魔法科高校の劣等生 〜夜を照らす紅〜   作:天兎フウ

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夏ですね。暑いです。
作中の九校戦も夏に行われているはずですが、エンジニアの服が長袖だった記憶があるんですよね。
……暑くないんですかね?




九校戦編Ⅴ

 

 

 

九校戦二日目、今日は兄さんが真由美のCAD調整の為に呼ばれているので、兄さん抜きのメンバーでアイスピラーズブレイクを観戦することになった。花音が一回戦を最短で勝ち抜き、全ての一回戦が終了したところで兄さんも合流してアイスピラーズブレイクを観戦する。兄さんが急遽担当することになった真由美の試合が全て終了してから合流をしたのだが、アイスピラーズブレイクは大掛かりな舞台が必要になる性質上から一日かけて計十八試合をするのが限界なので兄さんも二回戦には余裕で間に合った。俺たちは五十里と一緒にモニタールームから花音の試合が開始されるのを待つ。

 

「始まる」

 

雫の呟きに俺たちは視線をモニターに向ける。

 

 

試合開始の合図と同時に地鳴りが響いた。それは花音の得意とする千代田家の魔法【地雷原】。地震という概念を持つ固体に強い振動を与える魔法、それが【地雷原】だ。それにより直下型地震に似た上下の爆発的振動が氷柱に加えられ、相手陣の氷柱がさながらビルが倒壊するように二本同時に轟音を立てながら崩れ落ちた。

相手の選手は移動魔法により移動速度をゼロにして氷柱を護ろうとするが、花音が次々に標的を変えながら発動する【地雷原】に魔法の切り替えが追い付かずにさらに氷柱が五本倒される。そこで防御を諦めた相手選手は攻撃魔法に切り替えた。

 

「あら?」

「なに?」

「?」

 

あっさりと倒れる花音の氷柱に、兄さんたちが意外そうな様子を見せている横で五十里は苦笑をしていた。

 

「思い切りがいいと言うか大雑把というか……倒される前に倒しちゃえ、なんだよね、花音って」

 

戦法としては間違っていないのだろうが、なんだかそれでいいのかと思ってしまうのは俺だけではないようで兄さんたちも横で何とも言い難いような表情をしている。そんな俺たちの視線の先で自陣の氷柱が六本になると同時に相手の氷柱が全て倒された。

 

 

 

三回戦進出を決めて意気揚々天幕に引き上げる花音に続き、俺たちも天幕に入る。だが、中に入った俺たちは重苦しい空気を漂わせている作戦スタッフたちに眉を顰めた。

 

「何かあったんですか?」

 

俺たちを代表して五十里が比較的いつもの雰囲気を保っている鈴音に尋ねる。

 

「男子クラウドボールの結果が思わしくなかったので、ポイントの見直しを計算し直しているんですよ」

「思わしくなかったといいますと……」

「一回戦敗退、二回戦敗退、三回戦敗退です。来年のエントリー枠は確保しましたが、計算外でしたね」

 

確かに他の競技に比べて男子クラウドボールでは実力者が不足していたが、それでも優勝は十分に狙えるだけの布陣ではあったはずだ。なのに一、二、三回戦で敗退するというのは偶然とは言いがたい。もちろん対戦相手の組み合わせのくじ運が悪かったというのが理由なのだろうが、無頭竜が裏で工作していることを知っている俺としては奴等が何かしら仕組んだ結果ではないかと予想している。

 

「新人戦のポイント予測は困難ですが、現時点でのリードを考えれば、女子バトルボード、男子ピラーズブレイク、ミラージ・バッド、モノリスコードで優勝すれば安全圏と思われます」

 

作戦スタッフの計算が報告されるが、その計算は少し甘いと言わざるをえないものだった。克人や真由美、摩利が優勝することを信じているのだろうが、その三人に何かアクシデントがあった場合、今の作戦はすぐに総崩れになってしまう。事実、原作では摩利が怪我でリタイアした結果、計算は崩れ新人戦の活躍なしでは優勝は不可能だった。

今回も俺がいるから原作よりはポイントが取れるかもしれないが、無頭竜の妨害がさらに激化する可能性も否定できない為、安心することはできないだろう。俺のCADは自分で設計から調整まで行ったものなので、視ればすぐに電子金蚕は分かるが他の手段を用意している可能性だってあるので、気を抜くことはできないだろう。少し準備をしなきゃいけないかもしれない。

俺はこれから起きることを考えて気を引き締めた。

 

 

 

 

 

時刻はまだ夕食前。時間が有り余っている俺は暇つぶしに兄さんの部屋に向かうことにした。同じく兄さんの部屋に行くと言う深雪も加わり、どうせならということでいつものメンバーに声を掛けて全員で兄さんの部屋に向かうことになった。

兄さんの部屋の前に着くと深雪がドアをノックする。すぐに出てきた兄さんに入室の許可をもらうと深雪に続きぞろぞろと大人数で部屋に入る。いくらツインの部屋だとはいってもこれだけ大人数が入れば少し手狭に感じるというもので椅子やベッドに座る人もいれば机に座る人物も若干二名ほどいた。それが誰だとは言わないが。ただ、机に置いてあった「剣」に真っ先に気が付いたのは俺だったことを明記しておく。

 

「兄さん、もしかして完成したのか?」

 

机の上に置かれた剣が何かを理解した俺は多少の驚きを含めて兄さんに問う。

 

「ああ、向こうが随分頑張ってくれたようだ」

 

続けて「遊びだと言ったんだけどな」と少し呆れをにじませた兄さんの言葉に俺も思わず苦笑する。

当然、俺たちがこんな話をしていれば好奇心を持つというもので、その好奇心を隠そうともせずにエリカが机の上の剣に目を付けた。

 

「達也くん、これ……もしかして法機?」

「正解。より正確には、武装一体型CAD。武装デバイスという言い方もするな」

「へぇ……」

 

兄さんの説明にエリカだけでなく、雫やほのかも興味深そうに視線を向けている。反対に幹比古と美月はあまり関心がないようだ。深雪は兄さんから話を聞いていたのだろう「ああ、それが」と納得のいった表情をしている。残りの一人、レオは本当は触りたそうだがエリカに妙な対抗心を燃やしているのか必死に興味の無さそうなふりをしている。それを見た兄さんは人の悪い笑みを浮かべ、試作機をレオに放り投げた。

 

「おっと! 達也、危ねぇじゃねえか」

「試してみたくはないか?」

「え、オレが?」

 

兄さんの言葉にレオの顔が一瞬にやける。隣でエリカが「分かりやすいヤツ……」とでも言いたげな顔をしていたがレオは手元のCADに夢中で気が付いているようすはない。

 

「これは達也が作ったのか?」

「ああ、紅夜にも少し手伝ってもらったがな」

「ちょっと待って」

 

兄さんがレオに小通連の説明をしていると会話に幹比古が割り込んできた。興味が無さそうだったが、どうやら話は聞いていたようだ。

 

「渡辺先輩の試合は昨日だよ? それをたった一日で作ったのかい? 有り合わせのものには見えないけど」

「部品自体は有り合わせだが? 外装もありきたりの合金で特別な素材は使ってない」

「でも、まさか手作りじゃないだろう? そんな暇もなかったはずだし」

「それは当然だろ。兄さんが考えた魔法に俺が設計図を引いて知り合いの工房の自動加工機で作ってもらったんだよ」

 

途中、知り合いの工房と言ったところで深雪が吹き出しそうになったが何とかこらえていた。

 

「さて。レオ……試してみたくないか?」

 

悪い顔で兄さんがまるで悪魔の囁きのような魅力的な提案をする。

 

「……いいぜ。実験台になってやるよ」

「堕ちた」

 

雫の呟いた一言が俺たち全員が抱いた気持ちを代弁していた。

 

 

その後兄さんはレオにHMDを渡しマニュアルを覚えさせたが、夕食の時間になっていたので、そこで一旦切り上げてテストは夕食後に行うことになった。場所は九校戦会場外の屋外格闘戦用訓練場を借りてテストすることになった。これは兄さんの手配ではなくエリカのコネである。

訓練場はホテルから歩いて三十分以上の距離がある山の中。昼間ならともかく今は夜。そんな中に女子組を連れて来るのはさすがにどうかということで、深雪はほのかに、エリカは美月に監視させてホテルに残ってもらった。なので、訓練場にいるほかは俺と兄さんにレオの三人だけだった。兄さんが記録用の情報端末を持ち、レオが小通連を使ってテストを行った。

結果は問題なく成功。実用性は少ないといっても新なデバイスは十分な成果を確認できた。さらにこのテストで俺の頭の中に面白いアイデアが浮かんだので、俺にとってはとても有意義な時間だった。

 

 

 

 

 

九校戦三日目。ピラーズブレイクとバトルボードが行われるこの日は九校戦の前半のヤマと言われている。そして原作知識によれば、今日の女子バトルボードで摩利の事故が起こるはずだ。

俺たちは女子バトルボードの会場に陣取りスタートを待つ。途中、真由美に連れて行かれた兄さんが帰ってきたのはスタートぎりぎりの時間だった。兄さんが席に座ると同時に選手たちがスタートの姿勢を取る。

 

「美月、この試合の間メガネを外していてくれないか」

「え?」

 

突然の発言に美月が疑問の声を上げ、全員の視線が俺に向く。これはもちろん、これから起こる摩利への妨害を考えてのことだ。美月がメガネを外したところで摩利の事故は防げないだろうが、犯人への手がかりは掴めるはずだ。原作知識がばれるようなことはしたくないが、この程度なら直感ということで誤魔化せる。

 

「あの……何かあるんですか?」

「分からない。けど、少し嫌な予感がするんだ」

 

俺の言葉に全員の頭上に疑問符が浮かぶが、兄さんと深雪だけは真剣な表情をしていた。

 

「美月、紅夜の言う通りにしてくれ」

「えっと……はい、分かりました」

 

兄さんの後押しもあり、美月はメガネを外す。外した途端に少し顔を顰めるが少しすると力が抜けた。

 

「紅夜くん、急にどうしたの?」

「きっとすぐに分かるさ。……何もないに越したことはないけどな」

 

エリカが俺の答えになっていない返答に訝し気な顔をするが、これ以上答える気がないと分かったのか、あっさりと引き下がった。

その時レディの意味を示すブザーが鳴った。観客席が静まり返る。そして二回目のブザーが鳴り、スタートが告げられた。

 

摩利が先頭に躍り出る。しかし今までと違うのは摩利のすぐ後ろに二番目の選手がついていることだ。

 

「やはり手強い……!」

「さすがは海の七校だ」

「去年の決勝カードですよね、これ」

 

二人が魔法を打ち合い水面が激しく揺れる。差は開かぬまま、ついに鋭角コーナーへと差し掛かる。それを確認した俺は【叡智の眼(ソフィア・サイト)】を使用した。

そして、コーナーを曲がる為に七校選手がCADにサイオンを流し込むと同時に、俺の眼がCADに起きた異常を確かに視た。

 

「あっ!?」

 

やはり来たか! 俺が内心で吐き捨てると同時に観客席から上がる悲鳴。俺たちが見ている先では七校選手が大きく体勢を崩していた。

 

「オーバースピード!?」

 

誰かが叫ぶ。事実、確かにそう見える。七校選手のボードは水を掴んでいない。止まることができない七校選手はフェンスに突っ込むしかないように見える。――――前に摩利がいなければ、だが。

自分に突っ込んでくる七校選手に気が付いた摩利の対処は素晴らしいものだった。前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替える。水路壁から反射してくる波も利用して魔法と体さばきを上手く使いボートを反転させる。さらにマルチ・キャストを使い、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、自分が相手を受け止めた衝撃を緩和する為に加重系・習慣性中和魔法の二つの魔法を行使する。

これで助かる。誰もがそう考えた瞬間、水面が不自然に沈み込んだことがエイドスに記録されるのを俺の眼が捉えた。

小さな変化ではあったが、ただでさえ百八十度ターンという高等技術を駆使した後だ。摩利が無理に行った体勢変更は、浮力が失われたことにより大きく崩れた。それにより魔法の発動にズレが生じる。

七校選手のボードを吹き飛ばすことには成功した。しかし慣性中和魔法を発動するよりも早く、七校選手が摩利に衝突した。そのまま二人はフェンスに向かって吹き飛ばされる。観客席から大きな悲鳴が上がり、レース中断の旗が振られる。摩利は七校選手とフェンスに挟まれるように吹き飛ばされ、フェンスを打ち破り少ししたところで倒れている。遠くからなので詳細は分からないが、頭から血を流していてとても意識があるとは思えない。

 

 

「行ってくる。お前たちは待て」

「俺も行く」

 

俺は兄さんの言葉に被せるように発言する。ただでさえ事前に防げた可能性もあり、ある程度は罪悪感があるのだ。それに俺は兄さん程までは怪我に詳しくないが、眼を使えば大抵のことは分かるし、治療魔法は大会委員よりも使える自信がある。兄さんもそのことを理解したのか一つ頷いて了解の意を示した。

 

「じゃあ行ってくる」

「分かりました」

 

もう一度深雪を落ち着かせるように言うと、俺と兄さんは人混みの間を眼と体さばきを使って、ものともせずにすり抜けて摩利のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 




 
あと少しで紅夜の出番です。
めちゃくちゃ暴れさせたいんですが、競技で使う魔法が思いつかない……


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