僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。   作:楠富 つかさ

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番外編 バレンタインデー

 ここで少し時を戻そう。三年生の追い出し会――三年生を送る会だったり三年生に贈る会だったり普通に送別会と呼ばれたりする二月下旬のあのイベント――の準備をしていた頃。希名子ちゃんとも話していたけれど、女子の一大イベントであるバレンタインデーを目前に控えた週末。私は延々とテンパリングの作業をしていた。今までは麻琴と家族の分くらいしか作っていなかったが、今年はいっそクラス全員分くらいのチョコを用意するつもりだ。流石に個別で包装するのは麻琴に明音さんや初美さん、千歳ちゃん、もなかちゃんの分くらいで、他のクラスメイトのはタッパーか何かで用意するつもりだ。さらに希名子ちゃんたち家庭科部員のチョコレートも用意するつもりだ。準備の合間に食べるからこちらもタッパーの予定。姉はチョコレートを作らないから、キッチンは独壇場なのだが今年はある異変が。

 

「お姉ちゃん、その……俺も、チョコ作ってみたい」

 

 キッチンに夏希がやってきた。夏希はずっと私と麻琴の関係を拗らせたことで申し訳なさそうにしていたが、年明けくらいからは少しずつ関係性も落ち着いている。とはいえ、思春期ということもあり以前の兄弟としての関係性からは少し距離があるのだが。

 

「その、姉さんに恋人が出来たらお姉ちゃんと麻琴さんの関係を認める……みたいな流れになっているって聞いて、なら俺に彼女が出来てもいいのかなって。前々から気になっていた女の子がいて……」

「夏希がそこまで考えなくてもいいのに」

 

 でもなんだか、シスコンに思えてならなかった夏希にもちゃんと気になる人がいるというのは少し安心。しかもその人に逆チョコを贈りたいなんて……。よくよく考えたら男子が女子にチョコレートを贈るのって、けっこう特別なことなんだよね。麻琴に毎年あげてたから、そういう感覚がちょっと乏しいのだけれど。

 

「もう何度も言ってるけど、私と麻琴がちょっとぎくしゃくしたのは夏希のせいじゃないし、世間的に少しずつ偏見が薄れているけれど同性の恋愛ってまだマイノリティだし……そもそも私はある日突然性別が変わっちゃったわけで、家族と麻琴だけがそれを知っているけど、全員が知っているというか……認識していたら今頃ニュースになっちゃってたよね。あ、話ズレた。その……夏希に好きな人がいるなら、私らどうこうとか抜きにして、真剣に取り組んで欲しいって言うか、難しいね」

 

 私のまとまらない言葉にも、夏希は真剣に耳を傾けてくれた。そして真剣な眼差しのまま言葉を紡ぐ。

 

「お姉ちゃんと麻琴さんがどうこうっていうのは、キッカケにすぎないっていうか、自信がないんだ。ミサキっていうんだけど、その子に気持ちを伝えてどうしたいのか、分からない。その子は女バスのエースで、小さい頃からバスケ一筋なんだ。俺に振り向いてくれるか分からない。小学生の頃はバスケが強いから好きだった。でも中学に上がって、ことあるごとに可愛いって思うようになった。同じ高校に行けるか分からない。もし別々のってなったらあと一年しかない。後悔したくないよ……だから、ちゃんと伝えたいって思ってる。そのためにもう一つキッカケが欲しくて、だからその……チョコレートを作りたい」

 

 夏希がここまで本気で恋愛してて、その相談を私にしてくれることが嬉しかった。もし兄のままだったら相談してくれただろうか。してくれるのかもしれないけれど、ここまで赤裸々に語ってくれただろうか。しかしその感動のあまり、私は一つ重要なことを忘れていた。今まさに、私はチョコレート作りの最重要過程であるテンパリングの最中であるということだ。湯はすっかり冷め、チョコレートも固まりつつある。何度も溶かして固めてをしてしまうと本来持つ水分が抜けてしまうので使い方が狭まってしまう。

 

「あ、ごめん。もっと早く何なら昨日のうちに言っておくべきだったよね。ど、どうしよう?」

「うーん、チョコ買い足そっか。夏希の作る分も必要だし。このチョコはブラウニーにしちゃうか、あるいはお姉ちゃんに食べさせるか、かな」

 

 さっきからちらちらとこちらを覗く視線に私は気付いていた。夏希は背中を向けているから流石に気付かない様子だが。

 

「ねえその扱いの悪さはお姉ちゃん泣いちゃうなぁ」

「うげ、姉さんいつから……?」

 

 キッチンに入ってきたお姉ちゃんに夏希が驚く。お姉ちゃんには聞かれたくなかったかな? まぁ男の子の気持ちは……いや分かるよ。分かるはずなんだけどなぁ……。でもお姉ちゃんはちょっと冷やかしそうな気がしちゃったのかな。

 

「その反応も傷つくなぁ。まあいいや、そこのチョコはブラウニーにしてよ。どうせ食べるなら美味しい方がいい」

「お姉ちゃん自分でも作れるんだし、作っておいてよ」

「えぇ~やだ~。だって、どうせ食べるなら美味しい方がいいじゃん」

 

 姉は器用で大抵のことを出来るわりにはしないから困った人だ。

 

「じゃあこうしよう、私が追加のチョコを車でちゃちゃっと買ってくるから、二人は残ってるチョコで作り方を教える。どう?」

 

 まぁそれでいいかと夏希と合意がついたので、姉を見送り私は残ったチョコレートで刻んでから湯煎しうんぬんかんぬんと説明をしながら、夏希が作りたいというバスケットボール型のチョコレート作りを始めるのだった。


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