僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
三学期は大きな行事も少なく、まったりと進んでいった。冬休みの課題がテスト範囲になる実力テストで、麻琴がようやく100位を切ったのが一番のサプライズだったかな。初美さんが200位近い危険域にいて明音さんに滅茶苦茶怒られたのはここだけの話。
「そろそろバレンタインだね」
部活の時間にそんな話題を振ってきたのは希名子ちゃんだった。
「和菓子屋さんでもバレンタイン気にするんだね?」
もうすぐ二月ということで、バレンタインの話題がぽつぽつと浮かぶ頃合。ただ、希名子ちゃんが言い始めだとは思っても見なかった。てっきり芙蓉先輩辺りが部活の話として切り出すものだと。
「確かに、うちでバレンタインのフェアはやらないけれど、お義兄さんのお店でね。手伝いに呼ばれるの」
そういえば、希名子ちゃんのお姉さんは和菓子に嫌気がさしてケーキ屋さんに嫁いだって聞いたことがある。ケーキ屋さんならバレンタインはとっても忙しくなりそうだ。
「ユウちゃんは、麻琴ちゃんにチョコ作ってあげるの?」
「まぁね。毎年の恒例行事だから」
希名子ちゃんには言えないけど私が男の子だった頃からの恒例行事なのだ。麻琴にはチョコを湯煎することも出来ないと思う。
「今年はあげる人が多いから気合入っちゃうね」
麻琴、明音さん、初美さん、希名子ちゃん、千歳ちゃん、先輩たちにもあげたい。センター試験も終わって三年生たちはほとんど登校してきていない。……あまほ先輩にもあげたいのになぁ。
「みんな、ちょっといいかな。今日の部活は話し合いにさせて」
ちょっと急ぎ気味で扉を開けたのは芙蓉先輩だった。教壇に立って話し始めたのはあと一ヶ月程で訪れる卒業式のことだった。総練習が行われる2月下旬に三年生のための食事会を開こうということにしたいそうだ。もちろん全会一致で賛成となった。そして、部員全員の手作りで料理を揃えたいというのも賛成となった。
「じゃあ、さっそく何を作るか決めようか」
二年生の先輩は芙蓉先輩ともう一人、九重先輩しかいない。二人の先輩を中心にまずは各々の得意料理を発表していく。
ハンバーグ 餃子 唐揚げ 出汁巻き玉子 煮魚 コロッケ
六人の部員それぞれの得意料理がルーズリーフに書かれていく。出汁巻き玉子は希名子ちゃんの得意料理だ。
「煮魚は量を作るのが難しそうね……まぁ、私のハンバーグも大きさによるけど」
芙蓉先輩が困り顔だ。確かに他の料理はある程度の量を作ることができるけど、煮魚は時間もかかるし大変そうだ。
「炭水化物は必要でしょうか?」
希名子ちゃんが芙蓉先輩に尋ねる。確かに、おかずばかりだと……ただ、軽食メインなのかがっつり食べられるのがいいのか、それもよく分からない。
「そうね、三年生5人分の主食も考えなければ……。一応、炊飯器はあるから……」
「一番の懸念はね、残った部費で十一人分の食材を揃えられるか、なのよ」
主に会計を担当している九重先輩から苦い一言が加えられた。部費の大半を文化祭で消費するのが文化部の基本的なスタイルだ。今年の場合は衣装代がほぼ無料だったため、浮いたお金があったものの、それと売り上げを足しても十一人分というのはなかなか苦しいかもしれない。
「在校生は給仕に専念する、それじゃダメなんですか?」
煮魚を却下された美夏ちゃんが先輩たちにきく。
「一応、ひき肉は安く出来ますけど」
家が精肉店を営む千恵ちゃんが、ルーズリーフに書かれたハンバーグ、餃子、コロッケの部分を指しながら言った。確かに、ひき肉が沢山必要なメニューだ。
「叶うことなら立食形式がいいし、全員で同じ時間を共有したいじゃない? あと、肉ばかりというのも良くないからハンバーグはやめようと思うの」
立食形式かぁ。確かに、その方が気楽な感じだし話しやすそうだ。芙蓉先輩がハンバーグの文字の上から二本線を引いて却下と書き込む。几帳面な字だ。五つになったメニュー案を見て閃いた。
「ボクの唐揚げを下げていいですか? コロッケと油を兼用できないし、だったらロールキャベツの方がいいかなって」
ボクがそう言うと、芙蓉先輩も頷いて唐揚げを却下してロールキャベツを書き足した。お弁当のメニューにならないから作る機会は唐揚げより少ないけれど、ボクの得意料理の一つだ。
「西村さんからひき肉を仕入れることは確定ね。お願いします」
九重先輩が千恵ちゃんに頼むと、千恵ちゃんは任せてくださいと返事をした。
「やっぱりご飯が必要ね。おにぎりでいいかしら?」
言いながら芙蓉先輩はルーズリーフに書かれたメニューの上におにぎりと書き足した。
「お米は私が用意するわね」
「あうぅ、私は何をすればいいのでしょう?」
作るものが決まっていない美夏ちゃんが困ったような声を上げる。
「おにぎり、任せていいかしら?」
「はい!」
「取り敢えず、今日はこれくらいにしましょうか。外はもうかなり暗いですし」
結構な時間を話し合いに割いていたようで、一月末の空はもう真っ暗だ。
「それじゃ、お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
リュックを持って第二調理室を出ると、廊下の先に麻琴が見えた。
「おーい、悠希!」
軽やかな足取りでボクに駆け寄ってくる麻琴。
「部活が終わったばっかりだから迎えにきちゃった」
「ありがとう。じゃ、帰ろうか」
暖かな気持ちに包まれながら、群青色の空の下をちょっとだけゆっくりなペースで歩く。この温もりに出来るだけ長く包まれていたいから――――