呼び止められた私は恐る恐る振り向く。するとそこには、見知らぬ女性が立っていた。
「いきなり呼び止めてしまってごめんなさいね。あなたに少し聞きたいことがあって」
そう言うと、女性はこちらに歩いてきた。しかし、知らない人を近づけることには抵抗があるため、少し怯えながらも近づくのを止めるように言った。
「こ、こっちに来ないで。あと……聞きたいことがあるなら、まずは私の質問くらい、こ、答えてもらっていいでしょ」
私がそう言うと、女性は少し考える素振りを見せてから、
「う~ん……それもそうね。で、何が聞きたいのかしら?」
と、交渉に応じてくれた。
まずは、相手のことを知ることが優先的なので、私は一呼吸おいてから、ごく普通の質問をぶつけてみる。
「貴方はだれなの?」
「私は八雲 紫。ちなみに、スキマ妖怪よ」
「妖怪……?」
いきなり妖怪だと言われて動揺してしまう。
私はもとより妖怪なんてものは信じていない。だが、先ほどの自分の尻尾を見た時から、信じずにはいられなかった。
そんな中、動揺してる時につい、口が滑ってしまった。私はその時に、なんでそんなことを言ってしまったのか自分でもわからない。ただ、言いたかったのだ。
「で、その妖怪が私になんかようかい?」
…………。
不意に口から出た言葉が、時間を止めたように感じた。言った後に後悔と恥ずかしい気持ちがこみあげてくる。
(あ……あぁぁぁ! 言ってしまったぁ! 恥ずかしいって! 恥ずかしすぎるよ!)
自分で言うのも何だが、恐らく私の顔は今真っ赤であろう。
(言ってしまったから変な状況になってる! この状況どうしよう! 自分でまいた種とはいえ、これはひどすぎるって!)
……数秒が何分かに思えるほどの長い沈黙が続く。
(あぁ……! これは怒らせちゃったよ! 馬鹿にされたと思って絶対怒ってるって……)
そう思った次の瞬間。
「あっはははは! うふふ……ふふ!」
(え?)
「ふふっ……! な、なかなか面白いことを言うじゃない……! 妖怪と、ようかいを掛け合わせるなんて……!」
意外な展開に空いた口が塞がらない。まさか笑うなんて思ってもなかった。
――八雲 紫が笑うこと数分――
「ふ~……なかなか面白かったわ。で、質問はもういいかしら?」
(あんなので数分も笑い続けられるもんなの……)
しょうもない疑問が残るが、そんなことを考えてる暇はないので、話を続ける。
「……はい、ありません」
「じゃあ、今度はこっちが聞く番ね」
八雲 紫はそう言うと一呼吸おいてから、
「あなたここら辺で狼を見なかった?」
と、聞いてきた。
柊は、場の空気が重くなったのを感じた。
「狼……ですか……え、えぇ、見ましたよ。でも、目を閉じたらいなくなっていて」
「そう……目を開けたらいなくなってて、今の現状と……ならあれしか考えられないわね」
「え? あれって何ですか?」
「恐らくその狼、あなたに憑いてるわ」
「え? どういうことですか?憑いてるって……」
「あなたと対峙したその狼は幽霊だったの。こう言ってしまうのは申し訳ないけど、もう死んでるってことね。でも、何か未練が残っていたのかしら。霊の状態でうろついていたから、保護したのだけれど、逃げてしまったの」
「そうだったんですか……」
「それで逃げている途中にあなたにあって、多分あなたに取り憑いたのだと思うわ」
「そんな状況だったんですか……でも、なんで私にとり憑いたんでしょう……」
「ごめんなさいね。それは私にも分からないわ」
「そうですか……」
「まぁ、とり憑いたって言える根拠はあなたに付いている耳と尻尾ね」
「え? 耳と尻尾ですか?」
尻尾はわかっているが、耳と言われたため、自分の手を耳にやって見る。
(耳って言われてもそんな変わってるはずなんて……)
しかし、もとあった耳の場所に耳はなく、頭には違和感があった。
頭に手をあててみると、そこには、ピコピコと動く耳があった。
「えぇ!? なんでこんなところに耳が生えてるの!?」
「あら、気づいてなかったの?」
「はい……」
「あなた本当に面白いわね」
紫にクスクスと笑われてしまう。
「そうですか……で、私ってとりつかれてるんですよね? それって大丈夫なんですか?」
「どういう意味かしら?」
「その、体が乗っ取られて勝手に動く~とかって……」
「あぁ、そういうことなら心配はいらないわ。その狼は悪いことしないみたいだし、残念だけど、もう長くはないみたいね……そうね、考えられる理由としてはもう長くはないから、最低でも魂を残すためにとり憑いたのかもしれないわね……」
「そうなんですか……」
「それはそれでいいけど、あなたこれからどうするの? 普通の生活には戻れないでしょう?」
「あっ……」
言われてみれば確かにそうだ。こんな、耳と尻尾がついている状態で普通の生活に戻ったら、どうなるかわかったもんじゃない。
「そうね……困ってるなら……あなた面白いし、もしよかったら幻想郷に来ない?」
「幻想郷……?」
「そうよ、あなたのような妖怪たちがいる世界よ」
「え……私っていつ妖怪になったんですか?」
「狼が消えたときからよ。憑かれたとは言ったけど、その狼の全てがあなたの中にあるわけだから、あなたは狼と同化したのと一緒よ。だから妖怪になったも同然なの」
「そうなんですか……」
人間ではない。
そう遠回しに言われた発言には、恐ろしいほど威圧感があった。
……もう人間として生きていくことができない。
「その幻想郷ってところには、私と同じような種族とかいるんですか……?」
「そうね、あなたは恐らく白狼天狗だから、山にいると思うわ」
「わかりました」
人間として生きていけない。妖怪になってしまったのなら、妖怪として生きていく。それが今ある私の道ならば、進むしかない。
もう後戻りはできないのだから……。
「お願いします。私を幻想郷に連れて行って下さい」
覚悟は決まった。私はここから新しい道を進む。
「そう、分かったわ。じゃあ、あなたの準備が出来たら迎えにいくわね」
「分かりました」
そう言って八雲 紫と分かれた。
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私は早くに、両親をなくしていた。だから、私の家にはおばあちゃんしかいないため、「大学だから、一人暮らし始める」と言っておいくだけで大丈夫だろう。
「もういいかしら?」
「はい。もう何もありません」
必要最低限のものを持ってそう言った。
「じゃあ、行くわよ」
そういって八雲紫が手を出すと、そこに空間の裂け目のようなものが現れた。
「ここを通って行くわ。さぁ、入って」
私は深呼吸をしてから、その空間の中に足を踏み入れた。
とても長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
次回からは章が変わります。今後も精一杯書いていくので、よろしくお願いします。