僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。   作:楠富 つかさ

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#42 夏祭り 前編

 それは夏休みも終盤、麻琴がボクの家に泊り、家に帰っていった数日後だった。

 

「悠希、お祭に行こうよ」

 

いつものようにファッション雑誌を読んでいる時に鳴った威風堂々のメロディ、幼馴染みの雛田麻琴からの電話だった。開口一番に地区で行われるお祭に誘われたのだが、どうして泊まっている時に言わなかったのだろうか。それに、

 

「ボク、浴衣持ってないし……」

「小母様に言ってみれば? なんとかしてくれるでしょ」

 

まぁ、母に言えば浴衣の一着くらい工面してくれそう……いや、自作しそうだ。それも、寝る間を惜しんでまで。

 

「でもなぁ……」

 

その時だった、コンコンと私の部屋のドアがノックされたのは。我が家で入る前にノックしてくれるのは母だけだ。そもそも、父は家にいる時間のほうが少ない上に、女の子になったボクの部屋に入ってくることはない。さて、母が何の用だろう?

 

「麻琴、少し待っていて。どうしたの、お母さん?」

「悠希の為の浴衣が完成したんだけど、着ない?」

「麻琴、聞えた? お祭、行ってあげてもいいわよ」

 

ハンズフリーにしたスマホ越しに麻琴にも聞えただろう。お祭、確か明後日だったような……。

 

「じゃあ、明後日の……夕方四時にそっち行くね」

 

そう言って電話は切られた。家からお祭の会場まで、それなりの距離があるが、まぁいいか。去年は受験でお祭の気分でもなかったし、一昨年は雨で中止だったっけ。ということは、三年ぶりかぁ、ちょっと楽しみになってきた。

 

「じゃあ、浴衣は当日のお楽しみにとっておきましょう」

 

そう言って母はリビングへ戻っていった。そういえば私、浴衣の着付けなんてできないよ? あと、和服の時って下着はどうすればいいんだろう?? え、知らないことが多すぎる……。

 

 

 いろいろ調べた結果、取り敢えずブラは線がくっきり見えてしまい、みっともないのでしない方がいい。パンツは穿いても目立たないから大丈夫。ということが分かった。

 

「で、これが悠希の浴衣、可愛いでしょ?」

 

そう言って母が見せてきた浴衣はいわゆる……なんだろう。モダン系? 上下一組なのだが、丈がみじかく、ミニスカ状態。というかフリルで装飾されていて、和風のロリータ服にも見える。どちらかというと明音さん向け。カラーリングは濃紺を基調にしていて、満月と水の波紋、鯉や金魚が描かれていて日本画のような雅やかさなのだが、やっぱりミニスカにフリルなのだ。まぁ、実際に着てみるとスカートは留め金で固定できるので着崩れは絶対にしないだろうし、足元まで丈がないので歩きやすいのは事実だ。そして帯である。朱色の帯なのだが、背中の方には真っ赤なリボンが差し込まれている。母が言うには、これを付けないと完成されないらしい。まぁ、リボンを外せば普通の浴衣にも使いまわせるらしい。袖の方は姫袖になっていて、白いレースで縁取りされている。全体的に着心地もいいし、胸の部分もブラをしないことを前提に作ったらしく、他とは違う布地になっていて、擦れて痛い思いはしないで済みそうだ。ちなみに、足元は素足ではなく、足指の部分が足袋のようになっているニーハイを穿いている。こちらは真っ白に朱のリボンが付いていて、縁日っぽくてめでたい感じだ。最初は批判的な目で見ていたゴシックな浴衣だが、着てみると可愛さや着る人への心遣いが分かる。流石は母の手がけた浴衣だ。

 

「ありがとう、お母さん。これ凄く可愛い!」

「当たり前よ、私が作って貴女が着ているのだもの」

 

母がそう言ってくれたのが、とても嬉しかった。

 

 

「悠希、少し早かったかな?」

 

着付けを終えて少し経った時、玄関から麻琴の声がした。確かに少しだけ四時まで時間はあるが、今は浴衣姿を麻琴に見せたかった。

 

「麻琴、どう?」

「ぬぉ!! 流石は悠希、最高に可愛いよ」

「当然なんだから」

 

実際に褒められると少しだけ恥ずかしくなって、プイっと顔を背けた。その時少しだけ髪の毛の先が首を掠めた。あ、この格好だからとツインテールにしたんだった。二次元感が尋常じゃないが、まぁいいじゃないか。

 

「ていうか、なんで麻琴は浴衣じゃないのよ?」

 

麻琴の格好はTシャツにジーンズという、あまりにラフな格好だった。しかも靴もスニーカーだし。

 

「ま、男っぽい格好の方が彼氏に見えて、悠希がナンパされる確立が下がると思ってね」

「な! ま、麻琴にしては考えたじゃない!!」

 

麻琴の優しさに動転して、久々にツンデレっぽい口調になってしまった……。もう、直したつもりだったのに。

 

「ふふ、まぁ行こうか」

 

草履を履いて外へでる。手提げの巾着は予め玄関に置いておいて正解だった。夏至を過ぎてから、暗くなるのはどんどん早くなっている。今も、空の向こうはほんのり茜色だ。

 

「……ん」

 

車道側を歩く麻琴の左手を無言で二度叩く。

 

「仰せのままに、お嬢様」

 

意図を汲み取ってくれた麻琴は、そっと指を絡めてくれた。まぁ、お嬢様は余計だけどね。それから会場に着くまで麻琴が低い声の練習をしていたが、どんなに頑張っても少年声で、高身長との違和感が面白かった。

 

 

「おぉ、なんかいい匂いする!」

 

お祭の会場は大きな公園とその近くの大通り、そこに数多くの屋台が並び焼きそばやたこ焼、リンゴ飴を売っている。

 

「何か食べる?」

「時間も時間だし、そんなにお腹空いていないだよねぇ」

 

そんなことを言いつつ、屋台の並んだ通りを歩いていると、

 

「そこのお嬢ちゃんと彼氏、どうだい綿飴?」

 

屋台からだみ声のおじさんに声をかけられた。麻琴が左側の口角を上げている。作戦成功というやつだ。

 

「それじゃ一つだけ」

 

そう言って袋に詰められた綿飴を受け取ると、

 

「そっちの嬢ちゃんは男除けかい?」

 

あ、バレてる……。大人の目って鋭いなぁ。

 

「ふふ、案外本気なのかもしれませんよ?」

 

敢えてウインクをも織り交ぜて大胆発言、おじさんは目をパチクリさせつつも、幸せになれよと言ってお釣りを渡してきた。柔軟な発想のおじさんらしい。

 

「行こう、麻琴」

 

大人には効かなくても、ナンパをしたがるような男の目は誤魔化せているようで、ナンパは全くされない。腕を組んでいるのも有効なのだろう。

 

「……当たってる」

「当ててんのよ」

 

という会話をリアルでやるとは思ってもみなかったが。通りを歩いていて、女同士だと気付いた人からは奇異の視線を受けるが、本来ならこれで当然なのだ。学校だと周囲の人が理解しすぎている。優しさは時に厳しさを忘れる原因になりかねない。

 

「どうした、悠希?」

「ううん、何でもない」

 

でも、困難を乗り越えてこそ幸せがあるんだ。


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