄さんの顔に拳を突き出した。
しかし、突然のことにも関わらず、兄さんはわかっていたかのように突きを躱すとカウンターでボディを狙ってくる。だが手加減された攻撃は避けることは容易く、俺はさらに攻撃を繰り出した。
「おいおい、そんなに動いて体は大丈夫なのか?」
「ああ、今日は調子がいいから、ちょっと付き合ってよ」
そんな風に喋りながらも、激しく動きながら拳と拳を、時には蹴りを交える。
「それにしても、正直お前がここまで強いとは思っていなかったよ」
「まあ、地道に鍛えてたから、な!」
そう言って回し蹴りを繰り出すと、兄さんはしゃがむことでそれを避け、俺の軸足に足払いをかけてくる。それにより体制を崩すがの要領で立て直すと、すぐさま反撃を仕掛ける。
こうして兄さんとまともに戦えているのも、日々の努力の結果だ。病気だとはいえ将来、戦闘で魔法に頼りきりにはなりたくなかったので、体の調子を見て、少しずつ鍛えていたのだ。
そんなことを片手間に考えながら戦っていると家の中から深雪の気配を感じたので一旦飛び退いて距離を取る。兄さんも『視て』気がついたようで追撃してくることはなかった。
戦いに集中していて気づかなかったが、どうやらかなり時間が経っていたようだ。
「兄さん、そろそろ疲れてきたし次で最後にしよう」
兄さんも特に異論はないようで、黙って頷く。
重心を低くすると兄さんの挙動を一切逃すまいと集中する。兄さんも同じく構えをとるとジッと俺を見据えた。
そのままお互い膠着状態となり、一秒、二秒と時間が過ぎて行く。
そして、ちょうど十秒が経った時、強風がザッと木々の葉を鳴らした。
それを合図に俺と兄さんは同時に飛び出した。
一歩、二歩と距離を縮め、最後の一歩を踏み出す瞬間、俺は加速魔法の出力を一気に上げ、この戦いで初めて本気で踏み込んだ。
突然俺の速度上がったことで、兄さんが驚愕に目を見開き、そして……
ピタリとお互いの拳が全く同時のタイミングで顔の前で止められた。
「……引き分けか?」
「……そうだな」
そう言ってお互いに拳を下ろした。
「だが、戦術面では完全に負けたよ。まさか最後までの戦闘が全てブラフだったとは」
「でもそんなこと言ったら、兄さんは本気じゃなかったし、魔法も使ってないじゃん。
「それはもしもの話だろ」
俺と兄さんはお互いに勝ちを譲り合うが、俺はこの戦いに勝ったと思っていた。俺の戦闘方法は病気のせいで体力がないために、かなり魔法に依存しているところがある。しかし兄さんの言う通り、
何よりも最初の目的であった兄さんを驚かせることに成功したのだ。後半については一人勝負だったとはいえ、今回は完全に俺の勝ちだった。
兄さんとの戦闘を終えた後、激しい運動により汗をかいたので、シャワーで軽く汗を流して桜井さんが用意してくれた朝食を食べる。
ちなみに俺も料理ができるので、一度桜井さんに作ったことがあるのだが、桜井さんは何故か俺の料理を食べた途端に項垂れて、その後一度も料理を作らせてくれなくなった。
自分では不味いわけではないと思っていたのだが、口に合わなかったのだろうか?
食後の紅茶を飲んでいると、お母様の提案でクルーザーを借りて沖にでることになった。それまでの予定は特にないらしいので、俺は部屋に戻ってCADを弄ることにする。
そうと決めた俺はいてもたってもいられずに急いで部屋へと戻る。
…………横目で桜井さんに引っ張られていく深雪を見て、心の中で謝罪をしながら。
自分の部屋で一人CADを弄りに集中していると、この家の敷地内に気配を感じて一度作業を止める。集中して気配を探ると深雪と兄さんの気配を感じた。どうやらビーチから帰ってきたようだ。
俺は長年部屋に一人でいたからか、近くに来た人の気配を読む癖がついていた。別に不便とかそういうわけではないので構わないのだが、人間やればできるもんだ。恐らく兄さんが『眼』を使わないのなら、索敵能力は俺の方が優れているだろう。
そんなことを考えながらふと時計を見ると、既に正午に近い時間になっていた。どうやらCADを弄りに熱中しすぎてしまったようだ。そろそろ昼食の時間だろうと、そこらへんに散らばっている機材を片付けると部屋を出る。
昼食の時間には少し遅いが、タイミングとしてはピッタリだったようで、俺を迎えに来ようとした桜井さんと鉢合わせた。
その後昼食を食べ終わると部屋に戻り食後の休憩をすると再びCADを弄りだした。
◆
俺たちは予定通り桜井さんの手配したクルーザーに乗り込むと、北北西に進路を向けて出航した。
強い風を受けて予想よりも早い速度でクルーザーの上で風になびく自分の黒髪を押さえつけながら目を閉じ、風を肌で感じる。
そうしてしばらく風を楽しんでいると、突然、視界が赤く染まる。先ほどまで心地よかった空気がピリピリと肌を刺すようなものへと変じた。
来たか……
その言葉を声に出す代わりに一度大きく深呼吸をすると、閉じていた目を見開き、より一層冴えわたる目で沖を睨み付けた。
「お嬢様、紅夜様・・・、前へ」
そう言って兄さんは俺たちを庇うように前に出る。ここで俺がすることなど特にないので、兄さんの言う通り前に移動すると傍観に徹する。
予想通り特に俺が手を出すまでもなく、兄さんから放たれた魔法が魚雷をバラバラに分解した。
それを『視て』とりあえずこれ以上の危険はないと判断して、小さく息を吐く。俺がいることによって何か不測の事態が起きるかもしれないと思っていたが、どうやら今回は杞憂だったようだ。
その後、不審な潜水艦は姿をくらまし、後から駆け付けた国防軍からの事情聴取などがあったが、俺がすることなどは特になく、平和とは言えないものの無事に一日が終わった。
文才が欲しいです……